裏庭にあるプレハブでできた用具倉庫兼、園芸部の部室で、目の前に座る森川先輩は意外そうに目を見張った。
「じゃあ今、バレー部と園芸部の掛け持ちしてんの?」
「はい……」
「僕の受験勉強中にそんなことが起きていたとは」
「あ、そういえば指定校推薦おめでとうございます」
「うん、ありがとう」
細いフレーム眼鏡の向こう側で、森川先輩が穏やかに微笑む。
森川先輩は二人だけの園芸部のもう一人の部員であり、部長だ。
夏休み前から大学受験のため部活から足が遠のいていたが、この度推薦が決まったらしく、こうして報告へ来てくれた。
二人だけの部員ということもあって、俺は森川先輩のことをほとんど兄のように慕っている。
というわけでこの一ヶ月に起きた出来事も、洗いざらいすべて打ち明けたのだ。
「それにしても、バレー部のエースが千尋を……。それって確か、朝陽くん……だっけ?」
「知ってるんですか?」
「超有名人じゃん。県選抜のエースでもあるって聞いたよ」
知らなかった。というか俺、朝陽先輩のこと、まだ全然知らないな。
一ヶ月という時間は、人を知るにはまだまだ足りない。
「でもへぇ、そっかー。猛アタックされてるんだ。バレー部だけに」
森川先輩は楽しそうに目を細め、小刻みに肩を揺らした。完全に楽しんでる。
「他人事だと思って」
「だって、実際他人事だもん」
まぁそれはそうだけど。もっと親身になってくれてもいいと思う。
「今日は? バレー部は大丈夫なの?」
「月曜は練習休みなんです」
だから毎週月曜日は、園芸部の活動に集中している。
朝陽先輩からは、月曜も園芸部の活動を手伝いたいと申し出があったが、それは丁重に断った。休みの日くらいは、体を休めてほしい。
「そっか。で、どうするつもりなの?」
森川先輩に問われ、俺はわずかに視線を落とした。
「あー……まだ迷ってて」
だって付き合うってよくわからない。好きだって気持ちも。
「ふぅん。まぁ僕はいいと思うけどね、バレー部のマネージャー」
「あ、そっち」
完全に告白のことかと思っていた。恥ずかしい。
「いや、告白は僕が口出しすることじゃないでしょ。そこは千尋がしっかり答えだして。でも、マネージャーは続けた方が良いと思ってるよ。告白の答えに関わらず」
「え、なんでですか?」
朝陽先輩を振るなら、マネージャーもやめなければと思っていた俺は、その選択肢に目を丸くした。
「人ってさ、頑張ってる人が近くにいると、自分ももう少し頑張ろうって思えるじゃん?」
急に何の話だろうと首を傾げる。
「実際、僕もそうだったんだ」
「へ?」
「園芸部の先輩たちが卒業して、一人になったとき、実はもうやめちゃおうかなって思ってたんだよね。園芸部」
「……初耳です」
言ってないからね、と森川先輩は軽やかに流す。
「でも、そんなとき、千尋が入部してくれた。千尋って、自分では気づいてないんだけど、すごい努力家なんだよ。草むしりとか、水やりみたいな小さな仕事にも全力だし」
森川先輩は何かを思い出すように、わずかに目を細めた。
「そんな姿を見せられたら、辞めるなんて言ってらんないなって。いつも励まされてた」
思いもよらない言葉に、俺は目を瞬かせる。
「だから僕はね、千尋はもっと評価されるべきだって思ってるし、そのためにも外に出てもっといろんな人と関わってもらいたいなって思ってる」
真っ直ぐに伝えられた言葉に戸惑う。面映ゆい。
「それにさ、マネージャーの仕事、実は楽しいでしょ」
「そっ、それは……」
思わず口ごもってしまう。なんでわかるんだ。
「ほらやっぱり。なんかすごくイキイキしてるもん」
森川先輩は俺の心の中を見透かすように、目を眇めた。
「バレー部は……、確かに楽しいです」
でも、と俺は言葉を続ける。
「同時に、不安にもなるんです。……俺なんかがここにいていいのかなって」
