「三木くーん、迎えきたよー」
教室の前の扉から顔を出す朝陽先輩を見て、俺は急いでリュックを背負った。
「あ、今日もまた来てる」
「ほとんど毎日だよな」
「朝陽先輩に気に入られてるなんて、三木君羨まし~」
教室のあちこちから聞こえるクラスメイトの声に思わず肩をすくめる。
告白されたあの日から、朝陽先輩はほぼ毎日教室まで迎えに来る。どうやらクラスメイトにとって、この光景はすっかり見慣れたものになったようだ。
まぁ、当の俺はいまだに慣れていないけど。
朝陽先輩の元へ向かっていると、今まさに部活に行こうとしていた木下君がちょうど話しかけているところだった。
「朝陽先輩、今日も部活前にみっきーの手伝いですか?」
「まあな。花は手をかけてやらないと立派に育たないから」
「もう立派な園芸部じゃん」
「俺は、園芸部エース兼、バレー部のエースなんだよ」
「園芸部エースってどうやったらなれるんすか」
「草むしりがめちゃくちゃ早い」
「なんだそれ」
二人は楽しそうにけらけらと笑う。俺が合流すると、木下君は「じゃ、お先に」と手を振ってそのまま体育館へ向かっていった。
「俺らも早く行こっか」
「あ、はい」
二人並んで靴箱へ向かっていると、今日も廊下をすれ違う女子の視線が肌に刺さる。
最初はいちいちびくびくしていたけれど、今ではそれも少し慣れた。だってみんなが見てるのは俺じゃなくて朝陽先輩。
俺はカレンデュラの傍に生えた雑草。きっと誰も見ていない。
そう思うだけで、頬に集まりかけた血液が分散されていく。
裏庭にあるプレハブでできた用具倉庫兼、園芸部の部室で、着替え終わった朝陽先輩を前に、俺は思わず感嘆した。
「なんでも似合っちゃうんですね……」
「そう?」
ジャージの裾を長靴に入れ、首からタオル、手には軍手なはずなのに、長身の朝陽先輩が着るとどうも様になってしまう。
それに、麦わら帽子がこんなに似合う人、はじめて見た。
麦わら帽子の会社は今すぐ朝陽先輩をモデルとして起用したほうが良い。そしたらきっと飛ぶように売れるだろう。
「今日は種まきだっけ?」
「はい。水やりは昼休みにすませちゃったので」
「オッケー。じゃあサクッとやっちゃおう」
朝陽先輩はそう微笑むと、すたすたと花壇に向かっていった。
「三木君はさ、なんで園芸部に入ったの?」
二人だけの花壇で、等間隔に開けた穴に種を蒔いていっていると、向かいの朝陽先輩が突然訊ねてきた。
「あー……植物が好きだからですかね。花をみるとこう、なんていうか落ち着きませんか?」
「うん、わかる。三木君が育てたものだって知ってると、なお」
思わず手が止まる。
「あ……ありがとうございます」
なんて言い返せばいいかわからず、俺は小さく頭を下げた。
「この花は、なんていう花? なんか種が独特だよね」
どぎまぎしている俺をよそに、朝陽先輩は三日月型の種をまじまじと見つめた。
「これはカレンデュラの種です」
「えっ……、カデデデラ?」
「カレンデュラ」
「……一生言えなさそう」
「ふふっ。和名はキンセンカっていうんです」
顔をしかめる朝陽先輩に思わず笑みがこぼれる。朝陽先輩も苦手なことがあるらしい。
「あ、そっちなら言えそう。キンセンカ、ね。どんな花なの?」
その問いかけに、俺の中の園芸部スイッチがカチッと入った。
「カレンデュラは、太陽が昇ったときに花びらが開いて沈むと閉じることから、太陽が宿る花と言われてるんです。それに色もオレンジなので、太陽そのものみたいで、とても素敵なんです。大体十月ごろまでに植えて、春先に花が咲くんですが、今年は暑かったから少し遅くに種まきしてみようかなって。実はここで朝陽先輩に告白されたときに、朝陽先輩がカレンデュラみたいに輝いてたので、今年は植えたいなって思ってて――」
そこまで話して俺は、ハッと口をつぐんだ。完全に喋りすぎた。
よく園芸部の先輩から、『植物のことになると口が達者になりすぎる』と揶揄われるが、今がまさにそれだ。
