かぐわしい紅茶が身を温めるにつれ、私は少しずつ落ち着いてきた。
「……ごめんね、ベルガモット」
「この世界が滅亡することについておっしゃっていますか」
「うん」
「チュベローズも言っていましたが、あなただけの責任ではないのでしょう?」
チュベローズ、そんなこと言ってたっけ? なんか偉そうな口調しか印象に残ってない。
「皆、分かっております。それでも怒りが収まらぬ者もおりますが」
ですよね。でなきゃ、この状況にはならないよね。
「自分を含め、この世界があなたの愛によって成り立っていたことを皆、理解しております。ただ……」
「ただ?」
「ならばこそ、最後の瞬間を創造主とともに迎えたいと考えた者もおりまして」
ヤンデレ?
「多数決の末、創造主をこの世界へ呼び寄せようということになりました」
「それって半数以上が、私がここで一緒に滅すること望んだってことだよね!?」
目の前のベルガモットがどちらに投票したのか、怖くて確認できない。彼の本来の性格なら、私の身を第一にと反対してくれそうな気もするが、こういうキャラが「滅ぶ時はあなたも一緒です」なんて、闇落ちするのもちょっと趣がある。いや、趣感じている場合か。
私は残り少なくなったカップの底の紅茶を、くいっと飲み干す。
(ん?)
その時、私は気付いた。「アロバラ」主人公のロマンティックな白い机の上に、見覚えのあるノートパソコンが置かれていることに。
「私の、だよね?」
ノートパソコンを開き、立ち上げる。書き上げたシナリオデータや集めた資料その他が、ちゃんと揃っていた。メールソフトを立ち上げれば、それまで会社とやり取りした内容もすべて残っていた。
(これなら!)
私は担当さんへメールを送る。
―――――――――――――――――――――――
株式会社クプアス
雨村様
お世話になっております。
唐突で申し訳ございませんが、現在私は『アロマリア譚詩曲』の世界に囚われております。チュベローズたちからの説明によれば、この世界は『アロマリア譚詩曲』のサービス終了と共に消え去る運命だそうです。当然ながら、ここに囚われている私も彼らと共に消滅することになるそうです。
畏れ入りますが、まだ死にたくないので『アロマリア譚詩曲』のサービス終了を撤回してはいただけませんでしょうか。
よろしくお願いいたします。
風間ちぐさ
―――――――――――――――――――――――
メールを送信する。
「何をされたのですか、我が創造主」
肩越しに私の手元を覗き込んできたベルガモットを振り返る。すぐ側にある整った横顔に、私の全身の血が一瞬にして顔に集まった。
「た、担当さんにね」
両手で頬を包み、熱を逃がす。
「『アロバラ』のサービス終了を撤回できないか、問い合わせてみたの。もしかしたら、この世界は滅びずに済むかもしれない」
「可能なのですか、そのようなことが」
「それは……」
私は両手の指を組み祈りながら、ノートパソコンを凝視する。
(お願い、雨村さん! 私のデッド オア アライブがあなたにかかってるんです!)
その時、軽やかな電子音と共にメールが一通届いた。送り主は、雨村さんだ。
(雨村さーん!)
―――――――――――――――――――――――
風間ちぐさ様
ご連絡いただいた件についてですが、
『アロマリア譚詩曲』のサービス終了は、社の決定事項ですので覆ることはございません。大変申し訳ないことではありますが、最終章のシナリオの執筆にとりかかってください。
よろしくお願いいたします。
株式会社クプアス
雨村美果
P.S.チュベローズたちにもよろしくお伝えください
―――――――――――――――――――――――
(全っ然信じてなーい!)
本当に私がゲーム世界に囚われていて、命の危険が迫っていると信じてくれていれば、こんな即座に素っ気ない返信をしてくるはずがない。なのに「チュベローズたちによろしく」とか追伸で言ってるあたり腹が立つ!
