バ先のダウナー男子に、気付けば毎日溶かされています♡


 佐伯と初めてデートしたあの夜、帰り際にくだらない意地を張って大ゲンカして――。
 で、そのままなし崩し的にあいつの家に泊まることになって。
 初めて体を重ねてから、気づいたらもう、結構な日数が経ってた。

 同じバ先だから普通にシフトも被るし、仕事帰りにふらっと飯食いに行ったり、どっちからともなく流れでそのまま泊まっちゃうことも増えた。
 息をするみたいに自然にキスしたり、同じベッドでくっついて眠るのが当たり前の毎日になっていくうちに、俺自身の気持ちも、少しずつ変わってきた気がする。

 佐伯のことを恋人としてちゃんと大事にしたいな、とか。
 いつも強がってばかりじゃなくて、たまには自分だって思いっきり甘えたいな、とか。
 そんな、俺のキャラじゃないような柄にもないこと、つい考えちゃったりして。

 マジで最悪だったあの初対面のときからは、本当に想像もつかないくらい、俺たちの関係は変わってきていた。

「いらっしゃいませ」

 昼のピークを少し過ぎた頃合い。カラン、と軽快なドアベルの音が鳴って、赤ちゃん連れのお客さんが入ってきた。
 ベビーカーを押しているのは、少し疲れの見える若いママさんで、乗っている赤ちゃんは一歳くらいかな?というちまりとしたサイズ感。
 隣では、佐伯がいつも通り一切の愛想を省いた無表情で注文を取り、鉄板に生地を広げて手際よくクレープを焼いている。店内には甘ったるいバニラとバターの香りが充満していた。

「ご注文お決まりですか?」

 俺は佐伯の横で次のオーダーに備えて待機していただけなんだけど、ふわりと甘い匂いを漂わせたクレープが完成し、ママさんがようやく一口食べようとした瞬間ーー。

「ふぇ……ふぇぇ……! あぁぁーんっ!!」

 突如、赤ちゃんがまさかのギャン泣きを始めた。
 ママさんはめちゃくちゃ困った顔をして、「ごめんね、どうしたの?」と慌ててあやし始めたけれど、火のついたような泣き声は全然止まらない。

「うぁーー! うぁぁーんっ」
「あれ? おしゃぶりもダメかぁ……どうしたの、眠たくなっちゃった?」

 小さな体からは想像もつかないほど中々のボリュームで、チラチラと他のお客さんも心配そうに、あるいは少し戸惑ったようにその様子を伺っているのが分かる。
 いたたまれなくなって、俺は思わずカウンターから身を乗り出して声をかけた。

「よかったら、俺あやしますよ。折角だし、ゆっくり食べてください!」

 ママさんは一瞬きょとんとしてから、「え、本当ですか!?」と、まるで救世主でも見るような、めちゃくちゃ助かった顔をしている。
 俺はカウンターを出て、赤ちゃんが座っている椅子の前にしゃがみ込んだ。

「ほらほら〜、みてみて〜!ウサギさんだよ」

 大学では保育の専攻をしてるし、中学生の時にうんと歳が離れた弟が産まれたから、俺はお世話もあやすのもそれなりに慣れている方……だと思う。
 指をゆらゆらさせたり、思い切り顔の筋肉を崩して変顔をしたり。恥を捨てて必死であやしていたら、さっきまであんなに顔を真っ赤にして泣いていたのに、ぱちっと泣き止んで、小さな両手で俺の指をぎゅっと握ってきた。

「あぶ! あぶー!」

 か、かわいすぎる。こんなに小さい子を相手にするのは久しぶりだけど、ご機嫌になってくれたっぽい。

 ママさんも心底ホッとしたように息を吐き、ようやく自分のクレープを食べ始める。
 その間ずっと、俺はしゃがんだまま赤ちゃん係に徹した。

「あいあいあー、あうー」
「うんうん、お喋り上手だね」

 あやす度ににこにこ笑うし、たまに舌足らずな声を出すし、もう完全に無垢な天使だ。
 そのうちすっかり懐いてくれたのか、椅子の上でジタバタと短い腕を伸ばして、俺の服を掴もうとしてくる。
 慌てたママさんが「すみません!」と抱っこひもを出そうとしたので、笑顔でそれを制止した。