恐る恐る顔を上げると、朝陽先輩は俺を見て目を瞬かせていた。
「この花……俺に似てるから植えようと思ったの?」
「えっ、あ、はい……」
頷きながら、恥ずかしさが募る。
自分に似た花を植えようとしてるなんて、気持ち悪いと思うだろうか。
けれど朝陽先輩の反応は、予想していたものとはまったく違っていた。
「なにそれ……嬉しい」
朝陽先輩は照れながら、でも嬉しそうに笑っていた。
まるで太陽みたいに眩しい笑顔に、目を眇める。
――やっぱりカレンデュラみたいだ。
「……気持ち悪くないんですか?」
思わず訊ねると、朝陽先輩は、はて? と首を傾げる。
「全っ然気持ち悪くない。むしろ、嬉しい。だって、三木君の頭の中に、俺が少しでもいるってことでしょ?」
まっすぐに見つめられて、心臓が跳ねる。
少しでもいるなんてもんじゃない。
告白されたあの日から、俺の頭の中はほとんど朝陽先輩でいっぱいだ。
好きだって言って、毎日迎えに来て、笑いかけてきて。
こんなの気になるなという方が無理な話だ。
「でも、三木君にそんな風に言ってもらったところ申し訳ないけど、俺はそんなたいそうなもんじゃないよ。言うて、その辺の雑草」
自嘲するように笑う朝陽先輩に、俺は咄嗟に反論していた。
「そんなことないです!」
急に大きな声を出したからか、朝陽先輩の目が丸くなる。
「だって、先輩はいつも笑顔で明るくて、バレー部のみんなから慕われていて、先輩がいるだけで周りが一気に明るくなるし! 最初は見た目でカレンデュラみたいだなって思ってたけど、今はそれだけじゃなくて、中身も含めて太陽みたいだって、そう……思ってます」
勢いよく喋り始めたものの、語尾にかけて声が小さくなっていく。
顔が燃えるように熱い。こんなのまるで告白だ。いや告白より恥ずかしいかもしれない。
けれど、顔を赤らめているのは俺だけではなかった。
「なんか照れるな……」
朝陽先輩は軍手で顔を隠すと、視線を泳がせた。手の隙間から少しだけ赤い頬が見える。
――先輩も照れたりするんだ。なんか……かわいい。
いつだって余裕があって、かっこよくて、飄々としていて。
そんな朝陽先輩しか見たことがなかったから、初めて見る先輩の照れた表情に、なぜか目が離せなかった。
自分よりずいぶんと身長が高い先輩のことを、可愛いなんておかしいかもしれないけれど。
朝陽先輩は照れ隠しみたいに咳払いを一つすると、いつもの調子に戻った。
「ありがとう。今度からミドルネームカレンデュラにする。朝陽カレンデュラ悠。どう?」
「ふふっ、いいと思います。なんか強そうだし」
俺が噴き出すと、先輩もつられるように笑った。
二人でひとしきり笑ったあと、朝陽先輩は改めて、手に持っていた種をじっくりと見つめた。
「でも、そっかー。花が咲くのは春なんだ」
ポツリと呟いた朝陽先輩のその声が、なぜか少しだけ寂しそうに聞こえる。
――そっか。そのころ、俺たちが一緒にいるかはわからないんだ。
お試し期間はあと一ヶ月。
そんなの初めからわかっていたはずなのに、この花を朝陽先輩と一緒に見れないかもしれないと思うと、わずかに息が詰まる。
このカレンデュラの種が芽を出して、花を咲かせる頃。
そのとき俺たちは、どんな関係になっているのだろう。
自分がどんな答えを出すのか、全く想像がつかない。
そもそも俺はいまだに先輩が自分をなんで好きでいてくれているのか、よくわかっていない。
そして、多分そこがわからない限り、前には進めない。
「あの……、先輩はなんで俺なんかを……その、好きなんですか?」
頭で考えていた言葉がポロリと漏れて、俺は気づけばそう訊ねていた。
自分で口にしておいて、「好き」という言葉に顔が赤くなる。
……どこまで初心なんだ俺。
でも、知りたい。なんで先輩は俺が好きでいてくれるのか。
どうしても、知りたい。
縋るように見つめる俺に、朝陽先輩はゆっくりと口を開いた。
