「別ルート? とは?」
「このまま、この世界を存続させることは難しいんじゃろう?」
「それは……」
雨村さんがはっきり言っていた。サービス終了は覆らないと。難しいどころの話じゃない。
「ごめん……」
「頭を下げろとは言っておらん。まっすぐに進む道が閉ざされているのであれば、う回路や避難場所を探すのはどうかと、儂は言うておる。あの海辺のイベントのようにな」
「う回路、避難場所……」
「世界が終わっても、世界を残す方法を探そうではないか」
何を言っているのだろう。謎かけ? オンラインで動くソーシャルゲームが終われば、データは消えてしまって二度とアクセスできないに決まって……。
「あ……!」
「何か、思いつかれたのですか?」
ベルガモットの金色の瞳が、私の目を覗き込む。
「オフライン化……、とか?」
それを思いついた瞬間、酷く急かされるような気持ちになった。
「サンダルウッド、デートはここでおしまいにして部屋に帰っていい? 急いでパソコンで調べたいことがあるから!」
「うむうむ」
サンダルウッドはにこにこと頬を緩めた。
「良い顔じゃ」
部屋に戻った私は、すぐにノートパソコンを立ち上げた。側には引き続き、ベルガモットとサンダルウッドがいる。
「私はプレイしていなかったけど、友だちが言ってたんだ。好きなゲームがサ終したけど、オフライン版が残ったからこれからも推しの側にいられる、って」
私は友人の遊んでいたゲームのタイトルに「オフライン」とつけて検索する。
「うん。戦闘は出来なくなったけど、ストーリーはメインとイベント両方読めるっぽい。それからボイスモードと立ち絵の閲覧モード、スチルの思い出機能も残してくれたみたい」
私は二人を振り返る。
「これって、サ終後も世界が終わることなく続いているとみていいのかな?」
「はい」
ベルガモットは嬉しそうに微笑んだ。
「それならば、間違いなく世界は存続しております」
「よしっ! じゃあダメ元で、雨村さんにオフライン版を残すよう相談を……」
「のぅ、創造主。これは何じゃ?」
サンダルウッドがノートパソコンの画面を指差す。
「パッケージ版、と書かれているようじゃが」
やはり彼らに、私たちの使う文字は読めるようだ。私は彼らの文字が読めないのに。
「これは……」
マウスをクリックして、サンダルウッドが指差した記事を読む。
「ある大人気作品がサービス終了することになったけど、ゲーム機でプレイできるコンシューマー版としての発売が決定したって書いているね。もう三年前の記事だから、とっくに出てると思う」
私は通販サイトにアクセスする。
「うん、二年前に発売されてる。パッケージになれば、世界中のこのゲームソフトを一つ残さず廃棄でもしない限り、滅亡することがなくなる、と思っていい?」
「はい」
それなら、オフライン版より更に確実だ。私が購入して、大事に保管しておきさえすればいいのだから。
しかし。
「千枝、どうされました? 難しい顔をして」
「オフライン版を出した会社は、ゲーム業界でもトップクラスの大手さんなんだよ。それにパッケージ版の方は、終盤に勢いが落ちたものの、リリースしてしばらくは大ヒットが続いて、セールスランキングの上位に長い間いた作品なんだよね。でも、アロバラは……」
言いづらい。めちゃくちゃ言いづらいが、事実を伝えなくてはならない。
「そこそこの会社が制作して、そこそこ及第点と言った評価の作品なんだ。オフライン版やパッケージ版を作るほど、会社に余裕がないと思う」
オフライン版は、ただデータを残せばいいというものではない。サーバーが担ってくれていたすべての役割の部分を、制作会社が見直して作り直さなくてはならなくなる。収入に繋がらない作品に、時間や資金や人員を投じるのは難しいだろう。そんな余裕があれば、そもそもサービス終了にならないのだ。
(スキップボタンを実装するのとは、わけが違うんだ)
ベルガモットが控えめに息をつく。
「この世界の滅亡を防ぐ手立てが見つかったと思ったのですが」
「……ごめん」
「いえ! 千枝を責めるつもりは毛頭ございません!」
「他にないかのぅ」
サンダルウッドが腕を組み、のんびりとした口調で言った。
「おふらいんやぱっけーじとは違うが、方法を変えて残っているものが」
「方法を変えて……」
私は、懸命に記憶を探る。
「あー……。一度サ終したけれど、タイトルに『Re』をつけて数ヶ月後に復活したパターンもあったような」
「ほぅ」
「でも半年以上の間が空いてて、その間は存在しないことになるから、やっぱり一度世界は壊れてしまうのかな」
「いいや。その場合は再開に向けて、会社に世界のデータが残っておるじゃろ。それなら問題なしじゃ」
公開までブランクがあっても、作り続けていれば世界は保たれるようだ。
「……だけどこれも、難しいね」
「難しいですか」
「私が最後に書くシナリオが余程みんなの心に届かない限り、復活してほしいという意見は来ないだろうし」
「なぁに言うておる」
飄々とした様子のまま、サンダルウッドが目を光らせた。
「届かない限り、ではない。続きが作られるようにやるんじゃよ、お前さんが」
「う、うん。それは勿論、その気で書くよ。最初からそのつもり。でも、この方法じゃ絶対はないから……」
「滅亡がかかっておるのじゃ。やるしかあるまいて、のぅ?」
プレッシャーがすごい。
「……ひゃい」
温かな手が、肩にかかった。
「千枝はこの困難に全力で挑んでくれると、自分も信じております」
追い打ち来た。
「とはいえ、いくつか保険を掛けておくのも必要ではないでしょうか」
保険?
