カレンデュラ先輩の猛アタックが止まらない

「あのさ……」
 十月とはいえ、まだ暑さが残る放課後。先輩と思われる目の前のイケメンは、俺をまっすぐに見て言った。
「俺と付き合ってくれない?」

 茶色がかった髪が太陽に照らされ、一層明るく見える。加えて満面の笑み。
 その姿に、なぜか俺はカレンデュラの花を思い出していた。

 ――カレンデュラみたいな人だな。

 明るくて、鮮やかで、太陽みたいに存在感のある、そんな花。

 今年は裏庭に何を植えようかと悩んでいたけど、カレンデュラはいいかもしれない。
 ちょうどあのあたりとか。
 そんなことを考えながら少し先の植え込みをぼんやり見つめていると、視界に再びひょこりとカレンデュラ先輩が現れ、顔を覗かれた。

「おーい、聞こえてる?」
「あ、はい。えっとー……」
 いけない。今は話の途中だった。
 何の話だったっけ? とわずかに首をかしげると、先輩はなぜか楽しそうに肩を揺らした。

「ふっ。じゃぁもう一回言うね。俺と付き合って欲しい」
「付き、合う……」
 相手の言葉を復唱してみるが、まったくもって意味が分からない。
 ――俺、なんでこんなことになっているんだっけ。
 パニックになった頭は、ここに至るまでを順序だてて思い出していた。

 いつもの放課後。俺は園芸部の活動のため、中庭で花壇の手入れをしていた。
 作業もひと段落したし、そろそろ一休みでもしようかと腰をあげたとき、名前も知らないイケメンに声を掛けられた。
『三木君、ちょっといい?』
 なんで名前を知ってるんだと戸惑いながらも、その圧倒的な存在感に押され、言われるがままに後を着いて行って――今、なぜか告白されている。

 あまりに高い身長と、余裕が滲む表情から、大人びた印象を受ける彼は、制服のネクタイを無造作に緩めた。
 自分とは対照的なルックスに憧憬すら感じてしまう。

 それにしても――。
 俺は再び、ちらりとカレンデュラ先輩に目を向けた。こんなイケメンが自分に告白をしてくるなんて。きっと何かの間違いだろう。
 
 もしかしたら女子に間違えたのかもしれない。
 女子と比べればもちろん骨太だけど、男子にしては華奢な方だし、髪も最近切れてないし。
 そういえば小学生の頃はよく姉さんと二人でいると、『可愛い姉妹ねぇ』なんて言われたものだ。今はもう高一だけれど、俺の可愛さはまだ健在なのかもしれない。
 そう思って、俺はやっとこさ口を開いた。

「あの……、大変お伝えしにくいのですが、実は僕、男なんです」
 申し訳なさいっぱいでそう告げると、先輩はにっこりと微笑んだ。
「うん、知ってる。……っていうか三木君はどこからどう見てもちゃんと男に見えるよ」
 即座に答えられ、じゃあなんで告白してきたんだと、また頭を悩ませる。

 もしかすると、罰ゲームかもしれない。
 告白をOKすれば最後、その動画を撮られて拡散されるとか。
 慌ててあたりをきょろきょろと見回したが、どうやら人影はなさそうだ。
 じゃあ上か? 最近はドローンとかもあるし。
 思わず空を見上げてみたが、ドローンはおろか鳥の一匹だって飛んでいない。

――じゃぁ一体。どういうつもりで告白してきたんだ。

 残る答えは一つ。
 いやでもそんなことがあるのだろうか。
 だって、こちらは冴えない園芸部。
 今日だっていつも通り、麦わら帽子をかぶり、首にはタオル、手には軍手、足は長靴を装備して、長ジャージを長靴の中にインしている。
 さっきまで土いじりをしていたので、顔にはきっと泥がついているだろう。
 そんな男に、よりにもよってこんな爽やかでクラスでもきっと友達が多いだろう、カレンデュラのようなイケメンが恋をしたなんて。到底信じられない。

 再び黙り込んだ俺に、先輩が首を傾げた。
「どうかな?」
 誰かに告白されるどころか、こんなまっすぐに見つめられることすら初めてで、どうしていいかわからない。息がわずかに浅くなる。
「あ、あの、そ、その……」
 俺は言葉よりも先に頭を下げた。
「ご、ごめんなさい……!」
 自分のような芋が、こんなイケメンの告白を降るなんて。全世界の女子から恨まれてしまいそうだ。

「なんでか理由訊いても? ……やっぱり男だから?」
即座に、心なしか少しトーンの下がった声が耳を揺らし、俺は急いで顔を上げて首を横に振った。
「違いますっ!」

 先輩は俺の必死の否定に安堵するように息を吐くと、じゃあなんで? と瞳に疑問をにじませた。
 男同士なことよりなにより、俺にとってはもっと大事なことがある。
 それは、本当に好きな人と付き合いたいってこと。初めての恋人なら、なおさら。

