ばしゃばしゃと派手な音を立てて、るりは後ろに下がる。
「俺の泉だ。何が悪い」
言いながら、何故か神様はゆっくりとるりに近付いてくる。
神様の胸を彩る小さな宝石の粒から、思わず目を逸らしつつ、るりも下がり続ける。
だが、泉の縁に、背中がとん、と当たった。
もう逃げ場はない。
それでも神様は、尚も接近し続ける。
腕を伸ばせば触れられるほどの距離になると、るりに向かって、告げた。
「お前には、罰を与えなければならないな」
「罰、ですか?」
そうだ、と神様は頷く。
るりは慌てて、水面に顔が当たりそうになるまで、再び頭を下げた。
「身勝手に助けを呼んでしまい、さらに頂いた服を破いてしまって申し訳────」
「そうではない!」
神様が、きっぱりと言い放つ。
その圧で、るりの肩は震えた。
神様の目はいつの間にか、赤く変わっていた。
神様は、続ける。
「お前はいるだけで良いというのに、何故か必死に働こうとする。その挙句、あんな汚い者たちに身体を触れさせた。その罰だ」
そんな、とるりは首を横に振る。
「居るだけでいいなんて、そんなことあり得ません。私は、神様にここに居るに相応しいという価値を証明したくて、それで……!」
「価値?お前は、宝石に働けと言うのか?」
「い、いえ……。ですが、私に宝石のような価値はありません」
と、そう目を伏せたるりの身体の両横を、神様の腕ががっ、と塞いだ。
るりは、神様の身体で出来た、狭い牢の中に囲われる。
「まだそんなことを言うのか?」
怒った声に、るりの身がびくっと竦む。
神様は、さらにるりに迫った。
「言って分からないのなら、その身体に分からせようか?いっそ出られないように、一生ここに閉じ込めてしまおうか」
神様の陶器のような真っ白な肌が、目の前にある。
るりは緊張で、息が詰まった。
彼の身体からは一切の熱を感じず、だが赤い瞳は燃えるようで、指一本動かない。
でも、それでも。
「で、ですが、神様」
るりは、勇気を振り絞って反論する。
「なんだ」
「そうなれば、目も覚めるような朝焼けも、寂しくなるような夕暮れも、宝石箱のような星空も、何も見られなくなります」
「お前が悪いだろう」
ふん、と神様は鼻を鳴らした。
しかし、るりは首を横に振る。
「いえ、私は、神様に見せたいのです。とっておきの、素敵な場所があるのです」
「……は」
神様は、目を丸くした。
るりは続ける。
「神様をいつかお連れしようと、場所を整えてきたのです。私の好きな美しいものを、お礼にお見せしたくて……」
るりは、片付けてきた自分の家を思い出した。
自室の窓から覗く、神様の住む山と空。
そこは、時間の経過と共に様々な表情を見せる、るりだけの特別な宝物だった。
村の繁栄を守ってくれる神様が、まるで、るりだけにと、綺麗な空も見せてくれているようで。
その美しさに、毎日心を洗われていて。
明日も頑張ろうと思えていて。
あなたからは、こんなに素敵なものも貰っていたんですよと、伝えたかった。
るりは上目で神様を見つめながら、尋ねる。
「だって神様、美しいものがお好きでしょう?」
神様は呆気にとられたような表情をしていた。
だがしばらくすると、小さく、
「く……っ、くくく」
と、肩を震わし、そして、
「ははははは!!」
と、笑い出した。
「本当におかしな人間だな、るりは」
神様は頬を吊り上げながら、るりから身を離す。
それから一つ、息をつくと、告げた。
「分かった。それは許してやろう。但し」
るりは、神様の顔を見つめた。
真剣な面持ちで、いつもの様な七色の不思議な瞳で、神様もるりを見ていた。
「何かあれば、必ず助けを呼べ。お前はもう俺のものなのだから、ほかの何かに手を出されるのは大層気に食わん」
「ですがそれは、不敬では……」
「黙れ、『でも』は許可しない」
しかたなく、るりは承知する。
すると、神様は目をほんの少しだけ細めた。
そして────。
そ、とるりの頭に手を乗せる。
るりは驚き、目を大きく開いた。
「怖かったと正直に言え。俺のものは、俺の前では正直であれ」
──怖かった。
そう、怖かった。
殺されるかと思った。
痛いのは嫌だった。服を破かれたのも嫌だった。
そして、神様にもう会えなくなるのが、嫌だった。
るりの目から、ぽろりと涙がこぼれ落ちる。
自覚した途端、身体がガクガクと震えだした。
自然と、口が動く。
「こ、怖かった、です……」
「そうか」
「助けに、来てくれて、ありがとうございました……!」
今度は頭を下げず、神様の目を見て言う。
ぼろぼろと涙を流するりの顔に、神様は些か表情を歪めて呟いた。
「自分のものを取り返しに行っただけだ」
だが、るりの手を取ると、そこに自身の手を重ねる。
それから神様が手を離すと、るりの掌の上には山盛りの宝石が作り出されていた。
赤、青、黄、緑、紫の色とりどりの宝石に、るりは口を大きく開く。
「綺麗なものが好きなんだろうが。もう泣くな、るり」
きっと、るりが泣いていては面倒だから。
でもどうしたら良いか分からないから──。
こうして、るりの好きなものを与えてくれたのだろう。
神様の不器用な優しさが、るりには温かく感じられた。
そんな、るりの嬉しそうな表情に、神様も満足そうに、頷いたのだった。
「何、山の奥に、宝石神が居るだと?」
王は、死の間際に居る部下の報告を聞き、目を輝かせる。
彼らは、紫色の宝石に、全身を覆われていた────。