教室の前の扉から顔を出す朝陽先輩を見て、俺は急いでリュックを背負った。
「あ、今日もまた来てる」
「ほとんど毎日だよな」
「朝陽先輩に気に入られてるなんて、三木君羨まし~」
教室のあちこちから聞こえるクラスメイトの声に思わず肩をすくめる。
告白されたあの日から、朝陽先輩はほぼ毎日教室まで迎えに来る。どうやらクラスメイトにとって、この光景はすっかり見慣れたものになったようだ。
まぁ、当の俺はいまだに慣れていないけど。
朝陽先輩の元へ向かっていると、今まさに部活に行こうとしていた木下君がちょうど話しかけているところだった。
「朝陽先輩、今日も部活前にみっきーの手伝いですか?」
「まあな。花は手をかけてやらないと立派に育たないから」
「もう立派な園芸部じゃん」
「俺は、園芸部エース兼、バレー部のエースなんだよ」
「園芸部エースってどうやったらなれるんすか」
「草むしりがめちゃくちゃ早い」
「なんだそれ」
二人は楽しそうにけらけらと笑う。俺が合流すると、木下君は「じゃ、お先に」と手を振ってそのまま体育館へ向かっていった。
「俺らも早く行こっか」
「あ、はい」
二人並んで靴箱へ向かっていると、今日も廊下をすれ違う女子の視線が肌に刺さる。
最初はいちいちびくびくしていたけれど、今ではそれも少し慣れた。だってみんなが見てるのは俺じゃなくて朝陽先輩。
俺はカレンデュラの傍に生えた雑草。きっと誰も見ていない。
そう思うだけで、頬に集まりかけた血液が分散されていく。
裏庭にあるプレハブでできた用具倉庫兼、園芸部の部室で、着替え終わった朝陽先輩を前に、俺は思わず感嘆した。
「なんでも似合っちゃうんですね……」
「そう?」
ジャージの裾を長靴に入れ、首からタオル、手には軍手なはずなのに、長身の朝陽先輩が着るとどうも様になってしまう。
それに、麦わら帽子がこんなに似合う人、はじめて見た。
麦わら帽子の会社は今すぐ朝陽先輩をモデルとして起用したほうが良い。そしたらきっと飛ぶように売れるだろう。
「今日は種まきだっけ?」
「はい。水やりは昼休みにすませちゃったので」
「オッケー。じゃあサクッとやっちゃおう」
朝陽先輩はそう微笑むと、すたすたと花壇に向かっていった。
「三木君はさ、なんで園芸部に入ったの?」
二人だけの花壇で、等間隔に開けた穴に種を蒔いていっていると、向かいの朝陽先輩が突然訊ねてきた。
「あー……植物が好きだからですかね。花をみるとこう、なんていうか落ち着きませんか?」
「うん、わかる。三木君が育てたものだって知ってると、なお」
思わず手が止まる。
「あ……ありがとうございます」
なんて言い返せばいいかわからず、俺は小さく頭を下げた。
「この花は、なんていう花? なんか種が独特だよね」
どぎまぎしている俺をよそに、朝陽先輩は三日月型の種をまじまじと見つめた。
「これはカレンデュラの種です」
「えっ……、カデデデラ?」
「カレンデュラ」
「……一生言えなさそう」
「ふふっ。和名はキンセンカっていうんです」
顔をしかめる朝陽先輩に思わず笑みがこぼれる。朝陽先輩も苦手なことがあるらしい。
「あ、そっちなら言えそう。キンセンカ、ね。どんな花なの?」
その問いかけに、俺の中の園芸部スイッチがカチッと入った。
「カレンデュラは、太陽が昇ったときに花びらが開いて沈むと閉じることから、太陽が宿る花と言われてるんです。それに色もオレンジなので、太陽そのものみたいで、とても素敵なんです。大体十月ごろまでに植えて、春先に花が咲くんですが、今年は暑かったから少し遅くに種まきしてみようかなって。実はここで朝陽先輩に告白されたときに、朝陽先輩がカレンデュラみたいに輝いてたので、今年は植えたいなって思ってて――」
そこまで話して俺は、ハッと口をつぐんだ。完全に喋りすぎた。
よく園芸部の先輩から、『植物のことになると口が達者になりすぎる』と揶揄われるが、今がまさにそれだ。
