ゲームの創造神たる私は、サ終と共に滅する運命です【長編版】

「どうした、愚物。これもお前の作り上げた施設だろうが」
「そうだけど!」
「なら、入ってこい」
「入れるか!」
 温泉施設であった。
 この敷地内にいるのは、主人公以外全て男である。つまり男女の浴室を分ける必要がないため、そもそも女湯は作られていないのだ。当然ながら私が引きずり込まれそうになっているのは、男湯となる。なお、プレイヤーの分身である司令官は、自室にバスルームがあるという設定になっている。
「別にお前をここでどうこうするつもりはない。安心しろ」
「安心できるか。中に人がいるかもしれないんでしょ?」
「いても不思議ではないな。ここは訓練場に併設されている。訓練後のアロマリアが、よく汗を流しに来る」
(じゃあ、さっき訓練場にいたクベバとブラックペッパーがいるかもしれないじゃない!)
 温泉施設がアロバラの世界にあることは当然把握している。そしてここでの彼らの立ち絵は,腰巻きタオル姿だ。だが、湯につかる時はさすがにもっと開放的な姿になっている可能性が高い。
「いいから来い」
「ぎゃー、見たくない!」
 ベルガモットの艶めかしい姿を見たい欲はあるけど、男の集団のそういう姿は見たくない!
「この、往生際の悪い……!」
「ギャー、力ずくで引きずり込むな、変態!」
「誰が変態だ!」
 その時、ペタペタという足音と共に、誰かが近づいて来た。
「誰? チュベローズともう一人、いる?」
(この声は……)
 ふんわりと寝ぼけたようなとろとろおっとりボイス。湯気の向こうから姿を現したのは、湯気の化身のごとく白い肌と銀髪を持った、カモミールだった。
「あぁあっ! カモミール、ストップ! こっち来ちゃだめぇ!」
 言いながら、私はチュベローズの拘束を振りほどき、慌てて自分の両目を手で覆う。のんびりおっとりしたカモミールであれば、腰にタオルすら巻かずに究極に無防備な姿で出てくる可能性がある。私は彼の尊厳を守るため、目隠しをしたうえで壁の方を向き、身を縮めた。
「創造主? どうしてそんな格好をしているの?」
「さぁな」
 呆れたようなチュベローズの声が重なる。
「馬鹿やってないで立て、愚物」
「先にちゃんとしまってくれなきゃ、見るわけにはいかないでしょ」
「しまうって、何をだ」
「言えるか!」
 背後から盛大な溜息が聞こえた。
「おい、愚物」
「何?」
 次の瞬間、チュベローズは強引に私を立たせ、カモミールの方を向かせた。
「ちょおぉおおい!」
 慌てて振りほどこうとした私であったが、不可抗力で湯上りのカモミールと正面から向き合うこととなる。そして、彼の姿を目にしてぽかんとなった。
「え? 水着?」
 カモミールは、水泳パンツをはいていた。
「あれ? お風呂なのに水着つけてる……」
 期間限定イベントで実装された、キャラクターに合わせた華やかなものじゃなく、学校指定水着のようなとてもシンプルなものだったけれど。
「当たり前だろうが」
 チュベローズがこつんと私の頭を小突いた。
「大浴場で水着着用は常識だ。一体何を想像していた」
 何を想像って……。
(あ、そっか。ここの温泉は欧米スタイルってことか)
 海外の人は、日本人が温泉に全裸で入ることに驚くと聞く。私は水着の有無までシナリオに書かなかったし、立ち絵は腰巻きタオルだったから、てっきり日本スタイルだと思い込んでいたのだけど。
「良かった……」
 私はへなへなと崩れ落ちる。そこへカモミールが近づいて来た。私と目線を合わせるようにしゃがみ込み、白い素肌でもたれかかってくる。
「ちょっとカモミール、水滴がまだ」
「あ、本当だ。創造主、濡れちゃった」
 カモミールが小首をかしげると、透き通った銀髪から水滴また一つ転がり落ちた。
「冷たい!」
「ごめんね? じゃあ、創造主も一緒にお風呂入ろ?」
「え?」
「冷たかったんでしょ? 温泉、温かいよ」
 言ったかと思うと、カモミールは軽々と私を抱き上げた。華奢な体つきのキャラクターなのに、とんだ力持ちである。カモミールは迷いのない足取りで、温泉へと向かっていく。
「待って待ってカモミール!」
「ん? なぁに?」
「私、水着着てない」
「……本当だ」
 カモミールは足を止め、どうしたものかと思案顔をする。しかしすぐさま「ま、いっか」と小さく言った。
「いっか、って何が?」
「服でも、お風呂入っていいよね」
(良くない!)
 抵抗しようにも、下手な動きをすればカモミールの剥き出しの柔肌に触れてしまう。
「ちゅ、チュベローズ! 助けて!」
「……やれやれ」
 チュベローズは億劫そうに髪をかきあげると、大股でこちらへ近づいて来た。温泉に向かって進むカモミールの進路を遮る。
「? なぁに、チュベローズ」
「下ろしてやれ。嫌がってる」
「嫌がってる?」
 カモミールは不思議そうに私の顔を覗き込む。
「創造主、お風呂、いや?」
「お風呂は嫌じゃないけど、今は入りたくないかな」
「そうなんだ」
 カモミールはあっさりと私を解放した。
(助かった)
 ほっと息をつく私の襟首を、チュベローズがくいっと引く。
「ちょっと、乱暴に引っ張らないで。足元が濡れてて……」
「見ろ」
 チュベローズが壁際に向かって指を差す。私は恐る恐るそちらに目をやった。
(わ……)
 そこにあったのは、色とりどりのバスオイルだった。
(ベルガモットに、ネロリ、こっちはチュベローズ……)
アロマリアの全員分のものが揃っている。それどころか、まだキャラクターとして登場していない、ラベンダーやマグノリア、ヒノキなどのアロマまでも。
「これって……」
「俺たちアロマリアは、自分と同じ名のアロマオイルを使った湯に入ると、その期間中は戦闘力が上がる」
(あ……!)
 言われてみれば、そんな設定を最初は考えていた。案として会社に提出もした。ただ、システムとして実装はされなかったけど。
「お前がそう決めたから、俺たちはここぞという時にこれを使っている。それに助けられたこともある」
「そう、なんだ」
「お前が決めたのだろう。忘れるな」
 そんなこと言われても、実際のゲームでは採用されなかった案なのだから、記憶が薄れていても仕方ないと思う。

 温泉施設を出て訓練場に戻ってくると、私たちはそこを出てすぐ目の前にあるバーへ足を運んだ。
「あん? 開いてんな」
 チュベローズが扉を押し開く。
「昼間は開いてない設定だけど」
「あぁ、この時間はまだのはずだが」