同日夜。ガス灯が灯された大黒屋の応接間。
再び訪れた二人を前に、剛山はさらに不機嫌そうに貧乏ゆすりをしていた。
「しつこいな!来るなと言うたじゃろうが!金の話なら聞かんぞ。わしは忙しいんじゃ」
「……いや。金より、大事なものです」
蓮人は礼儀正しく、深く一礼した。
その態度は、先ほどまでの「頼み込む学生」ではない。
「対等な取引相手」いや、彼に救済をもたらす「上位者」の風格すら漂わせていた。
「……まあまあ、そう邪険になさらずに」
蓮人は優雅に微笑むと、ソファに浅く腰掛けた琴乃の手を取り、その場に跪いた。
まるで、舞踏会の手を取る王子のように。
「あ、あの……蓮人……くん?」
琴乃が目を白黒させる。
蓮人は彼女の耳元で「(合わせろ)」とだけ囁くと、懐から小さな硝子の小瓶を取り出した。
蓋を開けると、ふわりと薔薇の香りが漂う。
一般庶民には手の届かない、フランス製の高級ハンドクリームだ。
「いけないよ、琴乃。手が少し荒れているじゃないか」
「えっ……?」
「未来の天宮家当主の妻となる者の手が、これでは可哀想だ。……じっとして」
蓮人は小指の先ほどのクリームをすくい、琴乃の手の甲に落とした。
そして自分の温かい掌で、ゆっくりと、愛おしげに塗り込んでいく。
「……っ!」
琴乃が息を呑む。
蓮人の指が、琴乃の指一本一本に絡まり、滑るように撫でていく。
その手つきは妙に手慣れていて、艶めかしく、琴乃の心臓を早鐘のように叩いた。
(ちょ、ちょっと! 何してるの!?)
(このクリーム……さっきの昼御飯を我慢して買ったやつ!?こんな演出のために!?)
(……蓮人くん、指の動かし方が無駄にいやらしいのよ。
一体どこの女で練習したのかしら。後で蓮人くんの顔面が真っ青になるまで問い詰めて、
ついでに蓮人くんのベタつく手で、あの悪趣味な肖像画に指紋を塗りたくらせてやりたいわ)
「……うふふ。あなた、剛山様の前でそんな……。でも、とっても心地いいですわ」
(……そう、あんたの財布を空にする準備は熱いほど整ってるわよ、この強欲狸)
琴乃の内心の悲鳴などお構いなしに、蓮人はうっとりとした瞳で見つめる。
「ああ、美しい。やはり君の肌は白絹のようだ。……剛山様の前だ、一番綺麗な君でいてくれないとね」
「は、はい……うれしゅうございます、あなた……」
琴乃は顔から火が出るのを必死に堪え、震える声で精一杯の「令嬢」を演じた。
指先から伝わる蓮人の体温だけは、嘘みたいに熱い。
剛山が、あんぐりと口を開けて葉巻を取り落とした。
「き、貴様ら……人の家で何を始めておるんじゃ……」
「おや、失礼。愛する婚約者を労うのも、紳士の嗜みですので」
蓮人は涼しい顔でハンカチを取り出し、指を拭いた。
その態度は、借金を頼みに来た学生のそれではない。
余裕綽々の「名家の当主」そのものだ。
(……こいつら、肝が座っておるわ)
剛山は毒気を抜かれ、呆れを通り越して感心すら覚えた。
金に困っているはずなのに、このふてぶてしさ。そして互いを慈しむような空気感。
これが「腐っても天宮家」というやつか。
蓮人はニヤリと笑った。掴みはオッケーだ。場の空気は支配した。
彼は表情を一変させ、鋭い眼光で剛山を見据えた。
「さて、剛山様。……あなたに、クリームよりも甘い『永遠』の話をお持ちしました」
「剛山様。……あなたは百年後、誰に思い出してもらえますか?」
剛山がピクリと眉を動かした。葉巻を持つ手が止まる。
「金は使えばなくなる。屋敷もいつかは朽ちる。あなたが死んだ後……誰があなたの偉業を語り継いでくれますか?」
「……貴様、何を……」
