「お、おはよう、ペパーミント」
「おはよ。まぁどうでもいいけどさ、ちゃんとやるべきことやってよね。この世界が救われるか否かは、あんたにかかってるんだからさ」
「……ハイ、すみません」
別に何かしたわけじゃないけど、昨夜ベルガモットの香りに包まれてちょっと妄想で遊んだため、少し後ろめたい。だが、身をすくめる私の前にペパーミントが小瓶を差し出してきた。ベルガモットからもらったものとよく似ている。
「へ?」
「‘ペパーミント’のバスオイル。あんた、色々考えなくちゃいけない立場だろ? これは疲労回復と同時に頭をスッキリさせて脳を活性化させる効果がある。今のあんたに必要なのはこっち。今夜からはこれを使いなよ」
「え、あ……。あり、がとう?」
受け取っていいのだろうか。なんか、ベルガモットのバスオイルを使ったことで妙な空気になったばかりだし。でも、確かに私に必要なのは、脳を活性化させる匂いのような気がする。私はベルガモットの様子をそっと伺う。顔つきは先ほどのままだったが、全身から「使いませんよね?」という圧があふれ出ていた。
(何なんだ、これは)
ベルガモットは、私の理想を集約させた存在だ。そもそも「好き」が前提の存在だから、彼から好意を向けられるのは嬉しいのだが。
(私らって、どういう関係なんだろう?)
創造主とアロマリア、今はそれだけのはずだ。おぼつかない足取りでヨチヨチしているへっぽこ創造主を、影となり日向となり支え導いてくれる、有能チュートリアル担当。
でも創造主である以上、私は彼へあからさまな贔屓も出来ない。だけど彼は、私がここへきて孤独だった時から、ずっと側にいてくれた人で……。
その時、ぱぁんと空気を切り裂くような声が飛んで来た。
「はぁ!? なんでお前らそいつを甘やかしてんの!?」
少年っぽさの残る体つき、浅黒い肌にオリーブグリーンの髪が特徴の直情径行ボーイ、クベバである。橡色の瞳は苛立ちに染まっていた。
「そいつ、この世界を作った神のくせに、守ってくれなかった奴だぞ? ただの役立たずじゃん!」
「クベバ!」
しばらくすっとぼけていたベルガモットが、怒りを含んだ声を上げ立ち上がる。
「千枝に対してその物言いは許さん」
「何がだよ! みんなだって怒ってただろ?」
クベバは足を踏み鳴らし、立ち並ぶアロマリアをぐるりと見回す。
「世界を守れない神なんて、敬意を払う必要ないって! 俺たちを見捨てて平気な顔してた奴なんて、優しくしてやる必要ねぇんだよ!!」
クベバの言葉が鋭い刃物のように胸に突き刺さる。忘れていた。皆が穏便に振舞ってくれていたから。私は「この世界と共に滅べ」という多数決で、この世界に召喚された立場だった。
「……ごめん」
ベルガモットが大股でクベバの元へ歩み寄る。そしてその胸倉を掴み上げた。
「よせと言っているだろう」
「離せよ、ベルガモット!」
小柄なクベバは吊り上げられ、爪先立ちになる。それでも怒気は収まらない。
「ベルガモット、てめぇはそうやって尻尾振ってりゃいい。けどな、こいつを滅亡するフレグランへ呼び寄せようって話になった時、賛成した人間の方がずっと多かったのを忘れんなよ。俺は覚えてる、八対四だった。こいつを呼び寄せて、一緒に破滅することを望んだ人間は、八人だった!」
……マジかぁ。ダブルスコアじゃん。
味方してくれたのは、ベルガモットとクラリセージ、ネロリの三人ってことだけははっきりしてる。それ以外はたった一人だけだったんだ。
完全に食欲を失い、カトラリーを手放すと私は下を向いた。
「まぁ、待て待て」
飄々とした様子で前に出てきたのは、老成したサンダルウッドである。
「ベルガモットもその手を離してやれ」
「だがこいつを離せば、千枝を害するかもしれない」
「これだけ味方がおれば、大丈夫じゃろう」
(味方?)