「よければ、抱っこしても大丈夫ですか? 俺、一応保育の学生なんです」
「えっ、本当ですか? でも、お仕事中だし……」

 遠慮するママさんだったけれど、赤ちゃんが俺に向かって必死にテーブル越しに手を伸ばすのを見て、少し申し訳なさそうに眉を下げた。

「やっぱり、お願いしてもいいですか……? その間に、急いで食べます!」

 了承してくれたので、俺はそっと小さな体を持ち上げた。
 肩口のところで柔らかい頭を受け止め、お尻を片手にのせて、ぽんぽん、と一定のリズムでその背中を優しく撫でる。
 ミルクみたいな、ベビーパウダーみたいな、甘くて優しい匂いがした。

「あー、眠いのかな? 寝ちゃったら、このまま抱っこひもに入れてあげますね」
「すみません、ずっとワンオペで、なかなか甘いものを食べる時間がなくて……」
「お世話、大変ですよね。リフレッシュのお手伝いが出来て良かったです」

 にこ、と笑いかけると、ママさんも安堵の表情で頷いてくれた。
 そのうち、俺の肩に顔を埋めたまますやすやと寝息を立て始めた赤ちゃんの寝顔を見て、店内に居合わせた他のお客さん達の間にも、ほっこりとした温かい空気が漂う。
 平和だなぁ、なんて思いながら、ふとカウンターの方へ視線を戻した、その時。
 佐伯が、キッチンの奥から、氷点下まで冷え切ったような瞳で無言でこっちをガン見しているのに気づいた。
 手元では正確な動きでチョコアイスを盛り付けながら、視線だけが、ずーっと、親の仇でも見るかのように俺と赤ちゃんのとこに突き刺さっている。

(……いやいや、いくらなんでも赤ちゃんに向ける視線じゃないだろ。スナイパーかよ。怖すぎるだろ)

 しばらくして、ママさんが素早く完食して片づけを済ませ、俺の方へやってきた。

「本当にありがとうございました、すごく助かりました。久しぶりにゆっくり座って甘いものが食べられました」

 と、何度も頭を下げてくれて。
 抱っこひもに収まった赤ちゃんとママさんは、俺に手を振りながら、明るい笑顔で店を出て行った。

 ***

 客足が引き、店内がすっかり落ち着いてから、俺はレジに戻って、無表情のままシンクを磨いている佐伯の袖をくいくいと引っ張った。

「なあ、さっきの赤ちゃん、マジでかわいかったよな。天使かと思ったわ。佐伯もそう思うでしょ?」

 同意を求めるつもりで言ったのに、佐伯は手元のスポンジを見たまま、間髪入れずに平坦な声で言った。

「何も感じない」
「は?」
「赤ん坊とか犬とか、見ても俺は何も感じない。『可愛い』の意味が分からない」
「え、マジで言ってんの? ほっぺむにむにしてさ〜、たべちゃいたい、とか、ぎゅってしたいとかないの?」

 そう言った瞬間、佐伯のシンクを磨く手がぴたりと止まった。
 少しだけ不自然な間があって、いつもと同じ、感情の読めない低い声が落ちる。

「……小瀧にはそう感じる」
「いや、それはちがうって……」

 俺は反射的に、ぞわっとして一歩後ろに引いた。

「なんで急にサイコパスみたく物騒になるんだよ。怖すぎる」

 佐伯は少しだけ小首を傾げて、自分の感情を分析するように、ぼそっと言った。

「キュートアグレッションってやつかも」
「何それ? きゅーと……?」

 疑問に答えることなく、佐伯は「ふうん」とだけ言って、再びキッチン作業に戻ってしまった。
 俺はレジ横で、呆れたようにため息を一つ吐く。
 やっぱ、佐伯の感性ってどっかおかしいよな……ネジが数本ぶっとんでるというか、一般常識のピントがずれているというか。
 でも、その感情の矛先が、自分だけに向けられた特別なものだと言われたことは嫌でも分かっていて。
 呆れる反面、胸の奥が、ほんのちょっとだけ、変にあったかくなっていた。

