ピッチャーとキャッチャーの関係を、なぜ夫婦に例えるのだろう。いや分かってる、強い絆で支え合っているからだ。でもオレは、正直言って好きじゃない。超個人的な理由で。
「吉住、カラオケ行くって言ったよな? もう他のヤツら向かってんだけど」
「おー、知ってる」
「じゃあなんでそっちに歩いてくわけ? もしかして、またいつものとこかよ。それ、今日だけはやめれる?」
「やめれるわけねーじゃん」
「はあ……お前ってほんと、顔は良いのに幼なじみオタクなところが残念だよな」
「はいはい、言ってろ。てか、長井は先に行ってればいいだろ」
「いや、いい。お前ほっといたら絶対来なさそうだから」
呆れながらもついてくる長井に目もくれず、オレはまっすぐとグラウンドへ向かう。絶対に欠かせない放課後のルーティンだ。フェンスの先に見えてくるのは、野球部の練習風景。キャッチャーミットを構える、大きな背中が見えてきた。
この夏からの新キャプテンで、我が高校の野球部の正捕手、高良和矢。
和矢はもうずっと、ずっとずっと。オレの大好きな人だ。
「高良、休憩にしよう。10分な」
「っす。10分休憩!」
顧問の先生の指示を、和矢が部員たちに伝える。よく通る大きな声だから、外野を守る部員たちまでしっかり届く。全員が戻ってきているのを確認してから、和矢も水筒に手を伸ばした。
「ねえ、高良くんかっこよすぎる」
「え、あんた岩下くん推しじゃなかったっけ? エースの」
「そうだったけど、正直推し変だわ。だって高良くん、キャプテンになってから急にかっこよくなってない?」
「それは分かる。頼れる男みたいな?」
「そうそれ! 背は高いし筋肉めっちゃついてるし、最高」
聞きたくなくても聞こえてくる女子たちの会話に、オレは思わず舌打ちをした。
夏の甲子園をかけた県予選の準々決勝で、惜しくも敗退。3年生が引退したのを機に、県内でも有数のこの部のキャプテンに和矢が就任したわけだけれど。それからというもの、ギャラリーの中に和矢目当ての女子が一気に増えた。オレは正直、それが面白くない。にわかすぎて許せないのだ。
急にかっこよくなった? なにを今更。和矢はずっと前からとびきりかっこいい男だ。あんたらの目が、節穴だっただけ。
「陽真」
「っ、和矢! お疲れ」
「さんきゅ。今日も練習見てんだ?」
「当たり前じゃん。和矢のことをいちばん応援してるのは、オレだからな」
和矢はいつも、休憩時間にオレを見つけると走り寄ってきてくれる。フェンス越しでも体温が伝わりそうなくらい、目の前だ。ここぞとばかりに黄色い声をあげる女子たちを横目に、オレはこっそり鼻を鳴らす。
オレこと吉住陽真と和矢は、家が隣同士で幼稚園の頃からの幼なじみだ。誰よりも仲がよくて、小中学校はもちろん、この通り高校も同じだ。クラスは違うのが残念だけど、和矢のことはオレが誰より知っている自信がある。例えば、毎日朝練に励んでいる割に早起きは苦手で、ゆっくりとまばたきをすることとか。甘いもの全般苦手だけど、抹茶味の和菓子だけは好んで食べることとか。
そんじょそこらの女子たちに、オレが負けるはずがないのだ。
「俺としては、陽真もこっち側にいてほしかったけどな」
「はは、まーだ言ってる。オレに野球の才能はなかったからなあ」
「そんなことなかったと思うけど」
「ありがと。和矢がそう言ってくれるだけで、オレはもう充分」
和矢が地元の野球チームに入ると言いだしたのは、小学校に上がってすぐの頃だった。じゃあオレも! と迷わず宣言した日が懐かしい。和矢がそうするのなら自分も、となんの迷いもなかった。でも、和矢だけじゃなく他のチームメイトとも体力の差は明確で、野球のセンス以前の問題だった。
1年弱で辞めてしまったあの日から、徹底的に野球の知識を頭に詰めこんだ。誰よりも和矢を理解して、誰よりも応援するためだ。ただひとつ、恋心まで伴いはじめたのだけは予想外だったけれど。それもひっくるめて自分なのだと胸を張れるくらい、オレは一心に和矢を想っている。
「今週の土曜には、もう秋季大会だな」
「ああ。みんな気合入ってる、絶対優勝するって」
