確かに私はそんな上等な創作者じゃない。ネームバリューもない。十年続くようなヒット作だってない。だけど。
(いい加減に書いているわけじゃない……!)
つまり、単純に実力不足ということになるが、この際どうだっていい。いい加減に関わって来たと思われたことに腹が立った。
「おい、おっさん」
「……。今のは俺に言ったのか、役立たずの創造主よ」
「おう。創造主様が直々に話しかけてんだよ」
「どうした、頭のねじでも飛んだか」
私はガードしてくれているベルガモットたちをかき分け、前に出る。そしてジュニパーベリーの前へと回り込むと、深海のように深い色の瞳を至近距離で睨み返した。
「私はこの世界の創造主。つまりジュニパーベリーにとって、私は生みの母とも言える」
「だからなんだ。こんな出来の悪い母親など、恥でしかないわ」
「最終話、全員きちんと出撃してもらう」
ジュニパーベリーがせせら笑うように口元を歪めた。
「ことわ……」
「返事は『イエス、マム!』か『オギャー』か『バブゥ』だ!」
私は人差し指をジュニパーベリーの眉間に突きつけて叫んだ。完全に勢いである。
「……こんな馬鹿に生み出されたとは、我が身が哀れでならんわ」
ジュニパーベリーが顔をしかめる。完全に、湿った岩の下から這い出てきた虫を見る目である。だが、その時だった。
「イエス、マム!」
背後から快活な声が飛んで来た。振り返れば、ネロリが可笑しそうに笑いながら敬礼している。
「え……、あの」
本当に言わなくていいのよ?と言おうとする前に、次の声が上がった。
「お……、オギャー」
ものすごく困惑した表情で恥じらいながら、クラリセージが敬礼していた。可哀相。
それどころか。
「……バブゥ」
真面目腐った顔つきでその言葉を口にし、ベルガモットは敬礼した。
(うそ、ごめん、やめて! 理想の権化に私はなんてことをさせたんだ!!)
「はっはっは、一周回ったな。それでは儂は『イエス、マム』と」
呵呵と笑いながら、サンダルウッドが続く。皆が顔を見合わせ、次は誰がどれを言うべきか迷っているようだったので、私は慌てて制止した。
「も、もういいから! ストップ、みんなやめて!」
私が顔を赤くして両腕を大きく振って「×」を作ると、皆は派手に吹き出した。
「……やってられるか」
苦虫をかみつぶした顔つきでジュニパーベリーがその場を去る。完全に拒絶の意を漂わせているその背を、私は負うことが出来なかった。
最終章が仕上がったのは、それから一週間後のことだった。ジュニパーベリーのことは気がかりだったが、ひとまずは依頼を完成させようという一心でキーボードを叩き続けた。
―――――――――――――――――――――――
風間ちぐさ様
最終章確認いたしました。
OKです。
お疲れ様でした。
最後までありがとうございます。
また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。
株式会社クプアス
雨村美果
―――――――――――――――――――――――
細かい修正も終え、ほっと息をつく。
(サービス終了まで、あと五十日……)
ここからはスクリプトのスタッフによる仕上げとなるため、シナリオライターの私にできることは何もない。
逆に言えば、もう何もできないのだ。
(残された日を、私はただぼんやりとこの地で過ごすしかないのかな)
五十日あれば、ジュニパーベリーを説得できるだろうか。
(……この世界が消滅することは確定してしまったのに、なんて言えば協力してくれるんだろう)
一方でやけっぱちな気持ちも湧きあがってくる。
(どうせ死ぬんだ。会社にもユーザーにも義理は果たしたはずだし、どうなってもいいよ)
急激な眠気が襲ってくる。しばらく使い続けた脳が、休みたがっているのだろう。私は素直にそれに従い、目を閉じた。
「……え。……千枝」
遠慮がちなノックの音と名を呼ぶ声に、私は目を覚ました。
窓の外は完全に陽が落ちており、明かりをつけていない部屋に幽けき星明りが届くばかりである。
「お休みですか、千枝」
ベルガモットの声だと認識し、私は眠気を頭から振り払った。扉を開けば、そこには理想の権化が立っていた。手にいつものクロワッサンサンドを携えて。
「お加減はいかがでしょうか。夕飯時にカフェテリアへ来られなかったので心配しました」
「ごめんね。原稿が全部終わって、倒れて寝ちゃってた」
「つまり完成させられたのですね。本当にお疲れ様です」
ベルガモットは恭しく頭を下げる。
「でも、私にできることはこれ以上ないんだ。シナリオライターの仕事は、ここまでだから。あとは……」
声が震えた。
「結果をただ待つことしかできない。この先どうなるか全然わからない。私は……」
胸が痛んだ。
「……無力な創造主で、本当にごめん。十年続けられる作品を生み出せない、才能なしの創造主で、ごめん」
急激な喪失感が襲い来る。書くために無理やり上げていたテンションが落ち着き、現実を感じ取れるようになっていた。突如、胸を恐怖の杭が貫く。私はこの地で死ぬのだ、と。
「千枝」
ベルガモットの低く穏やかで優しい声が耳に届いた。
「夜の散歩に出かけませんか」
(いい加減に書いているわけじゃない……!)