 ***

 バイト終わり。先に家に着いた俺は、エプロンをつけてキッチンの前に立っていた。

 ごま油を引いたフライパンでざく切りの野菜と豚肉を炒め、隣のコンロで味噌汁も温める。今日はわりとちゃんとした晩飯だ。
 付き合い始めた頃、「絶望的」だの「ゴミを増やすな」だのと俺の料理をけちょんけちょんに侮辱された時期もあったけれど、“好きこそものの上手なれ”って言葉通り――いや、単に負けず嫌いが発動しただけかもしれないけれど、俺の料理の腕前は着実にレベルアップしていた。

 もうすぐ炒め終わるな、というタイミングで冷蔵庫から冷えた缶ビールを二本取り出してカウンターに置く。

「澄人、もうすぐ出来るよー」

 換気扇の音に負けないように声をかけた、その瞬間。
 背中から、トン、と静かに、けれど確かな重量感を持って、ぴとってくっつかれた。

「……」

 無言で俺の背中と肩甲骨の間に自分の額をぐりぐりと押しつけて、両腕で俺の腹を背後から軽く囲ってくる。服越しに、佐伯の高い体温がじわじわと伝わってきた。

「ちょ、まだ火使ってる。油跳ねるし危ないから」

 注意しても、背中の重みはピクリとも離れない。
 顔は見せないくせに、俺の背中にすり寄るみたいにして、全身から「甘えたい」というオーラだけが全力で伝わってくるのが、本当にずるい。

「……このままでいいじゃん」
「よくねーよ。危ないし、お前デカくて邪魔だし」

 口では文句を言いながらも、俺は結局、フライ返しを動かすのを右手だけにして、空いた左手で俺の腹に回された佐伯の大きな手を軽く掴んで、ぽんぽんと握り返してやった。

「はい、できたぞー。火消したから、席ついて」

 そう促しても、佐伯は微動だにしない。木の幹にでもしがみつくコアラみたいだ。
 半ばおぶるようにして動かそうとしたが、成人男性の重さでそれは無理で。立ったまま引き摺るようにしてどうにかダイニングチェアに座らせると、今度は何事もなかったみたいに腕を組み、テーブルの上の皿をジッと見つめて、ぼそっと呟いた。

「……めんどくさい。南緒が食べさせて」
「は?」

 一瞬、換気扇の音で聞き間違いかと思った。

「自分で食えよ。手ぇついてんだろ」
「やだ」

 食い気味の即答。

「いや、ガキかよ。俺だってお腹空いてるんだけど」
「南緒がいい」

 はあ!? と声を荒げそうになるのに、
 佐伯の顔を見ると、もう完全に“やってもらう側”の、ふてぶてしくもどこか無防備な顔をしている。
 ……くっそ。調子狂うんですけど。

「一回だけだからな!」

 渋々そう言って、結局、俺は自分の箸を置き、スプーンで炒め物とご飯をすくって、佐伯の口元に持っていった。

「ほら」
「あーん」

 自分で「あーん」って言うな!こっちが恥ずかしくなるだろ。
 内心激しくツッコミを入れつつ、口に運んでやると、佐伯は素直にぱくりとそれを咥え込んで咀嚼した。

 その後も何回か「はい」「あーん」の不毛なラリーを繰り返し、甘やかすのも限界だと匙を置こうとしたら、最終的にはちゃんと自分でも箸を持って食べ始めたから、まあ許すことにした。
 確かに色んな事を「めんどい」「だるい」と省エネ思考で面倒くさがる佐伯だけど、食事まで全てを放棄して甘えてくるのは初めてだった。
 今日は疲れてんのか? でも大学の試験はこの前終わったばかりだし、徹夜するようなレポートも今はなさそうだし。
 そんなことを頭の片隅で考えながら飯を食べ終わって、少しソファで麦茶を飲みながら休憩してから、立ち上がった。

