拝啓、昨日の俺へ。
今日、俺はお前のせいでとんでもない姿になっています。
……バイト先の鏡の前で、そう思わずにはいられなかった。
昨日の自分を責めたくて仕方がない。心の中で土下座してほしいレベルだ。
やってしまったのだ。いつもの制服を、うっかり乾燥機にかけたまま、朝まで放置コース。
気づいた時には時すでに遅し。絶望的なまでにピチピチに縮んだ、制服の出来上がりだ。
初出勤から一週間以上が経ち、ようやくバイトにも慣れてきた……と思う。
佐伯とはいがみ合いながらも、俺はなんとか一人でアイスのシングルカップを作れるようになった。
だけど、クレープはまだまだ絶望的で、注文が入った時は俺以外の人が作ってくれている。
シフトが重なった佐伯にそれを頼む時は、「お願いします、だろ?」なんて上から目線で言われて、マジでディッシャーで頭をかち割りたいくらいムカつく場面が何度もあった。
(……ちょっとだけ実は優しいとか思ったけど、全力で無かったことにしたい)
縮んだ制服をリュックに詰め込むと、出勤してすぐに店長に事情を説明した。
「ごめんね。小瀧くん、今店にあって着られる予備は、これしかないんだ」
渡されたのは、ピンクを基調にした制服だった。
ベビーピンクの半袖ポロシャツに、エプロンは黒地に濃いめのピンクのラインが入っている。
元々男性でも着られるデザインだけど、この職場では女子チームがよく着ているから、男子のほとんどは色違いのミントグリーンを選んでいた。
ぎこちなく「ありがとうございます」と受け取り、鏡の前に立って顔をしかめる。
「あー……マジで詰んだ。いや、今日だけなら何とか……」
羽織物で誤魔化せればいいんだけど、この店ではそうもいかない。
『アイス屋の店員が長袖など、冬場のアイスが売れなくなる』
それがこの店の創業者のモットーであり、鉄の掟だ。分厚いマニュアルにも明記されていて、店長からも初日に念押しされていた。真冬であろうと店内では暖房をガンガンにかけて、店員は例外なく半袖の制服で店頭に立つ。全国の店舗で徹底された、揺るぎないルールだ。
確かに、半袖姿の店員が笑顔でアイスを差し出せば、商品の魅力さえ引き立てるのかもしれない。
だけど、鏡に映る自分が着ると、どう考えてもちょっと間抜けなピンク色にしか見えなかった。
「新しい制服が届くまでの間だけだし。あんま気にしないようにするしかないか……」
勤怠アプリの「出勤」ボタンをタップした瞬間、更衣室のドアが勢いよく開いた。
「……え、小瀧?」
ああーー、もうやだ。よりによって、佐伯と一緒のシフトなの、忘れてた。
他のメンバーなら笑いで誤魔化せる。でも一番それが通用しなさそうなヤツが来てしまった。
なにより一番、見て欲しくない相手でもある。
佐伯はドアノブを握ったまま固まっていて、ますます居た堪れない気持ちになる。
一瞬、時間が止まった気さえした。それは俺だけじゃなく、あっちも。
「あんまし、見ないで」
声に出した瞬間、自分でも情けなくて死にたくなる。
でも、言わずにはいられなかった。
顔を背けても、視線が刺さる。
事情を説明するか悩んでいると、佐伯はドアを静かに閉め、ロッカーにリュックを突っ込みながら、いつもの平然とした態度で着替え始めた。
まさかのノーツッコミ。
(……え、なにそれ。逆に気まずいんですけど!?)
自分ひとりで恥ずかしがってるのが、なんというか……俺、ピエロになってない?
