ゲームの創造神たる私は、サ終と共に滅する運命です【長編版】

 クベバは泣きそうな顔をしていた。
「俺のことなんて、忘れてたくせによ……」
「忘れてなんか」
「嘘だ! 俺は神に見捨てられた存在なんだ、だから!」
 クベバは背を向け、立ち並ぶ仲間たちに体当たりするように飛び出していく。
「俺だって創造主のことは嫌いだ!」
「クベバ!?」
 あっという間に、クベバの小柄な体は扉の向こうへと消えて行った。
(神に見捨てられた存在? 私がクベバを忘れていた? どうしてそう思ったんだろう)
「まぁ、あれくらい言ってくる存在も必要だろ、お前にはな」
 呆然としている私に飛んで来たのは、チュベローズの横柄な声だった。振り返れば腕組みをしてこちらを見ている。その背後では、ブラックペッパーの隻眼が私を冷ややかに見ていた。
「創造主、お前の周りは飴ばかりだ。鞭もくれてやらんと、すぐ現状に甘える。だから俺様やクベバのような奴もいなきゃならん。そうだろ?」
 反論したいが、何も言い返せない。引きこもっていた私を部屋から出して、前進させてくれたのは間違いなくチュベローズの強引な行為だったからだ。まぁ、ひきこもる原因になったのも彼だが。
「まぁ、そういうわけだ」
 チュベローズは背後のブラックペッパーを振り返った。
「お前も、心を折らねぇ程度に言うべきことは言ってやれ」
「ふん……」
 ブラックペッパーが私から顔を背ける。ミルキーブラウンのはねっ毛が揺れた。
「『あれもあれなりに頑張っているから、わかってやれ』、俺にそう言ったのはチュベローズ、お前だろうが」
「あ、こら、ブラックペッパー! 余計なことを言うな」
「あぁ、言わん。だから今俺から伝えることは何もない」
 なんだかすっかり食欲が失せてしまった。楽しみにしていた点心三点盛りも、せいろの中ですっかり冷めてカピカピになっている。鶏粥も水分を吸ってしまって、膨れ上がっていた。
「部屋に戻りましょうか、千枝」
 ベルガモットの声に私は頷く。
「創造主ちゃん、これはオレが片付けといてやるよ」
 言いながら、ネロリが私のトレイをサッと取り上げ、返却口へ足早に歩いて行く。何か返す気力もないので、私は彼の厚意に甘えることにした。

(あ~~~~~~~~~~~)
 メンタルごっそり逝かれた。今日は頑張って、イベントシナリオのプロットを上げる予定だった。けれど頭の中が埃と澱で一杯になっている。何も思い付かない、何かを思い描くことが出来ない。時間がないのに。
 ベッドにうつぶせになって、枕の下へ頭を突っ込みうだうだしていると、陶器の触れ合う控えめな音がかすかに聞こえて来た。恐らくベルガモットが紅茶を用意してくれているのだろう。いつものあの香り高いアールグレイを。
 その時、扉が開いて誰かが入ってくる気配がした。
「クラリセージ、それにカモミール」
 ベルガモットの声がする。入室してきたのは、その二人のようだ。
「創造主さんが心配でさ。そしたら扉の前で、カモミールが入りたそうにしていたんだ」
「……手、ふさがってて、扉が開けられなかった」
 手がふさがってる?
「カモミール、その手のものは?」
「ん……、創造主にあげたくて」
 誰かが近づいてくる気配。やはり陶器の触れ合う音がしているが、ベルガモットがいつも用意してくれるものと少し違う。やたらカチカチと高い音を立てている。
「あぁあ、危ない! 足元!」
「だいじょぶ……」
「大丈夫では……。千枝、申し訳ないが起き上がっていただけませんか? このままではベッドに」
 このままではベッドに?
 よく分からないけれど、ベルガモットがひどく焦っているようなので、私はもぞもぞと枕の下から這い出した。
「何?」
 モサモサになった髪を手櫛で整えていると、目の前に繊細な作りのティーカップが差し出された。明るめの色合いのお茶の中には、白い花が浮かんでいる。
「創造主、あげる」
 手にしているのはカモミールだった。色白の肌に雪のように白い髪、女の子のように可愛らしい顔にはかなげな笑みを浮かべている。バランスが良くないのか、やけにソーサーとカップがカチカチと音を立てる。そのたびに中のお茶がこぼれそうになっていた。
「あ、ありがとう」
 ベルガモットが焦っていた理由を察し、私はお茶を受け取る。
「私のために持ってきてくれたの?」
「ん……」
 カモミールはふんわりと微笑む。
「創造主、心がつらそうだった。カモミールティー、不安を取り除くリラックスの効果ある、飲んで」
「……ありがとう」
 私はカップの中身を口に含む。砂糖が入っていなくても、フルーティーな香りが甘さを感じさせてくれた。
 少しぬるくなったそれをゆっくりと飲み進めていくうち、落ち着きを取り戻してきた。
「……クベバは、どうして私に嫌われてると思ったのかな」
「あー……」
 クラリセージが気まずげに視線を逸らし、頬をかく。
「何か知ってるの、クラリセージ」
「うん、多分だけど。特別任務絡みだと思う」
「特別任務絡み?」
「クベバってさ、最初の出撃以降、全く出番がなかっただろ」
 そう……、だった気がする。
「クベバはずっとそれが不満だったんだ。俺は戦力外か、って。そのうちに、自分は神に存在を忘れ去られてるんだって言い出したんだ」
「そんな……」
 私はノートパソコンを開き、データを確認する。
「確かに」
 クベバがイベントのメインになったのはたった一度きりだ。しかもリリース後すぐに開催した最初のクリスマスイベント。それ以降一度もピックアップの対象になっていない。
「アロバラの開始の時だけで、それ以降はずっと……」
 これは忘れられていると誤解されても無理はない。
「一回」
 不意にカモミールが口を開いた。人差し指を立てて。
「ん? どうしたのカモミール?」
「ぼくも、一回」
「……え」
 カモミールは、両手を頭の上に掲げ、耳のようにしてぴょこぴょこと動かす。
「うさぎ、だけ」
 私はぎゅるんと首を巡らせ、もう一度パソコン画面に目をやる。
 カモミールも、四月に開催したイースターが唯一のピックアップだった。
(そうなるよね)
 運営側は中盤から、人気キャラクターばかりをイベントに登場させるようになった。一覧表を見ながら数えてみると、最多はチュベローズの七回、そして最少はクベバとカモミール、サンダルウッドのたった一回だ。イベントの回数は全部で十三回あるから、チュベローズはその半分ピックアップされていることになる。クベバが不満を抱くのも無理はない。
(だけどこれを決めたのは運営で、私には口出しする権利なんてなかったし)
 何度目かのこの言葉が頭の中でぐるぐるするが、これを言い訳にするのもなんだか悲しくなってきた。クベバに寂しい思いをさせたのは事実なのだから。
(イベントに選ばれるメインキャラクターの偏りが、こんなところに影響していた)
「う~~~」