カーテン越しに差し込む朝陽の中、私はベッドの上からぼんやりと、テーブルの上のノートパソコンを見つめていた。
(来ないな)
雨村さんからの返信である。昨日、ボイスCDやイラスト集などの形でアロバラを残す提案をしたのだが、一向に返ってこない。
(普段なら、すぐに返事をくれる人なのに)
だが、よくよく考えてみればこれらは雨村さん一人では決められないことだ。
(すぐに返事が来ないということは、会議にかけてくれるつもりかもしれない)
気を抜くと悪いことばかり考えてしまう。私はあえて、無理矢理、ポジティブに現状を受けとめた。
(まだこっちがメールしてから二十四時間も経ってないよ。返ってこないなんて普通でしょ)
私はベッドから起き上がると、昨夜湯に入れた’ベルガモット’のアロマがほのかに立ち上る。身なりを整え、朝食をとるためにカフェテリアへと向かった。
「おはようございます、千枝」
隊員寮を出たところで、ベルガモットと合流する。
「おはよう、ベルガモット」
ベルガモットは、スンと鼻をうごめかせた。
「何?」
「差し上げたバスアロマを使ってくださったんですね」
(うっ……)
何も後ろめたいことなどないのに、頬が熱を持つ。
そう、私は昨夜ベルガモットの匂いの湯の中に身を浸した。素肌で彼に抱かれたような心持で、少々よからぬ妄想にふけってしまった。その時間があまりにも甘く心地よくて、長湯してしまった。
「いかがでしたか?」
「いかが、って……」
「リラックスは出来ましたでしょうか」
「う、うん! すっごく」
リラックスなんて出来るかい、興奮しっぱなしだったわ。入浴を終えてからも、肌のあちこちからベルガモットの匂いが漂って来て、そこにベルガモットが寄り添っている気がして、すっごくその……。
(えっちでした)
言えるわけがない。理想の権化に、はしたない女認定されたくない。
「ふふっ」
不意にベルガモットが笑った。
「え? 何、急に?」
「いいえ、なんでもありません。お腹がすきましたね」
「うん」
「急ぎましょう」
事件は食事の席で起きた。中華タイプの朝食をセレクトした私は、トレイを持ってベルガモットと共に空いている席に着く。やや経ってカフェテリアに姿を現したのは、ネロリとクラリセージだった。
「おっはよ~、創造主ちゃん! 今日はそれ選んだんだ。オレも同じにしよっかな」
「おはよう、創造主さん。朝はおかゆが胃に優し……」
そこでクラリセージの言葉が止まった。そして困惑した表情を浮かべたと思うと、私とベルガモットの顔を見比べて「えっ?」と声を上げた。うっすらと頬まで染まっている。
「どうしたの、クラリセージ?」
「あ、いえ……」
クラリセージはもじもじとした様子で、私から視線をはずす。
「ちょっと、何?」
「あー……っと。僕、そう言うことだと気付かなくて。ははっ」
クラリセージは狼狽えた様子でネロリの腕を掴み、「あっちの席へ行こう」と言い出す。
「はぁ? いきなりなんだよ、クラリセー……おぅ!?」
今度はネロリの様子がおかしい。
「もー、何なの二人ともさっきから」
「あー、いや。創造主ちゃんとベルガモットって、そういう関係になってたんだ、って」
「は? そういう関係?」
「いや、だって」
ネロリも気まずげに私から視線を逸らす。口元を大きな手で覆って。
「創造主ちゃんの肌からベルガモットの匂いすんだもん。それって、そう言うことだよね?」
どういうこと!?
私は意味が分からなくてベルガモットを振り返る。しかし彼は素知らぬ顔つきで、サラダをつついていた。
「ベルガモット」
「はい、どうされました?」
「この状況、説明して」
「さて、自分にはさっぱり」
嘘だ。さっきから目が合わない。
その間にも、カフェテリアに足を踏み入れたアロマリアが、私たちの側を通るたびに「えっ?」という顔つきをする。
(そう言えばネロリが、私の体からベルガモットの匂いがするって言っていた)
もしかして、だが。アロマリアと同じ匂いを纏うというのは、その人物と特別な関係であるというアピールになるのではなかろうか。動物のマーキングみたいな。
(私、そんな設定知らないんだけど!?)