そわそわしているのに気づいたのか、佐伯はロッカーのドアをバタンと閉めてから、淡々と口を開いた。
「似合ってる」
「は? バカじゃねぇの。似合ってるわけねーだろ、眼科行け」
当然のような顔で、真顔で言うので、ますます恥ずかしくなる。こういう時だけ即答してくるのも腹立たしい。
俺は制帽の角度を直しながら、熱くなる頬を背けて隠した。
「まじで死ぬからやめて、見ないで」
「いや、見てないけど」
その声に振り返ると、言葉とは裏腹に着替えながら佐伯がガン見してくる。
「ほら! 見てるじゃん、やっぱり!!」
「見てないって」
でも言っても無駄なのは分かっている。こいつは基本、俺のメンタルをぐしゃっと握ってくるタイプの人間だ。
大声で抗議しながらも、心臓は勝手にドキドキしている。
制服のポケットにボールペンやメモ帳を差し込んでいると……また視線を感じた。
(えっ、今、こっち見てた……?)
ぱっと顔を上げると、勢いよく佐伯が顔を逸らした。
「……ねえ、絶対見てるよね?」
「見てない、自意識過剰なんじゃねーの。マジでお前になんか興味ないし」
その「興味ない風」の言い方が、逆に怪しいんだよ。
……と、思っていると、いつもの佐伯のルーティンが始まった。
鏡で髪を軽く撫でつけ、共用のコロコロを片手に、エプロンに糸や埃が付いていないか確認している。
その姿は手慣れていて、悔しいけど様になっていてカッコいいのがムカついた。
「あ、佐伯、それ貸して」
「え? 今俺使ってんじゃん。見てわかんねーの? 二歳児」
相変わらず、幼児扱いしてくる。もはや「二歳児」は佐伯限定で、俺のあだ名みたいになりつつある。
でも今日の俺はこのピンクにメンタルをやられているから、その幼児扱いが普段の五倍くらいぐさりと胸に刺さった。
「糸くずついてると店長に怒られるから。行く前に貸してほしかっただけじゃん」
俺が鏡で前身頃をチェックすると、佐伯は無言で俺の背後に立った。
貸してくれるのかと思って振り向くより先に、背中を一直線に、つつつー……と触れられる。
「うひゃあ!? なっ、なんっ、何してんのお前……!」
「……うわ、色気のねぇ声。萎えるわ……髪の毛ついてたから、取ってやったのに」
ほら、とコロコロの粘着テープ部分についた細い髪の毛を見せられた。
「マジで自分で出来るから、やめてくんない!?」
「ああ、そう。それならどーぞ」
どすっ、と柄の方で腹を軽く突かれる。
間抜けなカエルのような声が出てしまって、そのすかした顔をぶん殴りたくて仕方がない。
ぐぬぬ……と苛立ちを隠せないまま後ろも一通りテープを転がし終えると、佐伯は制帽に手を掛けたまま言った。
「おバカちゃんにいいこと教えてあげる。フツーはみんな、着る前にコロコロするもんだよ」
「う、うっさいまじで! 自分でやってる時、俺もそれ思ったし!」
こいつといると、怒りすぎて高血圧になりそうだ。そろそろ行かないと、とむくれながら佐伯の後に続く。
ドアノブに先に手を伸ばした佐伯が、突然振り返って言った。
「マジで似合ってると思う」
「へっ?」
真顔だけど、いつものトーンじゃない。
俺が困惑して見上げると、佐伯はふっと微笑んで、一歩近づき、俺のポロシャツの襟に指をそっと添えた。
「……毎日着てきてほしいくらい」
すり、と襟の角度を直すように触れながら、小さな声で囁かれる。
「い、いや……それは無理」
「……なんで? 可愛い。もっと着てるとこ見せろよ」
距離が近くて、息がかかりそうで、頭の中が真っ白になる。
「か、可愛くないから……嘘つくのやめて」
襟に触れていた手が、そのまま顎に添えられた。
びくっ、と大袈裟なくらい体が震えると、そのまま軽く上を向かせられる。
「嘘じゃないよ。もう見られないなら、写真撮っておきたいくらい」
なんだよ、この甘ったるい言葉攻めは。新手の羞恥プレイか何かか?
