ゲームの創造神たる私は、サ終と共に滅する運命です【長編版】

 席から立ち上がったチュベローズは、私に近づいてくると腕を掴んだ。
「行くってどこに?」
「決まっている。次の場所だ」
「次の場所?」
「お前が見ておくべき場所はいくらでもある。悠長にしていられん」
 そうだけど!
 チュベローズが半分無理矢理食べさせたマドレーヌのせいで、私のお腹の虫が覚醒しちゃったんですが。大合唱してるの聞こえたよね?
「チュベローズ、あの。私ちょっとご飯が食べたいなぁ、なんて」
「ここへ来た時、すぐに注文していれば食べられただろうな。だが時間がない、行くぞ。恨むなら、モタモタしていた自分を恨め」
(正論! この野郎!)
 私は半ば引きずられるようにして、カフェテリアを後にする。何とはなしに振り返ると、先程まで窓際の席にいたジュニパーベリーとベンゾインは姿を消していた。
 カフェテリアを出ると、花壇に彩られた中庭を横切る渡り廊下に出る。中庭のベンチには、明るいグリーンのストレートヘアが顔の右半分を覆っている人物が座っていた。
「こんなところで何やってんの、あんた」
「ペパーミント……!」
 珍獣を見るような目つきで私を見ながら、ペパーミントがベンチから立ち上がり近づいてくる。彼の問いに答えたのはチュベローズだった。
「フン、こいつが部屋に引きこもってうだうだしていたからな。俺様が引きずり出してやった」
「へぇ、そうなんだ」
 特にどうといった感情も見せず、ペパーミントは私へ視線を向けている。分かりやすく表現すれば「ふーん」もしくは「どうでもいい」と言った顔つきだ。
「じゃあな、俺様たちは急いでいる」
「どこ行くのさ?」
「まずは施設内。それから遠征先を、こいつに見せる」
 そんなに連れ回される予定!? 敷地内の設備だけで、色々あったよね? 背景画像、数えたことないけど。
「なんかその人、乗り気じゃなさそうに見えるけど?」
 ペパーミント! 分かってくれるんだ。
「腹減ってるからだろ。仔牛のヴァンルージュを食いたそうにしていたが、時間がないから連れ出してきた」
 気付いてるじゃん、チュベローズ。理解した上で、私が食べるの阻止したのか。
「あぁ、仔牛のヴァンルージュ? あれ、滅多に出ないよね。美味しかったよ」
 食ったんだ、ペパーミント。
「あぁ、俺様も食った。赤ワインとマディラ酒の絶妙な配合がとても気に入っている」
 チュベローズ、お前もかい。
(何それぇ……)
 食べられなくてしょんぼりしてる人間を前にして、思い出反芻して幸せそうな顔にならないでくれないかな、二人とも? 酷いよ、君ら。
 あ、もしかしてこれ報復? こういう形で、じわじわ精神的に追いつめるパターンですか?
「じゃあな、俺様はこいつを図書館へ連れて行く」
「あ、うん」
 ひらひらとペパーミントが手を振り、何の感慨もない顔で私を見送る。
「創造主さぁ」
 五歩ほどチュベローズと進んだところで、ペパーミントの声が飛んで来た、
「何?」
「仔牛のヴァンルージュ、食べたかった?」
「食べたかったよ」
「ふぅん、そう」
 それだけ言って、ペパーミントはカフェテリアの扉の向こうへ姿を消した。
(なんだってのよ、もう)
 さっき食べたマドレーヌで、消化器官が活発に動き出したようでお腹が「ぐぅ」と鳴る。
(あぁ、もう)
「腹の虫は、脂肪の断末魔と聞いたことがある」
「……知ってる」
 でもなんで、私がアロバラで書いてもいない知識を、彼が持ってるんだろう。
「良かったな」
 チュベローズは、片方の口端を軽く上げて笑った。
(良かった、って何? 痩せられて良かったな、って意味? 余計なお世話!)

 渡り廊下を進み、私たちはひときわ立派な建物へと足を踏み入れる。ここは応接室や作戦司令室がある場所だ。戦地へ向かう転送装置に繋がる扉も目に入り、その性質上全体的に厳めしい雰囲気が漂ってる。コツリコツリという足音が、重々しさに一層の拍車をかけていた。
(わ……)
 場を満たす緊迫感に、私も身を固くする。
(彼らは、ここから派遣されてるんだ……)
 私は「一日五回の出撃はノルマだから」と気軽にスマホの画面をポチポチして、彼らを戦場へ送り出していたけれど。
(戦いに赴く彼らは、どんな気持ちであの扉をくぐっていたんだろ)
 ふと、ジュニパーベリーの怒り顔を思い出す。カフェテリアでは何も言ってこなかったが、どんな感情を秘めているかは彼の冷ややかな蒼紫の瞳が雄弁に語っていた。
 建物の出口が見えてくる。
(チュベローズは施設を案内するって言ってるけど、他の場所には誰がいるんだろう)
 ジュニパーベリーとベンゾインの、明確に怒りを滲ませた瞳。そしてペパーミントの「どうでもいい」と言った表情。
(ここに来てから、ベルガモットやネロリ、クラリセージの優しい雰囲気に甘えていたけど……)
 私は滅びの決まった世界に、多数決で召喚されたのだ。あの光に包まれた出口の先で、誰にどんな顔をされるのだろうか。
 足が止まる。自分が愛情をもって生み出したキャラクターから、恨まれているという事実を目にしたくなかった。
「どうした、愚物」