バスケ部期待の星がなぜか執拗に追いかけてくる


 ついに大会の日がやってきた。控室でバッシュに履き替える。スバルとこの前選んだ緑色の靴紐が目に入った。
 横にいるスバルの足元を見ると、おれが選んだ青色の靴紐が通されている。
 なんだかくすぐったくて、笑みが洩れた。

「先行ってるぞ」

 そう言って先輩が控室から出ていった。ぞろぞろとそれに続くチームメイトたち。おれの横に立っていたスバルは微動だにしない。


「……スバル?」


 なにをしているのだろうと不思議に思って顔を覗き込もうとした瞬間、スバルの体がくるりと回転して、おれを壁際に追い込む。トンッ、と壁の固さを背中に感じた。

 伏し目がちなスバルの顔がゆっくりと近づいてくる。鼻と鼻が触れ合うほどの距離。先日のことが頭をよぎり、ぼうっと頭が爆発しそうになった。


「すば、る、待っ……!」


 スバルの胸を突き飛ばすと、スバルはわずかに後ろによろめいた。それからにやりと笑う。


「足に力入んなくなったら、困るもんな」
「なっ……! 今じゃ、ないだろ。どう考えても」
「じゃあ試合の後ならいいってこと?」
「ばっ……か! そういうことじゃない!」


 おれの反応を見て、けらけらと笑うスバル。最初からおれをからかうつもりだったようだ。笑みを浮かべていたスバルの顔が、ふと真剣になる。長いまつ毛が影を作った。

「じゃあ、これだけ」

 長い腕に引き寄せられて、スバルの香りが鼻をついた。苦しいくらいに強く抱きしめられる。おれの後頭部を撫でるスバルの手は、ほんの少し、震えていた。


……緊張、してるのか。そりゃそうだろう。チームの期待を背負っているのだから、負けられない重圧がかかっているのだ。


「スバル」
「ん?」


 名前を呼ぶと、スバルはゆっくりと身体を離しておれの顔を覗き込んだ。しっかりと目を合わせる。

「大丈夫。スバルならできる」

 おれの声を聞いて、スバルは泣きそうな顔で微笑んだ。背伸びをして、その唇にそっと自分の唇を近づける。
 軽い音が響く。

 スバルは驚いたように目を見開いていた。


「行こ」
「……俺、やばいかも」
「え?」
「試合終わったら、いいってこと?」
「……どうだろ」


 首を傾げる。顔が熱い。
 顔を手で覆いながら、スバルは天を仰いだ。

 控室から出て、メインアリーナに入る。

 空気が薄い。ドリブルの音と、バッシュがコートを擦る音が聞こえる。観客席には大きな垂れ幕がある。それぞれのチームの合言葉が光って見えた。
 コートに並ぶ。この感覚、久しぶりだ。ユニフォームに通した手が震える。
 さっきまでスバルを励ましていたのに、実際にコートに立つとおれのほうが緊張してしまったらしい。数年前の記憶がよみがえりそうになる。

 目を閉じて深呼吸をする。すると突然隣から「リズ」と名前を呼ばれた。横を振り向くと、首を傾げてスバルがこちらを見ていた。


「不安?」


 独りよがりのプレーになるのではないかと思うと怖かった。もう二度と、過去のような扱いを受けたくない。自分のパスがチームの輪を乱す感覚。誰にもボールを渡せない申し訳なさと、屈辱。そういうものが、こわかった。

「まあ、少しだけ」

 うなずくと、スバルは少し片眉をあげて、笑った。心配すんなよ、とスバルの目が細くなる。


「俺、死ぬ気で捕まえるのは得意だから」


 色を含んだ目がおれを見る。


「……ボールの話、だよな?」
「ん? どうだろうね」


 それだけを言って目を逸らしたスバルの腕が伸びてくる。グーの形に握られたそれに、自分の拳をぶつける。
 先輩たちと目が合う。力強く頷かれた。
 いつの間にか、震えは止まっていた。


 大丈夫。おれは、この人たちを信じていく。


 ピッと笛が鳴る。嬉しそうに目を細めるスバルに続くようにして、おれも一歩を踏み出した。