そう毒づきたくもなるけれど、その瞳の奥にいつものような小馬鹿にした色はない。からかっている気配すらもなくて、それが逆に、俺の心臓を酷く波立たせた。
佐伯は、熱で縁がとろけたアイスに唇を這わせるように、ゆっくりと俺の耳元に顔を寄せる。逃げ場を塞ぐような角度で、低く囁いた。
「……やべー可愛い。死にそ」
濃いチョコがとろりと崩れながら落ちてくるみたいに、低くて甘い声。
耳の奥で熱がじわっと広がって、体の中まで溶かされそうだった。
固まった俺を見て、佐伯は満足そうに笑うと、とんっと指先で額を小突く。
「そろそろ行かないと、店長にブチギレられるわ。……その顔、なんとかしてから来いよ」
バタン、と目の前でドアが閉まった。
「えっ……な、なに……まじで……」
分かりにくいジョークだったのかもしれない。
ガチで受け取っている俺の方が完全におかしいのでは、という気さえしてくる。
横を向くと、鏡には目がうるうるして、耳まで真っ赤になった自分の顔が映っていた。
「うわ、いや……めっちゃキモいじゃん、おれ……」
てか、佐伯、あいつなに? 新手のいやがらせ? いじり? 意地悪?
それとも――
(いやいやいやいや、ないないない!)
このあと四時間も同じ場所で働くのに、どんな顔で働いたらいいのか分からない。
思わず両手で自分の頬をベチン!と叩くと、ちょうど入れ違いで入ってきた副店長が眉間に皺を寄せた。
「小瀧くん、大丈夫? どうかした?」
「…………いや、大丈夫じゃないっす」
「だろうね。ビックリしたよ」
ふー、と息を吐きながら、俺はバックヤードから店頭に続くドアを押した。
頭も、心も、まだ混乱している。
「お待たせしました。ベリーチーズ&チョコです、お気をつけてお持ち下さい」
店頭では、佐伯が新作フレーバーをスクープして、お客さんにアイスを手渡していた。さっき俺に見せた顔とはまるで別人のような、作り込んだ嘘くさい笑顔だ。
俺はその隣で、注文を待つお客さんに試食用のアイスを差し出した。
「ご試食されませんか? 今月おすすめの新作フレーバーです」
時折、いてもたってもいられず佐伯の方を盗み見てしまう。
けれど、その日の勤務が終わるまで、佐伯が俺の方を向くことは一度もなかった。
今日、俺はお前のせいでとんでもない姿になっています。
……バイト先の鏡の前で、そう思わずにはいられなかった。
昨日の自分を責めたくて仕方がない。心の中で土下座してほしいレベルだ。
やってしまったのだ。いつもの制服を、うっかり乾燥機にかけたまま、朝まで放置コース。
気づいた時には時すでに遅し。絶望的なまでにピチピチに縮んだ、制服の出来上がりだ。
初出勤から一週間以上が経ち、ようやくバイトにも慣れてきた……と思う。
佐伯とはいがみ合いながらも、俺はなんとか一人でアイスのシングルカップを作れるようになった。
だけど、クレープはまだまだ絶望的で、注文が入った時は俺以外の人が作ってくれている。
シフトが重なった佐伯にそれを頼む時は、「お願いします、だろ?」なんて上から目線で言われて、マジでディッシャーで頭をかち割りたいくらいムカつく場面が何度もあった。
(……ちょっとだけ実は優しいとか思ったけど、全力で無かったことにしたい)
縮んだ制服をリュックに詰め込むと、出勤してすぐに店長に事情を説明した。
「ごめんね。小瀧くん、今店にあって着られる予備は、これしかないんだ」
渡されたのは、ピンクを基調にした制服だった。
ベビーピンクの半袖ポロシャツに、エプロンは黒地に濃いめのピンクのラインが入っている。
元々男性でも着られるデザインだけど、この職場では女子チームがよく着ているから、男子のほとんどは色違いのミントグリーンを選んでいた。
ぎこちなく「ありがとうございます」と受け取り、鏡の前に立って顔をしかめる。
「あー……マジで詰んだ。いや、今日だけなら何とか……」
羽織物で誤魔化せればいいんだけど、この店ではそうもいかない。
