ゲームの創造神たる私は、サ終と共に滅する運命です【長編版】

「でやっ! せあっ!」
「甘い! フッ!」
「こんにゃろっ! これなら、どうだぁっ!」
 中央のステージから、暑苦しい怒鳴り声が聞こえてくる。声の主はまだ少年らしさを残したクベバであった。日に焼けた浅黒い肌に、橡色の瞳とオリーブブラウンの髪が素朴なイメージを醸し出している。けれど発する声は、腹から出ていてかなり力強い。
「でやっ! くそっ! おらおらっ!」
「動きが単調だ。敵に軌道を読まれたら、隙をつかれるぞ」
 相手をしているのは、左目を覆うアイパッチが印象的な長身の男だ。
「読まれても、スピードでなんとやしてやるっつの!」
「馬鹿め」
 アイパッチの男はミルキーブラウンの髪を靡かせながら、クベバの拳を難なく避ける。そしてその腕を掴むと捻り上げた。
「わわっ!」
クベバの体が宙を舞う。地面に叩きつけられる直前、アイパッチの男が腕を上方へ引いたため、軽い音を立ててギリギリ着地することが出来た。
「ほらな」
「ガーッ! ブラックペッパー、この野郎! 手加減しやがっただろ!」
「手加減されたくなければ、もう少し腕を上げてこい」
 ブラックペッパーと呼ばれたアイパッチの男は静かに言い捨て、クベバの手を離す。
「どわっ!」
 バランスを失ったクベバは、その場に無様にしりもちをついた。
(おぉ、すごい……)
 私自身は戦闘シーンを書くことは殆どない。それはシステム上のバトルモードで補填されるからだ。実際に目にする彼らの戦いは、舞のようにすら見えるほど鮮やかで美しかった。
「で」
 ブラックペッパーの明るいアンバーの瞳がこちらを向く。
「何の酔狂だ、チュベローズ。そいつをここへ連れて来るとは」
「おぉ、それがだな」
 チュベローズが口を開きかけた瞬間だった。座り込んでいたクベバの表情が険しいものに変わった。
「あっ、そいつ!」
 叫んだかと思うと、こちらに向かって猛進してきた。憤怒の形相で。
「俺らの世界を終わらせるダメダメ神じゃん! くっそ、一発殴らせろ!」
(ひぃいいい!!)
 ここまで一片の躊躇もなく拳を固めて殴りかかってくる人間、私の人生で遭遇したことがない。恐怖でその場に根が生えたように動けなくなった私の前に、チュベローズはそっと片手を伸ばした。
(いや、その腕じゃあれは止められないでしょ!)
 そんなことを思った私の前に、黒い影が飛び込んできた。黒のジャケットを見につけたブラックペッパーだ。
 それは一瞬のことで、何が起きたか全くわからなかった。ブラックペッパーが私の元を離れた時は既に、クベバが地面に転がっていたからだ。
「ってぇ! 何すんだよ、ブラックペッパー」
「……俺とて、この出来損ないの創造主には、あまりいい感情をいだいていない。だが」
 ブラックペッパーは、琥珀色の瞳で振り返る。
「チュベローズがこの者を傷つけることを良しとしていないからな」
 彼の瞳は、私を庇うように前に差し出した、チュベローズの手を見ていた。
「はんっ! チュベローズの腰巾着がよぉ」
 クベバは、まだ子どもらしい顔を悔しげに歪める。
「結局、チュベローズには逆らえないんだろ、ブラックペッパー」
「そうだ」
「情けねぇな、弱虫野郎」
「その弱虫野郎に負けたお前に言われてもな」
 ブラックペッパーの淡々とした言葉に、クベバは鼻を膨らませる。
「負けてねぇよ! まだ!」
「負けていただろう、どう見ても」
「負けてねぇ! 生きてる限りは負けてねぇ!!」
 クベバは地団駄を踏むと、再び私へあからさまな敵意を向ける。しかし、チュベローズとブラックペッパーが私を守るように立ちはだかっているのを見て、諦めたのだろう。歯噛みをし、一つ舌打ちをするとその場を後にした。
「よくやった、ブラックペッパー」
 チュベローズの言葉に、ブラックペッパーは一つため息をつく。
「……さっきも言ったが、俺とてそいつにいい感情は抱いていない。チュベローズ、お前がそいつを庇ってさえいなければ、見殺しにしていた」
(ひぃ!)
 ブラックペッパーはそう言い残し、彼もまた訓練所を出ていく。黒く広い背中が扉の向こうへ消えると、私はへなへなと腰を抜かした。
「どうした、愚物」
(どうしたって……)
 あんなにはっきりと濃厚な憎悪、しかも命にかかわるレベルのものを向けられたのは、人生初めてのことだ。
「これが、現実?」
「あぁ?」
「チュベローズが私に見せたかった現実って、こういうこと?」
「あぁ、まぁ。これも一つであることは間違いないな」
 私は震える足で立ち上がる。そしてふらふらと訓練所の外へ向かって歩き出した。
「どこへ行く気だ。まだお前に見せるものは他にあるぞ」
「もういい」
「あん?」
「もういい、わかった! みんな私のこと恨んで嫌ってる、そういうことでしょ?」
 胸の奥がキリキリと痛む。少しでも気を抜けば、泣いてしまいそうだった。
「みんなを不快にさせないように、私は部屋にこもる。それでみんなと一緒にこの地で終わりを迎える。それでいいよね?」
 向けられた冷たい感情が辛すぎて、みんなのためにギリギリまであがきたいという気持ちは消えてしまっていた。
「そういうことだから、もう私にかまわないで」
「待て」
「放っておいて」
「待てっつってんだろ!」
 チュベローズが強引に私の腕を引く。
「痛いから! 離し……」
「勝手に終わってんじゃねぇぞ。ふざけるな」
 威圧的なその声に、私の言葉は喉の所で止まった。
 チュベローズのエメラルドのような瞳は、私を射抜くように見ていた。
「俺様が、お前に見せる場所があると言ってるんだ。しのごの言ってねぇで、黙ってついて来い」
 それは紛れもなく命令だった。そして私は、その言葉に抗うことが出来なかった。

 そんなチュベローズに次に連れて来られた場所は。
「ちょっと待て!」
 思わずツッコミが入ってしまった。