「じゃ、俺先風呂入ってくるわ」

 そう宣言した途端。
 そのまま立ち上がった俺の後ろに、また磁石みたいにベッタリと佐伯がくっついてきた。

「……は?」
「一緒じゃないとやだ」

 何それ。何これ。マジでどうした。
 今日の佐伯は、やたら我儘というか、距離感のバグり方が異常だった。
 俺はため息をつきながら洗面所で替えの下着と部屋着を用意するけど、その間も佐伯は俺の腰に回した手を緩めない。ペンギンみたいによちよちと二人三脚で動く羽目になった。

「澄人と入るの、うちの風呂狭くなるから嫌なんだけど」
「大丈夫」

 何が大丈夫なんだよ。お前の足、長すぎて湯船で絶対俺に当たるだろ。

 でも、結局、俺の真っ当な反論は全て右から左へ聞き流されて、二人で狭い風呂に入るハメになった。
 湯船に浸かると、案の定お湯が溢れそうになる。佐伯はずっと俺の肩に頭をもたれかけてきて、お湯の音以外は静かだった。

「澄人、疲れてんの?」
「まぁ、それなりに」

 曖昧な返事。たまに、気持ちよさそうに、あるいは本当に眠そうに目を閉じたりして、湯船の縁に頭を預けている。
 今日は、ほんとにどうしちゃったんだろう。

 風呂から上がって、タオルでわしゃわしゃと自分の頭を拭いて。
 鏡の前でぺちぺち、と顔に化粧水を塗っていると、首からタオルを下げた佐伯が、洗面所のドア枠によりかかって当然のように言った。

「ドライヤー」
「……はいはい。お前、今日ほんと王様だな」

 言い方がなんか偉そうなんですけど、と文句を垂れつつ、結局コンセントを挿す。佐伯をリビングのラグの上に座らせて、俺は後ろからソファの縁に腰掛け、髪を乾かし始めた。
 ぶぉー、という温風をあてて指を通すと、佐伯は目を細めて、猫みたいに気持ちよさそうに少しだけ首をすくめる。バイト中の、あの客を客とも思わない氷のような接客態度からは考えられないような、柔らかい表情だった。

 ドライヤーの単調な音だけが部屋に響いてて、俺は佐伯の髪にそっと指を通しながら、黙って乾かし続ける。
 指の間をすり抜ける、色素の薄い綺麗な髪。染め直したり手入れをしている様子もないから地毛なんだろう。

「……はい、おしまい。乾いたよ」

 ぽんぽん、とその広い肩を叩いてドライヤーのスイッチを切ると、佐伯はそのまま振り返り、俺の腕をがしっと掴んできた。
 そのまま連行されるみたいにソファの上まで一緒に引きずり込まれ、ぐいっと俺の体の向きを強制的に変えさせられたかと思うと、佐伯はそのままゴロンと横になり、俺の太ももに後頭部を乗せてきた。

「は!? ちょ、なに」
「ここがいい」
「いい、じゃないんだよ。お前の頭、意外と重いし」
「大丈夫」

 大丈夫じゃねぇよ。会話になってないだろ。
 文句を心の中で並べ立てつつも、完全にホールドされて逃げられない角度で、膝枕が完成してしまった。
 佐伯は自分の特等席を見つけたみたいに満足げに小さく息を吐いて、ゆっくりと目を閉じる。……なんだこれ。

「今日ほんとどうしたの? 澄人。こんなベタベタ甘えてきて……熱でもあるわけ?」

 返事はない。代わりに、俺の部屋着のトップスの裾を、長い指先でちょん、と摘んできた。
 強く引っ張るでもなく、布を握りしめるでもなく、ただそこから離れないためだけの、目印みたいな弱い力。

