「わかった、受け入れる」
私はついに両手を上げて降参する。
「何があったか知らんけど、私は自分の作った『アロマリア譚詩曲』の世界に来ちゃったってことでいいよね?」
いわゆる異世界転生、いや異世界転移だな。今の私の服装は、さっき雨村さんと会議してた時に着ていたカットソーとデニムパンツそのままだし、恐らく頭もピンクプリンだろう。
「で、どうすればいいの? 君たちは何をさせたくて、私をこの世界に呼び寄せたの? チート能力で世界の救済?」
「別に、何もしなくていいよ」
明るいグリーンのストレートなロン毛が顔の右半分を覆う青年が口を開く。ペパーミントだ。彼は髪に隠れていないアイスブルー色の左の瞳で、私に冷ややかに見た。
「あんたにはここで、俺らと一緒に滅んでもらう。それだけ」
……なんて?
「滅ぶ、って言った?」
「そう聞こえなかった? あんた、耳まで悪いの?」
「まで」ってなんだ、「まで」って! 他にどっか悪いみたいな言い方するな。あぁ、そうだよ、彼をこういうキャラに設定したのも私だよ。
「ペパーミント。一緒に滅ぶって、どういうこと?」
「この世界は百日後に消え去るんだろう? あんたにもそれに付き合ってもらうってこと」
(百日後に消え去る?)
私ははたと気付く。ペパーミントは、三ヶ月後のサービス終了のことを言っているのだろうか。
「え? サ終って、作中人物にも伝わってるものなの?」
「カモミールが気付いて、教えてくれた」
「カモミールが?」
私は首を巡らせ、カモミールを見る。透き通るような白い肌に雪のように白い髪、はちみつ色の瞳。そんな彼が、儚げに微笑んだ。
「あ、そっか。カモミールには予知の力があるもんね。こんなことまでわかっちゃうんだ。へー……」
その途端、ベッドがバンッと大きな音を立てた。反動で私の体が跳ねる。
チュベローズの隣に立っていた、ジュニパーベリー――ウェーブがかった黒髪に病的なほど青白い肌を持つ壮年の大男が、ベッドに拳を叩き込んでいた。
「へー、とは気楽なものだな。創造主よ」
(ひぇ)
深い藍の瞳が、深海の冷たさを私に伝える。イケオジキャラなので、怒りの仕草も年輪を感じさせ重々しい。
「貴様はそうやって気楽にこの世界を作っていたのだろう。だが我らにとって物語の終焉は世界の滅亡だ。分かるか。我らは百日後、貴様の無力によって死を迎えるのだ」
「そ……」
そんな風に責められても、と思う。ゲームは私一人で作っているわけじゃないのだから。
だが、世界の滅亡を三ヶ月後に迎えようとしている彼らの気持ちは、察するに余りある。
「……ごめん」
「もういい。お前にもどうにもならんのだろう。創造主」
チュベローズは冷たく言って、サッと背を向けた。銀髪が輝きを放ちながら揺れる。
「せめて責任者として、この世界の行く末を俺たちと共に見届けるのだな。皆、行くぞ」
そう言い残すと、チュベローズは大股で部屋から出て行ってしまった。他のイケメンたちも彼に続く。私と一切目を合わせない者もいれば、もの言いたげな一瞥を残す者もいた。やがて扉が固い音を立てて閉ざされると、部屋はしんと静まり返った。
(それにしても、私のこと創造主なんて呼びながら、扱いが雑過ぎない!?)
