カーテンの隙間から差し込む光に、まぶたをゆっくりと上げる。
ぼんやりした視界の先に、佐伯の広い背中があった。
まだ太陽が昇りきったばかりの早い時間なのに、彼はすでに起きていて、ベッドから少し離れたローテーブルの前にちょこんと座り、静かにスマホを構えている。
その画面には、カメラモード。
一瞬で眠気が吹き飛んで、俺はあわてて声が出ないように片手で自分の口を塞いだ。
佐伯の反対の手には、小さな銀色のスプーンが握られている。
「…………」
そのあと佐伯は無言で、俺が昨夜こっそり作って、ひしゃげて形が崩れてしまったあのケーキを、色んな角度から撮り始めた。
朝日をライト代わりに窓際にかざす角度とか、影の入り方とか、めちゃくちゃ真剣に構図を考えている。
作った俺本人より真剣に、俺の不恰好なケーキを可愛がってくれている。
いつもなら、嬉しい時でも口元の端だけがほんの少し、ひっそり笑うだけなのに。
今日は違う。
目元まで柔らかく三日月に細めて、内側から嬉しさが滲み出ている。
その横顔は、俺がまだ知らなかった、年相応の佐伯の表情だった。
息を殺して、その横顔を見つめ続ける。
喉の奥がきゅっと震えて、手のひらで口元を強く押さえないと、感極まった声が漏れてしまいそうになる。
(澄人が、笑ってる……)
恋人の誕生日の朝。
まだ世界がぜんぶ寝静まってるみたいで、光も音も淡くて。この部屋だけが、俺たちだけの特別な温度を持っているみたいな、そんな無垢な時間。
その中で、佐伯だけがふわりと微笑んでいて。
その顔が、あまりにも満たされていて、幸せそうで。
胸の奥が、急にぎゅうっと手で掴まれたみたいに熱くなる。
――――本当は、こんな顔で、笑うんだ。
不器用で、照れ屋で、すぐ理屈っぽく眉を寄せて、素直じゃなくて。
そんな佐伯が、俺の作った崩れたケーキを前にして、プレゼントを貰った子どもみたいに優しい顔をするなんて。
その事実だけで、胸がいっぱいになる。
「愛おしい」なんてありふれた言葉じゃ、ぜんぜん追いつかない。
もっと奥の、名前のない、祈りにも似た感情が、ぽわっと胸の奥から溢れてくる。
ずっと見ていたかったけれど、俺は一度そっと瞼を閉じた。
暗闇のなかでも、さっきの奇跡みたいな微笑みが鮮明に焼きついていて、思い出すだけで勝手に頬がゆるむ。
盗み見しているのが恥ずかしくて、慌ててふかふかの枕に半分顔を沈めた。
まだ佐伯は、俺が起きていることに気づいていない。
枕越しに、小さく声を出さずに笑ってしまう。
部屋に満ちる佐伯の気配。昨夜よりもっと、確かなものになった心の距離。
全部が、俺の中で幸せというエネルギーに変換されていく。
わざと寝返りを打つふりをして、寝起きの声をほんの少し漏らし、俺は布団の中で小さく丸まる。
「南緒? ……そろそろ起きろよ。俺たち、今日早番じゃん」
「んー……分かってる。でも、まだ眠たくて起きれない」
俺の返事を聞いて、佐伯はふっと嬉しそうに笑うと、一度だけ優しくキスをくれた。
唇に残ったのは、いつもお店のガラスケースからスクープしてる、あのアイスクリームと同じ冷たくて甘い味。
……なんだかそれだけじゃ全然足りなくて、俺はもう一回、大好きな恋人の服の裾をぎゅっと引っ張って、今度は自分から重ねにいくように顔を傾けた。
正直、恋がここまで自分の形を無くしちゃうくらい、甘いものだなんて知らなかった。
最初はあんなに突っかかって、意地ばかり張ってたはずなのに。
目の前にいる大好きな佐伯の、めんどくさがりなところも、ぶっきらぼうなところも、時折見せる不器用な優しさも――。
俺は気づけばその全部に、毎日あますことなく溶かされていた。
