話し終えたスバルを見つめる。昔の面影が、たしかにある気がする。色の白い肌とか、高い鼻筋とか。
あとは……まっすぐな目。
「もしかして……あのすーちゃん?」
「気づくの、おっそ」
そう言ったスバルはなぜか泣きそうな顔で笑っていた。
「俺は、リズと一緒にバスケがしたかったのに。やめたって聞いて、ショックだった」
「……ああ」
苦い記憶が蘇ってくる。スバルの言うとおり、俺は中学の時バスケをやめた。
「……なんで?」
スバルがおれを見た。ひどく優しい口調だった。
ここまできたら、もう、いい。隠す必要もなくなった。ずっと面倒だから隠していたはずなのに、もうその必要はないと思った瞬間、なぜだかふっと心が軽くなる。重荷をおろせる、そんな感覚がした。
「中学の時、先輩に言われたんだ『取れないパスを出すな』『独りよがりのプレーだ』って。空いてると思った場所にパスを出しても、いつも失敗する。小学生の時もそうだった。おれは背も高くないし、ガタイも良くない。体力があるわけでもないから、パスするなって言われたらもうなにもできない」
「……リズ」
「まぁ、パスも結局繋がってないから、上手くないんだけど。だからやめたんだ、バスケ」
やめさせられたとかではない。おれの意思で、やめた。パスを繋げられないおれは、チームでお荷物だった。協調性がない。チームプレーができない。そんな奴が必要とされないのはおれも分かっていたから。
「お前のパスは、さ」
スバルが言葉を続ける。泣きそうなおれの顔を、スバルが覗き込んだ。
「すごいよ」
「え」
「仲間を信じるパスだよ。ここにいるはずだって思って出すんだろ。シュート練の時も思ったけど、ちゃんと手におさまるんだ。強すぎるわけでも弱すぎるわけでもなく。取りやすいように、っていうのが分かるパス」
スバルがおれの手を引いて立ち上がる。身長差が生まれたけれど、スバルはもう身をかがめたりしなかった。
「だから、これからは、俺がとるから。リズのパス、俺が死ぬ気で捕まえる」
スバルの手に力がこもる。
「もう一度、俺とプレーして欲しい。コートに立ってほしいんだ」
「……そんなこと」
「できるよ。俺なら、お前を生かしてやれる。独りよがりのプレーだなんて、言わせない」
一粒、落ちた。
どうしてこの男は、こんなにもおれに真剣に向き合ってくれるのだろう。欲しい言葉をいつもいつもくれるのだろうか。この男に出会って、好きになったものばかりだ。
おれの目尻をスバルの指が拭う。
「マネじゃなくて部員として、俺と一緒にコートに立ってくれない?」
スバルと、バスケ部の先輩たちのことなら、信じてみたい、と思える。でも、いまさらもう一度、できるだろうか。ずっと避けてきたバスケを、本当に?
指先が痺れる。ぎゅっと目を閉じると、コーチとメンバーの冷めた目が脳裏に浮かぶ。
こわかった。でも、それと同時におれをまっすぐに見つめる目があった。優しく、真剣に、ずっとおれを見つめている。ゆっくりと目を開けると、全く同じ目がおれを射抜いていた。
信じてみよう。この男──スバルのことを。
こくりと頷くと、スバルは嬉しそうに目を細めた。静寂の中で、視線だけが交差する。わずかな息遣いすら聞こえてしまいそうだった。
「それと、その……つまり……俺の話きいて、だいたいわかってると思うけど、その」
急に縮こまったスバルが視線を彷徨わせる。
さきほどまでの凛とした空気が、ほんの少し甘さを含む。
数秒間沈黙していたスバルは、息を吸っておれに向き直った。
「俺は、リズが好きだよ」
まっすぐに届く。心臓の深い部分にトンッと当てられた気がした。
何か言わないと。焦れば焦るほど、頭が真っ白になって言葉が出てこない。
そんなおれを見かねたスバルが「ゆっくりでいいよ」と優しく言葉をかけてくれた。瞳が柔らかい。
「お、おれ……恋愛、とかしたことなくて。どういうものかもわかんないし、正直なにが好きで、どういう気持ちが恋で、とかわかんなくて。だから、えっと」
うまく言葉が出てこない。だって、スバルがおれのことを好き、だなんて。信じられない。そうかもしれないなんて勘違いしそうになったことはあったけど、こうしてちゃんと言葉にされると……。
あたふたするおれをみたスバルが、おれの頭に手を伸ばす。ポン、と一度のった。
「いまは無理に返事、出さなくて良いよ」
「え」
「困惑して当然だと思うし。ただ、ごめん。いっこお願いがある」
スバルの眉が下がる。一拍の後、スバルの瞳が揺れた。
「俺のこと、嫌いになんないで」
その声はどこか震えていた。いつも余裕そうに笑っているくせに、今だけはまるでなにかに怯えるような顔をしている。おれの言葉ですぐに崩すことさえできそうなスバルだった。
「嫌いになるわけないだろ。何されても、たぶんおれは、スバルのこと嫌いになることはないと思う」
どうして、嫌いになる必要がある。こんなにもまっすぐに向き合ってくれるやつを。
俺の言葉に頬を緩めたスバル。そうして、もう一度同じようにおれの手をとる。
まるで繊細なものに触れるような仕草だった。
繋いだ手からスバルの熱が伝わってきてドギマギする。
「だ、誰かに見られたらどうすんだよ」
「別にいいよ。もう隠す必要ないなら、これからはちゃんと、口説くし」
「……は!?」
「死ぬ気で捕まえるから」
強気な言葉にドキンと心臓が跳ねる。なんだこいつ、さっきまでしおらしかったのに。急にそんな恥ずかしいこと、よく言えるな。
ぐっと手を引っ張られて距離が縮まる。近くで見たスバルの顔は、本当に綺麗な顔をしていた。改めてその造形美に見惚れてしまう。
すらりと伸びた背と長い手足。白くて綺麗な肌と、揃ったパーツ。
息が詰まりそうだ。
「今度のオフ、どっか出かけよ」
「……え!?」
「一応これでも、デートのお誘いの、つもり」
驚いてスバルの顔を見る。いつものように飄々とした顔をしているのに、耳が真っ赤だ。
「……あけとく」
そう頷くのが精一杯だったおれを、どうか許してほしい。



