【昴side】
はじめて緋山吏珠のバスケを見たのは、小学4年生の夏だった。他チームとの合同練習は気を遣ってやりづらいから好きじゃない。暑いし、きついし、憂鬱だ。
基礎練習が終わり、実践的な練習をはじめたとき。誰もいないところにパスを出しては怒られている子がいた。一度や二度ではない。何度も、何度も失敗している。同じチームのメンバーも慣れているからなのか、半ばあきらめるような顔をしている。連携が大切なのに、誰もパスをとることができない。それは致命的だった。そのはずなのに、そいつはあべこべにパスを出しているわけではなかった。
俺の番になって、一緒に走り出す。
──ここで欲しい、おまえの、パスが。
そう心の中で思ったときには、すでにボールが俺の手に吸い込まれるように渡っていた。相手の裏をかいてレイアップを決める。反射でシュートをしたはいいが、あまりのはやさに周囲も、俺ですら、何が起こったのか分からなかった。ただ、ここで欲しいと思ったら、そうしたら、ボールが手にあった。まるで、すべて読めていたとでもいうように。
「……やば」
ぞくぞくする。今まででいちばん良いプレーだった。
休憩時間に、すぐさまそいつのもとに駆け寄って名前を聞いた。
「俺の名前はスバル。おまえは?」
「……リズ」
どこかの姫さまみたいな名前だとおもった。どことなく外国の雰囲気を感じさせるきれいな名前だ。
リズは小柄で、肩幅も細くて、へろへろだった。だからフィジカルでは簡単に吹っ飛ばされていくし、走りだって速くない。けれど、パスの技術だけはピカイチだった。
いつもリズのパスが通らないのは、こいつが下手なんじゃなくて、誰もそのパスについていけないから。
でも、俺なら。さっきみたいに、こいつのパスを死ぬ気で捕まえることができる。
……一緒にバスケしたいな。
同じチームで、やってみたいと思った。はじめてだった。
バスケは姉ちゃんがやっていたから、俺も勧められてはじめてみただけ。その他の習い事もそれなりにこなしていたけれど、自分から興味が湧くのは初めてのことだった。
休憩が終わり、ドリブルの練習になる頃。急にあたりがピカッと光り、ドガーンと雷が落ちた。友達は「雷だ!」と叫んで、なんだか楽しそうにしている。低学年の何人かがうわあんと泣き出し、見守っていた保護者が駆け寄った。一気に雨が降ってくる。
「あれ……」
いつのまにか、リズが消えていた。コートを見渡しても、どこにもいない。
低学年が泣き出し、中学年の奴らは浮かれだす。
練習にならないと判断したコーチはため息をついて、「長めの休憩とるかあーーあとストレッチしたら終わりな」と笑う。コーチも雷怖いの?という質問に、そんなお子様なわけねえだろ!と歯を見せて笑った。
俺はリズの所在が気になって、コートをうろうろする。するとステージ横の倉庫の扉がほんの少しだけあいていることに気がついた。おそるおそる中をのぞくと、そこにはうずくまってびーびー泣いているリズがいた。
「どうしたの」
「……こわい」
「もしかして、雷?」
俺の言葉にこくりと頷く。まあ、イメージ的にはぴったりだけど。そう思って笑いそうになったけど、リズがあまりに怖がるから心配の方が勝ってしまった。
また、雷鳴が轟く。
「いやだぁ〜〜!!」
うずくまるリズの耳に手を伸ばす。そっと塞いでやると、リズは驚いたように顔を上げた。涙で濡れた目が俺をじっと見つめている。
俺と同い年のはずなのに、守ってやらなきゃ、という気持ちが強く働く。のちに知ったことだけれど、それは庇護欲というものに近いらしい。
リズの耳から手を離す。
「こうやって塞げば、こわくないだろ?」
俺の言葉に、リズがうんとうなずく。それから、にこりと目を細めて笑った。
「ありがとう、すーちゃん」
スバルのすを取って【すーちゃん】らしい。リズに呼ばれるとなんだかくすぐったい。
リズが涙を拭いてコートに戻る頃には、低学年もみんな泣き止んでいてドリブルの練習をしていた。コーチは「ストレッチだけのつもりだったけど、感心感心」と頷いている。
「すーちゃん、行こ」
「……おう」
リズに手を引かれて、コートに戻る。
やっぱ、リズと一緒にプレーがしたい。きっと、同じチームに入るには同じ学校にいかないといけない。けれど地域的にそれは不可能だから、中学の大会で会えることを信じるしかない。
そんな思いを馳せている俺とは裏腹に、リズは真面目にドリブルの練習をしていた。両手でついているボールが、時折ぶつかって左右に飛んでいく。
「すーちゃん! ごめん、取って!」
まるでずっとチームメイトだったみたいに笑いかけてくるリズ。
欲しいな、と思った。
けれど、リズとは、それ以来会うことはなかった。中学の大会で会えるかもしれないという俺のちっぽけな希望は、リズと同じ学校のバスケ部員によって打ち砕かれることになる。
「そっちのチームにリズって子がいると思うんだけど、どんな感じ」
いつ、顔を合わせることができるだろうか。期待に胸を膨らませ、問いかけた俺に、容赦ない言葉が降ってくる。
「え? ああ、あいつ? とっくにやめたよ、バスケ」
