「宝石の神が、山の奥に住んでいるだと?」
紫色の結晶に全身を覆われ、苦痛に泣き叫ぶ部下2人の報告に、王は目を輝かせた。
こくこくと、勢い良く一人は頷き、もう一人が続きを述べようとする。
何せアメジストがもう喉元まで生えてきているのだ。急がなくてはならない。
「王の命令により滅ぼした、鉱石が名産の村の辺りです。女が一人生き残っており、その者を仕留めようと追ったところ、神が現れ……!」
「ーーっ!!ーーーー!」
片方の男は必死に状況を説明し、既に喋れなくなったもう片方の男が自身を指さす。
王は二人の姿をじっと見つめ、それから顎に手を当てた。
「ふむ……、宝石の神、か……」
と。
「ねえお父さま。その神様、こちらにいらしてくれないかしら」
奥の扉からこつこつとヒールを鳴らし、すうっと一人の女性が姿を表した。長女のヴィーネ、つまり、この国の第一王女だ。
ふわり、と緩くウェーブがかかった金色の髪が揺れる様に、男達は一瞬だけ痛みを忘れる。
22歳にして、幾多の男を虜にしてきた美貌を持つ彼女に、逆らえる者はこの国には居なかった。
「そうだな、愛しいヴィーネ。わしも丁度そう考えておった。是非その神をもてなそう。そうすれば、一生──」
「宝石には困らないわね」
ふふっ、とヴィーネは妖艶な笑みをこぼす。その青い瞳の奥で揺らいでいる深い欲望に、男たちの背筋は震えた。
それでも、片方の男は恐る恐る声を発する。
「お、お言葉ですが、姫様」
「あら、なあに?宝石さん」
ヴィーネは声のした方へ優しく微笑みかけた。
彼女の柔らかい声音に、男は内心で息をつき、報告を続ける。
「宝石の神は、どうやらその生き残りの女を寵愛しているようで……。手を出すと、この有り様です。神をここまでお呼びするのは困難かと、」
しかし、男がそれ以上口を動かすことはなかった。
ツカツカとヴィーネがその男の前に足を向けたからだ。
そして彼女は、すとんと膝をつく。
それから、がしっと彼の前髪を掴み上げ、顔を寄せて強く睨みつけた。
氷柱のような冷たさと鋭さで、尋ねる。
「その女は、わたくしよりも美しいの?」
「い!いいえ……っ、決してそんなことはありません!」
男は顔面蒼白になりながら、必死に答える。
それ以外の選択肢は、あり得なかった。
ヴィーネは鬼の形相で、続ける。
「そうよね?だったら、わたくしを選んでこちらに住んでくれるに違わないわよね?」
「はっ、はい、勿論でございます……!大変ご無礼を申し上げました……!」
「分かったなら、良いわ」
途端、にこりと元の笑顔に戻る。
そして、男の髪を掴んでいた手をぱっと離すと顔を上げ、王に向かって告げた。
「ねえ、という訳で、良いでしょう?お父さま。わたくし、今から神様をお呼びしてくるわ」
王はしばらく、ううむと唸り声をあげる。
愛しい娘に、野蛮で汚い場所へ行かせるなど、到底許せることではなかった。
だが、他ならぬヴィーネの願い。
そして、宝石の神をモノに出来た時の利益を鑑みて、王はゆっくりと頷いた。
「正直心配だが…………。ヴィーネがそこまで言うのなら、良かろう。必ず、無事に帰ってくるのだぞ」
「お父さま、ありがとう!」
ヴィーネはすかさず、父親の首元に抱きつく。王も満更では無さそうに、頬を吊り上げた。
しかし。
「ああそれと、お父さま」
ヴィーネが唐突に、言う。
「なんだ?」
「あの方達を……」
そう、間もなく息絶えようとしている部下2人に扇の先を向けた。
「ああ、そうだな」
王も瞬時に意図を理解し、大きな声を上げる。
「おい、王宮魔術師を何人か呼べ」
「はっ」
命を受けた別の部下が、下がっていく。
ようやく助かる、と二人の男は、今度は期待に瞳を潤ませる。
が、王の次の言葉を聞いて、絶望した。
「こいつらを地下牢に放り込め。ぎりぎり死なない程度に生命を維持させ、その宝石を搾取し続けろ」
「ーーーーーーーーっ!!」
「そ、そんな!!ど、どうかたふけて、くだっ……!」
涙を流しながらぶんぶんと首を横に振り、男たちは助けを請う。
しかし、王と姫は、顔を見合わせて笑うばかりだった。
「これでしばらく、紫色の装飾物に困らんな」
「でしたら、わたしくしの部屋にアメジストで作った薔薇の彫刻を置きたいわ。ね、お父さま良いでしょう?」
「はは、良い良い。これからは幾らでも、無限に生えてくるのだからな。後で優秀な彫刻師を呼ぶとしよう」
最早、自分達がただ宝石を産み出す道具としてしか見られていないことに、男達は気付いた。
「おまひくらさ……、ひっ!!」
辛うじて言葉を発せられる方の男の嘆願は、その時、バタン!と開かれた扉の音にかき消される。
足音を立てて玉座に入ってきたのは、2名の魔術師と、4名の同じ格好をした兵士たち。
兵士らは嫌がる宝石だらけの男達を強引に立たせ、引きずり始めた。
「じゃあね、宝・石・さ・ん・たち」
美しい笑みと共に手を振るヴィーネに、とうとう男たちの恐怖心は決壊する。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
「だ、だれかっ……!たふけてくらさいたふけてくらさい!おねがいひまふおねがいひまふおねがいひま……」
だが。
パタン。
無理に生き永らえさせられ、永遠に宝石が生えてくる痛苦を強いられることになった男たちの嘆きは、扉が閉じると、聞こえなくなった。
「ははははは!!」
「うふふふふ」
玉座では、二人の笑い声だけが、満ちていた。
男たちからの襲撃に遭った翌日、るりは水を汲みに近くの池に訪れていた。
────二度とここから出るな。
そう、祠を後にする際に神様から言われたのだが、るりは首を横に振った。
──大丈夫です、池まで歩いて1分も掛かりません。どうしても、お社のお掃除をしたくて……。それに、何かあれば、あの、その、お呼びしますので……。
少し俯きながら、るりは言った。
しかし、何の返事も無かったため、やはりまだ怒っているのかと神様の様子を窺う。
彼は、不機嫌そうに眉をひそめつつ、だが、優しい目でるりを見つめていた。
その、翠色に見える瞳にどぎまぎしながら、るりは慌てて鳥居を抜けたのだ。
何だったのだろう、あの表情。
池へ向かいながら、るりはつい考えてしまう。
──神様が美しいことに変わりはないけれど。
何か、自分の中で、神様の見え方が変わっているというか。
私だけが、あの表情を見たいと思うような。私にだけ、見せてほしいというか。
と、ここまで思い至って、ふるふると頭を振る。
きっと、深い意味はない。呆れていたのだろう、昨日の今日で、外に出ていこうとするるりを。
そう思い込み、池の前に辿り着いた瞬間────。
「大丈夫ですか!?」
るりは血相を変えて、ばしゃん!と池の中に飛び込んだ。
ほとりに、女性が一人、浮かんでいたのだ。
なんとか女性を池から救い上げ、意識を確認する。
ぼんやりとしてた彼女は、るりの顔を見ると安心したように、緩く笑ってみせた。
「ありがとうございます。つい、足を滑らせてしまって……」
るりは女性の無事に安堵した。と、同時に、目の前の彼女の美しさに、言葉を失った。
彼女は、豊かな金色の髪に、青い瞳をしていた。



