宝石神に身を捧げたら、お側においてもらえることになりました〜私を裏切った国など、宝石にして差し上げます〜



「きゃああああ!!」



 るりと母親は、悲鳴を上げた。

 すかさず振り上げられる、真っ赤な刀。

 るりは目をぎゅとつぶった。



 だが。



 ドンッ!と背中を押され、つんのめる。

 るりが居た場所を、刀は切り裂いた。



「逃げなさい!!」

 

 母親が叫ぶ。

 その時既に、男は刀を再び振り上げていた。



「お母さん!!!」



 るりは母親を助けようとした。

 母親に向かって手を伸ばす。

 

 が。



 目の前が、血しぶきで染まった。

 母親の血を浴びて、るりの着物は真っ赤に染まる。

 

 間に合わなかった。



 呆然とするるりだったが、男はるりの方を振り向いた。

 るりは無我夢中で家から逃げ出す。



 気が付けば、村の家はどこも男たちに荒らされており、道端には見知った顔の死体があちこちに転がっていた。

 ここは地獄かと見紛うほど、村は血の匂いと悲鳴で満ちていた。



 逃げ場はどこにもなかった。





 ひとまず炭鉱の方へ逃げよう。





 咄嗟に思いつき、るりは駆け出した。が、その時、近くの家から泣き声がした気がした。

 るりは息を潜めて、その家に侵入する。



 家の中に、襲撃者は居なかった。



 だが、耳を澄ますと、すすり泣く声が聞こえる。その音を辿ると、家の奥の襖に行き着いた。ゆっくり、開ける。

 と、そこには、ヒスイが居た。



「るりお姉ちゃん!!」



 ヒスイはるりに飛び付き、泣き出した。

 一人隠れて、耐えていたのだ。



「ヒスイ……!」



 るりはヒスイをぎゅっと抱きしめた。

 生存者が居た。

 そのことが、何より嬉しかった。



「早く逃げよう!」



 るりはそう言い、ヒスイを抱いて家を出た。



「あ!」



 と、ヒスイが叫んだ。

 るりは、その場に立ち竦む。



 



 ヒスイには、見えていなかった。









 目の前に、男が立っていたことに。

 





「宝物、もっていく!」



 ヒスイはるりの手から逃れ、家の中に再び入っていった。

 男はるりの横を通って、ヒスイの後をゆっくりと追っていった。



「や、やめ……!」



 るりには、全てが見えていた。

 ヒスイは笑顔で、部屋の引き出しを開ける。

 背後に忍び寄る男。刀を掲げる。

 ヒスイが取り出したのは、るりが加工した、ガーネット。

 男の刀が、ギラリと光った。



「やめて!!」





 ザクッ。



 ヒスイは声を上げることもなく、その場で真っ二つになった。



「きゃああああああああ!!」

 

 るりは悲鳴を上げた。

 その声に、別の男が一人、近寄って来る。そしてるりを羽交い締めにした。



「やめて!やめてっ……!」



 必死にもがくるりを、嘲笑う男。

 るりはじたばたと暴れ、その拍子にあるものに触れた。それを握りしめて────、



「離して!」 



 ぐさり、と男の目に突き刺した。

 あの日、ガーネットを加工したノミだった。



「ぐわぁぁぁあ!!」



 のた打ち回る男を置いて、るりは弾けるように駆け出した。

 無我夢中で向かった先は、山の中。

 鉱山の道は複雑で険しい。通い慣れた者でないと、なかなか追いつけない。



 るりだけが一人、生き延びた。



 鉱山から、村を見下ろす。

 ごうごうと炎を立てて、燃え上がっていた。



 るりの大好きな美しい村は、もうどこにもなかった。

 

 るりはがくり、とその場に崩れ落ちた。

 涙がはらはらと流れて、止まらない。



 そうして、月がてっぺんを越えた頃。



 るりはゆらりと立ち上がった。



「行かなきゃ……」



 そう呟き、覚束ない足取りで、ある場所へ向かう。



「殺してもらうんだ……」



 目的地は、宝石の神が祀られている神社だ。





 整備されていない山道を、土まみれになりながらるりは歩く。着物は血や泥で汚れ、美しいとは到底言えなかった。

 



 宝石の神様は、こんな汚いものでも受け取ってくれるかしら。





 はあはあと荒い呼吸を繰り返しながら、るりはそんなことをふと考える。

 神社がある場所は、実は村の人たちも誰も知らない。あの辺り、としか老人たちは教えてくれなかった。

 ただ、ヒントはあった。

 沢山の宝石が埋め込まれた、この世のものとは思えない程美しい洞窟に神様は住んでいるのよ、と幼い頃に母親に聞かされた覚えがある。

 そんなに綺麗な洞窟なら一度行ってみたいと強烈にねだった記憶も。

 だから、大まかな場所と、その口伝を頼りにるりは洞窟を探し回った。

 

 しかし、見当たらない。



 疲労がたまっていく一方で、それらしき神社も洞窟も、見つからない。



 るりは、とうとう動けなくなった。

 地面に倒れ伏せ、少し高くなった標高からぼうっと夜空を眺める。

 青白い、満月が浮かんでいた。

 普段ならオパールのよう、と感動に包まれて見上げているのに、今、この場においてはそんな気持ちになれなかった。

 美しいものを感じ取れなくなった自分が、嫌だった。

 そして同時に気が付く。自身が笑えなくなっていることに。どれだけ顔の筋肉に意識を向けても、頬がぴくりとも動かない。





 ああ神様。宝石の神様。

 今すぐお会いしたいです。





 涙だけが、溢れる。

 るりが強く願った、その時だった。



 月光が、すーっとるりを冷たく撫でた。

 まるで窓を介したかのように絞られた、透明で蒼い光。それは、るりを経て、背後の崖へと降り注ぐ。



 途端、ぽっかりと、そこに穴があいた。



 中から、光に照らされた何かが、きら、きら、と時折輝きを反射している。

 まるで蛍のようなそれらに、るりは視線を奪われた。

 限界を迎えた足に最後の力を込めて、その穴の中へと足を踏み入れる。