『アイス屋の店員が長袖など、冬場のアイスが売れなくなる』
それがこの店の創業者のモットーであり、鉄の掟だ。分厚いマニュアルにも明記されていて、店長からも初日に念押しされていた。真冬であろうと店内では暖房をガンガンにかけて、店員は例外なく半袖の制服で店頭に立つ。全国の店舗で徹底された、揺るぎないルールだ。
確かに、半袖姿の店員が笑顔でアイスを差し出せば、商品の魅力さえ引き立てるのかもしれない。
だけど、鏡に映る自分が着ると、どう考えてもちょっと間抜けなピンク色にしか見えなかった。
「新しい制服が届くまでの間だけだし。あんま気にしないようにするしかないか……」
勤怠アプリの「出勤」ボタンをタップした瞬間、更衣室のドアが勢いよく開いた。
「……え、小瀧?」
ああーー、もうやだ。よりによって、佐伯と一緒のシフトなの、忘れてた。
他のメンバーなら笑いで誤魔化せる。でも一番それが通用しなさそうなヤツが来てしまった。
なにより一番、見て欲しくない相手でもある。
佐伯はドアノブを握ったまま固まっていて、ますます居た堪れない気持ちになる。
一瞬、時間が止まった気さえした。それは俺だけじゃなく、あっちも。
「あんまし、見ないで」
声に出した瞬間、自分でも情けなくて死にたくなる。
でも、言わずにはいられなかった。
顔を背けても、視線が刺さる。
事情を説明するか悩んでいると、佐伯はドアを静かに閉め、ロッカーにリュックを突っ込みながら、いつもの平然とした態度で着替え始めた。
まさかのノーツッコミ。
(……え、なにそれ。逆に気まずいんですけど!?)
自分ひとりで恥ずかしがってるのが、なんというか……俺、ピエロになってない?
そわそわしているのに気づいたのか、佐伯はロッカーのドアをバタンと閉めてから、淡々と口を開いた。
「似合ってる」
「は? バカじゃねぇの。似合ってるわけねーだろ、眼科行け」
当然のような顔で、真顔で言うので、ますます恥ずかしくなる。こういう時だけ即答してくるのも腹立たしい。
俺は制帽の角度を直しながら、熱くなる頬を背けて隠した。
「まじで死ぬからやめて、見ないで」
「いや、見てないけど」
その声に振り返ると、言葉とは裏腹に着替えながら佐伯がガン見してくる。
「ほら! 見てるじゃん、やっぱり!!」
「見てないって」
でも言っても無駄なのは分かっている。こいつは基本、俺のメンタルをぐしゃっと握ってくるタイプの人間だ。
大声で抗議しながらも、心臓は勝手にドキドキしている。
制服のポケットにボールペンやメモ帳を差し込んでいると……また視線を感じた。
(えっ、今、こっち見てた……?)
ぱっと顔を上げると、勢いよく佐伯が顔を逸らした。
「……ねえ、絶対見てるよね?」
「見てない、自意識過剰なんじゃねーの。マジでお前になんか興味ないし」
その「興味ない風」の言い方が、逆に怪しいんだよ。
……と、思っていると、いつもの佐伯のルーティンが始まった。
鏡で髪を軽く撫でつけ、共用のコロコロを片手に、エプロンに糸や埃が付いていないか確認している。
その姿は手慣れていて、悔しいけど様になっていてカッコいいのがムカついた。
「あ、佐伯、それ貸して」
「え? 今俺使ってんじゃん。見てわかんねーの? 二歳児」
相変わらず、幼児扱いしてくる。もはや「二歳児」は佐伯限定で、俺のあだ名みたいになりつつある。
でも今日の俺はこのピンクにメンタルをやられているから、その幼児扱いが普段の五倍くらいぐさりと胸に刺さった。
「糸くずついてると店長に怒られるから。行く前に貸してほしかっただけじゃん」
俺が鏡で前身頃をチェックすると、佐伯は無言で俺の背後に立った。
貸してくれるのかと思って振り向くより先に、背中を一直線に、つつつー……と触れられる。
「うひゃあ!? なっ、なんっ、何してんのお前……!」
「……うわ、色気のねぇ声。萎えるわ……髪の毛ついてたから、取ってやったのに」
