もともとバスケに執着していたわけではない。中学生の時はなんらかの部活に所属しなければならなかったので、消去法でバスケを選んだだけ。
別にいつやめたっていい。そう思っていた。
『君、高瀬くんだよね?』
『ぜひバスケ部に入ってくれないかな』
中学時代に所属していたチームが、偶然強かった。たったそれだけなのに、そこにいるだけで自然と名前が広まっていくようになっているらしく。
中学時代にスタメン入りしていた俺は、早速先輩に目をつけられることになった。
別にどっちだってよかった。バスケをしたいわけでもないけど、絶対にしたくないわけでもない。ただ、どちら選んでも退屈なんだろうな、とは思った。
その時、体育館の隅を歩く小さな人影を見つけた。そいつは俯きがちに、まるで勧誘に怯えるような格好で対面コートに向かって歩いている。
すれ違う瞬間、その横顔がこちらを向く。気がついたら、腕が伸びていた。そいつの腕を掴むと、驚いた顔で振り返ったそいつと目が合う。
出会った時と同じ、綺麗な目をしていた。
『……っ!!』
息を呑む。間違いない、こいつは。
感動の再会となるわけではなく、そいつは──リズは、困惑した様子で訝しげに俺を見ていた。
『もしかして、入部希望?』
『ちがいます。俺、向こうのコートに用事があって』
迷いなくぶんぶんと首を振るようすを見て、リズがやめたという言葉が本当であるのをようやく理解する。意味がわからなかった。
腹が立って、どうにかして引き入れたくて、気がついたら強引に巻き込んでいた。
もう一度一緒にバスケがしたかった。
執着とは無縁の生活だった。大事なものはなんですか、という学校の課題に対して、特にありませんと書くようなつまらない問題児だった。けれど、本当に、なかったのだ。これがいいとか、あれがいいとか、自分の意思がまるでない。強いて言えば、いうことをきいて喜んでもらえるなら良い。
勉強は、良い点をとると母親が嬉しそうにするから、普通に頑張る。バスケも、父親が嬉しそうにするから続ける。恋愛は、相手が嬉しそうにするから、そうする。言うことを聞く。従う。そのほうが、考えなくて済んで楽だから。
それなのに、初めて、欲しいと思った。
小学四年生の時と同じ気持ちが、込み上げてくる。
『なんなの。おまえ、まじで、なんなんだよ……おれのこと誘っときながら、遊んでたんだろ、おれのきもち……っ、おまえも、ほんとは女の子が好きなくせに、構ってくんなよ、おれに!!』
涙を流しながら俺を睨んできたリズが浮かぶ。
結局リズに誤解されたあの日も、本当は、姉ちゃんとリズの会話をしていた。
『最近さ、あんた、楽しそうだよね』
『え?』
『なんていうかさ、生きてる、って感じがする。大事なものでもできたの?』
妹の誕生日ケーキを選びながら、姉ちゃんがニヤニヤする。
『……好きな子?』
『は!?』
『なんだ、図星かあ〜〜』
途端に体温があがっていく。
『やめて、そういうんじゃ、ないから』
『あたしの目は誤魔化せないよ』
『ほんとに、違うよ。俺好きとか、知らないし。そもそも、そいつ……』
男、だし。
口をつぐんだ俺を見て、姉ちゃんは『でもさ』と言葉を続けた。
『今まで付き合った子の話する時、あんた、一回も顔赤くしたことなかったよ。死んだ目してたもん。それが最近、ようやく人間らしくなってきたじゃないか』
『顔赤いのは、俺がおかしいだけで』
『残念、恋愛はそれが正常なのよ。初恋ピュアボーイ』
恋愛。俺には縁遠いものだと思っていた。けれどたしかに、リズと再会してからの毎日は、今までのどの瞬間よりも楽しい。そしてそれが、日々更新されていくのだ。
『恋人ってさ、なれるもんなのかな』
『いや、両者の同意があって恋人にはなれるんだろうけど』
勝手に自分の中で恋人にするんじゃないよ?と、当たり前の指摘をして姉ちゃんは少し笑う。けれど、すぐに続けた。
『その子がどんな子であってもね、あんたを変えてくれた大事な子なんでしょ。だったらあたしはどんな子でも受け入れるし、もし告白して振られたとしても良い経験になるから。どしっと構えて行ってこい!!』
バシッと肩を叩かれる。姉ちゃんに言われて初めて気がつく自分の気持ち。だんだんと身体に熱が集まる。
リズに拒絶されるわけないと思っていた。
『こっちくんな!!』
だから、あの雷の日、突き放されて心底焦った。できるだけ焦りを悟られないように近づいても、容赦なく拒絶される。今までにないほど胸が激しく痛んで、どうにかなりそうだった。
その時に、思ったのだ。
誰にも渡したくない。死ぬ気で捕まえる。
俺はリズが欲しい、と。



