私は頬杖をつき、目を閉じ、聴覚に集中する。
アロバラを開いた時、いつも流れている曲。自宅に帰って来たかのような安心感をくれる。
(そっか、ゲームがなくなると、この音楽も聞けなくなるんだよね。アロバラ、BGMもかなりいいから、サウンドトラック出してほしかったな。仕事中に聴きたかったな。特に、『二人の甘い時間』と『ハロウィン・ナイトメア』の二曲がお気に入りで……)
「あっ、CD……」
「え?」
突然声を出した私に、ベルガモットが目を上げる。
「ドラマCDやボイスCDって、別ルート扱いになる? ゲームはなくなっても、別メディアでみんなの声だけは残るんだけど」
他のゲームでそういうのが残っているのを見たことがある。ドラマCDはゲームの世界を元に『ある一日』を描いた番外編のようなストーリーとなっていた。またボイスCDはゲーム内で使われたボイスをそのまま収録したもので、オフライン版のボイスモードだけを切り取ったような形となる。
「どう、サンダルウッド?」
「さぁて、儂には分からんが……」
顎に手をやりながらも、先程よりも面白がるような顔つきになっていた。
「世界の破片としては、残りそうじゃの」
(世界の破片……)
確かに声だけというのは、どこまで残ったことになるのかよく分からない。判定が難しい。
「ボイスCDが、オフライン版のボイスモードの簡易版とするなら。あっ、思い出モードのスチルも残そうと思えば残せる! イラスト集!」
私も一冊持っている。シナリオライターとしてではなく、一ユーザーとして楽しみ、そしてサービス終了を見送った作品だ。厚さ一センチほどの大型本で、ゲームのスチルやテキストの一部、キャラクターの立ち絵、全ての衣装などが載っていた。初期設定なども紹介されていて、楽屋裏を覗いているような特別感がある。それにイラスト集なら、そこまでヒットしなかったゲームのものも出版されていた気がする。スチルや立ち絵だけじゃなく、SNSに投下されたミニ四コマ漫画も掲載されていたり……。
「そうか、漫画!!」
私は手を叩く。
とあるゲーム会社は、デジタルコミックのアプリもリリースしていた。そこで、自社のソーシャルゲームでサービス終了したものを、WEBコミックとして配信していた。
「ドラマCDにボイスCD、それにイラスト集とコミカライズ、一つ一つは破片でも、いくつかを合わせれば世界を続けさせることが出来たりしない?」
「可能性はある」
サンダルウッドの言葉に、私はほんのり希望を持つ。
(そうだ。ゲームのサ終の取り消しは無理でも、これくらいなら受け入れてくれるんじゃないかな? CDやイラスト集なら、同人でも作れるものだし。小さいとはいえ、クプアスさんは会社だし!)
それぞれは欠片でもいい。公式に何らかの形で、アロバラが残ってくれさえすれば。
私はノートパソコンに向かい、メールソフトを立ち上げる。そして雨村さんに要望を伝える内容を打ち込んだ。
(この間、プロットを提出した時に機嫌が良さそうだったし、少しくらい読んでくれるよね?)
私は社内の人間じゃない。こういった意見を出せる立場でないことは、十分に分かっている。それでも私は、命がかかっているのだ。
(雨村さん、お願い……!)
メールを送信し、ふと振り返るとサンダルウッドは姿を消していた。
(お寺っぽい匂いがしないなと思ったら)
窓の外は陽が沈みつつある。黄金と藍色の混じる世界だ。
「お疲れ様です、千枝」
ベルガモットは相変わらず執事のように、静かに控えていてくれた。
「千枝の要望書が実を結ぶといいですね」
「本当にね」
ふっと息を吐く。そして、椅子に座った状態でコキコキと首を鳴らした。
「うー、肩凝った」
「千枝、これを」
ベルガモットが私の目の前に、手のひらにすっぽり収まるほどの小瓶を差し出した。
「? これは何、ベルガモット」
「バスオイルです、‘ベルガモット’の」
(あぁ!)
どこかで見たデザインだと思ったのだ。訓練場横の温泉施設に置いてあったものと同じ形をしている。
「もらっていいの?」
「はい。どうぞ、今宵にもお使いください」
「わぁい、ありがとう!」
「‘ベルガモット’の香りには」
ベルガモットが身をかがめ、私と目線を合わせる。
「神経の緊張を解きほぐし、不安を和らげる効果があります。また、鎮静作用により質の高い睡眠をあなたに与えます」
「う、うん」
「……今夜は、自分の香りに包まれてお休みください」
低く甘い声で囁くとベルガモットは身を起こし、一礼すると部屋を出て行った。
(ドキッとした)
整った顔立ち、金色の瞳。光の加減でグリーンに見える黒髪。
(緊張を解きほぐすどころか、心臓に悪いよ)
呼吸を整えながら私は立ち上がり、バスルームに向かう。浴槽に湯を張ると、アロマオイルを一滴たらした。
(うわ……)
ふわりと立ち上った湯気、それはベルガモットとすれ違った時に漂ってくるものそのものだった。ほろ苦く、フルーティーで、爽やかで……。ぬくもりを持った芳香が、私の頭の奥を蕩けさせる。
当然ながら浴槽を満たす温かな湯も、ベルガモットの香りが満ちていた。アロマリアの彼らはやはり、その身からアロマと同じ香りを放っているのだ。
(わわ、なんだか……)
私の素肌は今、ベルガモットの匂いに包まれていた。
(こんなのリラックス効果なんてないよ! 生まれたままの姿で彼に抱かれているみたいで、なんだかすごく……、うぅ、やばい)
その後、思うさま想像をたくましくした私は、危うく湯あたりをするところだった。
(あ、そう言えばラストのイベントのプロットまだだった……)
