カレンデュラ先輩の猛アタックが止まらない

「みっきー! 飲み物もう足りないかも」
「新しいの準備できてますっ!」
「みっきー、この間お願いした洗濯物って……」
「そこのかごに入ってます!」
「突き指しちゃった。みっきー、テーピングお願いー」
「はい、ただいま!」
 次から次に飛んでくる声にこたえながら、俺は小さい体で体育館を駆け回る。

 バレー部のマネージャーになって早一ケ月。
 当初はどうなるかと怯えていたが、今じゃすっかり慣れたものだ。
 マネージャーをやってみて初めて気づいたが、どうやら俺は人のお世話が得意らしい。
 植物のお世話で培った観察力が、ここで役に立っているのかもしれない。

「みっきー、めちゃくちゃうまくなったよな、テーピング」
「えへへ。ありがとう」
 パイプ椅子に座る木下君の手にテープを巻きながら、思わず照れ笑う。

「それにさ、なんかみっきーのつくるスポーツドリンク、普通のよりうまい気する」
「ほんと? 嬉しいな」
 粉を溶かして作るスポーツドリンクは、規定の水量よりも少なく、つまり濃く作っている。汗を流している彼らには少し濃い味の方がよいかなという、俺なりの配慮だ。そこに気づいてもらえるなんて嬉しい。

「みっきーがマネになってくれてから、部室はきれいだし、タオルめちゃいい匂いだし、テーピングもただぐるぐる巻くだけじゃなくなったし、マジで快適」
「ちょ、ちょっと褒めすぎだよ」
 褒められ慣れてない俺は、こういう時どう反応すればいいかわからない。
「いや、マジだよ」
「そうそう、ほんと三木君には感謝しかない」
 通りかかった羽柴先輩が、ナチュラルに会話に混ざる。

「練習試合の荷物もまとめてくれるし、真面目に掃除もしてくれるし」
「羽柴先輩のくっさいサポーターも洗ってくれますしね」
 木下君がにやける。
「くっさいのはだれのサポーターでも一緒だろ。な?」
 みんなくさいよな? と同意を求められて、俺は思わず笑った。
「そうですね、みんな……くさいです」
「いや、そんな中でも一番くさいのは羽柴先輩のでしょ?」
 木下君に訊ねられて、悪ノリで頷くと羽柴先輩は笑ってくれた。
「もう今度から自分で洗うし!」
「えっ、すみません、冗談です。全然臭くないですよ!」
「必死で言われると、逆に傷つく」
 すいませんと軽く頭を下げながら、三人で笑う。
 最初の頃は想像もしていなかったけれど、今やこんな軽口まで叩けるようになった。
 バレー部は俺にとって、もう立派な居場所になりつつある。

 羽柴先輩が練習にもどると、木下君はそういえばと俺を見た。
「お試し期間、残りあと一ヶ月だっけ? もうそのままマネージャーになってよ」
「それは……、あははは」
 曖昧に笑って見せると、ふいに手元が陰った。
 どうやら誰かが俺の後ろに立っているらしい。木下君の視線が俺の頭上はるか上に向けられる。
「どうしたんすか、朝陽先輩」

 ゆっくりと上を見上げると、腕を組んだ朝陽先輩が俺たちを見下ろしている。
 肩にかけたジャージがなびいていて、妙な威圧感すらある。
「……木下。お前だけずるいぞ」
「あー、また始まった」
「俺も三木君にテーピングしてもらいたい」
 不満そうに唇突き出す朝陽先輩に、木下君は呆れている。

「えっと……、朝陽先輩もケガしたんですか?」
 一応そう訊ねるが、見る限り足も手も全然痛そうじゃない。
「してない。でも、してもらいたい」
「何言ってんすか。テープの無駄なんでやめてください」
 俺の代わりに木下君が突っ込んでくれるが、朝陽先輩は納得していないようだ。

「それより、朝陽先輩からもみっきーにマネージャー続けるように説得してくださいよ」 
「してる。毎日してる」
 朝陽先輩はなぜかしたり顔でそう言うと、「ね?」と俺に同意を求めた。
 俺は聞こえないふりをして、淡々とテーピングを巻く。