時間が経つにつれ、じわじわと腹が立って来た。
世界の滅亡に関して、この地に生きる彼らが激怒するのは理解できる。その責任の一端が私にあるのは確かだし、責めたくなるのも分かる。
「だけどさ! 私なんて所詮、案件契約のしがない雇われシナリオライターよ? 会社の要望や都合に添うようにしか書かせてもらえないんだから仕方ないじゃん」
最初に考えていたストーリーも設定も、ゲームを運営していくうちに先方の都合で色々変更になってしまった。ユーザーアンケートに基づき、その期待に応えるようにと変えられたのだ。勿論、私が最初から考えていたものが正解とは言い切れない。ひょっとしたら、私が我を通すことでサービス終了が早まった可能性だってある。
けれど、この事態が運営の指示に従った結果であるなら、責任を取らなきゃいけないのは私ひとりじゃないはずだ。
(……この世界は、滅亡する)
ここへ来て私は、ゾッと全身が凍えた。
そうだ、この世界は百日後に消え去る。据え置きゲーム機にソフトをセットして遊ぶコンシューマーゲームとは異なり、ソーシャルゲームはサービスを終了すればアクセスが不可能となる、多くの場合データごとこの世から消え去ってしまう。私たちで言うなら、ある日突然「百日後に地球は、木っ端みじんに砕け散りますよ」と宣告されるようなものだろう。
(そして今私がいるのは、滅びが確定した世界)
ほんの数時間前、無職になることを心配していた頃がもはや懐かしい。今の私は彼らと共にこの世界ごと消え去る運命なのだから。しかも自分の生み出したキャラクターたちに恨まれながら。
その時、控えめなノックの音が聞こえた。
「は、はいぃっ!」
反射的に私は枕を引き寄せしがみつく。
正直怖かった、彼らは、この世界を滅亡へと導いた私を恨んでいる。残りの百日間、彼らの怒りがどんな形で私に向かうか、あまり考えたくなかった。
(滅びを共にするって言ってたから、死刑はないよね? じゃあ、拷問? 百日間じわじわと痛めつけられる?)
無駄とは知りつつベッドの端まで下がり身を縮め、震えながら枕をギチギチと締め付ける。
けれど耳に届いたのは、予想したものとは異なる穏やかな声だった。
「我が創造主。部屋に入ってもよろしいでしょうか」
(この声は、ベルガモット!)
彼は私にとって、最も思い入れのあるキャラクターだ。私の理想を投影したと言ってもいい。
「どうぞ」
「失礼いたします」
礼儀正しい仕草で入室してきたのは、まごうことなきベルガモットだった。
ほぼ黒髪に見える緑がかった短めの髪に金の瞳、暗めの緋色のシャツに黒のジャケットがよく映える。長身、広い肩幅、熱い胸板、程よい筋肉。性格は真面目で穏やか、落ち着きのある人格者。ゲーム開始のチュートリアルではシステムを一つ一つ説明する案内役であり、本編開始後は主人公にとって最も忠誠心の高い戦士――アロマリアとなる。
そんなベルガモットは、ティーポットとカップを乗せた銀のトレイを手にして扉の前に立っていた。
「お茶をお持ちしました」
(ベルガモットがお茶?)
とくんと胸が弾む。理想を集約させた存在が、私のためにお茶を用意してくれたのだ。
(いや、待て!)
穏やかな顔をしているが、ベルガモットもこの世界の住人。やはり私を恨んでいる一人なのではなかろうか。
カップの中に琥珀色の液体が注がれる。アールグレイの芳香が鼻腔をくすぐった。
「どうぞ、我が創造主」
(う……)
もしや中に怪しい薬が? それとも毒が? カップを取るか取るまいか指先が躊躇する。私はベルガモットの心の内を読み取ろうと、彼の様子を盗み見た。
こっちを真っ直ぐに見ていたベルガモットと目が合う。彼は柔らかに微笑んだ。
(ん゛っ!)
理想の権化が、私のために淹れてくれた紅茶だ。しかもゲーム内と違い、手を伸ばせば実際に飲める。
(もういい。中に何を仕込まれていようが、ベルガモットのお茶なら本望ぉお!)
警戒心はどこかへはじけ飛ぶ。私は温かなカップを手に取り、中の液体を口へと運んだ。
(うっま!)