蓮人は剛山の背後にある「肖像画」をチラリと見た。
視線だけで殺すように。
「その肖像画も、あなたの孫の代には……蔵の奥で埃を被っているかもしれませんね」
剛山の顔色が変わった。図星だ。それはまさに、彼が毎晩、悪夢に見ている光景だったからだ。
蓮人は畳み掛ける。相手の逃げ道を塞ぎ、最後に唯一の出口を示す。
「俺たちがあなたに提供できるのは『永遠の名誉』です」
蓮人は懐から一枚の図面を広げた。桜並木の完成予想図とその根元に描かれた石碑のデザインだ。
「寄付していただいた桜の根元に、あなたの名前を深く刻んだ石碑を建てます。『この桜は、大黒屋剛山氏が植えた』……と」
「石碑……?」
「桜は毎年咲きます。百年先も、さらに百年先も。春が来るたび、人々は満開の花を見上げ、そしてあなたの名前を見る。
何世代にもわたって……あなたの名前は『京都を美しくした英雄』として、語り継がれるんです」
「名誉ってのはあんたが死んだ後も永遠に続く。……俺たちはこの計画を『明治京都桜花心中』と名付けた」
「……心中だと?」
剛山が怪訝そうに眉をひそめる。蓮人はニヤリと笑った。
「ああ。嘘偽りのない、俺たちの命を懸けた計画だ。都と心中する覚悟で、あんたの名前を歴史に刻んでやる。」
「……悪い取引じゃないだろ?剛山さん」
蓮人は、剛山の目を真っ直ぐに見据えた。
その熱気にあてられた剛山の心が揺らいだ瞬間、琴乃が静かに、けれど確信に満ちた声を重ねた。
彼女の澄んだ瞳には、薄紅色に染まった未来の京の都と、そこを埋め尽くす人々の喜びが、すでにありありと視えているようだった。
「剛山さんの寄付で、街中が桜で埋め尽くされれば、京都の街には、全国から観光客が押し寄せます」
琴乃の言葉が、剛山の脳裏に「自分を称える群衆」の映像を焼き付ける。
蓮人が、決定的な一言を放った。
「金で買えない『永遠と名誉』へご寄付いただけませんか?」
剛山は言葉を失った。視線が泳ぎ、自分の肖像画と仏壇を見る。
巨万の富を築いても埋まらなかった心の穴。
死への恐怖と、忘れ去られることへの不安。
それを、この若造は「桜」で埋めると言っている。
「いや、剛山さん、これはもはや寄付ですらない『永遠』という名の商品の独占購入権だ。
財前やエリザが作るのは、数十年で古びる『インフラ』だ。だが俺が作るのは、数百年かけて成長し、価値が上がり続ける『名誉』だ。
その名誉を、京都のど真ん中に永劫刻める。……この投資の利回りが、あんたほどの商人に分からないはずがないだろ?」
「わしの名前が……永遠に……?」
剛山の心が揺らいだ、その一瞬の隙を見逃さず、琴乃が一歩進み出た。
「はい。私が保証します」
凛とした声。それは蓮人の言葉に絶対的な信頼の印を押すものだった。
「あなたの名前が刻まれた桜は、私が責任を持って、誰よりも美しく咲かせてみせます。
あなたの桜を植えた場所は、京都で一番の名所になります」
剛山の震える手が、葉巻を灰皿に押し付けた。
火が消え、紫煙が途絶える。ゴクリ、と唾を飲み込む音が室内に響く。
「日本中、いや世界中から観光客が押し寄せますよ」
「……分かった」
剛山が身を乗り出した。
「いくらだ?百本か?千本か?」
「では千本分、苗木千本×五銭=五十円です」
「よかろう。出してやろう!」
剛山が叫んだ。もはや金など紙切れ同然だと言わんばかりに。
「一番目立つ場所に植えろ!石碑の字は、特大サイズじゃ!」
「桜が咲いたら報告しますね。ぜひ観に行ってください」
「金ならいくらでも出す!わしの名を……京都の歴史に刻め!!」
「……毎度あり」