「それは、儂も思うた。他に世界を残す方法はないかのぅ」
と、言われても。
私はこれまでやってきた自分の仕事を思い出す。
(形として残す。形として残す……)
私は他にもソーシャルゲームの仕事をしてきた。全てサービス終了と同時に、私が仕事をした証は消え失せてしまった。
(本当にねぇ。ソーシャルゲームはよほどのことがない限り、完全に消滅するからね。次の仕事を探す際に先方に過去の実績伝えても、存在しない適当なタイトルでっち上げてると疑われても無理ない状態だからなぁ)
デジタル作品の怖さがここにある。なんだかんだで、紙などの媒体で物理的に手元に残るのは強い。
(私の作品関連で残っているものなんて、イベント限定で販売したアクリルキーホルダーくらいだもんなぁ。記念に二つほどもらったけど。あれだけが私が間違いなくその仕事をした証だよ)
その時、静かな音楽が耳に届いた。振り返ると、ベルガモットがレトロなプレイヤーにレコードをセットし、動かしていた。
「あ、これ……」
ゲームのホーム画面でいつも流れている曲だ。静かで落ち着く、可愛い曲。
「少々お疲れの様でしたので、差し出がましいとは思いましたが」
「ううん、ありがとうベルガモット」
「このまま、この世界を存続させることは難しいんじゃろう?」
「それは……」
雨村さんがはっきり言っていた。サービス終了は覆らないと。難しいどころの話じゃない。
「ごめん……」
「頭を下げろとは言っておらん。まっすぐに進む道が閉ざされているのであれば、う回路や避難場所を探すのはどうかと、儂は言うておる。あの海辺のイベントのようにな」
「う回路、避難場所……」
「世界が終わっても、世界を残す方法を探そうではないか」
何を言っているのだろう。謎かけ? オンラインで動くソーシャルゲームが終われば、データは消えてしまって二度とアクセスできないに決まって……。
「あ……!」
「何か、思いつかれたのですか?」
ベルガモットの金色の瞳が、私の目を覗き込む。
「オフライン化……、とか?」
それを思いついた瞬間、酷く急かされるような気持ちになった。
「サンダルウッド、デートはここでおしまいにして部屋に帰っていい? 急いでパソコンで調べたいことがあるから!」
「うむうむ」
サンダルウッドはにこにこと頬を緩めた。
「良い顔じゃ」
部屋に戻った私は、すぐにノートパソコンを立ち上げた。側には引き続き、ベルガモットとサンダルウッドがいる。
「私はプレイしていなかったけど、友だちが言ってたんだ。好きなゲームがサ終したけど、オフライン版が残ったからこれからも推しの側にいられる、って」
私は友人の遊んでいたゲームのタイトルに「オフライン」とつけて検索する。
「うん。戦闘は出来なくなったけど、ストーリーはメインとイベント両方読めるっぽい。それからボイスモードと立ち絵の閲覧モード、スチルの思い出機能も残してくれたみたい」
私は二人を振り返る。
「これって、サ終後も世界が終わることなく続いているとみていいのかな?」
「はい」
ベルガモットは嬉しそうに微笑んだ。
「それならば、間違いなく世界は存続しております」
「よしっ! じゃあダメ元で、雨村さんにオフライン版を残すよう相談を……」
「のぅ、創造主。これは何じゃ?」
サンダルウッドがノートパソコンの画面を指差す。
「パッケージ版、と書かれているようじゃが」
やはり彼らに、私たちの使う文字は読めるようだ。私は彼らの文字が読めないのに。
「これは……」
マウスをクリックして、サンダルウッドが指差した記事を読む。
「ある大人気作品がサービス終了することになったけど、ゲーム機でプレイできるコンシューマー版としての発売が決定したって書いているね。もう三年前の記事だから、とっくに出てると思う」
私は通販サイトにアクセスする。
「うん、二年前に発売されてる。パッケージになれば、世界中のこのゲームソフトを一つ残さず廃棄でもしない限り、滅亡することがなくなる、と思っていい?」
「はい」