 この一ヶ月、朝陽先輩は放課後になると毎日、俺を教室まで迎えに来る。
 部活前に、一緒に園芸部の花に水やりをするためだ。
 水やりを一緒にしてくれるのは正直助かる。園芸部はいま部員が二人だけで、しかももう一人は三年の先輩で受験真っ只中なので、実質部員は俺一人のようなものなのだ。圧倒的に人手が足りていない。
 けれどそれをただ助かると簡単に受け止められない理由があった。
 それは、朝陽先輩の猛アタックがすごいからだ。

『三木君、かわいい』『三木君、すごい好き』『三木君、俺を好きになって』
 さらりと告げられる愛の言葉に、毎度こちらはあたふたが止まらない。
 一度、猛アタックは心臓に悪いからやめてほしいと告げてみたが、
『アタックは得意なんだ。こう見えて、バレー部のエースだからね』とはぐらかされた。
 誰がうまいこと言えって言ったよ。
 
 正直、朝陽先輩のことは嫌いじゃない。かっこいいとも思う。
 好意を示してくれることは嬉しいし、好きって言われるたびに心臓は跳ねる。
 でも、それが恋なのかはまだ分かっていない。
 だって俺は、恋人ができたことはおろか、初恋だってまだなのだ。
 
 それに――。
 テーピングを巻きながら、俺は体育館二階のギャラリーをちらりと見た。
 そこには今日も女子が数人、キャッキャッとバレー部の練習を見ている。
 
 朝陽先輩はかなりモテる。
 あれだけの容姿だ。きっとモテるとは思っていたが、どうやらそれは俺の想像を超えていたらしい。
 一緒にいるときに呼び出されることなんかざらにあって、今日だって、朝陽先輩がアタックを打つと黄色い声が上がったりなんかして。
 そのたびに、俺の頭に疑問が浮かぶ。
 ――なんで俺なんだろう。あんなにかわいい子たちに好かれているなら、別に俺じゃなくても……。

 なんで朝陽先輩が俺を好きなのか。そこがいまいちわかっていない俺は、朝陽先輩の想いをまっすぐに受け入れきれないでいる。
 だって、方やバレー部のエース。方や園芸部の陰キャ。
 隣に並ぶのすら、おこがましいってもんだ。

「はい。木下君、テーピング終わったよ」
「お、ありがとう」
「朝陽先輩は、ちゃんと練習してください」
「……はい」
 俺に怒られてしゅんとなる朝陽先輩に、つい口元が緩んだとき。

「あ、あぶない!」
 皆川君の声に思わず目を向けると、剛速球が俺めがけて飛んできた。
「え」
 ――顔面に当たって鼻血確定だ。
 そう悟り、咄嗟に目をぎゅっと瞑った次の瞬間、俺は誰かに引き寄せられた。同時にパアンという、ボールを弾く音が響き、すぐにボールがトントントンと静かに床を転がった。
 恐る恐る目をあける。
「ひえっ」
 あまりに近すぎる距離に朝陽先輩の顔があって、思わず声が漏れる。
 どうやら朝陽先輩は、片手で俺を抱き寄せて、もう片手でボールを弾いたらしい。

「おっまえ、皆川! ノーコンすぎ!」
「わー、すみません!」
ネットの下をくぐってこっちにくる皆川君を睨みながら、朝陽先輩は依然として俺を抱き寄せてる。
「三木君の可愛い顔に当たったらどうしてくれんだよ」
「みっきー、ほんとごめん」
 顔の前で手を合わせる皆川君に、俺は急いで首を振る。
「いや、全然! 当たってないから大丈夫」
 そんなことよりも。いつまでこの状態なんだ俺。
 おさまりがいいのか、朝陽先輩はなかなか俺を放してくれない。

「朝陽先輩も! ありがとうございましたっ! も、もう大丈夫なんで」
 両手で朝陽先輩の胸元を強く押す。
「そう? それは残念」
余裕の滲む表情でそう微笑まれ、思わず心臓がすごい速さで跳ねる。

「三木君―! ごめん、ボール出しお願いして良い?」
 コートで羽柴先輩が俺を呼ぶ。
「あ、はい!」
 俺は朝陽先輩に一礼すると、くるりと背を向けてコートへ駆けた。

 それなのになぜだろう。まだあの大きな腕で包まれているかのように、朝陽先輩に触れられた部分が熱をもってうずく。
 心臓は一向に落ち着いてくれないけれど、それはきっとボールが当たりそうになったから。そう自分に言い聞かせた。