 俺は再び頭を下げた。
「そもそも俺、カレンデュ……じゃなくて、あなたのことよく知らないので……。だから、すみません。付き合えません」
 だって名前だって知らない。何年生なのかも、どういう人なのかも、なにもかも。それなのに付き合えるわけがない。
 けれど次の瞬間降ってきたのは、想像していたのとは違った言葉だった。
「なんだ。……それが理由?」
 
 へ? と顔を上げると、カレンデュラ先輩はわずかに目を瞠っていた。
 たったそれだけ? とでも言いたげな表情に、いやそれは結構大きな理由になると思うけどと心の中だけでツッコみながら、こくりと頷く。

「じゃあ、つまり……」
カレンデュラ先輩は満面の笑みを俺に向けた。
「俺のこと、もっとちゃんと知れば可能性はあるってことじゃん」
「はへ?」
 あまりのポジティブさに、思わず目を瞠る。
 数秒前に振ったはずが、なぜか彼はそんなこと忘れたかのようにうきうきとした声色だ。
 そして何かを思いついたとでも言わんばかりに、胸の前で手をポンと叩くと一層笑みを深めた。

「そうだ! バレー部のマネージャーになってよ。お試しで二ヶ月。その間に俺のこと知って、答えだして」

 あまりに突拍子もない提案に、思考が全く追い付かない。
 告白されただけでも驚きなのに、なぜか今全く興味のない部活に入部させられそうになっている。
「あ、俺バレー部なの」と今更付け加えられ、思わず目が廻りそうになる。情報が過多だ。一度黙ってほしい。

「あっ、あ、でも、俺園芸部で」
 このまま彼に押されてはいけないと、どうにか断る方向にもっていこうと画策する。

「知ってる。でもうちの学校、文芸部と運動部の掛け持ちはOKだから安心して」
「あ、そうなんですか。……じゃなくて、あの、俺、運動はからっきしで」
「問題ないよ。マネージャーはそんなに体力いらないし」
「いや、でも、俺、バレーのルールとか全然知らないし……」
「安心して。俺がしっかり教えてあげるし、そもそもそんなに難しくないし」
「でもでも、あの、園芸部は今人手が足りてなくて、水やりは毎日俺がしなきゃいけなくて。だからその、掛け持ちは難しいかなって」
「毎日水やり偉いなって思ってた。今度から部活前に俺も手伝うから。二人でやれば一瞬だし、そのあとに行っても全然間に合うよ」
「あの……でも……俺え……」

 もはや断る理由が思いつかず、半ば泣きべそをかいていると、カレンデュラ先輩が「それに」と口を開いた。
「俺、前から思ってたんだ。三木君はマネージャーにきっと向いてるって」
「え……」
「だって、あれだけの花をお世話できるんだもん。しかも仕事も丁寧で愛情込めてて。そんな人にお世話されたらきっとすっごい頑張れる」
 色素の薄い茶色がかった瞳が、まっすぐ俺をとらえる。その瞳に射られたように体が固まる。

 だってそんな。いつも見てたような口ぶり。
 園芸部として活動して半年。少しでも誰かの心に届けばと、校内の花壇や植え込みをきれいにしようと頑張ってきたけど、きっと誰も見てない。そう思ってきた。でも――。

 ――この人は見てくれていたんだ。
 そう思うと、胸から沸いた嬉しさが、じわじわと体中に広がる。
「だから、マネージャーになってほしい。お願い」
 さっきまで余裕そうだった表情が、今は少しだけ切羽詰まっているようにも見える。

 俺は気づけば小さく頷いていた。
「お試しでなら……、やってみます」
 緊張からか、声が上ずって掠れてしまう。
 途端に、カレンデュラ先輩の顔が綻んだ。

「ほんと? やった、めっちゃ嬉しい! あ、自己紹介忘れてた。今更だけど、俺、朝陽悠(あさひゆう)。バレー部の二年」
 本当に今更だなと思いながら、俺もおずおずと自己紹介をする。
「園芸部一年の、三木千尋(みきちひろ)です……」

 カレンデュラ先輩、もとい朝陽先輩はなぜか一歩俺に近づくと、俺の目線に顔を近づけた。

「三木君。俺、君に好きになってもらえるように全力でアタックするから、覚悟してね」
「ひえぇえ」
 さらりと告げられた宣言に、言葉にはならない声が漏れる。

 そんな俺を見て、朝陽先輩はカレンデュラの花のように、明るく朗らかに笑った。