「……え?」
俺は思わず言葉を失った。
聞き間違いかと思ったが、朝陽先輩の顔を見てそうじゃないと悟る。
だってそこには、苦しそうに眉を寄せる先輩がいた。
「その先は言わないで」
「先輩……?」
なんでそんなことを言うのだろう。
ってより、なんでそんな顔をするんだ。
わけがわからず戸惑う俺に、先輩は苦しそうに眉を寄せた。
「だって、それ聞いたら終わっちゃうでしょ?」
「終わる?」
思わず聞き返す。
一体何が終わるのかわからない。
朝陽先輩はわずかに視線をそらしたあと、自嘲するように笑った。
「俺と三木君の関係が、終わっちゃう」
心臓が嫌に鳴る。さっきまでの爽やかな気持ちに、真っ黒な墨汁でもかけたように、心の彩度が急速に失われていく。
何か勘違いをしているんだ。もしそうならば誤解を解かなければ。
「あの、先輩——」
「大丈夫。分かってたから」
まるで制するように、朝陽先輩の声が重なる。
「三木君は優しいから、俺の提案を断れなかっただけってことも、はなから俺に脈なんてなかったことも、俺ちゃんと分かってるよ」
「先輩、ちょっと」
「おれ、三木君の優しさに付け込んでたよね」
「ち、違っ」
「大丈夫。もう諦めるし」
朝陽先輩は俺を見ない。
分かってるっていったい何を?
分かってない。全然分かってない。
そう言いたいのに、俺の声は全く先輩には届いていない。
まるで透明人間にでもなったような気分だ。
それでも簡単に諦めきれるわけもなく、俺は何度だって声を出す。
「先輩、一度俺の話を――」
「ごめん、今はまだ気持ちが……」
確かな拒絶に、反射的に泣きそうになった。
けれど、目の前の先輩はなぜか俺より泣きそうだった。
――なんで先輩の方が泣きそうなんだよ。
そう思ったとき、先輩がポツリとつぶやいた。
「直接言われたら、多分もう立ち直れないと思う。だから……、だからもうそっとしておいてほしい」
その言葉に、俺の中のなにかがぷつりと切れた。
俺は気づけば量の拳をぎゅっと握り、大きく息を吸い込んでいた。
「ひ、人の話を、聞けーーっ!!」
こんなに大きく叫んだのは、冗談抜きで産声以来かもしれない。
それほどに大きな声だった。
自分でも、こんな声が出せたのかと驚いたが、目の前の朝陽先輩はそれ以上に驚いたようで、大きく目を瞠っていた。
「お願いだから……お願いだから俺の話を聞いてください」
そう切実にお願いする。
慣れないことをしたからか、声が、手が、足が、小さく震える。
それでも、そんなこと気にしていられないくらい必死だった。
「……わかった」
先輩は観念したように小さく頷くと、やっと俺を見てくれた。
その瞳に吸い込まれるように、言葉が自然と零れ落ちた。
「俺、先輩が好きです」
静かな部室に、俺の声がゆっくりと沈んでいく。
「……え?」
まるで想像していなかったとでもいうように、朝陽先輩はパチパチと目を瞬かせる。
「先輩が言ったんじゃないですか。自分の気持ちに優しくなっていいって。……だから俺、伝えに来たんです」
いまいちよく分かってない先輩は、なぜかきょろきょろとあたりを見渡す。
「……ちなみに、ドッキリではないです」
俺も朝陽先輩に告白されたときに同じことをしたからわかる。
それでも朝陽先輩は俺の告白を信じてないようで、訝しげに俺を見る。
「で、でも、だって……俺聞いたんだよ。三木君がバレー部やめること。あと、俺を振ることも」
「ええ?! そ、そんなこと俺は言ってません!」
まったく身に覚えのない発言にすぐに否定する。
頭の中ではてなが止まらない。一体誰に聞いたんだ。
「いや、確かに聞いたよ! さっき園芸部の部室で部長さんと話してたろ? たまたま扉開けたらその会話が聞こえちゃって……。盗み聞きするつもりはなかったんだけどさ」
「それは――」
森川先輩との話を思い出しながら、「もしかして」と予感が脳をよぎった。
「朝陽先輩。その話、ちゃんと最初から最後まで聞きましたか?」