恐る恐る顔を上げると、朝陽先輩は俺を見て目を瞬かせていた。
「この花……俺に似てるから植えようと思ったの?」
「えっ、あ、はい……」
頷きながら、恥ずかしさが募る。
自分に似た花を植えようとしてるなんて、気持ち悪いと思うだろうか。
けれど朝陽先輩の反応は、予想していたものとはまったく違っていた。
「なにそれ……嬉しい」
朝陽先輩は照れながら、でも嬉しそうに笑っていた。
まるで太陽みたいに眩しい笑顔に、目を眇める。
――やっぱりカレンデュラみたいだ。
「……気持ち悪くないんですか?」
思わず訊ねると、朝陽先輩は、はて? と首を傾げる。
「全っ然気持ち悪くない。むしろ、嬉しい。だって、三木君の頭の中に、俺が少しでもいるってことでしょ?」
まっすぐに見つめられて、心臓が跳ねる。
少しでもいるなんてもんじゃない。
告白されたあの日から、俺の頭の中はほとんど朝陽先輩でいっぱいだ。
好きだって言って、毎日迎えに来て、笑いかけてきて。
こんなの気になるなという方が無理な話だ。
「でも、三木君にそんな風に言ってもらったところ申し訳ないけど、俺はそんなたいそうなもんじゃないよ。言うて、その辺の雑草」
自嘲するように笑う朝陽先輩に、俺は咄嗟に反論していた。
「そんなことないです!」
急に大きな声を出したからか、朝陽先輩の目が丸くなる。
「だって、先輩はいつも笑顔で明るくて、バレー部のみんなから慕われていて、先輩がいるだけで周りが一気に明るくなるし! 最初は見た目でカレンデュラみたいだなって思ってたけど、今はそれだけじゃなくて、中身も含めて太陽みたいだって、そう……思ってます」
勢いよく喋り始めたものの、語尾にかけて声が小さくなっていく。
顔が燃えるように熱い。こんなのまるで告白だ。いや告白より恥ずかしいかもしれない。
けれど、顔を赤らめているのは俺だけではなかった。
「なんか照れるな……」
朝陽先輩は軍手で顔を隠すと、視線を泳がせた。手の隙間から少しだけ赤い頬が見える。
――先輩も照れたりするんだ。なんか……かわいい。
いつだって余裕があって、かっこよくて、飄々としていて。
そんな朝陽先輩しか見たことがなかったから、初めて見る先輩の照れた表情に、なぜか目が離せなかった。
自分よりずいぶんと身長が高い先輩のことを、可愛いなんておかしいかもしれないけれど。
朝陽先輩は照れ隠しみたいに咳払いを一つすると、いつもの調子に戻った。
「ありがとう。今度からミドルネームカレンデュラにする。朝陽カレンデュラ悠。どう?」
「ふふっ、いいと思います。なんか強そうだし」
俺が噴き出すと、先輩もつられるように笑った。
二人でひとしきり笑ったあと、朝陽先輩は改めて、手に持っていた種をじっくりと見つめた。
「でも、そっかー。花が咲くのは春なんだ」
ポツリと呟いた朝陽先輩のその声が、なぜか少しだけ寂しそうに聞こえる。
――そっか。そのころ、俺たちが一緒にいるかはわからないんだ。
お試し期間はあと一ヶ月。
そんなの初めからわかっていたはずなのに、この花を朝陽先輩と一緒に見れないかもしれないと思うと、わずかに息が詰まる。
このカレンデュラの種が芽を出して、花を咲かせる頃。
そのとき俺たちは、どんな関係になっているのだろう。
自分がどんな答えを出すのか、全く想像がつかない。
そもそも俺はいまだに先輩が自分をなんで好きでいてくれているのか、よくわかっていない。
そして、多分そこがわからない限り、前には進めない。
「あの……、先輩はなんで俺なんかを……その、好きなんですか?」
頭で考えていた言葉がポロリと漏れて、俺は気づけばそう訊ねていた。
自分で口にしておいて、「好き」という言葉に顔が赤くなる。
……どこまで初心なんだ俺。
でも、知りたい。なんで先輩は俺が好きでいてくれるのか。
どうしても、知りたい。
縋るように見つめる俺に、朝陽先輩はゆっくりと口を開いた。