新チーム初めての公式戦である秋季大会は、県単位で行われる。上位2チームに入れたら、各県の代表校と戦う地区大会へ出場。そこで優勝すれば11月に行われる明治神宮野球大会へ出られるし、春のセンバツ甲子園出場だってほぼ確定だと言っていい。
それくらい大事な大会を、キャプテンという重責を担った和矢は控えている。オレも自ずと、応援に力が入る。
「和矢ならできるよ。体も仕上がってるし、調子も良さそう。チームの雰囲気もいいよな」
「不思議だよな。陽真がそう言ってくれると、本当にそんな気がしてくる」
「はは、だろ? オレ、全部応援行くから」
「マジか。分かってたけど、うん、もっと気合入った。絶対勝つ」
小学校からずっとオレが帰宅部なのは、和矢の試合を全力で応援するために他ならない。和矢だってそれを知っているはずなのに、いつも初めてみたいに喜んでくれる。
「すげー楽しみ」
キャップの鍔をくっと上げて、和矢が笑う。その拍子に、こめかみや首筋に汗が滴っているのが見える。日焼けした肌、しっかりついた筋肉に、勝ち気に笑む口元。見つめ合っている一秒一秒が宝もので、鼓動は甘い拍を打つ。
でも、すぐに現実を突きつけられることになる。よく知った声が、一瞬で和矢を引きつけるからだ。
「なあなあ高良ー……あっ、吉住くんだ!」
「あ……」
ピッチャーの岩下くんが、こちらへと走り寄ってきた。3年生の引退前から、実質彼がこの野球部のエースだった。和矢とは高校からの仲だけど、阿吽の呼吸が取れているバッテリーだと評判がいい。オレもそう思うし、実際にふたりの絆は強い。岩下くんの放る球は、和矢の構えるミットにそれはそれはいい音で収まる。
そんな岩下くんが現れたら、オレなんかもう蚊帳の外だ。女子たちにどれだけ名前を呼ばれてもあしらっているくせに、和矢はもう体ごと岩下くんのほうを向いている。オレからは、和矢の背中しか見えない。和矢が女房役と呼ばれるのはオレの恋心が悔しがるけど、実際に和矢のサポートは岩下くんの心身へと行き届いている。
「岩下……ちゃんと水分は摂ったのか?」
「飲んだ飲んだ。ガブ飲み! そんなことはいいからさ、高良ちょっとどいてよ。俺はよしず……」
「あー、はいはい。さっきのフォームの確認な」
「んなこと言ってねえけど!?」
ふたりの会話に割って入るなんて、とんでもない。オレは和矢の野球を応援しているのだから、邪魔になることは絶対にしない。でも、どうしたって胸はチリつくわけで。くちびるに歯を立てながらフェンスをくしゃりと握りこんだら、誰かに肩をたたかれた。長井だ。そうだ、待たせていたのをすっかり忘れていた。
「吉住ー。そろそろ行かね? あのふたり、もうあのまま練習に戻んだろ」
「あー……うん。そうだな」
休憩時間はもうちょっとあるし、いつもなら最後まで練習を見学するけれど。今日のところは仕方がない。もう一度くらい和矢の顔を見たかったなあと後ろ髪を引かれつつ、長井と歩きはじめる。すると、
「陽真!」
と和矢の大きな声がオレを呼んだ。慌てて振り返れば、さっきオレが掴んでいたフェンスを今度は和矢がぎゅっと握っているのが見えた。
「和矢?」
「もう帰んのか?」
「う、うん。今日は長井たちとカラオケ行くことになってて」
「へえ……」
普段より低い声で頷きながら、和矢はオレの背後へと視線を移した。でもすぐにまたオレを見て、
「じゃあ、今日は練習見てくれないんだ?」
なんて言う。そんな風に言われると、困る。オレだって、和矢の姿を余すことなく見ていたい。けれど、長井との約束だって破るわけにはいかなくて。
「……うん、ごめん」
「あー、いや……俺もごめん。謝らせたいわけじゃなかった」
オレたちの間に、慣れない沈黙が流れる。でもそれを、顧問の先生の
「高良ー、あと3分くらいで練習再開するぞ」
との声が破った。
「っ、はい! じゃあ、俺行くわ」
「ん、頑張ってな」
「おう。……なあ、もしかして女子もいたりすんの? カラオケ」
「女子? え、いるんだっけ?」
そう言えば、長井以外の誰がいるのかも把握してなかった。確認しようと振り返ると、なぜか長井は背筋をピンと伸ばして、降参を表すかのように両手を顔の横に上げていた。なにやってんだ?