「え? あー……そう言えば、途中からだったかも。『やめます』って三木君が宣言してて。部活の掛け持ちが無理って話の流れ的に、バレー部をやめだろうなって……」
「なるほど」
頭が痛い。なんでそう勝手に解釈するんだ。
「先輩いいですか。俺がやめるのは園芸部です」
はっきりと告げると、朝陽先輩の大きな声が耳を揺らす。
「ええ?! 待って、園芸部をやめるの? なんで?」
「園芸部よりやりたいことが見つかったから」
「やりたいこと……?」
「その、せ、先輩の隣にずっといたいなって」
途端に顔が熱くなる。
「そ、それに植物は別に園芸部じゃなくてもお世話できるから」
俺は恥かしさを散らすように、わざと話を変えた。
「いいの?」
「はい。自分の心に優しくなってみました」
「やばい、どうしよう。嬉しすぎる」
泣きそうな顔の朝陽先輩を見て、つられてこっちまで泣きたくなる。
「でも、待って。じゃあ俺に言いづらいって言ってたのは? 俺を振るから気まずいってことじゃないの?」
先輩は前のめりに訊ねてくる。
「いや、それはその……。は、恥ずかしいって意味です」
頬を染めながら伝えると、朝陽先輩は脱力したように椅子に座る。
「俺の勘違いじゃん……。もう本当に振られるって人生イチ落ち込んだのに」
朝陽先輩はそういったあとに、「ん?」と何かに気づき、いきなり立ち上がった。
「じゃあちょっとまって。もしかして俺たち……両想い?」
「そ、そういうことになりますね」
照れを隠すように、こめかみをぽりぽりと掻いてみる。
「じゃあこれからはもう気持ちを抑えなくていいんだ」
「抑えてなかったじゃないですか」
だって毎日「可愛い」「好き」って言われてきた。
「いや、俺の想いはそんなもんじゃないよ。あんまりしつこいと嫌われるかなって五回に一回は我慢してたもん」
あれで我慢していた方だとは。これから先、やっていけるか急に不安だ。
「……猛アタックはほどほどにしていただけると」
前にも告げた言葉をもう一度伝えると、朝陽先輩はいたずらっぽく目を細めた。
「無理。だって俺、バレー部だよ? アタックしなきゃはじまらないじゃん」
だから誰がうまいこと言えって言ったよ。
「あのさ、一つお願いがあるんだけど」
朝陽先輩はどこかそわそわしながら、俺の顔を窺うように見つめた。
「なんですか?」
「あの……その……。千尋って名前で呼んでいい?」
「あ……はい」
なんだそんなことか。名前くらい、許可なく呼べばいいのに。
朝陽先輩は「部長さんが呼んでるの聞いて、正直妬いた」と唇を突き出す。
可愛い。可愛くて仕方ない。
沸き上がった胸のときめきに悶えていると、朝陽先輩が少し言いにくそうに俺を見た。
「それでさ、俺も名前で呼んでほしい」
言われてすぐに頬に熱が集まった。
自分が呼ばれる分には何ともなかったが、自分が呼ぶとなると話は別だ。
なんだか恋人同士みたいで気恥ずかしい。いや、恋人同士なんだが。
さっきまで「名前くらい」なんて思っていたが、名前を呼ぶことのハードルが目の前に高くそびえたつ。
それでも、呼びたくないわけではなくて。むしろ呼びたい。
告白だってしたんだ。きっとこれからもっと恋人らしいこともするのだろう。なら、名前くらい呼べなくてどうする。
俺は薄く唇を噛んで湿らすと、ごくりと喉を鳴らした。
「ゆ……ゆ……悠先輩」
「なあに? 千尋」
目の前にはにっこにこの悠先輩。
その瞬間、耳がぶわっと熱くなる。たかが名前だ。でも人を下の名前で呼んだのなんて小学生ぶりだ。
それに、千尋という先輩の甘ったるい声。
名前なんて親に何万回と呼ばれてきたはずなのに。全然違う。
恋人ってすごい。
どこもかしこも真っ赤になっている俺を見て、悠先輩が目を細める。
「これからよろしくね、千尋」
悠先輩はゆっくりと顔を近づけると――俺のおでこにキスをした。
「なっ……え、は?!」
言葉にならない声を漏らすと、悠先輩は顔いっぱいに笑みを広げた。
それはカレンデュラのように眩しくて、どこまでも優しい笑顔だった。