ほら、とコロコロの粘着テープ部分についた細い髪の毛を見せられた。
「マジで自分で出来るから、やめてくんない!?」
「ああ、そう。それならどーぞ」
どすっ、と柄の方で腹を軽く突かれる。
間抜けなカエルのような声が出てしまって、そのすかした顔をぶん殴りたくて仕方がない。
ぐぬぬ……と苛立ちを隠せないまま後ろも一通りテープを転がし終えると、佐伯は制帽に手を掛けたまま言った。
「おバカちゃんにいいこと教えてあげる。フツーはみんな、着る前にコロコロするもんだよ」
「う、うっさいまじで! 自分でやってる時、俺もそれ思ったし!」
こいつといると、怒りすぎて高血圧になりそうだ。そろそろ行かないと、とむくれながら佐伯の後に続く。
ドアノブに先に手を伸ばした佐伯が、突然振り返って言った。
「マジで似合ってると思う」
「へっ?」
真顔だけど、いつものトーンじゃない。
俺が困惑して見上げると、佐伯はふっと微笑んで、一歩近づき、俺のポロシャツの襟に指をそっと添えた。
「……毎日着てきてほしいくらい」
すり、と襟の角度を直すように触れながら、小さな声で囁かれる。
「い、いや……それは無理」
「……なんで? 可愛い。もっと着てるとこ見せろよ」
距離が近くて、息がかかりそうで、頭の中が真っ白になる。
「か、可愛くないから……嘘つくのやめて」
襟に触れていた手が、そのまま顎に添えられた。
びくっ、と大袈裟なくらい体が震えると、そのまま軽く上を向かせられる。
「嘘じゃないよ。もう見られないなら、写真撮っておきたいくらい」
なんだよ、この甘ったるい言葉攻めは。新手の羞恥プレイか何かか?
そう毒づきたくもなるけれど、その瞳の奥にいつものような小馬鹿にした色はない。からかっている気配すらもなくて、それが逆に、俺の心臓を酷く波立たせた。
佐伯は、熱で縁がとろけたアイスに唇を這わせるように、ゆっくりと俺の耳元に顔を寄せる。逃げ場を塞ぐような角度で、低く囁いた。
「……やべー可愛い。死にそ」
濃いチョコがとろりと崩れながら落ちてくるみたいに、低くて甘い声。
耳の奥で熱がじわっと広がって、体の中まで溶かされそうだった。
固まった俺を見て、佐伯は満足そうに笑うと、とんっと指先で額を小突く。
「そろそろ行かないと、店長にブチギレられるわ。……その顔、なんとかしてから来いよ」
バタン、と目の前でドアが閉まった。
「えっ……な、なに……まじで……」
分かりにくいジョークだったのかもしれない。
ガチで受け取っている俺の方が完全におかしいのでは、という気さえしてくる。
横を向くと、鏡には目がうるうるして、耳まで真っ赤になった自分の顔が映っていた。
「うわ、いや……めっちゃキモいじゃん、おれ……」
てか、佐伯、あいつなに? 新手のいやがらせ? いじり? 意地悪?
それとも――
(いやいやいやいや、ないないない!)
このあと四時間も同じ場所で働くのに、どんな顔で働いたらいいのか分からない。
思わず両手で自分の頬をベチン!と叩くと、ちょうど入れ違いで入ってきた副店長が眉間に皺を寄せた。
「小瀧くん、大丈夫? どうかした?」
「…………いや、大丈夫じゃないっす」
「だろうね。ビックリしたよ」
ふー、と息を吐きながら、俺はバックヤードから店頭に続くドアを押した。
頭も、心も、まだ混乱している。
「お待たせしました。ベリーチーズ&チョコです、お気をつけてお持ち下さい」
店頭では、佐伯が新作フレーバーをスクープして、お客さんにアイスを手渡していた。さっき俺に見せた顔とはまるで別人のような、作り込んだ嘘くさい笑顔だ。
俺はその隣で、注文を待つお客さんに試食用のアイスを差し出した。
「ご試食されませんか? 今月おすすめの新作フレーバーです」
時折、いてもたってもいられず佐伯の方を盗み見てしまう。
けれど、その日の勤務が終わるまで、佐伯が俺の方を向くことは一度もなかった。