蓮人はニヤリと、悪党のような笑みを浮かべた。
それからの蓮人の動きは早かった。
三日後、別の豪商の屋敷。蓮人は、大黒屋の署名が入った契約書をヒラヒラと見せびらかしていた。
「あの大黒屋様が『京都の英雄』になると出資されました。おや?あなたは参加されなくてよろしいのですか?」
「な、なに?」
「このままだと、後世に残る名前は……大黒屋さんだけになりますが?」
「な、なんじゃと!?あのタヌキ爺だけ目立たせてたまるか!わしも出す!倍出すぞ!わしの石碑をもっと大きくしろ!」
翌日、また別の屋敷。
「今なら『英雄枠』残りわずかですが、出資できますよ」
「出そう!言い値でいい!大黒屋に負けるわけにはいかん!」
次々と契約書に判が押されていく。
成金たちのプライドと競争心を利用した、見事なドミノ倒しだった。
蓮人は彼らの欲望を薪にして、復興という炎を燃え上がらせたのだ。
夕暮れの帰り道。蓮人の手には、分厚い札束が入った封筒があった。
ずっしりと重い。それはただの紙切れではなく、一万本の命(桜)の重さだ。
「へっ。チョロいもんだぜ。これで一万本の苗木も肥料も、買い放題だ」
蓮人は封筒をポンと投げてキャッチした。 琴乃は、少し呆れたように、でも誇らしげに蓮人を見た。
「すごいね、蓮人くん。……本当に『口八丁』だけでお城が建ちそう」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
蓮人は照れ隠しに琴乃の頭を撫でた。
「ナイスだ、琴乃。お前の『観察眼』がなきゃ、門前払いだった」
「えへへ……。役に立ててよかった」
二人は顔を見合わせ、笑い合った。
「資金」という最初の壁を、二人は知恵と共犯関係で突破したのだ。
その笑顔は、かつての「諦め」を含んだものではなく、未来を掴み取った者の輝きに満ちていた。
「よし。金は確保した」
蓮人が遠くを見つめる。
その瞳は、すでに次なる戦場を見据えていた。
「行くぞ、琴乃。……次の課題は技術・職人だ」
『第一の壁・資金。――突破』
再び訪れた二人を前に、剛山はさらに不機嫌そうに貧乏ゆすりをしていた。
「しつこいな!来るなと言うたじゃろうが!金の話なら聞かんぞ。わしは忙しいんじゃ」
「……いや。金より、大事なものです」
蓮人は礼儀正しく、深く一礼した。
その態度は、先ほどまでの「頼み込む学生」ではない。
「対等な取引相手」いや、彼に救済をもたらす「上位者」の風格すら漂わせていた。
「……まあまあ、そう邪険になさらずに」
蓮人は優雅に微笑むと、ソファに浅く腰掛けた琴乃の手を取り、その場に跪いた。
まるで、舞踏会の手を取る王子のように。
「あ、あの……蓮人……くん?」
琴乃が目を白黒させる。
蓮人は彼女の耳元で「(合わせろ)」とだけ囁くと、懐から小さな硝子の小瓶を取り出した。
蓋を開けると、ふわりと薔薇の香りが漂う。
一般庶民には手の届かない、フランス製の高級ハンドクリームだ。
「いけないよ、琴乃。手が少し荒れているじゃないか」
「えっ……?」
「未来の天宮家当主の妻となる者の手が、これでは可哀想だ。……じっとして」
蓮人は小指の先ほどのクリームをすくい、琴乃の手の甲に落とした。
そして自分の温かい掌で、ゆっくりと、愛おしげに塗り込んでいく。
「……っ!」
琴乃が息を呑む。
蓮人の指が、琴乃の指一本一本に絡まり、滑るように撫でていく。
その手つきは妙に手慣れていて、艶めかしく、琴乃の心臓を早鐘のように叩いた。
(ちょ、ちょっと! 何してるの!?)
(このクリーム……さっきの昼御飯を我慢して買ったやつ!?こんな演出のために!?)