俺は思わず言葉を失った。
聞き間違いかと思ったが、朝陽先輩の顔を見てそうじゃないと悟る。
だってそこには、苦しそうに眉を寄せる先輩がいた。
「その先は言わないで」
「先輩……?」
なんでそんなことを言うのだろう。
ってより、なんでそんな顔をするんだ。
わけがわからず戸惑う俺に、先輩は苦しそうに眉を寄せた。
「だって、それ聞いたら終わっちゃうでしょ?」
「終わる?」
思わず聞き返す。
一体何が終わるのかわからない。
朝陽先輩はわずかに視線をそらしたあと、自嘲するように笑った。
「俺と三木君の関係が、終わっちゃう」
心臓が嫌に鳴る。さっきまでの爽やかな気持ちに、真っ黒な墨汁でもかけたように、心の彩度が急速に失われていく。
何か勘違いをしているんだ。もしそうならば誤解を解かなければ。
「あの、先輩——」
「大丈夫。分かってたから」
まるで制するように、朝陽先輩の声が重なる。
「三木君は優しいから、俺の提案を断れなかっただけってことも、はなから俺に脈なんてなかったことも、俺ちゃんと分かってるよ」
「先輩、ちょっと」
「おれ、三木君の優しさに付け込んでたよね」
「ち、違っ」
「大丈夫。もう諦めるし」
朝陽先輩は俺を見ない。
分かってるっていったい何を?
分かってない。全然分かってない。
そう言いたいのに、俺の声は全く先輩には届いていない。
まるで透明人間にでもなったような気分だ。
それでも簡単に諦めきれるわけもなく、俺は何度だって声を出す。
「先輩、一度俺の話を――」
「ごめん、今はまだ気持ちが……」
確かな拒絶に、反射的に泣きそうになった。
けれど、目の前の先輩はなぜか俺より泣きそうだった。
――なんで先輩の方が泣きそうなんだよ。
そう思ったとき、先輩がポツリとつぶやいた。
「直接言われたら、多分もう立ち直れないと思う。だから……、だからもうそっとしておいてほしい」
その言葉に、俺の中のなにかがぷつりと切れた。
俺は気づけば量の拳をぎゅっと握り、大きく息を吸い込んでいた。
「ひ、人の話を、聞けーーっ!!」
こんなに大きく叫んだのは、冗談抜きで産声以来かもしれない。
それほどに大きな声だった。
自分でも、こんな声が出せたのかと驚いたが、目の前の朝陽先輩はそれ以上に驚いたようで、大きく目を瞠っていた。
「お願いだから……お願いだから俺の話を聞いてください」
そう切実にお願いする。
慣れないことをしたからか、声が、手が、足が、小さく震える。
それでも、そんなこと気にしていられないくらい必死だった。
「……わかった」
先輩は観念したように小さく頷くと、やっと俺を見てくれた。
その瞳に吸い込まれるように、言葉が自然と零れ落ちた。
「俺、先輩が好きです」
静かな部室に、俺の声がゆっくりと沈んでいく。
「……え?」
まるで想像していなかったとでもいうように、朝陽先輩はパチパチと目を瞬かせる。
「先輩が言ったんじゃないですか。自分の気持ちに優しくなっていいって。……だから俺、伝えに来たんです」
いまいちよく分かってない先輩は、なぜかきょろきょろとあたりを見渡す。
「……ちなみに、ドッキリではないです」
俺も朝陽先輩に告白されたときに同じことをしたからわかる。
それでも朝陽先輩は俺の告白を信じてないようで、訝しげに俺を見る。
「で、でも、だって……俺聞いたんだよ。三木君がバレー部やめること。あと、俺を振ることも」
「ええ?! そ、そんなこと俺は言ってません!」
まったく身に覚えのない発言にすぐに否定する。
頭の中ではてなが止まらない。一体誰に聞いたんだ。
「いや、確かに聞いたよ! さっき園芸部の部室で部長さんと話してたろ? たまたま扉開けたらその会話が聞こえちゃって……。盗み聞きするつもりはなかったんだけどさ」
「それは――」
森川先輩との話を思い出しながら、「もしかして」と予感が脳をよぎった。
「朝陽先輩。その話、ちゃんと最初から最後まで聞きましたか?」
