村人たちの絶叫、慟哭。
燃え盛る炎。
そして、────父親の生首、母の血しぶき。
目の前の男と共に思い出す、つい数日前の闇夜と地獄絵図。
「ひっ……!」
るりは一歩、二歩と後ずさった。
逃げなきゃ、逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ────。
しかし、男もただでるりを逃がすわけはないようで。
「生き残りがいたぞ!」
突如、大きな声を上げた。
すると、ざっざっ、という幾つかの足音が近付いてくる。
見れば、あの時と同じ格好の男たちが三人。
「なんだなんだ、生き残りだあ?ずっとこんな場所に隠れていたっていうのか?」
「分からない。今、家の中から出てきた」
「なんにしてもラッキー!しかも女!早くやっちゃおうぜ!」
こちらに向かってきながら、そんな会話を彼らは繰り広げる。
そんな中、
「ああ!!」
一人がいきなり大きな声を上げた。
「なんだよ、うるせえなあ」
その隣の男が苦言を呈すが、大声を発した男の足は俄に速くなる。
まっすぐに、るり目がけて歩を進めてきた。
男は口を開く。
「お前、俺の目を刺した奴だな?」
男は自身の左目を指した。
そこは空洞だった。
るりは、はっと思い出す。
ヒスイが切られた直後、男に捕まったこと。そして、逃げるために咄嗟に手にしたノミで目を刺したことを。
それから、肌が粟立つような、吐き気のする感触も一緒に。
「お前だけは、ぜってえ許さねえ。俺が味わった苦しみの倍の苦痛を味わわせてやる」
「おい、一人で楽しもうとするなよ」
他の男の揶揄など意にも介さず、彼は残った方の瞳を復讐に燃え上がらせ、片手を伸ばした。
その手が、恐怖に固まったるりの腕に触れる直前────。
「いや!!」
ようやく、るりの身体は動いた。
必死に足を動かし、来た道を戻る。
一目散に山の中に逃げ込んだるりを、だが、男たちは追ってきた。
「逃がすな!」
「あの村の人間は皆殺しにしろとの命令だ!必ず殺せ!」
そう叫びながら、鍛え抜かれた男たちは足場の悪い道を難なく踏破してくる。
地理に詳しいるりの方が辛うじて先を駆けているが、追いつかれるのは時間の問題だ。
だがるりには、希望があった。
神様。神様の所まで帰ることが出来れば。
なんとなくだが、生き延びられる気がしたのだ。
「はあっ、はあ……っ!」
るりは息を切らしながらも、懸命に山道を駆け抜ける。
神様のいる、洞窟へと。
どれくらい走っただろうか。
気が付けば、迫りくる男たちとの間には10メートルもなかった。
さらに距離を詰められれば、彼らの手に、るりの背中が届いてしまう。
それでも、洞窟まではもう一息だった。
────あと少しだけ、頑張れば。
どれだけ肺が痛くても。
どれだけ血の味がしても。
るりは走って走って、そして、洞窟の目の前までたどり着いた。
「かみ、さま……!」
るりは、その先に居る、神様へと手を伸ばす。
その時。
「あっ!」
小石に、つまずいた。
見えなかった。
夕日がいつの間にか沈み、辺りは暗くなっていたのだ。
ズシャア!
るりの転ぶ音がしたと同時に、どかどかと重いブーツを踏み鳴らしながら、男たちはるりに肉薄する。
そして、男の中の誰かに腕を掴まれた。
「ようやく捕まえたぞこのメスネズミ!」
「手間かけさせやがって!」
「…………っ!」
ぎりぎりと腕を強く締め付けられ、るりは声にならない悲鳴を上げる。
そんな、苦痛に歪むるりの顔を嬉しそうに眺めて、片眼の男は舌なめずりをした。
「たっぷり楽しんだ挙句、この目の恨み、晴らしてやる」
男たちは一斉に、るりに触れようとした。
何をされるか察したるりは、必死に声を上げる。
「やめて、触らないで!これは神様が私にくれた大事な服なの……!」
「うるせえ黙れ!」
ビリリリリッ!!
るりの服が、破かれた。
神様がくれた美しい服が、ぼろぼろの布切れになってしまったのを、るりは茫然と見つめる。
────せっかく神様が、私のために。それなのに。
「いや……っ」
夢中になって、るりは服の欠片を集めようとした。
だが、片眼の男はそんなるりを蹴飛ばす。
「ぐっ……!」
地面に転がり、痛みを堪えるるりに、男はさらに伸し掛かった。
ナイフを掲げて、にやりと笑う。
「目より先に、この口切り裂いてやろうか。それとも耳にするか?」
鋭い刃の先端が、鈍く光った。
「い、いや……!」
るりの瞳に、涙があふれる。
怖くて何も考えられなくて────。
つい、零れてしまった。
本来、頼ってはならないのに。
ただ居てくれることを、感謝することしか私たちは許されていないのに。
それでも。
神様、神様。
「神様、助けて……っ!」
るりの涙が、地面に落ちて、土を濡らした。
直後。
「何をしている!!」
雷が落ちたかの如く、山中に怒号が響き渡った。