言葉にしてみて初めて、自分の煮え切らない思いに気づく。あまりに卑屈だけれど、そう思ってしまうから仕方ない。
「だって、バレー部ってみんなキラキラしてて。だから俺だけ場違いな気がしちゃうんです」
「バレー部の人たちって、そんなに人を見下すような嫌な人たちなの?」
俺は急いで首を横に振った。
「全然! むしろいい人たちばっかりで……」
「ふふっ。……うん、やっぱりさ千尋。バレー部のマネージャー、正式になりな」
「え?」
聞いてました? と顔を歪めて森川先輩を見ると、先輩はなぜか楽しそうに微笑んでいた。
「それで、園芸部はこの代で終わりにしよう」
「……は?」
さらりと告げられた言葉に、俺はぴたりと動きを止める。
何を言っているか分からない。けれど、先輩の表情を見るに、どうやら冗談ではないらしい。
「な、何言ってるんですか。もしバレー部のマネージャーをするにしても、これまで通り掛け持ちできますよ!」
「それは、朝陽くんに手伝ってもらってたからだろ?」
森川先輩にしては鋭い言い方に、少しひるむ。
「……なら、マネージャーは諦めます。園芸部あっての俺だし」
俺も負けじと言い返す。だってそんなの元も子もない。
けれど、森川先輩はゆっくりと顔を横に振った。
「違うんだ。バレー部はただのきっかけ。遅かれ早かれ相談しようと思ってた。だって俺が卒業したら千尋は一人になるだろ? 一人は何かと大変だよ。僕は経験あるからわかるんだ」
「……でもじゃあ、花壇はどうなるんですか?」
「大丈夫。花のお世話は用務員さんにお願いするから。もちろん園芸部がなくなっても、花壇がなくなるわけじゃないから、水やりだとか手伝うのは千尋の自由だよ」
しんとしたプレハブ小屋に、森川先輩の言葉だけが響く。
それってつまり――。
「……俺はもう必要ないってことですか?」
ポツリと溢れた言葉は、自分でも驚くほどに情けなかった。
森川先輩は静かに首を横に振る。
「違うよ。そうじゃなくて、バレー部が千尋を必要としてるってこと」
「…………」
うまく言葉がまとまらず、俺は視線を伏せた。
「今すぐに答えだせとは思ってないよ。でも、一人で部を背負うのは大変だし、もっと千尋には人と関わってもらいたいなって思ってたから。もしかしたら今が千尋の脱皮の時なのかもって」
穏やかな口調も相まって、森川先輩がいつになく大人びて見える。
いつだって先輩は正しい。だからきっと、今回も正しいのだろう。そうわかっても、簡単には受け入れられず、俺は薄く唇をかんだ。
確かにバレー部のみんなは俺を受け入れてくれている。マネージャーの仕事だって楽しい。
それでも、園芸部という居場所を失ってまで飛び込む勇気は、今の俺にはない。
だって、もしダメだった時、戻る場所がなくなってしまう。
「……考えておきます」
「うん」
弱々しく言い放つと、森川先輩はまた眼鏡の奥で微笑んだ。
その時、部室の扉がゆっくりと開いた。
「三木君いるー……って、あ。やっぱりここだった」
朝陽先輩だ。
俺を見つけた朝陽先輩の顔が緩み、同時に目の前の森川先輩に気づき、ハッと表情を変えた。
「あ、ごめん。……取り込み中だった?」
「えっと……」
咄嗟に先輩に視線を向けると、先輩はなぜか嬉しそうに微笑んだ。
「いや、大丈夫だよ。部内会議は終わったところ」
朝陽先輩はホッと胸をなでおろすと、ぺこりと森川先輩に会釈をする。
「今日部活休みだし、園芸部のお手伝いしようかなって思って来たんだけど」
「いや、そんな大丈夫ですって。毎日の練習でお疲れだろうし、今日くらい休んでください」
バレー部のエースにそこまでさせるなんてと勢いよく首を横に振れば、朝陽先輩は少し気恥ずかしそうにうっすらと頬を染めた。
「……というのは実は口実で、本当はそのあと一緒に帰りたいだけ。だから手伝わせて、お願い」
いつも飄々としている先輩の、思いがけない照れに、またも不意打ちで胸が疼く。