私は目を上げる。怒り狂うクベバから私を守るように、ネロリ、クラリセージ、ペパーミントが立ち並んでいた。少し離れた場所にいるパチュリも表情を引き締め、すぐにも動けそうな体勢に入っている。
ベルガモットは一つ息をつき、クベバを解放した。
「チッ」
クベバは胸元をぱっぱと払い、ベルガモットを睨みつける。
「クベバよ」
「んだよ!」
クベバはサンダルウッドにも噛みつく。
「お前さんは誤解しておるようじゃが、創造主を呼び寄せることに賛成した者の中には、懲罰的意味合いを持たぬ者もおるぞ」
「はぁ?」
「例えば儂も、八人の一人ではあるが」
サンダルウッドが私を振り返った。
「儂は、この世界をどうにかする手立てが救世主にあるとするなら、まずは儂らの声を直接聞いてもらわねばならん、世界を見てもらわねばならん、そう判断したのじゃ。世界が隔たったままでは、儂らの声は届かんからの。滅亡に関しては、どうにもならんわなぁ、と思うておる」
「こっちに呼び寄せたら、こいつ死ぬじゃん」
「まぁ、そこは、はは。申し訳ないとは思うとる」
苦笑いするサンダルウッドの隣に、パチュリが立った。
「私も賛成票に入れた一人だが」
切りそろえたワインレッドの前髪の下、眼鏡がきらりと光る。
「有体に言えば、好奇心だね」
「はぁ? コウキシン?」
「そう。私はただ見たかったんだ。この世界を作った神がどんな姿をしているか。死ぬ前にただ一目、ね」
そう言ってパチュリは翡翠のような瞳をこちらへ向け、ウィンクする。
「こんな可愛らしいお嬢さんだったとは、予想外だったけどね」
(パチュリ……)
こんな時に何をおちゃらけたセリフを、とも思うけれど。全面的に否定された後だと、肯定的ニュアンスのある言葉が、やけに温かく感じられる。
「あのさ、クベバ。お前は創造主ちゃんのこと『守ってくれない』とか『見捨てた』とか言ってるけどさ。多分見捨ててないぞ、オレらのこと」
ネロリが軽い口調でクベバを諭す。
「はぁ? 事実この世界は滅ぶんだろうが! 全然守ってくれてねぇじゃん!」
「や、オレら見たもん。ここに来てから創造主ちゃんがめっちゃ頑張ってるのをさ。何とかここが滅ばないように方法を考えてさ。決定権を持つ上の存在に意見を送り続けてくれてんだぞ。断られても断られても、送り続けてんだ」
「上の存在?」
クベバは怪訝そうにサンダルウッドを見る。
「そんな話、聞いてねぇんだけど」
「ベルガモットが毎日情報を共有してくれておるじゃろうが。お前さんはすぐに癇癪を起こして、話も聞かず部屋を飛び出していくからのぅ」
(そうだったんだ)
私も知らなかった。ベルガモットが手回しをして、みんなに事情を説明してくれていたらしい。その効果で、皆の私への当たりはそこまで強くなかったようだ。
(だけど……)
「ごめんね」
私は両手の指を組み、ぐっと力をこめる。
「確かにクベバの言う通り、ここに呼ばれるまではそこまで必死にこの世界を守ろうとしてなかった。そこは反省してる」
「……やっぱ、そうなのかよ」
「クベバが私のこと嫌いでも、仕方ないと思ってる」
クベバが小さく息を飲んだ。
「だけど、私にとってはフレグランの皆が大切だから……」
「嘘つくなよ! 俺のことなんて眼中にねぇだろうが!」
(え?)
「おはよ。まぁどうでもいいけどさ、ちゃんとやるべきことやってよね。この世界が救われるか否かは、あんたにかかってるんだからさ」
「……ハイ、すみません」
別に何かしたわけじゃないけど、昨夜ベルガモットの香りに包まれてちょっと妄想で遊んだため、少し後ろめたい。だが、身をすくめる私の前にペパーミントが小瓶を差し出してきた。ベルガモットからもらったものとよく似ている。
「へ?」
「‘ペパーミント’のバスオイル。あんた、色々考えなくちゃいけない立場だろ? これは疲労回復と同時に頭をスッキリさせて脳を活性化させる効果がある。今のあんたに必要なのはこっち。今夜からはこれを使いなよ」
「え、あ……。あり、がとう?」
受け取っていいのだろうか。なんか、ベルガモットのバスオイルを使ったことで妙な空気になったばかりだし。でも、確かに私に必要なのは、脳を活性化させる匂いのような気がする。私はベルガモットの様子をそっと伺う。顔つきは先ほどのままだったが、全身から「使いませんよね?」という圧があふれ出ていた。
(何なんだ、これは)
ベルガモットは、私の理想を集約させた存在だ。そもそも「好き」が前提の存在だから、彼から好意を向けられるのは嬉しいのだが。
(私らって、どういう関係なんだろう?)