「あのっ」
私は思い切って彼らに問いかける。
「私、昨日ベルガモットからもらったバスアロマのお風呂入ったけど、まずかった?」
私の言葉に、皆は一様に「あぁ」という顔になった。
「へぇ、真面目な顔してそういうことするんだ? ベルガモットも隅に置けないね」
パチュリが眼鏡の奥で猫のように目を細める。まっすぐに切りそろえられた前髪がさらりと揺れた。
「ねぇ、パチュリ」
知性派の彼に私は問いかける。
「その、アロマリアと同じ名前のアロマを身に着けるのは、特別な意味がある感じ?」
「うん、そうだね。『私は彼と一心同体です』という宣言に近いかな」
想像が大体当たってた!
「何のことだ」
ベルガモットはしれっとした様子をしているが、誰とも目を合わさず食事の手を止めない。
「‘ベルガモット’はリラックス効果、鎮静効果、安眠効果があるからな。お疲れの様子の千枝に使ってもらった方がいいと考えた。それだけだ」
やってきたサンダルウッドが、やれやれと言ったふうにベルガモットを見る。
「嘘をつくでないわ、この助平めが」
「助平ではない」
なんちゅう会話だ。
ていうか、ベルガモットの口から「助平」って言葉を聞くことになるとは思わなかったよ。
「昨日は儂が創造主と話している最中、ず~っと落ち着かない様子じゃったからのぅ。さしずめ独占欲が爆発したんじゃろ」
「独占欲などない」
えっ、ベルガモットそんな様子だったの? 気付いてなかった。
(でもなんでこんなことに? 私、「アロマリアと同じ香りを纏うと、特別な関係であることの宣言になる」なんて設定作ったっけ?)
アロマリアが自分と同じ名のアロマを使えばパワーアップする。その設定は覚えているが、ゲームにする際に採用されなかった。その際に、この設定を作った可能性もあるが、覚えていない。
(こんなのがあるといいな~、とチラッと思ったのかな、その時の私。まさか世界観の中に残ってしまっているとは!)
「ふぅん。創造主は疲れてたんだ」
そこへ姿を現したのはペパーミントである。
(来ないな)
雨村さんからの返信である。昨日、ボイスCDやイラスト集などの形でアロバラを残す提案をしたのだが、一向に返ってこない。
(普段なら、すぐに返事をくれる人なのに)
だが、よくよく考えてみればこれらは雨村さん一人では決められないことだ。
(すぐに返事が来ないということは、会議にかけてくれるつもりかもしれない)
気を抜くと悪いことばかり考えてしまう。私はあえて、無理矢理、ポジティブに現状を受けとめた。
(まだこっちがメールしてから二十四時間も経ってないよ。返ってこないなんて普通でしょ)
私はベッドから起き上がると、昨夜湯に入れた’ベルガモット’のアロマがほのかに立ち上る。身なりを整え、朝食をとるためにカフェテリアへと向かった。
「おはようございます、千枝」
隊員寮を出たところで、ベルガモットと合流する。
「おはよう、ベルガモット」
ベルガモットは、スンと鼻をうごめかせた。
「何?」
「差し上げたバスアロマを使ってくださったんですね」
(うっ……)
何も後ろめたいことなどないのに、頬が熱を持つ。
そう、私は昨夜ベルガモットの匂いの湯の中に身を浸した。素肌で彼に抱かれたような心持で、少々よからぬ妄想にふけってしまった。その時間があまりにも甘く心地よくて、長湯してしまった。
「いかがでしたか?」
「いかが、って……」
「リラックスは出来ましたでしょうか」
「う、うん! すっごく」
リラックスなんて出来るかい、興奮しっぱなしだったわ。入浴を終えてからも、肌のあちこちからベルガモットの匂いが漂って来て、そこにベルガモットが寄り添っている気がして、すっごくその……。
(えっちでした)
言えるわけがない。理想の権化に、はしたない女認定されたくない。
「ふふっ」
不意にベルガモットが笑った。
「え? 何、急に?」
「いいえ、なんでもありません。お腹がすきましたね」
「うん」
「急ぎましょう」