アロバラを開いた時、いつも流れている曲。自宅に帰って来たかのような安心感をくれる。
(そっか、ゲームがなくなると、この音楽も聞けなくなるんだよね。アロバラ、BGMもかなりいいから、サウンドトラック出してほしかったな。仕事中に聴きたかったな。特に、『二人の甘い時間』と『ハロウィン・ナイトメア』の二曲がお気に入りで……)
「あっ、CD……」
「え?」
突然声を出した私に、ベルガモットが目を上げる。
「ドラマCDやボイスCDって、別ルート扱いになる? ゲームはなくなっても、別メディアでみんなの声だけは残るんだけど」
他のゲームでそういうのが残っているのを見たことがある。ドラマCDはゲームの世界を元に『ある一日』を描いた番外編のようなストーリーとなっていた。またボイスCDはゲーム内で使われたボイスをそのまま収録したもので、オフライン版のボイスモードだけを切り取ったような形となる。
「どう、サンダルウッド?」
「さぁて、儂には分からんが……」
顎に手をやりながらも、先程よりも面白がるような顔つきになっていた。
「世界の破片としては、残りそうじゃの」
(世界の破片……)
確かに声だけというのは、どこまで残ったことになるのかよく分からない。判定が難しい。
「ボイスCDが、オフライン版のボイスモードの簡易版とするなら。あっ、思い出モードのスチルも残そうと思えば残せる! イラスト集!」
私も一冊持っている。シナリオライターとしてではなく、一ユーザーとして楽しみ、そしてサービス終了を見送った作品だ。厚さ一センチほどの大型本で、ゲームのスチルやテキストの一部、キャラクターの立ち絵、全ての衣装などが載っていた。初期設定なども紹介されていて、楽屋裏を覗いているような特別感がある。それにイラスト集なら、そこまでヒットしなかったゲームのものも出版されていた気がする。スチルや立ち絵だけじゃなく、SNSに投下されたミニ四コマ漫画も掲載されていたり……。
「そうか、漫画!!」
私は手を叩く。
とあるゲーム会社は、デジタルコミックのアプリもリリースしていた。そこで、自社のソーシャルゲームでサービス終了したものを、WEBコミックとして配信していた。
「ドラマCDにボイスCD、それにイラスト集とコミカライズ、一つ一つは破片でも、いくつかを合わせれば世界を続けさせることが出来たりしない?」
「可能性はある」
サンダルウッドの言葉に、私はほんのり希望を持つ。
(そうだ。ゲームのサ終の取り消しは無理でも、これくらいなら受け入れてくれるんじゃないかな? CDやイラスト集なら、同人でも作れるものだし。小さいとはいえ、クプアスさんは会社だし!)
それぞれは欠片でもいい。公式に何らかの形で、アロバラが残ってくれさえすれば。
私はノートパソコンに向かい、メールソフトを立ち上げる。そして雨村さんに要望を伝える内容を打ち込んだ。
(この間、プロットを提出した時に機嫌が良さそうだったし、少しくらい読んでくれるよね?)
私は社内の人間じゃない。こういった意見を出せる立場でないことは、十分に分かっている。それでも私は、命がかかっているのだ。
(雨村さん、お願い……!)
メールを送信し、ふと振り返るとサンダルウッドは姿を消していた。
(お寺っぽい匂いがしないなと思ったら)
窓の外は陽が沈みつつある。黄金と藍色の混じる世界だ。
「お疲れ様です、千枝」
ベルガモットは相変わらず執事のように、静かに控えていてくれた。
「千枝の要望書が実を結ぶといいですね」
「本当にね」
ふっと息を吐く。そして、椅子に座った状態でコキコキと首を鳴らした。
「うー、肩凝った」
「千枝、これを」
ベルガモットが私の目の前に、手のひらにすっぽり収まるほどの小瓶を差し出した。
「? これは何、ベルガモット」
「バスオイルです、‘ベルガモット’の」
(あぁ!)
どこかで見たデザインだと思ったのだ。訓練場横の温泉施設に置いてあったものと同じ形をしている。
「もらっていいの?」
「はい。どうぞ、今宵にもお使いください」
「わぁい、ありがとう!」
「‘ベルガモット’の香りには」
ベルガモットが身をかがめ、私と目線を合わせる。
「神経の緊張を解きほぐし、不安を和らげる効果があります。また、鎮静作用により質の高い睡眠をあなたに与えます」
「う、うん」
「……今夜は、自分の香りに包まれてお休みください」
低く甘い声で囁くとベルガモットは身を起こし、一礼すると部屋を出て行った。
(ドキッとした)
整った顔立ち、金色の瞳。光の加減でグリーンに見える黒髪。
(緊張を解きほぐすどころか、心臓に悪いよ)
呼吸を整えながら私は立ち上がり、バスルームに向かう。浴槽に湯を張ると、アロマオイルを一滴たらした。
(うわ……)
ふわりと立ち上った湯気、それはベルガモットとすれ違った時に漂ってくるものそのものだった。ほろ苦く、フルーティーで、爽やかで……。ぬくもりを持った芳香が、私の頭の奥を蕩けさせる。
当然ながら浴槽を満たす温かな湯も、ベルガモットの香りが満ちていた。アロマリアの彼らはやはり、その身からアロマと同じ香りを放っているのだ。
(わわ、なんだか……)
私の素肌は今、ベルガモットの匂いに包まれていた。
(こんなのリラックス効果なんてないよ! 生まれたままの姿で彼に抱かれているみたいで、なんだかすごく……、うぅ、やばい)
その後、思うさま想像をたくましくした私は、危うく湯あたりをするところだった。
(あ、そう言えばラストのイベントのプロットまだだった……)