なんだこれと胸を押さえながら、どう返事をすればよいか戸惑っていると、パイプ椅子がわずかに床と擦れる音がして、森川先輩が立ち上がった。
「千尋、あとは俺がやっとくから、今日は彼と帰りな」
「え、でも……」
「大丈夫。ずっと千尋ひとりに任せてたし、今日くらい僕がやるよ。部長命令」
俺はそれ以上何も言えず、軽く頭を下げた。
「じゃあ、お願いします」
満足げに頷く森川先輩に見守られながら、俺は荷物をまとめて朝陽先輩のもとへ駆け寄る。
部室を出る直前、森川先輩の声が背中に投げかけられる。
「千尋。答えはきっともうお前の中に出てるはずだよ。二つとも、ね」
俺は軽く頷くと、そのまま部室を後にした。
「あのさ」
部室から一歩出たところで、朝陽先輩が口を開く。
「さっきのって、園芸部の部長さん?」
心なしか、いつもよりトーンが低い気がして顔を見上げるが、逆光で表情がよく見えない。
「あ、はい。推薦で受験合格されたので、今日はその報告に」
「へぇ。……ずいぶん仲良さそうだよね」
「まぁ、はい。仲は良いですね」
いつもならそのあと、他愛のない会話が始まり、『三木君、今日もかわいいね』なんて言われるのだが、なぜか今日はそれがない。
口数の少ない朝陽先輩ってなんか変だ。夏に雪がふるくらい変だ。
でも今日は俺もそんな気分じゃないから少しありがたい。
そのとき、朝陽先輩がポツリと呟いた。
「『千尋』ねぇ……」
けれどその声はあまりに小さくて、俺の耳には届かない。
「ん? 何か言いましたか?」
「いや、なにも」
わずかに強張った表情が気にはなったが、それ以上は聞くのをやめた。
――答えはきっともうお前の中に出てるはずだよ。二つとも、ね。
さっきの森川先輩の言葉を、頭の中で何度も反芻する。
そんなの俺だってわかってる。でも――。
隣を歩く朝陽先輩は俺とは釣り合わないほどにキラキラしてて、その眩しさに俺はすぐに目を逸らしてしまった。
「じゃあ今、バレー部と園芸部の掛け持ちしてんの?」
「はい……」
「僕の受験勉強中にそんなことが起きていたとは」
「あ、そういえば指定校推薦おめでとうございます」
「うん、ありがとう」
細いフレーム眼鏡の向こう側で、森川先輩が穏やかに微笑む。
森川先輩は二人だけの園芸部のもう一人の部員であり、部長だ。
夏休み前から大学受験のため部活から足が遠のいていたが、この度推薦が決まったらしく、こうして報告へ来てくれた。
二人だけの部員ということもあって、俺は森川先輩のことをほとんど兄のように慕っている。
というわけでこの一ヶ月に起きた出来事も、洗いざらいすべて打ち明けたのだ。
「それにしても、バレー部のエースが千尋を……。それって確か、朝陽くん……だっけ?」
「知ってるんですか?」
「超有名人じゃん。県選抜のエースでもあるって聞いたよ」
知らなかった。というか俺、朝陽先輩のこと、まだ全然知らないな。
一ヶ月という時間は、人を知るにはまだまだ足りない。
「でもへぇ、そっかー。猛アタックされてるんだ。バレー部だけに」
森川先輩は楽しそうに目を細め、小刻みに肩を揺らした。完全に楽しんでる。
「他人事だと思って」
「だって、実際他人事だもん」
まぁそれはそうだけど。もっと親身になってくれてもいいと思う。
「今日は? バレー部は大丈夫なの?」
「月曜は練習休みなんです」
だから毎週月曜日は、園芸部の活動に集中している。
朝陽先輩からは、月曜も園芸部の活動を手伝いたいと申し出があったが、それは丁重に断った。休みの日くらいは、体を休めてほしい。
「そっか。で、どうするつもりなの?」
森川先輩に問われ、俺はわずかに視線を落とした。
「あー……まだ迷ってて」
だって付き合うってよくわからない。好きだって気持ちも。
「ふぅん。まぁ僕はいいと思うけどね、バレー部のマネージャー」