つまり、単純に実力不足ということになるが、この際どうだっていい。いい加減に関わって来たと思われたことに腹が立った。
「おい、おっさん」
「……。今のは俺に言ったのか、役立たずの創造主よ」
「おう。創造主様が直々に話しかけてんだよ」
「どうした、頭のねじでも飛んだか」
私はガードしてくれているベルガモットたちをかき分け、前に出る。そしてジュニパーベリーの前へと回り込むと、深海のように深い色の瞳を至近距離で睨み返した。
「私はこの世界の創造主。つまりジュニパーベリーにとって、私は生みの母とも言える」
「だからなんだ。こんな出来の悪い母親など、恥でしかないわ」
「最終話、全員きちんと出撃してもらう」
ジュニパーベリーがせせら笑うように口元を歪めた。
「ことわ……」
「返事は『イエス、マム!』か『オギャー』か『バブゥ』だ!」
私は人差し指をジュニパーベリーの眉間に突きつけて叫んだ。完全に勢いである。
「……こんな馬鹿に生み出されたとは、我が身が哀れでならんわ」
ジュニパーベリーが顔をしかめる。完全に、湿った岩の下から這い出てきた虫を見る目である。だが、その時だった。
「イエス、マム!」
背後から快活な声が飛んで来た。振り返れば、ネロリが可笑しそうに笑いながら敬礼している。
「え……、あの」
本当に言わなくていいのよ?と言おうとする前に、次の声が上がった。
「お……、オギャー」
ものすごく困惑した表情で恥じらいながら、クラリセージが敬礼していた。可哀相。
それどころか。
「……バブゥ」
真面目腐った顔つきでその言葉を口にし、ベルガモットは敬礼した。
(うそ、ごめん、やめて! 理想の権化に私はなんてことをさせたんだ!!)
「はっはっは、一周回ったな。それでは儂は『イエス、マム』と」
呵呵と笑いながら、サンダルウッドが続く。皆が顔を見合わせ、次は誰がどれを言うべきか迷っているようだったので、私は慌てて制止した。
「も、もういいから! ストップ、みんなやめて!」
私が顔を赤くして両腕を大きく振って「×」を作ると、皆は派手に吹き出した。
「……やってられるか」
苦虫をかみつぶした顔つきでジュニパーベリーがその場を去る。完全に拒絶の意を漂わせているその背を、私は負うことが出来なかった。
最終章が仕上がったのは、それから一週間後のことだった。ジュニパーベリーのことは気がかりだったが、ひとまずは依頼を完成させようという一心でキーボードを叩き続けた。
―――――――――――――――――――――――
風間ちぐさ様
最終章確認いたしました。
OKです。
お疲れ様でした。
最後までありがとうございます。
また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。
株式会社クプアス
雨村美果
―――――――――――――――――――――――
細かい修正も終え、ほっと息をつく。
(サービス終了まで、あと五十日……)
ここからはスクリプトのスタッフによる仕上げとなるため、シナリオライターの私にできることは何もない。
逆に言えば、もう何もできないのだ。
(残された日を、私はただぼんやりとこの地で過ごすしかないのかな)
五十日あれば、ジュニパーベリーを説得できるだろうか。
(……この世界が消滅することは確定してしまったのに、なんて言えば協力してくれるんだろう)
一方でやけっぱちな気持ちも湧きあがってくる。
(どうせ死ぬんだ。会社にもユーザーにも義理は果たしたはずだし、どうなってもいいよ)
急激な眠気が襲ってくる。しばらく使い続けた脳が、休みたがっているのだろう。私は素直にそれに従い、目を閉じた。
「……え。……千枝」
遠慮がちなノックの音と名を呼ぶ声に、私は目を覚ました。
窓の外は完全に陽が落ちており、明かりをつけていない部屋に幽けき星明りが届くばかりである。
「お休みですか、千枝」
ベルガモットの声だと認識し、私は眠気を頭から振り払った。扉を開けば、そこには理想の権化が立っていた。手にいつものクロワッサンサンドを携えて。
「お加減はいかがでしょうか。夕飯時にカフェテリアへ来られなかったので心配しました」
「ごめんね。原稿が全部終わって、倒れて寝ちゃってた」
「つまり完成させられたのですね。本当にお疲れ様です」
ベルガモットは恭しく頭を下げる。
「でも、私にできることはこれ以上ないんだ。シナリオライターの仕事は、ここまでだから。あとは……」
声が震えた。
「結果をただ待つことしかできない。この先どうなるか全然わからない。私は……」
胸が痛んだ。
「……無力な創造主で、本当にごめん。十年続けられる作品を生み出せない、才能なしの創造主で、ごめん」
急激な喪失感が襲い来る。書くために無理やり上げていたテンションが落ち着き、現実を感じ取れるようになっていた。突如、胸を恐怖の杭が貫く。私はこの地で死ぬのだ、と。
「千枝」
ベルガモットの低く穏やかで優しい声が耳に届いた。
「夜の散歩に出かけませんか」



