バスケ部期待の星がなぜか執拗に追いかけてくる


 約束の場所に行くと、すでにスバルはいた。
 なんとなく緊張してしまい、しばらくその場でようすをうかがったのち、おそるおそる近づく。

「さっきからずっとなにしてんの?」
「み、見えてたの!?」
「そりゃもちろん」

 ばれていたらしい。スバルはおれの頭のてっぺんからつま先まで、ゆっくりと視線を動かしていく。
 変なところはないだろうか。そんなふうにみられると、顔から湯気が出そうだ。

「……照れるから、あんま、見ないで」

 手を伸ばしてスバルの顔の前に持っていく。スバルはおれの手を掴んで顔の前から避け「お前さあ……」と天を仰いだ。

「めずらしいから見るだろ。……似合ってる」
「え」
「行くぞ」
「う、うん」

 スバルが歩調を合わせてくれる。いちおうこれは、デート、なんだよな。そう思うと途端に緊張してしまう。歩き方がおかしくなるおれを見てスバルが笑った。

 今日は食べ歩きだ。
 クレープを見つけてスバルのほうを向くと、スバルも同じようにこちらを見ていて、思わず吹き出す。考えていることは同じようだった。おれはチョコ、スバルは抹茶を注文する。

「今日は誘ったから俺の奢り」
「え? いや、おれ払うよ」
「次出かけるときは、リズが払って」

 次?と思う暇もないまま、クレープを受け取ったスバルが、おれの口にクレープを運んでくる。

「んぐっ……うま!!」

 チョコとクリームの甘さが口いっぱいに広がる。スバルは満足そうに笑った。

 男子高校生、甘党の胃袋はさすがだった。みたらし団子、ワッフル、かき氷とどんどん美味しいものが吸い込まれていく。
 気が付けば、あたりは薄ピンク色になっていた。

「ちょっと食べすぎたかな……」

 ふたりで笑いながら、帰り道を歩く。すると、その道中に目を引く建物を見つけた。

「入る?」

 スポーツ用品店にくぎ付けになっていたおれを見て、スバルが優しく問いかけてくる。

「いや、いいよ。別に今度ひとりでも来れるし」
「……あ、そういえば俺、バッシュ新しくしようと思ってるんだよね。今日買うわけじゃないんだけど、よかったら一緒に見てくれない?」
「それは全然いいけど……」
「じゃ、決まりね」

 スバルに続いて店に入る。独特の香りが鼻をついた。

 バッシュコーナーに行くと、奇抜なものからシンプルなデザインまでさまざまなシューズがあった。

「どんな感じのがいいかな」

 スバルに似合いそうなバッシュをいくつか厳選する。正直、どれを選んでもスバルは似合いそうだ。バッシュによってプレーが変わってくることもあるから、そんな大切なことをおれに委ねてくれたのがなんだか嬉しい。

 店内を見ていると、ふとカラフルな靴紐に目が止まった。靴紐の色を変えるだけでも、シューズの雰囲気はかなり変わる。

「靴紐?」
「おれのシューズ、シンプルだから。差し色になっていいかなって」
「いいじゃん。選ぼうよ。てか、俺も靴紐選んでほしいかも」

 お互いの靴紐の色を選ぶのか。名案だ。
 スバルは出会った時からずっと青のイメージがある。爽やかだからだろうか。怒っている時も、赤い炎ではなくて青い炎が静かに燃えているようなイメージだ。

 青色を指さすと、スバルは「じゃあこれにする」とあっさり決めた。

「リズはこの色が似合うと思う」

 スバルが指差したのは緑だった。

「緑ってはじめて言われた」
「なんでかわかんないけど、リズってすごく透き通ってる感じがするからさ。宝石みたいに」
「それで、緑?」
「翡翠とかを想像するんだと思う。きっと似合うと思うよ」

 緑の靴紐を手に取る。透き通ってる感じ、か。


 閉店時間に近かったので急いで会計をして店を出た。




 少し歩いたところに、暗い公園を見つけた。
 ベンチに座る。ふ、とスバルが息を吐く。

「今日、楽しかった。ありがと」
「こちらこそ、楽しかったし、それに……」

 今日は言おうと決めて、ここにきたのだ。もう、びびってばかりではだめだ。
 この気持ちの正体に、答えをつけるためにおれはここに来たのだから。スバルに向き直る。
 スバルはゆっくりと瞬きをした。深呼吸をして、告げる。

「おれ、スバルのこと、好きなんだと思う。おれの嫌いだったものを好きにしてくれた時から……いつとか、ちゃんとはわかんないけど、気づいたら、おれはスバルのことが好きだった」

 暗がりに声が響く。
 スバルは何も言わずに、ただおれの言葉を待ってくれている。

「好きって言われたとき、うれしかったよ。おれ、びびりだから、言葉にするの遅くなってごめん。おれ、今思えば、ずっと好きだったのかもしれない。スバルが他の奴のとこ行くの、いやだ」

 言い終えて、呼吸を整える。ゆっくりと顔をあげると、スバルは泣きそうな顔をしていた。

「ほんとに? 俺、その言葉、本気で受け取るけど。いいの?」
「いい。返事、遅くなって、ごめん。おれは、お前が……好き」

 その瞬間、スバルの伸びてきた腕に強く抱き寄せられた。隙間がないほど強く密着する。
 スバルの手が後頭部に回って、ぎこちなく頭を撫でた。

 心音が聞こえる。これは果たして、どちらのものだろう。


 密着していた身体が離れていく。けれど手はまだ背中に回されたままだ。
 スバルがおれの顔を覗き込む。長いまつげが影を作って、熱を含んだ目がおれを見ていた。まばたきを、数回。


「……っ」


 唇が、触れていた。夜に溶けるような温度で唇が何度も重なる。息ができなくなって、スバルの胸を押す。スバルは一瞬唇を離した後、おれの目をじっと見つめて、強引に後頭部を引き寄せてきた。

「ま、って……!」

 より深く、重なる。苦しいはずなのに、それとは違う感情で頭の中が染まっていく。うっすらと目を開けると、スバルの長いまつげがわずかに震えていた。
 熱い一粒が、頬を伝って落ちる。膝が震えて、スバルに縋りつく。おれの涙に気づいたスバルが焦った顔でおれを抱きしめた。

「ごめん、嫌だった?」

 スバルの表情が硬い。おれはぶんぶんと首を横に振った。

「ちがうっ、いやじゃない、から」

 スバルは口の端をあげて、おれの目尻を指で拭う。それからもう一度、軽く口づけた。スバルを見つめると、長い腕が伸びてきて目元に当てられる。

「そんな目、しないで。……我慢できなくなるから」


 その言葉の意味をゆっくりと咀嚼して、体中に熱が集まっていく。


「そろそろ帰ろっか。暗いし」

 甘い空気を切るようにしてスバルが言った。その手をとると、驚いたようにスバルがおれを見る。


「ちょっとリズさ、勘弁してよ」
「つなぎたかった」

 スバルの顔は、もう見ないことにした。けれど、どちらもゆでだこみたいな顔をしていることだけはわかる。



 触れたいと思った。その綺麗な目に、おれを映してほしいと思った。
 他の奴のところに行ってほしくないと思った。



 ──それが好きということなのだと、スバルに出会って、おれは知った。