(……蓮人くん、指の動かし方が無駄にいやらしいのよ。
一体どこの女で練習したのかしら。後で蓮人くんの顔面が真っ青になるまで問い詰めて、
ついでに蓮人くんのベタつく手で、あの悪趣味な肖像画に指紋を塗りたくらせてやりたいわ)
「……うふふ。あなた、剛山様の前でそんな……。でも、とっても心地いいですわ」
(……そう、あんたの財布を空にする準備は熱いほど整ってるわよ、この強欲狸)
琴乃の内心の悲鳴などお構いなしに、蓮人はうっとりとした瞳で見つめる。
「ああ、美しい。やはり君の肌は白絹のようだ。……剛山様の前だ、一番綺麗な君でいてくれないとね」
「は、はい……うれしゅうございます、あなた……」
琴乃は顔から火が出るのを必死に堪え、震える声で精一杯の「令嬢」を演じた。
指先から伝わる蓮人の体温だけは、嘘みたいに熱い。
剛山が、あんぐりと口を開けて葉巻を取り落とした。
「き、貴様ら……人の家で何を始めておるんじゃ……」
「おや、失礼。愛する婚約者を労うのも、紳士の嗜みですので」
蓮人は涼しい顔でハンカチを取り出し、指を拭いた。
その態度は、借金を頼みに来た学生のそれではない。
余裕綽々の「名家の当主」そのものだ。
(……こいつら、肝が座っておるわ)
剛山は毒気を抜かれ、呆れを通り越して感心すら覚えた。
金に困っているはずなのに、このふてぶてしさ。そして互いを慈しむような空気感。
これが「腐っても天宮家」というやつか。
蓮人はニヤリと笑った。掴みはオッケーだ。場の空気は支配した。
彼は表情を一変させ、鋭い眼光で剛山を見据えた。
「さて、剛山様。……あなたに、クリームよりも甘い『永遠』の話をお持ちしました」
「剛山様。……あなたは百年後、誰に思い出してもらえますか?」
剛山がピクリと眉を動かした。葉巻を持つ手が止まる。
「金は使えばなくなる。屋敷もいつかは朽ちる。あなたが死んだ後……誰があなたの偉業を語り継いでくれますか?」
「……貴様、何を……」
蓮人は剛山の背後にある「肖像画」をチラリと見た。
視線だけで殺すように。
「その肖像画も、あなたの孫の代には……蔵の奥で埃を被っているかもしれませんね」
剛山の顔色が変わった。図星だ。それはまさに、彼が毎晩、悪夢に見ている光景だったからだ。
蓮人は畳み掛ける。相手の逃げ道を塞ぎ、最後に唯一の出口を示す。
「俺たちがあなたに提供できるのは『永遠の名誉』です」
蓮人は懐から一枚の図面を広げた。桜並木の完成予想図とその根元に描かれた石碑のデザインだ。
「寄付していただいた桜の根元に、あなたの名前を深く刻んだ石碑を建てます。『この桜は、大黒屋剛山氏が植えた』……と」
「石碑……?」
「桜は毎年咲きます。百年先も、さらに百年先も。春が来るたび、人々は満開の花を見上げ、そしてあなたの名前を見る。
何世代にもわたって……あなたの名前は『京都を美しくした英雄』として、語り継がれるんです」
「名誉ってのはあんたが死んだ後も永遠に続く。……俺たちはこの計画を『明治京都桜花心中』と名付けた」
「……心中だと?」
剛山が怪訝そうに眉をひそめる。蓮人はニヤリと笑った。
「ああ。嘘偽りのない、俺たちの命を懸けた計画だ。都と心中する覚悟で、あんたの名前を歴史に刻んでやる。」
「……悪い取引じゃないだろ?剛山さん」
蓮人は、剛山の目を真っ直ぐに見据えた。
その熱気にあてられた剛山の心が揺らいだ瞬間、琴乃が静かに、けれど確信に満ちた声を重ねた。
彼女の澄んだ瞳には、薄紅色に染まった未来の京の都と、そこを埋め尽くす人々の喜びが、すでにありありと視えているようだった。
「剛山さんの寄付で、街中が桜で埋め尽くされれば、京都の街には、全国から観光客が押し寄せます」
琴乃の言葉が、剛山の脳裏に「自分を称える群衆」の映像を焼き付ける。
蓮人が、決定的な一言を放った。
