「何をしている!!」
地面を揺らすほどの怒声が降ってくる。
途端、空気がきん、と冷えた。
るりも含めた全員、身体に重しが乗ったような感覚に陥り、じっとりとした汗が噴き出る。
そんな中、るりだけは安堵していた。
ああ、来てくれた。
その思いに応えるように、るり達の目の前が唐突に輝き始める。
蛍の光みたいに、優しい輝きではない。
目を焼くような、強烈な、強烈な光だ。
眩い光はどんどんと強くなり、るり達の目が開けられない程になった時──。
ようやく、ふっと掻き消えた。
光が放たれていた場所には、宝石神が佇んでいた。
静かな表情で、そこに立っていた。
「神様!!」
るりは、安堵の声をあげる。
しかし男たちは、
「な、なんだお前は!」
「突然現れて……、ま、魔物か!?」
「こいつ、肌に直接石が……!」
宝石神の存在、及び出現が理解出来ず、口々に困惑の意を述べる。
そんな彼らに向かって、神様は口を開いた。
端的に、霊験あらかたに、そして────。
「下等な生き物風情が、俺のものを汚したな?」
厳粛に。
さらに周囲の気温が下がり、男たちはぎくり、と身を硬くする。
一歩、神様が足を前に踏み出した。
しゃらり。
神様の肌の宝石と、衣服の宝石が擦れ合って、優美な音を立てる。
だがそれが、彼らには地獄からの呼び声に聞こえたのだろう。
るりを手離し、皆一様に、後退った。
3人のうち、るりを取り押さえていた男が言った。
「ち、ちがいます!俺達はこの子をここまで送ってきただけで──」
その瞬間。
「ぎゃああああああ!!」
言い訳は、絶叫に変わった。
言葉を発した男の右腕から、紫色の水晶が次々と生えてきたのだ。
「いたい、いたいいいぃぃぃい!!」
肉を突き抜け肌を破った鋭利なアメジストの水晶は、赤い雫を滴らせながら、男の腕に咲き誇る。
男は水晶を擦り落とそうと必死に手を動かすが、強固な宝石はびくともしない。
さらに、水晶は腕だけでなく、肩から胸、胴体へと続々と全身を覆っていく。
男の悲痛な叫びは山中に響き渡っていた。
が、不意に止まる。
口からアメジストが生えて、声を出せなくなったのだ。
そうして、最後には人型の水晶が残った。
だが神様は、それを手で邪険に振り払う。
パキパキ、パキンッ!
大きな水晶は簡単に壊れ、崩れてしまった。
地面に、血と混ざった、紫色の小さな粒の山が出来た。
仲間だったものの残骸を目にし、男2人は震えていた。
逃げることすら思いつかないほどの、凄惨な場面だった。
が、くるりと神様は彼らに顔を向ける。
そして再び、淡々と、冷酷に、告げた。
「死ね。貴様らは、美しく飾る価値すらない」
「う、うわあああああ!」
すぐさま、駆け出す男達。
何故か神様は、後を追うことはしなかった。
しかし、その答えはすぐにわかった。
「ぎゃああああああ!!」
「いたい、ったいいいい!!!!」
痛苦を訴える叫び声が、遠くからるりの耳に届いたからだ。
既に、彼らに呪いは掛けられていたのだ。
傍にいた神様は、吐き捨てるように呟く。
「幸福に思え。美の何たるかを、身をもって体感して死ねるのだから」
さらりと揺れる、絹糸のような髪。
その奥の瞳は、先ほど見たアメジストと同じ、紫色をしていた。
るりは、震える声で、神様を呼ぶ。
「か、神様……」
「なんだ?るり」
るりの方を向いた神様は、そのままじ、とるりを見つめた。
破れた衣服。泥だらけの身体が、紫の目に写る。
地面に倒れ込んだままだったるりは、即座に両膝をつき、指を揃えて頭を下げる。
「神様のお手を煩わせてしまい、申し訳ございませんでした」
神様は、何も言わない。
るりは、許してもらえるまで、何度でも謝罪しようと思っていた。
さらに額を地面につけ、口を開きかける。
だが、神様がそれを制した。
「立て、るり」
「で、ですが……」
「良い、帰るぞ」
恐る恐る立ち上がったるりは、神様の様子を窺い見る。
しかし、既に背を向けていて、何を考えているのかは分からなかった。
しばらく、とぼとぼと神様の後ろをついていく。
そして、洞窟の中の鳥居を潜る直前で、あ、と思い出した。
足を止め、呼びかける。
「あ、あの、神様」
「なんだ」
苛立っているような、急いでいるような、そんな声音の神様に、るりはポケットからあるものを取り出し、掲げた。
「こ、これをお収めください……!」
それは、村で拾ってきた、ガーネットだった。
「これまでのお礼をしたくて、それで……、でも逆にご迷惑をおかけしてしまって……」
るりは自身の行いの愚かさに、つい俯いてしまう。
──面倒事に巻き込んだから、神様はお怒りなんだ。
どうしよう。一体どうしたら、許してくれるだろう……。
るりは、ぎゅと目を瞑った。
だが、ふ、と掌から重みが消える。
神様が、ガーネットを受け取ってくれたのだ。
それが嬉しくて、るりはぱっと顔を上げた。
そして、言葉を失う。
神様が、ガーネットをぎゅうと握りしめながら、美しい顔を歪めていた。
「こんな石切れのためにお前はあれ程にも……!」
「神様……?」
るりは不安に思って、声をかける。
と、神様はるりの手を、空いた方の手でがしっと掴んだ。
そのまま、ぐんぐん歩き始める。
鳥居をくぐり、本殿の中へ入ったが、それでも止まらなかった。
その後、奥の扉を潜り抜けて、淡々と命じる。
「泉に入れ」
「はい……」
そうか、とるりは察した。
今、とんでもなく汚い格好をしている。
そんな姿で神殿にいられることが嫌なのだ。
破られた服を、それでも丁寧に脱ぎながら、るりは考える。
また後で、お掃除しに行こう。
きっと通った道が、私のせいで汚れてしまっているだろうから。
そして、足先から泉に身を浸す。
先日浴びた通り、柔らかい水で、冷たくなくて、身体だけでなく、心も清らかになる気がした。
だが。
ちゃぽん。
どこかで、水の音がした。
そちらに視線を向け、るりは目を見開く。
神様も、泉に入っていた。
「え、か、神様もお入りになるんですか!?」