これまで飲んだことがないほど、薫り高く華やかな味わいだ。
「美味しい……」
アールグレイに染まった呼気と共に、感想が漏れる。ベルガモットは嬉しそうに頬を緩めた。
「良かったです」
穏やかな声。この世界に来て初めて触れた優しさに、じわりと目頭が熱くなった。
「……ベルガモットが淹れてくれたこの紅茶になら、ぐすっ、殺されてもいい」
「ころっ!? 紅茶で人は殺せませんよ!」
私はついに両手を上げて降参する。
「何があったか知らんけど、私は自分の作った『アロマリア譚詩曲』の世界に来ちゃったってことでいいよね?」
いわゆる異世界転生、いや異世界転移だな。今の私の服装は、さっき雨村さんと会議してた時に着ていたカットソーとデニムパンツそのままだし、恐らく頭もピンクプリンだろう。
「で、どうすればいいの? 君たちは何をさせたくて、私をこの世界に呼び寄せたの? チート能力で世界の救済?」
「別に、何もしなくていいよ」
明るいグリーンのストレートなロン毛が顔の右半分を覆う青年が口を開く。ペパーミントだ。彼は髪に隠れていないアイスブルー色の左の瞳で、私に冷ややかに見た。
「あんたにはここで、俺らと一緒に滅んでもらう。それだけ」
……なんて?
「滅ぶ、って言った?」
「そう聞こえなかった? あんた、耳まで悪いの?」
「まで」ってなんだ、「まで」って! 他にどっか悪いみたいな言い方するな。あぁ、そうだよ、彼をこういうキャラに設定したのも私だよ。
「ペパーミント。一緒に滅ぶって、どういうこと?」
「この世界は百日後に消え去るんだろう? あんたにもそれに付き合ってもらうってこと」
(百日後に消え去る?)
私ははたと気付く。ペパーミントは、三ヶ月後のサービス終了のことを言っているのだろうか。
「え? サ終って、作中人物にも伝わってるものなの?」
「カモミールが気付いて、教えてくれた」
「カモミールが?」
私は首を巡らせ、カモミールを見る。透き通るような白い肌に雪のように白い髪、はちみつ色の瞳。そんな彼が、儚げに微笑んだ。
「あ、そっか。カモミールには予知の力があるもんね。こんなことまでわかっちゃうんだ。へー……」
その途端、ベッドがバンッと大きな音を立てた。反動で私の体が跳ねる。
チュベローズの隣に立っていた、ジュニパーベリー――ウェーブがかった黒髪に病的なほど青白い肌を持つ壮年の大男が、ベッドに拳を叩き込んでいた。
「へー、とは気楽なものだな。創造主よ」
(ひぇ)
深い藍の瞳が、深海の冷たさを私に伝える。イケオジキャラなので、怒りの仕草も年輪を感じさせ重々しい。
「貴様はそうやって気楽にこの世界を作っていたのだろう。だが我らにとって物語の終焉は世界の滅亡だ。分かるか。我らは百日後、貴様の無力によって死を迎えるのだ」
「そ……」
そんな風に責められても、と思う。ゲームは私一人で作っているわけじゃないのだから。
だが、世界の滅亡を三ヶ月後に迎えようとしている彼らの気持ちは、察するに余りある。
「……ごめん」
「もういい。お前にもどうにもならんのだろう。創造主」
チュベローズは冷たく言って、サッと背を向けた。銀髪が輝きを放ちながら揺れる。
「せめて責任者として、この世界の行く末を俺たちと共に見届けるのだな。皆、行くぞ」
そう言い残すと、チュベローズは大股で部屋から出て行ってしまった。他のイケメンたちも彼に続く。私と一切目を合わせない者もいれば、もの言いたげな一瞥を残す者もいた。やがて扉が固い音を立てて閉ざされると、部屋はしんと静まり返った。
(それにしても、私のこと創造主なんて呼びながら、扱いが雑過ぎない!?)