「あ、そっち」
完全に告白のことかと思っていた。恥ずかしい。
「いや、告白は僕が口出しすることじゃないでしょ。そこは千尋がしっかり答えだして。でも、マネージャーは続けた方が良いと思ってるよ。告白の答えに関わらず」
「え、なんでですか?」
朝陽先輩を振るなら、マネージャーもやめなければと思っていた俺は、その選択肢に目を丸くした。
「人ってさ、頑張ってる人が近くにいると、自分ももう少し頑張ろうって思えるじゃん?」
急に何の話だろうと首を傾げる。
「実際、僕もそうだったんだ」
「へ?」
「園芸部の先輩たちが卒業して、一人になったとき、実はもうやめちゃおうかなって思ってたんだよね。園芸部」
「……初耳です」
言ってないからね、と森川先輩は軽やかに流す。
「でも、そんなとき、千尋が入部してくれた。千尋って、自分では気づいてないんだけど、すごい努力家なんだよ。草むしりとか、水やりみたいな小さな仕事にも全力だし」
森川先輩は何かを思い出すように、わずかに目を細めた。
「そんな姿を見せられたら、辞めるなんて言ってらんないなって。いつも励まされてた」
思いもよらない言葉に、俺は目を瞬かせる。
「だから僕はね、千尋はもっと評価されるべきだって思ってるし、そのためにも外に出てもっといろんな人と関わってもらいたいなって思ってる」
真っ直ぐに伝えられた言葉に戸惑う。面映ゆい。
「それにさ、マネージャーの仕事、実は楽しいでしょ」
「そっ、それは……」
思わず口ごもってしまう。なんでわかるんだ。
「ほらやっぱり。なんかすごくイキイキしてるもん」
森川先輩は俺の心の中を見透かすように、目を眇めた。
「バレー部は……、確かに楽しいです」
でも、と俺は言葉を続ける。
「同時に、不安にもなるんです。……俺なんかがここにいていいのかなって」
言葉にしてみて初めて、自分の煮え切らない思いに気づく。あまりに卑屈だけれど、そう思ってしまうから仕方ない。
「だって、バレー部ってみんなキラキラしてて。だから俺だけ場違いな気がしちゃうんです」
「バレー部の人たちって、そんなに人を見下すような嫌な人たちなの?」
俺は急いで首を横に振った。
「全然! むしろいい人たちばっかりで……」
「ふふっ。……うん、やっぱりさ千尋。バレー部のマネージャー、正式になりな」
「え?」
聞いてました? と顔を歪めて森川先輩を見ると、先輩はなぜか楽しそうに微笑んでいた。
「それで、園芸部はこの代で終わりにしよう」
「……は?」
さらりと告げられた言葉に、俺はぴたりと動きを止める。
何を言っているか分からない。けれど、先輩の表情を見るに、どうやら冗談ではないらしい。
「な、何言ってるんですか。もしバレー部のマネージャーをするにしても、これまで通り掛け持ちできますよ!」
「それは、朝陽くんに手伝ってもらってたからだろ?」
森川先輩にしては鋭い言い方に、少しひるむ。
「……なら、マネージャーは諦めます。園芸部あっての俺だし」
俺も負けじと言い返す。だってそんなの元も子もない。
けれど、森川先輩はゆっくりと顔を横に振った。
「違うんだ。バレー部はただのきっかけ。遅かれ早かれ相談しようと思ってた。だって俺が卒業したら千尋は一人になるだろ? 一人は何かと大変だよ。僕は経験あるからわかるんだ」
「……でもじゃあ、花壇はどうなるんですか?」
「大丈夫。花のお世話は用務員さんにお願いするから。もちろん園芸部がなくなっても、花壇がなくなるわけじゃないから、水やりだとか手伝うのは千尋の自由だよ」
しんとしたプレハブ小屋に、森川先輩の言葉だけが響く。
それってつまり――。
「……俺はもう必要ないってことですか?」
ポツリと溢れた言葉は、自分でも驚くほどに情けなかった。
森川先輩は静かに首を横に振る。
「違うよ。そうじゃなくて、バレー部が千尋を必要としてるってこと」
