バスケ部期待の星がなぜか執拗に追いかけてくる


 軽快な音が耳をかけぬけていく。靴がコートを擦る音と、ダンっと響くドリブルの音。手前ではバスケ部が練習をしているようだった。あいにくおれの目当てはバスケ部ではないので、そろりと体育館フロアに入って対面のコートへと足を進める。

 新入生?という声かけを避けるようにうつむきがちに歩いていると、ふと、コートの隅で数人のメンバーに囲まれている男を見つけた。制服をきているから、バスケ部員ではないのだろうか。遠目からみるだけでも、かなり身長が高く、ガタイがいい。対面コートに向かって歩くと、自然と彼らの声が大きくなっていく。


「たのむよ、俺たちまじで総体のためにがんばってきたからさ」
「お前がいれば優勝だって狙えるかもしれないんだ」


 どうやら、熱心な勧誘のようだった。なるほど、中学のうちから目をつけられていたタイプなのだろう。
 それなら先輩たちが欲するのもわかるな、と納得しつつ、彼らの前を通り過ぎようとした時だった。


「……っ!!」


 いきなり腕をつかまれて、振り向く。爽やかな香りが鼻をついた。
 そこには制服の男の顔があった。見開かれた目が俺をまっすぐに見つめていて、その瞳の美しさに思わず目を見張ってしまう。その目はまるで驚いているかのようにゆらゆらと揺れていた。驚くのはおれのほうだというのに。


「……え、な、なに」


 ふぬけた声が出てしまう。そばにいた先輩たちも「え、知り合い?」と困惑した表情で顔を見合わせていた。
 おれと、この男が知り合いだなんて、そんなはずはない。一度会ったら忘れそうにない容姿をしている。とてもきれいで、強烈な。

「もしかして、入部希望?」

 先輩の一人が思いついたようにおれに訊ねる。首を横に振った。

「ちがいます。俺、向こうのコートに用事があって」

 バレー部見学中の友人と合流するためにきたのだ。おれは、はなから部活に入る気なんてないので、入部希望も見学もお門違いである。
 そう言いながら、自分の腕にゆっくりと視線を落とす。まだがっしりとつかまれたままだった。見上げると、おれの手をつかんでいる男は黙ったままおれを見る。それから、口を開いた。


「こいつが入るなら俺も入ります」


 なにを言われたのか分からなかった。動きが止まる。

「え、なんて?」

 聞き返すと、ふ、と小さく息を吐きだしたあとでもう一度「こいつが入るなら俺も入ります」と告げられる。一言一句聞き取れているはずなのに、脳が上手く認識してくれない。

 え、なんでおれ?
 そもそも、おれとこいつは初対面なのに、どうしておれを指名するんだ?

 おれが困惑しているうちに、言葉を理解したらしい先輩たちがそろっておれのほうを向く。


「きみ、名前は」
「え……緋山です」
「「緋山くん、ぜひバスケ部へ!!」」


 揃いすぎていて恐怖をおぼえた。この長身男をバスケ部に引き入れるためのダシにされている。そんなことが丸見えな勧誘に素直にうなずくやつなどいるのだろうか。
 絶対に断ってやる。そう思ってから、この男があんなことを言った理由がようやくわかった。おれは、どう見てもバスケ部に入りそうじゃない見た目をしている。身長は低めで、気は弱そう。これはずっと昔から言われてきたおれの特徴だ。だから、絶対におれがバスケ部に入らないと踏んで、断る口実にしたのだ。ただそれだけのこと。

 おれであることに意味なんてきっとない。


「……入らないです、すみません」
「ちょっと待ってくれ。緋山くん、バスケは難しそうに見えるけどとても奥が深くて」
「そうそう。練習を真面目にすればすぐに上達するし」
「あと結構モテるよ、バスケは」


 必要のない情報まで混ざっていた気がする。申し訳ないが、おれはバスケ部に入る気なんてないのでどうか諦めて、別の勧誘方法を考えてほしい。
 巻き込み事故だけは勘弁だ。

「すみません、入る気はないです。あの、手」

 ずっと掴まれたままだ。室内スポーツということもあってか、ものすごく白い肌をしている。そんなことを自分との肌の比較でぼんやりと思った。

 なかなか解放されない。抗議するように見上げると、ゆっくりと手は離れていった。


「高瀬くん、どうにか入ってくんない。頼むよ」
「だから、言ってるじゃないですか。マネでもいい。とにかくこいつが入部してくれれば」
「いやいやいやいや、男マネージャーなんかみんなテンションあがんないでしょ。え、そうですよね? おれなんか入ったって……てか、なんでおれ。初対面なのにどういう」
「ま、別に俺はどっちでもいいですけど」