創造主とアロマリア、今はそれだけのはずだ。おぼつかない足取りでヨチヨチしているへっぽこ創造主を、影となり日向となり支え導いてくれる、有能チュートリアル担当。
でも創造主である以上、私は彼へあからさまな贔屓も出来ない。だけど彼は、私がここへきて孤独だった時から、ずっと側にいてくれた人で……。
その時、ぱぁんと空気を切り裂くような声が飛んで来た。
「はぁ!? なんでお前らそいつを甘やかしてんの!?」
少年っぽさの残る体つき、浅黒い肌にオリーブグリーンの髪が特徴の直情径行ボーイ、クベバである。橡色の瞳は苛立ちに染まっていた。
「そいつ、この世界を作った神のくせに、守ってくれなかった奴だぞ? ただの役立たずじゃん!」
「クベバ!」
しばらくすっとぼけていたベルガモットが、怒りを含んだ声を上げ立ち上がる。
「千枝に対してその物言いは許さん」
「何がだよ! みんなだって怒ってただろ?」
クベバは足を踏み鳴らし、立ち並ぶアロマリアをぐるりと見回す。
「世界を守れない神なんて、敬意を払う必要ないって! 俺たちを見捨てて平気な顔してた奴なんて、優しくしてやる必要ねぇんだよ!!」
クベバの言葉が鋭い刃物のように胸に突き刺さる。忘れていた。皆が穏便に振舞ってくれていたから。私は「この世界と共に滅べ」という多数決で、この世界に召喚された立場だった。
「……ごめん」
ベルガモットが大股でクベバの元へ歩み寄る。そしてその胸倉を掴み上げた。
「よせと言っているだろう」
「離せよ、ベルガモット!」
小柄なクベバは吊り上げられ、爪先立ちになる。それでも怒気は収まらない。
「ベルガモット、てめぇはそうやって尻尾振ってりゃいい。けどな、こいつを滅亡するフレグランへ呼び寄せようって話になった時、賛成した人間の方がずっと多かったのを忘れんなよ。俺は覚えてる、八対四だった。こいつを呼び寄せて、一緒に破滅することを望んだ人間は、八人だった!」
……マジかぁ。ダブルスコアじゃん。
味方してくれたのは、ベルガモットとクラリセージ、ネロリの三人ってことだけははっきりしてる。それ以外はたった一人だけだったんだ。
完全に食欲を失い、カトラリーを手放すと私は下を向いた。
「まぁ、待て待て」
飄々とした様子で前に出てきたのは、老成したサンダルウッドである。
「ベルガモットもその手を離してやれ」
「だがこいつを離せば、千枝を害するかもしれない」
「これだけ味方がおれば、大丈夫じゃろう」
(味方?)
私は目を上げる。怒り狂うクベバから私を守るように、ネロリ、クラリセージ、ペパーミントが立ち並んでいた。少し離れた場所にいるパチュリも表情を引き締め、すぐにも動けそうな体勢に入っている。
ベルガモットは一つ息をつき、クベバを解放した。
「チッ」
クベバは胸元をぱっぱと払い、ベルガモットを睨みつける。
「クベバよ」
「んだよ!」
クベバはサンダルウッドにも噛みつく。
「お前さんは誤解しておるようじゃが、創造主を呼び寄せることに賛成した者の中には、懲罰的意味合いを持たぬ者もおるぞ」
「はぁ?」
「例えば儂も、八人の一人ではあるが」
サンダルウッドが私を振り返った。
「儂は、この世界をどうにかする手立てが救世主にあるとするなら、まずは儂らの声を直接聞いてもらわねばならん、世界を見てもらわねばならん、そう判断したのじゃ。世界が隔たったままでは、儂らの声は届かんからの。滅亡に関しては、どうにもならんわなぁ、と思うておる」
「こっちに呼び寄せたら、こいつ死ぬじゃん」
「まぁ、そこは、はは。申し訳ないとは思うとる」
苦笑いするサンダルウッドの隣に、パチュリが立った。
「私も賛成票に入れた一人だが」
切りそろえたワインレッドの前髪の下、眼鏡がきらりと光る。
「有体に言えば、好奇心だね」
「はぁ? コウキシン?」
「そう。私はただ見たかったんだ。この世界を作った神がどんな姿をしているか。死ぬ前にただ一目、ね」
そう言ってパチュリは翡翠のような瞳をこちらへ向け、ウィンクする。
「こんな可愛らしいお嬢さんだったとは、予想外だったけどね」
(パチュリ……)
こんな時に何をおちゃらけたセリフを、とも思うけれど。全面的に否定された後だと、肯定的ニュアンスのある言葉が、やけに温かく感じられる。
「あのさ、クベバ。お前は創造主ちゃんのこと『守ってくれない』とか『見捨てた』とか言ってるけどさ。多分見捨ててないぞ、オレらのこと」
ネロリが軽い口調でクベバを諭す。
「はぁ? 事実この世界は滅ぶんだろうが! 全然守ってくれてねぇじゃん!」
「や、オレら見たもん。ここに来てから創造主ちゃんがめっちゃ頑張ってるのをさ。何とかここが滅ばないように方法を考えてさ。決定権を持つ上の存在に意見を送り続けてくれてんだぞ。断られても断られても、送り続けてんだ」
「上の存在?」
クベバは怪訝そうにサンダルウッドを見る。
「そんな話、聞いてねぇんだけど」
「ベルガモットが毎日情報を共有してくれておるじゃろうが。お前さんはすぐに癇癪を起こして、話も聞かず部屋を飛び出していくからのぅ」
(そうだったんだ)
私も知らなかった。ベルガモットが手回しをして、みんなに事情を説明してくれていたらしい。その効果で、皆の私への当たりはそこまで強くなかったようだ。
(だけど……)
「ごめんね」
私は両手の指を組み、ぐっと力をこめる。
「確かにクベバの言う通り、ここに呼ばれるまではそこまで必死にこの世界を守ろうとしてなかった。そこは反省してる」
「……やっぱ、そうなのかよ」
「クベバが私のこと嫌いでも、仕方ないと思ってる」
クベバが小さく息を飲んだ。
「だけど、私にとってはフレグランの皆が大切だから……」
「嘘つくなよ! 俺のことなんて眼中にねぇだろうが!」
(え?)