 それを見た瞬間、昼間の光景がフラッシュバックした。
 今日俺があやした、あの赤ちゃんの小さな手が、俺の指をぎゅっと握ってきた感触。
 ……あぁ、もしかして、アレってこと……?
 俺は小さくため息をついて、諦めたように佐伯のサラサラの髪に指を通した。
 シャンプーの風呂上がりの匂いがふわりと香って、ゆっくり撫でてやると、ほんの少しだけ、くすぐったいような、気持ち良さそうな顔をして目を細める。

「お前、マジで赤ちゃんかよ」

 呆れ半分、愛おしさ半分でそう言ったら、目を閉じたまま、低い声がぽつりと返ってきた。

「……否定しない」
「まさか、昼の赤ちゃんに対抗してるとか? ヤキモチ?」
「……さあ」

 誤魔化す気、ゼロの声。図星らしい。

「マジかよ、お前……」

 思わず苦笑しながらも、俺はそのまま、ゆっくりと優しいリズムで頭を撫で続けてやる。
 あの佐伯が、まさかの赤ちゃん返り。
 いつも冷静で、淡白で、他人のことなんてどうでもいい、何にも執着しませんよみたいな涼しい顔をして仕事をしているあの佐伯が、だ。
 指先で少し長めの前髪を整えるみたいにそっと触れると、佐伯の眉間に寄っていた微かなしわが、するりとほどけた。

「南緒」
「んー?」
「動かないで」
「はいはい。逃げませんよ」

 甘えん坊の大型犬をあしらうみたいに即答した自分に、自分で笑いそうになる。
 佐伯はそれきり何も言わずに、俺の膝の上で、規則正しく静かな呼吸を繰り返していた。
 ほんと、今日はどうしたんだか……可愛いやつめ。
 そう思いながら、 俺は膝枕をしたまま少しだけ上体を屈め、顔を近づけて佐伯の形のいい唇に、自分の唇を軽く重ねた。ちゅ、と短いリップ音だけが響く。

 目を薄く開けた佐伯が、「……それだけ?」と不満を滲ませる。
 その不服そうな顔がおかしくて、俺はくすくす笑いながら言った。

「赤ちゃんとはキスしちゃダメなんだよ、本当は。虫歯うつるからね」

 わざとおどけてそんな風に言うと、しばらく、佐伯は反論もせずに何も喋らなくなってしまった。
 テレビもつけず、間接照明だけの部屋は薄暗くて静かで、耳に届くのは、佐伯の落ち着いた呼吸の音と、窓の外を遠く走っていく車のエンジン音くらいだった。
 このまますうっと寝ちゃうのかな、って思った頃。佐伯が、ぽつりと、独り言のように呟いた。

「……赤ん坊ってさ」
「ん?」
「泣けば、誰か来るじゃん」
「まあ……そりゃあ、来るだろ。一人じゃ何もできないし」
「泣いても『うるさい』って言われないし。無条件で、助けてもらえる」

 俺は、なんて返していいか分からなくて。とりあえず、言葉の代わりにその頭をゆっくりと撫で続けることしかできなかった。

「……羨ましいとは、思わないけど。南緒は、俺のこと放って……どっか行ったりしないで欲しい」

 ぽつりとこぼれ落ちたその弱音に、俺の喉の奥が、きゅっと締め付けられるように鳴った。

 俺は何も言わずに、今までより少しだけ強い力で、佐伯の頭を両手でしっかりと抱え込んだ。
 離れないよ、絶対。置いてなんか行かない。
 言葉にしてしまえば安っぽくなりそうで、ただ、伝わるくらいの確かな力で、その体温を抱きしめた。

 佐伯は、それ以上何も言わない。
 ただ、俺の服の裾を摘んでいた指先が、さっきよりほんの少しだけ、安心したみたいにふっと力を抜いたのが分かった。

(……ああ、澄人は今日ずっと、これが言いたかったのかな)

 俺の膝の上で、再び静かに呼吸を始めた佐伯は、赤ちゃんって言うには、当然でかすぎて、重くて、ふてぶてしい男で。
 でも、俺が「恋人として甘やかしてあげたい」って思うには――十分すぎるほど、愛おしくて無防備な存在だった。