はじめて緋山吏珠のバスケを見たのは、小学4年生の夏だった。他チームとの合同練習は気を遣ってやりづらいから好きじゃない。暑いし、きついし、憂鬱だ。
基礎練習が終わり、実践的な練習をはじめたとき。誰もいないところにパスを出しては怒られている子がいた。一度や二度ではない。何度も、何度も失敗している。同じチームのメンバーも慣れているからなのか、半ばあきらめるような顔をしている。連携が大切なのに、誰もパスをとることができない。それは致命的だった。そのはずなのに、そいつはあべこべにパスを出しているわけではなかった。
俺の番になって、一緒に走り出す。
──ここで欲しい、おまえの、パスが。
そう心の中で思ったときには、すでにボールが俺の手に吸い込まれるように渡っていた。相手の裏をかいてレイアップを決める。反射でシュートをしたはいいが、あまりのはやさに周囲も、俺ですら、何が起こったのか分からなかった。ただ、ここで欲しいと思ったら、そうしたら、ボールが手にあった。まるで、すべて読めていたとでもいうように。
「……やば」
ぞくぞくする。今まででいちばん良いプレーだった。
休憩時間に、すぐさまそいつのもとに駆け寄って名前を聞いた。
「俺の名前はスバル。おまえは?」
「……リズ」
どこかの姫さまみたいな名前だとおもった。どことなく外国の雰囲気を感じさせるきれいな名前だ。
リズは小柄で、肩幅も細くて、へろへろだった。だからフィジカルでは簡単に吹っ飛ばされていくし、走りだって速くない。けれど、パスの技術だけはピカイチだった。
いつもリズのパスが通らないのは、こいつが下手なんじゃなくて、誰もそのパスについていけないから。
でも、俺なら。さっきみたいに、こいつのパスを死ぬ気で捕まえることができる。
……一緒にバスケしたいな。
同じチームで、やってみたいと思った。はじめてだった。
バスケは姉ちゃんがやっていたから、俺も勧められてはじめてみただけ。その他の習い事もそれなりにこなしていたけれど、自分から興味が湧くのは初めてのことだった。
休憩が終わり、ドリブルの練習になる頃。急にあたりがピカッと光り、ドガーンと雷が落ちた。友達は「雷だ!」と叫んで、なんだか楽しそうにしている。低学年の何人かがうわあんと泣き出し、見守っていた保護者が駆け寄った。一気に雨が降ってくる。
「あれ……」
いつのまにか、リズが消えていた。コートを見渡しても、どこにもいない。
低学年が泣き出し、中学年の奴らは浮かれだす。
練習にならないと判断したコーチはため息をついて、「長めの休憩とるかあーーあとストレッチしたら終わりな」と笑う。コーチも雷怖いの?という質問に、そんなお子様なわけねえだろ!と歯を見せて笑った。
俺はリズの所在が気になって、コートをうろうろする。するとステージ横の倉庫の扉がほんの少しだけあいていることに気がついた。おそるおそる中をのぞくと、そこにはうずくまってびーびー泣いているリズがいた。
「どうしたの」
「……こわい」
「もしかして、雷?」
俺の言葉にこくりと頷く。まあ、イメージ的にはぴったりだけど。そう思って笑いそうになったけど、リズがあまりに怖がるから心配の方が勝ってしまった。
また、雷鳴が轟く。
「いやだぁ〜〜!!」
うずくまるリズの耳に手を伸ばす。そっと塞いでやると、リズは驚いたように顔を上げた。涙で濡れた目が俺をじっと見つめている。
俺と同い年のはずなのに、守ってやらなきゃ、という気持ちが強く働く。のちに知ったことだけれど、それは庇護欲というものに近いらしい。
リズの耳から手を離す。
「こうやって塞げば、こわくないだろ?」
俺の言葉に、リズがうんとうなずく。それから、にこりと目を細めて笑った。
「ありがとう、すーちゃん」
スバルのすを取って【すーちゃん】らしい。リズに呼ばれるとなんだかくすぐったい。
リズが涙を拭いてコートに戻る頃には、低学年もみんな泣き止んでいてドリブルの練習をしていた。コーチは「ストレッチだけのつもりだったけど、感心感心」と頷いている。
「すーちゃん、行こ」
「……おう」
リズに手を引かれて、コートに戻る。
やっぱ、リズと一緒にプレーがしたい。きっと、同じチームに入るには同じ学校にいかないといけない。けれど地域的にそれは不可能だから、中学の大会で会えることを信じるしかない。
そんな思いを馳せている俺とは裏腹に、リズは真面目にドリブルの練習をしていた。両手でついているボールが、時折ぶつかって左右に飛んでいく。
「すーちゃん! ごめん、取って!」
まるでずっとチームメイトだったみたいに笑いかけてくるリズ。
欲しいな、と思った。
けれど、リズとは、それ以来会うことはなかった。中学の大会で会えるかもしれないという俺のちっぽけな希望は、リズと同じ学校のバスケ部員によって打ち砕かれることになる。
「そっちのチームにリズって子がいると思うんだけど、どんな感じ」
いつ、顔を合わせることができるだろうか。期待に胸を膨らませ、問いかけた俺に、容赦ない言葉が降ってくる。
「え? ああ、あいつ? とっくにやめたよ、バスケ」