「創造主?」
「……駄目でした」
ガックリと肩を落とす私から離れ、ベルガモットは再びティーポットを手に取る。
「もう一杯、いかがですか?」
「うん、もらう……」
理想の権化に淹れてもらったお茶をいただきながら、頭の中では「末期の水」なんて不穏ワードがちらつく。あれは死後に故人の唇を湿すものだから、全然違うけど。
私はここで三ヶ月もの間、ずっと死を意識しながら過ごさなくてはならないのだ。百日後に死ぬシナリオライターなんて、笑えない。
(だいたいこっちが死ぬつってんのに『シナリオ執筆しろ』なんて血も涙もないよ、あの担当! 最期くらい仕事から解放されて、欲望のままに過ごさせてよ)
そんなことを思いながら、何気なくパソコンへ目をやった時だった。
頭の中で、光がはじけた。
「……いける、か?」
「どうなさいました、我が創造主」
私は立ちあがり、再びパソコンに向かう。中には執筆に十分な資料データが入っているし、担当さんとのメールが可能なのは、先ほどの通りだ。
「最終章、書く」
私は気遣わし気にこちらを見ているベルガモットを振り返る。
「最終章、ユーザーの皆さんがすごく面白いって思ってくれて、続けてほしいって要望が会社にたくさん届いたら、滅亡を回避できるかもしれない」
「そんなことが出来るのですか?」
「分からないよ。だけど今の私がここで出来るのはそれだけだから。これに賭けるしかない。皆の心に届くシナリオ、書いてやる!」
ベルガモットが歩み寄ってくる。温かく大きな両手が、私の肩を包んだ。
「自分は信じております。我が創造主なら、きっと運命を動かせると」
「ベルガモット……」
彼の金色の瞳の中に、私が映り込んでいる。
死にたくない。それに彼らの存在をなかったことにもしたくない。
「我が創造主。自分に出来ることがあれば何なりとお申し付けください。自分は最後の瞬間まで、あなたの忠実な僕(しもべ)です」
私の肩にかかった彼の手に、私は自分の手を重ねる。
「ベルガモット」
「なんでしょう」
「私のことは創造主じゃなくて……、千枝って呼んでほしいな」
「ちえ?」
ベルガモットは不思議そうに首をかしげる。
「先ほどのメールでは『風間ちぐさ』と名乗っておられたようですが」
「『風間ちぐさ』はペンネーム。私の本当の名前は風間千枝なんだ」
大好きなベルガモットには、本名で読んでほしかった。
「だめかな?」
「いえ、それでは」
ベルガモットが一つ咳払いをする。
「千枝」
その瞬間、頭から足の先まで甘い痺れが貫く。
思わず足元をふらつかせた私を、ベルガモットの大きく温かな両手がしっかりと支えてくれた。
(大好きな相手の声で本名を呼ばれるのは、こんなに衝撃的なんだ)
そう言えば、呪術などでも真の名を知られることは、相手から支配されることとかなんとかかんとか。いや、今それはどうでもいい。理想の結晶が私に触れ、私の名を呼んだのだ。
「震えていますね」
彼の言葉に、素直にうなずく。
死への恐怖と運命を覆さんとする闘争心、そして彼への甘い気持ちが私の中で暴れて、胸は激しく高鳴っていた。
「……ごめんね、ベルガモット」
「この世界が滅亡することについておっしゃっていますか」
「うん」
「チュベローズも言っていましたが、あなただけの責任ではないのでしょう?」
チュベローズ、そんなこと言ってたっけ? なんか偉そうな口調しか印象に残ってない。
「皆、分かっております。それでも怒りが収まらぬ者もおりますが」
ですよね。でなきゃ、この状況にはならないよね。
「自分を含め、この世界があなたの愛によって成り立っていたことを皆、理解しております。ただ……」
「ただ?」
「ならばこそ、最後の瞬間を創造主とともに迎えたいと考えた者もおりまして」
ヤンデレ?
「多数決の末、創造主をこの世界へ呼び寄せようということになりました」
「それって半数以上が、私がここで一緒に滅すること望んだってことだよね!?」
目の前のベルガモットがどちらに投票したのか、怖くて確認できない。彼の本来の性格なら、私の身を第一にと反対してくれそうな気もするが、こういうキャラが「滅ぶ時はあなたも一緒です」なんて、闇落ちするのもちょっと趣がある。いや、趣感じている場合か。
私は残り少なくなったカップの底の紅茶を、くいっと飲み干す。
(ん?)
その時、私は気付いた。「アロバラ」主人公のロマンティックな白い机の上に、見覚えのあるノートパソコンが置かれていることに。
「私の、だよね?」
ノートパソコンを開き、立ち上げる。書き上げたシナリオデータや集めた資料その他が、ちゃんと揃っていた。メールソフトを立ち上げれば、それまで会社とやり取りした内容もすべて残っていた。
(これなら!)
私は担当さんへメールを送る。
―――――――――――――――――――――――
株式会社クプアス
雨村様
お世話になっております。
唐突で申し訳ございませんが、現在私は『アロマリア譚詩曲』の世界に囚われております。チュベローズたちからの説明によれば、この世界は『アロマリア譚詩曲』のサービス終了と共に消え去る運命だそうです。当然ながら、ここに囚われている私も彼らと共に消滅することになるそうです。
畏れ入りますが、まだ死にたくないので『アロマリア譚詩曲』のサービス終了を撤回してはいただけませんでしょうか。
よろしくお願いいたします。
風間ちぐさ
―――――――――――――――――――――――
メールを送信する。
「何をされたのですか、我が創造主」
肩越しに私の手元を覗き込んできたベルガモットを振り返る。すぐ側にある整った横顔に、私の全身の血が一瞬にして顔に集まった。
「た、担当さんにね」
両手で頬を包み、熱を逃がす。
「『アロバラ』のサービス終了を撤回できないか、問い合わせてみたの。もしかしたら、この世界は滅びずに済むかもしれない」
「可能なのですか、そのようなことが」
「それは……」
私は両手の指を組み祈りながら、ノートパソコンを凝視する。
(お願い、雨村さん! 私のデッド オア アライブがあなたにかかってるんです!)