「…………」
うまく言葉がまとまらず、俺は視線を伏せた。
「今すぐに答えだせとは思ってないよ。でも、一人で部を背負うのは大変だし、もっと千尋には人と関わってもらいたいなって思ってたから。もしかしたら今が千尋の脱皮の時なのかもって」
穏やかな口調も相まって、森川先輩がいつになく大人びて見える。
いつだって先輩は正しい。だからきっと、今回も正しいのだろう。そうわかっても、簡単には受け入れられず、俺は薄く唇をかんだ。
確かにバレー部のみんなは俺を受け入れてくれている。マネージャーの仕事だって楽しい。
それでも、園芸部という居場所を失ってまで飛び込む勇気は、今の俺にはない。
だって、もしダメだった時、戻る場所がなくなってしまう。
「……考えておきます」
「うん」
弱々しく言い放つと、森川先輩はまた眼鏡の奥で微笑んだ。
その時、部室の扉がゆっくりと開いた。
「三木君いるー……って、あ。やっぱりここだった」
朝陽先輩だ。
俺を見つけた朝陽先輩の顔が緩み、同時に目の前の森川先輩に気づき、ハッと表情を変えた。
「あ、ごめん。……取り込み中だった?」
「えっと……」
咄嗟に先輩に視線を向けると、先輩はなぜか嬉しそうに微笑んだ。
「いや、大丈夫だよ。部内会議は終わったところ」
朝陽先輩はホッと胸をなでおろすと、ぺこりと森川先輩に会釈をする。
「今日部活休みだし、園芸部のお手伝いしようかなって思って来たんだけど」
「いや、そんな大丈夫ですって。毎日の練習でお疲れだろうし、今日くらい休んでください」
バレー部のエースにそこまでさせるなんてと勢いよく首を横に振れば、朝陽先輩は少し気恥ずかしそうにうっすらと頬を染めた。
「……というのは実は口実で、本当はそのあと一緒に帰りたいだけ。だから手伝わせて、お願い」
いつも飄々としている先輩の、思いがけない照れに、またも不意打ちで胸が疼く。
なんだこれと胸を押さえながら、どう返事をすればよいか戸惑っていると、パイプ椅子がわずかに床と擦れる音がして、森川先輩が立ち上がった。
「千尋、あとは俺がやっとくから、今日は彼と帰りな」
「え、でも……」
「大丈夫。ずっと千尋ひとりに任せてたし、今日くらい僕がやるよ。部長命令」
俺はそれ以上何も言えず、軽く頭を下げた。
「じゃあ、お願いします」
満足げに頷く森川先輩に見守られながら、俺は荷物をまとめて朝陽先輩のもとへ駆け寄る。
部室を出る直前、森川先輩の声が背中に投げかけられる。
「千尋。答えはきっともうお前の中に出てるはずだよ。二つとも、ね」
俺は軽く頷くと、そのまま部室を後にした。
「あのさ」
部室から一歩出たところで、朝陽先輩が口を開く。
「さっきのって、園芸部の部長さん?」
心なしか、いつもよりトーンが低い気がして顔を見上げるが、逆光で表情がよく見えない。
「あ、はい。推薦で受験合格されたので、今日はその報告に」
「へぇ。……ずいぶん仲良さそうだよね」
「まぁ、はい。仲は良いですね」
いつもならそのあと、他愛のない会話が始まり、『三木君、今日もかわいいね』なんて言われるのだが、なぜか今日はそれがない。
口数の少ない朝陽先輩ってなんか変だ。夏に雪がふるくらい変だ。
でも今日は俺もそんな気分じゃないから少しありがたい。
そのとき、朝陽先輩がポツリと呟いた。
「『千尋』ねぇ……」
けれどその声はあまりに小さくて、俺の耳には届かない。
「ん? 何か言いましたか?」
「いや、なにも」
わずかに強張った表情が気にはなったが、それ以上は聞くのをやめた。
――答えはきっともうお前の中に出てるはずだよ。二つとも、ね。
さっきの森川先輩の言葉を、頭の中で何度も反芻する。
そんなの俺だってわかってる。でも――。
隣を歩く朝陽先輩は俺とは釣り合わないほどにキラキラしてて、その眩しさに俺はすぐに目を逸らしてしまった。