 部員一同がおれをみる。
 厄介なことに巻き込まれた。

 こいつ呼びなんて、青少年の見た目をしてるくせに結構いかついタイプなのかもしれない。それにおれたちはこれが初対面だ。
 なにかがおかしい。


「す、すいません。まじで、無理!」


 部員の間をすり抜けて出口へと向かう。対面コートなどで悠長に時間を過ごしていたら、またすぐに勧誘されるに違いなかった。友人に心の中で謝罪をしつつ、外靴に履き替えドアを開ける。冷たい空気が頬に触れた。

 あまりにも予想外の展開に、体温がかなり上昇していた。風が心地よい。
 空は晴れていて、水色とピンクが溶け合う素敵な空だった。

 これで、おれは無事にバスケ部と長身男からの勧誘を交わし、平穏な高校生活を踏み出した──はずだった。




────


 
「……げ」


 机に盛られたお菓子とジュース、そしてその机を囲むようにして、大量の男。あの勧誘の日から数日たっても、このようすであることに頭を抱えたくなる。おれの机を見た友人のタツヤが「今日もやべえな」と苦笑した。毎日毎日懲りずに勧誘をしてくるバスケ部の粘り強さはもはやあっぱれだ。

 おれVSバスケ部員との戦いである。

 ドア付近でかたまっているおれを見つけた先輩が「おはよう!」とまぶしい笑顔を見せる。タツヤが「がんばれよ」とおれの背中をポンと叩いて自席へと向かっていく。とうとうおれは彼らと戦うときが来てしまって、げんなりする。毎朝毎朝猛烈なアプローチを受けるおれの身にもなってほしい。あの長身イケメンを恨めしく思いつつ、席に着く。


「緋山くん、どうか、どうかバスケ部へ!」


 教室中に響き渡るほどの大声だ。こういうの、軽い精神的苦痛に含まれるんじゃないのか。クラスメイトの視線がいたたまれない。


「いやいや、まじで、おれダシじゃないですか。あいつの!」
「……そんなことないよ」
「いま間が空いてましたからね?」


 大量のお菓子の山を見下ろす。これだけの量を、毎日。
 いらないです、と言っても、すべて置いて帰っていくのでタツヤに分けている。


 おれへの勧誘が終わり、おれの意志が強固であることを確認した先輩たちはぞろぞろと退出していく。また明日!と笑顔を残して。
 しつこいくせに去り際の潔さは彼らの性格を感じさせる。
 大会に勝ちたい気持ちはわかる。あの長身イケメン男がどれくらい強いのかはわからないけれど、先輩たちはあいつに入ってほしそうだった。女性のマネージャーがひとりいると聞いているので、おれの仕事量はそんなにないかもしれない。

「……あ」

 下駄箱にすらりと伸びた影があった。長身イケメン男だと気がつく。いったい何頭身なんだ。10くらいあるんじゃないのか?
 ……なんて呑気に考えていると、おれに気がついたそいつはヘッドホンを外して近づいてくる。


「先輩たち、毎日クラス行ってんの」
「……そうだよ! まったく、おまえのせいでおれは、こんな……」
「早く入部届だして。そしたらお菓子地獄も終わるでしょ」
「は?」


 おれの横を抜けてスタスタと歩いていく。
 おれに入部されたら、自分だって入部しないといけなくなるんじゃないのか。
 入部を避けるためにおれを使うという、本来の意図が台無しだ。矛盾している。


 日直の仕事で帰る時間がいつもより少し遅くなってしまった。体育館の前を通り過ぎようとすると、激しい足音が聞こえてきた。そろりと近寄って、窓から中を覗き見る。朝とは雰囲気の違う先輩たちの姿があった。汗を流して、声を枯らして、必死にボールを追っている。その真剣な表情に、ぐらりと心が揺れた。


 毎朝勧誘しに来る先輩たちをうっとうしいと思いつつも、毎日顔を合わせているとなぜだか同情心が芽生えてくる。いま、彼らを見たこの瞬間、自分の気持ちが変わっていくのを自覚した。



 次の日、お菓子を差し出した先輩の手にはテーピングのあとがあった。おれの視線に気がついた先輩がへらりと笑う。いつもこんなふうにへらへらとしているのに、昨日見た先輩はとても真剣な目をしていた。


「昨日頑張ってたらちょっと怪我しただけ。気になるか?」


 そう言ってまた笑う。
 昨日の熱心な姿がよみがえってくる。

 この人は本気で、総体に向かっている。おれが頷くだけで、この人たちはどんなに喜ぶのだろう。このままおれが頷かずに長身イケメン男が入部しなかったら、彼らの頑張りは、いったいどこまで彼らに味方してくれるのだろうか。


「緋山くん、おはよう! ぜひ、バス──」
「わかりました」
「ありがとう!……って、え?」


 ついに10日目でおれのほうが折れることになる。そうして、おれのバスケ部入部(マネージャー)が決まった。