宝石神に身を捧げたら、お側においてもらえることになりました〜私を裏切った国など、宝石にして差し上げます〜


 るりは、ふらふらと重い足取りで山を登っていた。背後では自身が18年間育ってきた村が、ぱちぱちと火の粉を上げて燃えている。



「あっ!」



 足元の石に気が付かず、躓いてしまう。

 力の入らない足では、踏ん張りようがなかった。



「どうして……、どうして……!」



 るりの目からは、涙が溢れた。

 ぼたぼたと、地面に雫が吸い込まれていく。

 そうして、いつまでも泣くことは出来た。

 それでもるりは、



「早く、行かなきゃ」



 と、ぐいと頬を手の甲で拭い、顔を前に向ける。そして、無理やり立ち上がった。

 

「宝石の神様の所に行って……、それで、それで……」



 ────殺してもらうんだ。



 るりは再び、歩き出した。







「うーん、相変わらず美しいわ!」



 雲一つない、快晴の下。

 るりは川で、男性陣が採取してきた宝石を洗っていた。

 きらきらと太陽光を反射させる水面を透かして、るりの掌の上で赤や緑、青の宝石がころころと転がっている。角度を変えて、その瞬間にしかない輝きを見せてくれる宝石たちに、るりは唸った。



「宝石の神様、いつも私たちにお恵みをありがとうございます」



 るりは水から上げた宝石たちを撫でながら、感謝を捧げた。

 この村では、皆がそうする。

 山の中には沢山の鉱石や宝石が埋まっているが、るりたちは暮らしていく上で最小限の量しか採らない。

 村長は度々国王に、鉱石の採取量を増やせとせっつかれているらしいが、全て断っているらしい。るりたちは幼い頃から、神様のお恵みを分け与えてもらっている身だと教育されているから、それは当然だと考えている。

 確かに、採掘量を増やせば村はもっと豊かになる。だが、るり達にとってはそんなことよりも、石を慈しみながら、慎ましく生きていく方が幸せなのだ。



「るり姉ちゃーん!」



 と、その時、るりを呼ぶ幼い声がした。

 そちらに顔を向ければ、村の男の子がこちらに駆けてきている。



「見て見て!オレが今日採ったんだ!」



 そう言いながら男の子は、るりに真っ赤な宝石を差し出した。

 ガーネットだ。

 宝石がよく採れるこの村でも中々採れない種類で、男の子が得意気になるのも当たり前だった。



「すごいじゃない!頑張ったわね!」



「そうだろ!?これ、ヒスイにあげるんだ!」



 ヒスイというのは、男の子が片思い中の村の女の子だ。希少な宝石を意中の相手にプレゼントするのは、この村では有名な習慣で、どれだけ宝石をもらったかで、女性の価値は高まる。



「あら素敵!じゃあちょっと、るり姉ちゃんに貸してみなさい!もっと綺麗にしてあげる!」



 るりは手を叩いて喜ぶと、男の子からガーネットの宝石を借りた。掌に収まるサイズだが、贈り物としては立派なサイズだ。



 るりは、持っていた道具ポーチから小さなノミを取り出した。それから一度、宝石を太陽に透かし、光の屈折の具合を見てそして、少し削った。



「あー!何すんだよ!」



 男の子は声を上げるが、るりはニッコリと笑って宝石を返した。そして、口を開く。



「ほら見てみて。地面にきらきらの光が、落ちるようになったでしょう?」



 男の子はるりの言うとおり、下方向に目を向ける。すると、太陽の光がガーネットを通って、地面に幾何学模様を生み出していた。



「本当だ!るり姉ちゃんすげー!ありがとう!」



「いいのよ。私も、美しいものがもっと美しくなるのが好きだから」



 るりはノミを仕舞いながら、微笑んだ。この村の女性陣の主な仕事は、男性陣が採ってきてくれた鉱石や宝石を洗い、包装することだが、るりだけは加工することも出来た。

 生来の美しい物好きが功を成したのだ。

 るりにとっては綺麗な服や靴よりも、より美しく磨かれた宝石の方が価値があった。



 るりは、村の人たちが集っている方へ視線を向けた。生まれ育ったこの村を美しいと感じ、目を細める。

 質素な家々。整備されていない道。街灯もない。

 華やかさは一切ないけれど、でも、人々はいつも、明るく笑っている。

 そんな村が大好きだった。



 るりは瞼を閉じ、手を合わせる。そして、心の中で呟いた。



 ──宝石の神様。いつもありがとうございます。この村がいつまでも平和であるように、見守っていて下さい。



 山から、一陣の風が吹いた。

 まるで、るりの言葉に応えたようで、るりは笑った。







 三日後の、夜のことだった。

 るりが父と母と共に、布団で休んでいた時だった。



 カーン!カーン!カーン!



 見張り台の鐘が、3度、鳴らされた。



 敵襲、の意味だ。



 村の男たちは慌ててクワやツルハシを手にして飛び出した。勿論、るりの父親もだ。



「ここで待っていろ」



 そう、るりと母親に告げた父は、家を後にした。

 るりが父親を見たのは、それが最後だった。



 るりと母親は抱き合って家の中で父の帰りを待っていた。

 

「大丈夫。皆、普段の作業で鍛われているから。誰が来たってすぐ追い返すよ」



 震える母を元気付かせようと、るりは気丈に振る舞う。だがその言葉は、自身にも言い聞かせているようにも思えた。



 と、ガラリ、と家の扉が開いた。



「お父さん!」



 暗闇に立つ人影に、るりは歓声を上げる。

 だが、近付いてくるその人の姿形は、父親のものでは無かった。

 窓から差し込む月明かりに照らされたその人物は、右手に血で濡れた刀を持った、知らない男だった。左手には、父親の首をぶら下げている────。