時間が経つにつれ、じわじわと腹が立って来た。
世界の滅亡に関して、この地に生きる彼らが激怒するのは理解できる。その責任の一端が私にあるのは確かだし、責めたくなるのも分かる。
「だけどさ! 私なんて所詮、案件契約のしがない雇われシナリオライターよ? 会社の要望や都合に添うようにしか書かせてもらえないんだから仕方ないじゃん」
最初に考えていたストーリーも設定も、ゲームを運営していくうちに先方の都合で色々変更になってしまった。ユーザーアンケートに基づき、その期待に応えるようにと変えられたのだ。勿論、私が最初から考えていたものが正解とは言い切れない。ひょっとしたら、私が我を通すことでサービス終了が早まった可能性だってある。
けれど、この事態が運営の指示に従った結果であるなら、責任を取らなきゃいけないのは私ひとりじゃないはずだ。
(……この世界は、滅亡する)
ここへ来て私は、ゾッと全身が凍えた。
そうだ、この世界は百日後に消え去る。据え置きゲーム機にソフトをセットして遊ぶコンシューマーゲームとは異なり、ソーシャルゲームはサービスを終了すればアクセスが不可能となる、多くの場合データごとこの世から消え去ってしまう。私たちで言うなら、ある日突然「百日後に地球は、木っ端みじんに砕け散りますよ」と宣告されるようなものだろう。
(そして今私がいるのは、滅びが確定した世界)
ほんの数時間前、無職になることを心配していた頃がもはや懐かしい。今の私は彼らと共にこの世界ごと消え去る運命なのだから。しかも自分の生み出したキャラクターたちに恨まれながら。
その時、控えめなノックの音が聞こえた。
「は、はいぃっ!」
反射的に私は枕を引き寄せしがみつく。
正直怖かった、彼らは、この世界を滅亡へと導いた私を恨んでいる。残りの百日間、彼らの怒りがどんな形で私に向かうか、あまり考えたくなかった。
(滅びを共にするって言ってたから、死刑はないよね? じゃあ、拷問? 百日間じわじわと痛めつけられる?)
無駄とは知りつつベッドの端まで下がり身を縮め、震えながら枕をギチギチと締め付ける。
けれど耳に届いたのは、予想したものとは異なる穏やかな声だった。
「我が創造主。部屋に入ってもよろしいでしょうか」
(この声は、ベルガモット!)
彼は私にとって、最も思い入れのあるキャラクターだ。私の理想を投影したと言ってもいい。
「どうぞ」
「失礼いたします」
礼儀正しい仕草で入室してきたのは、まごうことなきベルガモットだった。
ほぼ黒髪に見える緑がかった短めの髪に金の瞳、暗めの緋色のシャツに黒のジャケットがよく映える。長身、広い肩幅、熱い胸板、程よい筋肉。性格は真面目で穏やか、落ち着きのある人格者。ゲーム開始のチュートリアルではシステムを一つ一つ説明する案内役であり、本編開始後は主人公にとって最も忠誠心の高い戦士――アロマリアとなる。
そんなベルガモットは、ティーポットとカップを乗せた銀のトレイを手にして扉の前に立っていた。
「お茶をお持ちしました」
(ベルガモットがお茶?)
とくんと胸が弾む。理想を集約させた存在が、私のためにお茶を用意してくれたのだ。
(いや、待て!)
穏やかな顔をしているが、ベルガモットもこの世界の住人。やはり私を恨んでいる一人なのではなかろうか。
カップの中に琥珀色の液体が注がれる。アールグレイの芳香が鼻腔をくすぐった。
「どうぞ、我が創造主」
(う……)
もしや中に怪しい薬が? それとも毒が? カップを取るか取るまいか指先が躊躇する。私はベルガモットの心の内を読み取ろうと、彼の様子を盗み見た。
こっちを真っ直ぐに見ていたベルガモットと目が合う。彼は柔らかに微笑んだ。
(ん゛っ!)
理想の権化が、私のために淹れてくれた紅茶だ。しかもゲーム内と違い、手を伸ばせば実際に飲める。
(もういい。中に何を仕込まれていようが、ベルガモットのお茶なら本望ぉお!)
警戒心はどこかへはじけ飛ぶ。私は温かなカップを手に取り、中の液体を口へと運んだ。
(うっま!)
これまで飲んだことがないほど、薫り高く華やかな味わいだ。
「美味しい……」
アールグレイに染まった呼気と共に、感想が漏れる。ベルガモットは嬉しそうに頬を緩めた。
「良かったです」
穏やかな声。この世界に来て初めて触れた優しさに、じわりと目頭が熱くなった。
「……ベルガモットが淹れてくれたこの紅茶になら、ぐすっ、殺されてもいい」
「ころっ!? 紅茶で人は殺せませんよ!」