「金で買えない『永遠と名誉』へご寄付いただけませんか?」
剛山は言葉を失った。視線が泳ぎ、自分の肖像画と仏壇を見る。
巨万の富を築いても埋まらなかった心の穴。
死への恐怖と、忘れ去られることへの不安。
それを、この若造は「桜」で埋めると言っている。
「いや、剛山さん、これはもはや寄付ですらない『永遠』という名の商品の独占購入権だ。
財前やエリザが作るのは、数十年で古びる『インフラ』だ。だが俺が作るのは、数百年かけて成長し、価値が上がり続ける『名誉』だ。
その名誉を、京都のど真ん中に永劫刻める。……この投資の利回りが、あんたほどの商人に分からないはずがないだろ?」
「わしの名前が……永遠に……?」
剛山の心が揺らいだ、その一瞬の隙を見逃さず、琴乃が一歩進み出た。
「はい。私が保証します」
凛とした声。それは蓮人の言葉に絶対的な信頼の印を押すものだった。
「あなたの名前が刻まれた桜は、私が責任を持って、誰よりも美しく咲かせてみせます。
あなたの桜を植えた場所は、京都で一番の名所になります」
剛山の震える手が、葉巻を灰皿に押し付けた。
火が消え、紫煙が途絶える。ゴクリ、と唾を飲み込む音が室内に響く。
「日本中、いや世界中から観光客が押し寄せますよ」
「……分かった」
剛山が身を乗り出した。
「いくらだ?百本か?千本か?」
「では千本分、苗木千本×五銭=五十円です」
「よかろう。出してやろう!」
剛山が叫んだ。もはや金など紙切れ同然だと言わんばかりに。
「一番目立つ場所に植えろ!石碑の字は、特大サイズじゃ!」
「桜が咲いたら報告しますね。ぜひ観に行ってください」
「金ならいくらでも出す!わしの名を……京都の歴史に刻め!!」
「……毎度あり」
蓮人はニヤリと、悪党のような笑みを浮かべた。
それからの蓮人の動きは早かった。
三日後、別の豪商の屋敷。蓮人は、大黒屋の署名が入った契約書をヒラヒラと見せびらかしていた。
「あの大黒屋様が『京都の英雄』になると出資されました。おや?あなたは参加されなくてよろしいのですか?」
「な、なに?」
「このままだと、後世に残る名前は……大黒屋さんだけになりますが?」
「な、なんじゃと!?あのタヌキ爺だけ目立たせてたまるか!わしも出す!倍出すぞ!わしの石碑をもっと大きくしろ!」
翌日、また別の屋敷。
「今なら『英雄枠』残りわずかですが、出資できますよ」
「出そう!言い値でいい!大黒屋に負けるわけにはいかん!」
次々と契約書に判が押されていく。
成金たちのプライドと競争心を利用した、見事なドミノ倒しだった。
蓮人は彼らの欲望を薪にして、復興という炎を燃え上がらせたのだ。
夕暮れの帰り道。蓮人の手には、分厚い札束が入った封筒があった。
ずっしりと重い。それはただの紙切れではなく、一万本の命(桜)の重さだ。
「へっ。チョロいもんだぜ。これで一万本の苗木も肥料も、買い放題だ」
蓮人は封筒をポンと投げてキャッチした。 琴乃は、少し呆れたように、でも誇らしげに蓮人を見た。
「すごいね、蓮人くん。……本当に『口八丁』だけでお城が建ちそう」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
蓮人は照れ隠しに琴乃の頭を撫でた。
「ナイスだ、琴乃。お前の『観察眼』がなきゃ、門前払いだった」
「えへへ……。役に立ててよかった」
二人は顔を見合わせ、笑い合った。
「資金」という最初の壁を、二人は知恵と共犯関係で突破したのだ。
その笑顔は、かつての「諦め」を含んだものではなく、未来を掴み取った者の輝きに満ちていた。
「よし。金は確保した」
蓮人が遠くを見つめる。
その瞳は、すでに次なる戦場を見据えていた。
「行くぞ、琴乃。……次の課題は技術・職人だ」
『第一の壁・資金。――突破』