事件は食事の席で起きた。中華タイプの朝食をセレクトした私は、トレイを持ってベルガモットと共に空いている席に着く。やや経ってカフェテリアに姿を現したのは、ネロリとクラリセージだった。
「おっはよ~、創造主ちゃん! 今日はそれ選んだんだ。オレも同じにしよっかな」
「おはよう、創造主さん。朝はおかゆが胃に優し……」
そこでクラリセージの言葉が止まった。そして困惑した表情を浮かべたと思うと、私とベルガモットの顔を見比べて「えっ?」と声を上げた。うっすらと頬まで染まっている。
「どうしたの、クラリセージ?」
「あ、いえ……」
クラリセージはもじもじとした様子で、私から視線をはずす。
「ちょっと、何?」
「あー……っと。僕、そう言うことだと気付かなくて。ははっ」
クラリセージは狼狽えた様子でネロリの腕を掴み、「あっちの席へ行こう」と言い出す。
「はぁ? いきなりなんだよ、クラリセー……おぅ!?」
今度はネロリの様子がおかしい。
「もー、何なの二人ともさっきから」
「あー、いや。創造主ちゃんとベルガモットって、そういう関係になってたんだ、って」
「は? そういう関係?」
「いや、だって」
ネロリも気まずげに私から視線を逸らす。口元を大きな手で覆って。
「創造主ちゃんの肌からベルガモットの匂いすんだもん。それって、そう言うことだよね?」
どういうこと!?
私は意味が分からなくてベルガモットを振り返る。しかし彼は素知らぬ顔つきで、サラダをつついていた。
「ベルガモット」
「はい、どうされました?」
「この状況、説明して」
「さて、自分にはさっぱり」
嘘だ。さっきから目が合わない。
その間にも、カフェテリアに足を踏み入れたアロマリアが、私たちの側を通るたびに「えっ?」という顔つきをする。
(そう言えばネロリが、私の体からベルガモットの匂いがするって言っていた)
もしかして、だが。アロマリアと同じ匂いを纏うというのは、その人物と特別な関係であるというアピールになるのではなかろうか。動物のマーキングみたいな。
(私、そんな設定知らないんだけど!?)
「あのっ」
私は思い切って彼らに問いかける。
「私、昨日ベルガモットからもらったバスアロマのお風呂入ったけど、まずかった?」
私の言葉に、皆は一様に「あぁ」という顔になった。
「へぇ、真面目な顔してそういうことするんだ? ベルガモットも隅に置けないね」
パチュリが眼鏡の奥で猫のように目を細める。まっすぐに切りそろえられた前髪がさらりと揺れた。
「ねぇ、パチュリ」
知性派の彼に私は問いかける。
「その、アロマリアと同じ名前のアロマを身に着けるのは、特別な意味がある感じ?」
「うん、そうだね。『私は彼と一心同体です』という宣言に近いかな」
想像が大体当たってた!
「何のことだ」
ベルガモットはしれっとした様子をしているが、誰とも目を合わさず食事の手を止めない。
「‘ベルガモット’はリラックス効果、鎮静効果、安眠効果があるからな。お疲れの様子の千枝に使ってもらった方がいいと考えた。それだけだ」
やってきたサンダルウッドが、やれやれと言ったふうにベルガモットを見る。
「嘘をつくでないわ、この助平めが」
「助平ではない」
なんちゅう会話だ。
ていうか、ベルガモットの口から「助平」って言葉を聞くことになるとは思わなかったよ。
「昨日は儂が創造主と話している最中、ず~っと落ち着かない様子じゃったからのぅ。さしずめ独占欲が爆発したんじゃろ」
「独占欲などない」
えっ、ベルガモットそんな様子だったの? 気付いてなかった。
(でもなんでこんなことに? 私、「アロマリアと同じ香りを纏うと、特別な関係であることの宣言になる」なんて設定作ったっけ?)
アロマリアが自分と同じ名のアロマを使えばパワーアップする。その設定は覚えているが、ゲームにする際に採用されなかった。その際に、この設定を作った可能性もあるが、覚えていない。
(こんなのがあるといいな~、とチラッと思ったのかな、その時の私。まさか世界観の中に残ってしまっているとは!)
「ふぅん。創造主は疲れてたんだ」
そこへ姿を現したのはペパーミントである。