<fin.>
ぼんやりした視界の先に、佐伯の広い背中があった。
まだ太陽が昇りきったばかりの早い時間なのに、彼はすでに起きていて、ベッドから少し離れたローテーブルの前にちょこんと座り、静かにスマホを構えている。
その画面には、カメラモード。
一瞬で眠気が吹き飛んで、俺はあわてて声が出ないように片手で自分の口を塞いだ。
佐伯の反対の手には、小さな銀色のスプーンが握られている。
「…………」
そのあと佐伯は無言で、俺が昨夜こっそり作って、ひしゃげて形が崩れてしまったあのケーキを、色んな角度から撮り始めた。
朝日をライト代わりに窓際にかざす角度とか、影の入り方とか、めちゃくちゃ真剣に構図を考えている。
作った俺本人より真剣に、俺の不恰好なケーキを可愛がってくれている。
いつもなら、嬉しい時でも口元の端だけがほんの少し、ひっそり笑うだけなのに。
今日は違う。
目元まで柔らかく三日月に細めて、内側から嬉しさが滲み出ている。
その横顔は、俺がまだ知らなかった、年相応の佐伯の表情だった。
息を殺して、その横顔を見つめ続ける。
喉の奥がきゅっと震えて、手のひらで口元を強く押さえないと、感極まった声が漏れてしまいそうになる。
(澄人が、笑ってる……)
恋人の誕生日の朝。
まだ世界がぜんぶ寝静まってるみたいで、光も音も淡くて。この部屋だけが、俺たちだけの特別な温度を持っているみたいな、そんな無垢な時間。
その中で、佐伯だけがふわりと微笑んでいて。
その顔が、あまりにも満たされていて、幸せそうで。
胸の奥が、急にぎゅうっと手で掴まれたみたいに熱くなる。
――――本当は、こんな顔で、笑うんだ。
不器用で、照れ屋で、すぐ理屈っぽく眉を寄せて、素直じゃなくて。
そんな佐伯が、俺の作った崩れたケーキを前にして、プレゼントを貰った子どもみたいに優しい顔をするなんて。
その事実だけで、胸がいっぱいになる。
「愛おしい」なんてありふれた言葉じゃ、ぜんぜん追いつかない。
もっと奥の、名前のない、祈りにも似た感情が、ぽわっと胸の奥から溢れてくる。
ずっと見ていたかったけれど、俺は一度そっと瞼を閉じた。
暗闇のなかでも、さっきの奇跡みたいな微笑みが鮮明に焼きついていて、思い出すだけで勝手に頬がゆるむ。
盗み見しているのが恥ずかしくて、慌ててふかふかの枕に半分顔を沈めた。
まだ佐伯は、俺が起きていることに気づいていない。
枕越しに、小さく声を出さずに笑ってしまう。
部屋に満ちる佐伯の気配。昨夜よりもっと、確かなものになった心の距離。
全部が、俺の中で幸せというエネルギーに変換されていく。
わざと寝返りを打つふりをして、寝起きの声をほんの少し漏らし、俺は布団の中で小さく丸まる。
「南緒? ……そろそろ起きろよ。俺たち、今日早番じゃん」
「んー……分かってる。でも、まだ眠たくて起きれない」
俺の返事を聞いて、佐伯はふっと嬉しそうに笑うと、一度だけ優しくキスをくれた。
唇に残ったのは、いつもお店のガラスケースからスクープしてる、あのアイスクリームと同じ冷たくて甘い味。
……なんだかそれだけじゃ全然足りなくて、俺はもう一回、大好きな恋人の服の裾をぎゅっと引っ張って、今度は自分から重ねにいくように顔を傾けた。
正直、恋がここまで自分の形を無くしちゃうくらい、甘いものだなんて知らなかった。
最初はあんなに突っかかって、意地ばかり張ってたはずなのに。
目の前にいる大好きな佐伯の、めんどくさがりなところも、ぶっきらぼうなところも、時折見せる不器用な優しさも――。
俺は気づけばその全部に、毎日あますことなく溶かされていた。
<fin.>