それなら、オフライン版より更に確実だ。私が購入して、大事に保管しておきさえすればいいのだから。
しかし。
「千枝、どうされました? 難しい顔をして」
「オフライン版を出した会社は、ゲーム業界でもトップクラスの大手さんなんだよ。それにパッケージ版の方は、終盤に勢いが落ちたものの、リリースしてしばらくは大ヒットが続いて、セールスランキングの上位に長い間いた作品なんだよね。でも、アロバラは……」
言いづらい。めちゃくちゃ言いづらいが、事実を伝えなくてはならない。
「そこそこの会社が制作して、そこそこ及第点と言った評価の作品なんだ。オフライン版やパッケージ版を作るほど、会社に余裕がないと思う」
オフライン版は、ただデータを残せばいいというものではない。サーバーが担ってくれていたすべての役割の部分を、制作会社が見直して作り直さなくてはならなくなる。収入に繋がらない作品に、時間や資金や人員を投じるのは難しいだろう。そんな余裕があれば、そもそもサービス終了にならないのだ。
(スキップボタンを実装するのとは、わけが違うんだ)
ベルガモットが控えめに息をつく。
「この世界の滅亡を防ぐ手立てが見つかったと思ったのですが」
「……ごめん」
「いえ! 千枝を責めるつもりは毛頭ございません!」
「他にないかのぅ」
サンダルウッドが腕を組み、のんびりとした口調で言った。
「おふらいんやぱっけーじとは違うが、方法を変えて残っているものが」
「方法を変えて……」
私は、懸命に記憶を探る。
「あー……。一度サ終したけれど、タイトルに『Re』をつけて数ヶ月後に復活したパターンもあったような」
「ほぅ」
「でも半年以上の間が空いてて、その間は存在しないことになるから、やっぱり一度世界は壊れてしまうのかな」
「いいや。その場合は再開に向けて、会社に世界のデータが残っておるじゃろ。それなら問題なしじゃ」
公開までブランクがあっても、作り続けていれば世界は保たれるようだ。
「……だけどこれも、難しいね」
「難しいですか」
「私が最後に書くシナリオが余程みんなの心に届かない限り、復活してほしいという意見は来ないだろうし」
「なぁに言うておる」
飄々とした様子のまま、サンダルウッドが目を光らせた。
「届かない限り、ではない。続きが作られるようにやるんじゃよ、お前さんが」
「う、うん。それは勿論、その気で書くよ。最初からそのつもり。でも、この方法じゃ絶対はないから……」
「滅亡がかかっておるのじゃ。やるしかあるまいて、のぅ?」
プレッシャーがすごい。
「……ひゃい」
温かな手が、肩にかかった。
「千枝はこの困難に全力で挑んでくれると、自分も信じております」
追い打ち来た。
「とはいえ、いくつか保険を掛けておくのも必要ではないでしょうか」
保険?
「それは、儂も思うた。他に世界を残す方法はないかのぅ」
と、言われても。
私はこれまでやってきた自分の仕事を思い出す。
(形として残す。形として残す……)
私は他にもソーシャルゲームの仕事をしてきた。全てサービス終了と同時に、私が仕事をした証は消え失せてしまった。
(本当にねぇ。ソーシャルゲームはよほどのことがない限り、完全に消滅するからね。次の仕事を探す際に先方に過去の実績伝えても、存在しない適当なタイトルでっち上げてると疑われても無理ない状態だからなぁ)
デジタル作品の怖さがここにある。なんだかんだで、紙などの媒体で物理的に手元に残るのは強い。
(私の作品関連で残っているものなんて、イベント限定で販売したアクリルキーホルダーくらいだもんなぁ。記念に二つほどもらったけど。あれだけが私が間違いなくその仕事をした証だよ)
その時、静かな音楽が耳に届いた。振り返ると、ベルガモットがレトロなプレイヤーにレコードをセットし、動かしていた。
「あ、これ……」
ゲームのホーム画面でいつも流れている曲だ。静かで落ち着く、可愛い曲。
「少々お疲れの様でしたので、差し出がましいとは思いましたが」
「ううん、ありがとうベルガモット」