その時、軽やかな電子音と共にメールが一通届いた。送り主は、雨村さんだ。
(雨村さーん!)
―――――――――――――――――――――――
風間ちぐさ様
ご連絡いただいた件についてですが、
『アロマリア譚詩曲』のサービス終了は、社の決定事項ですので覆ることはございません。大変申し訳ないことではありますが、最終章のシナリオの執筆にとりかかってください。
よろしくお願いいたします。
株式会社クプアス
雨村美果
P.S.チュベローズたちにもよろしくお伝えください
―――――――――――――――――――――――
(全っ然信じてなーい!)
本当に私がゲーム世界に囚われていて、命の危険が迫っていると信じてくれていれば、こんな即座に素っ気ない返信をしてくるはずがない。なのに「チュベローズたちによろしく」とか追伸で言ってるあたり腹が立つ!
「創造主?」
「……駄目でした」
ガックリと肩を落とす私から離れ、ベルガモットは再びティーポットを手に取る。
「もう一杯、いかがですか?」
「うん、もらう……」
理想の権化に淹れてもらったお茶をいただきながら、頭の中では「末期の水」なんて不穏ワードがちらつく。あれは死後に故人の唇を湿すものだから、全然違うけど。
私はここで三ヶ月もの間、ずっと死を意識しながら過ごさなくてはならないのだ。百日後に死ぬシナリオライターなんて、笑えない。
(だいたいこっちが死ぬつってんのに『シナリオ執筆しろ』なんて血も涙もないよ、あの担当! 最期くらい仕事から解放されて、欲望のままに過ごさせてよ)
そんなことを思いながら、何気なくパソコンへ目をやった時だった。
頭の中で、光がはじけた。
「……いける、か?」
「どうなさいました、我が創造主」
私は立ちあがり、再びパソコンに向かう。中には執筆に十分な資料データが入っているし、担当さんとのメールが可能なのは、先ほどの通りだ。
「最終章、書く」
私は気遣わし気にこちらを見ているベルガモットを振り返る。
「最終章、ユーザーの皆さんがすごく面白いって思ってくれて、続けてほしいって要望が会社にたくさん届いたら、滅亡を回避できるかもしれない」
「そんなことが出来るのですか?」
「分からないよ。だけど今の私がここで出来るのはそれだけだから。これに賭けるしかない。皆の心に届くシナリオ、書いてやる!」
ベルガモットが歩み寄ってくる。温かく大きな両手が、私の肩を包んだ。
「自分は信じております。我が創造主なら、きっと運命を動かせると」
「ベルガモット……」
彼の金色の瞳の中に、私が映り込んでいる。
死にたくない。それに彼らの存在をなかったことにもしたくない。
「我が創造主。自分に出来ることがあれば何なりとお申し付けください。自分は最後の瞬間まで、あなたの忠実な僕(しもべ)です」
私の肩にかかった彼の手に、私は自分の手を重ねる。
「ベルガモット」
「なんでしょう」
「私のことは創造主じゃなくて……、千枝って呼んでほしいな」
「ちえ?」
ベルガモットは不思議そうに首をかしげる。
「先ほどのメールでは『風間ちぐさ』と名乗っておられたようですが」
「『風間ちぐさ』はペンネーム。私の本当の名前は風間千枝なんだ」
大好きなベルガモットには、本名で読んでほしかった。
「だめかな?」
「いえ、それでは」
ベルガモットが一つ咳払いをする。
「千枝」
その瞬間、頭から足の先まで甘い痺れが貫く。
思わず足元をふらつかせた私を、ベルガモットの大きく温かな両手がしっかりと支えてくれた。
(大好きな相手の声で本名を呼ばれるのは、こんなに衝撃的なんだ)
そう言えば、呪術などでも真の名を知られることは、相手から支配されることとかなんとかかんとか。いや、今それはどうでもいい。理想の結晶が私に触れ、私の名を呼んだのだ。
「震えていますね」
彼の言葉に、素直にうなずく。
死への恐怖と運命を覆さんとする闘争心、そして彼への甘い気持ちが私の中で暴れて、胸は激しく高鳴っていた。