「え? あー……そう言えば、途中からだったかも。『やめます』って三木君が宣言してて。部活の掛け持ちが無理って話の流れ的に、バレー部をやめだろうなって……」
「なるほど」
頭が痛い。なんでそう勝手に解釈するんだ。
「先輩いいですか。俺がやめるのは園芸部です」
はっきりと告げると、朝陽先輩の大きな声が耳を揺らす。
「ええ?! 待って、園芸部をやめるの? なんで?」
「園芸部よりやりたいことが見つかったから」
「やりたいこと……?」
「その、せ、先輩の隣にずっといたいなって」
途端に顔が熱くなる。
「そ、それに植物は別に園芸部じゃなくてもお世話できるから」
俺は恥かしさを散らすように、わざと話を変えた。
「いいの?」
「はい。自分の心に優しくなってみました」
「やばい、どうしよう。嬉しすぎる」
泣きそうな顔の朝陽先輩を見て、つられてこっちまで泣きたくなる。
「でも、待って。じゃあ俺に言いづらいって言ってたのは? 俺を振るから気まずいってことじゃないの?」
先輩は前のめりに訊ねてくる。
「いや、それはその……。は、恥ずかしいって意味です」
頬を染めながら伝えると、朝陽先輩は脱力したように椅子に座る。
「俺の勘違いじゃん……。もう本当に振られるって人生イチ落ち込んだのに」
朝陽先輩はそういったあとに、「ん?」と何かに気づき、いきなり立ち上がった。
「じゃあちょっとまって。もしかして俺たち……両想い?」
「そ、そういうことになりますね」
照れを隠すように、こめかみをぽりぽりと掻いてみる。
「じゃあこれからはもう気持ちを抑えなくていいんだ」
「抑えてなかったじゃないですか」
だって毎日「可愛い」「好き」って言われてきた。
「いや、俺の想いはそんなもんじゃないよ。あんまりしつこいと嫌われるかなって五回に一回は我慢してたもん」
あれで我慢していた方だとは。これから先、やっていけるか急に不安だ。
「……猛アタックはほどほどにしていただけると」
前にも告げた言葉をもう一度伝えると、朝陽先輩はいたずらっぽく目を細めた。
「無理。だって俺、バレー部だよ? アタックしなきゃはじまらないじゃん」
だから誰がうまいこと言えって言ったよ。
「あのさ、一つお願いがあるんだけど」
朝陽先輩はどこかそわそわしながら、俺の顔を窺うように見つめた。
「なんですか?」
「あの……その……。千尋って名前で呼んでいい?」
「あ……はい」
なんだそんなことか。名前くらい、許可なく呼べばいいのに。
朝陽先輩は「部長さんが呼んでるの聞いて、正直妬いた」と唇を突き出す。
可愛い。可愛くて仕方ない。
沸き上がった胸のときめきに悶えていると、朝陽先輩が少し言いにくそうに俺を見た。
「それでさ、俺も名前で呼んでほしい」
言われてすぐに頬に熱が集まった。
自分が呼ばれる分には何ともなかったが、自分が呼ぶとなると話は別だ。
なんだか恋人同士みたいで気恥ずかしい。いや、恋人同士なんだが。
さっきまで「名前くらい」なんて思っていたが、名前を呼ぶことのハードルが目の前に高くそびえたつ。
それでも、呼びたくないわけではなくて。むしろ呼びたい。
告白だってしたんだ。きっとこれからもっと恋人らしいこともするのだろう。なら、名前くらい呼べなくてどうする。
俺は薄く唇を噛んで湿らすと、ごくりと喉を鳴らした。
「ゆ……ゆ……悠先輩」
「なあに? 千尋」
目の前にはにっこにこの悠先輩。
その瞬間、耳がぶわっと熱くなる。たかが名前だ。でも人を下の名前で呼んだのなんて小学生ぶりだ。
それに、千尋という先輩の甘ったるい声。
名前なんて親に何万回と呼ばれてきたはずなのに。全然違う。
恋人ってすごい。
どこもかしこも真っ赤になっている俺を見て、悠先輩が目を細める。
「これからよろしくね、千尋」
悠先輩はゆっくりと顔を近づけると――俺のおでこにキスをした。
「なっ……え、は?!」
言葉にならない声を漏らすと、悠先輩は顔いっぱいに笑みを広げた。
それはカレンデュラのように眩しくて、どこまでも優しい笑顔だった。