「っす、クラスの女子が3人います」
「…………? なんで敬語?」
和矢は和矢で、なにか値踏みするみたいに目を細めて長井を見ている。ふたりの顔をきょろきょろと見比べることしか、オレにはできない。
「へえ……狙ってるヤツ、いたりすんの?」
言葉の途中でオレを一瞬だけ目に映し、かと思えばその視線を長井に飛ばして和矢が問う。
「いやーそれは……俺の口からは言えないっつうか……」
「いるってことだな」
「あー、はは……」
「なあ、なんの話してんの? オレ全然分かんないんだけど」
和矢と長井にはほとんど接点がないはずなのに、オレだけがふたりの会話を理解できていないらしい。首を傾げていると、和矢が大きく息を吐いた。
「陽真、帰る時連絡して」
「へ……なんで?」
「迎えにいく」
「え!? いやいいよ! 部活で疲れてんだろ」
「いいから」
「でも……」
「頼む。俺がそうしたい」
「う……そんなに言うならそうする、けど……」
「約束だからな。じゃあ、練習戻る」
踵を返した和矢は、すぐそばにいた岩下くんの背をトンと叩いて走り出した。岩下くんからじゃれるように肩をぶつけられ、それに和矢も応えている。
「はあ……マジ高良くんに睨み殺されるかと思ったわ」
「なんでそうなんだよ」
「だって牽制すげーじゃん。お前ら、似た者同士だったのな」
「…………? 意味分かんねえんだけど。さっきからずっと」
「はあ? マジかよ。あんな露骨なのに? まあ別にいいけど。さっさと行くぞ」
「ん……」
グラウンドから目を離せないでいると、一旦ベンチに引っこんだ和矢と岩下くんがふたりで出てきた。真剣な目をして、顔を寄せ合って話している。今の今までオレと話していたけど、野球という同じ景色だけが見えている証だ。バッテリーはふたりでひとつだから。
あーあ。やっぱりオレは、どうしたって岩下くんには敵わない。幼なじみで、ずっと一緒にいるのに。和矢の細かい癖だとか、オレだけが知ってる和矢もいるのに。今日、わざわざ迎えにきてくれるのだとしても。
幼なじみは、どこまでいってもただの幼なじみ。唯一の相棒相手じゃ、足元にも及ばない。ピッチャーマウンドとホームベースの距離、18.44メートルより、オレと和矢は遠いんだ。
「吉住、カラオケ行くって言ったよな? もう他のヤツら向かってんだけど」
「おー、知ってる」
「じゃあなんでそっちに歩いてくわけ? もしかして、またいつものとこかよ。それ、今日だけはやめれる?」
「やめれるわけねーじゃん」
「はあ……お前ってほんと、顔は良いのに幼なじみオタクなところが残念だよな」
「はいはい、言ってろ。てか、長井は先に行ってればいいだろ」
「いや、いい。お前ほっといたら絶対来なさそうだから」
呆れながらもついてくる長井に目もくれず、オレはまっすぐとグラウンドへ向かう。絶対に欠かせない放課後のルーティンだ。フェンスの先に見えてくるのは、野球部の練習風景。キャッチャーミットを構える、大きな背中が見えてきた。
この夏からの新キャプテンで、我が高校の野球部の正捕手、高良和矢。
和矢はもうずっと、ずっとずっと。オレの大好きな人だ。
「高良、休憩にしよう。10分な」
「っす。10分休憩!」
顧問の先生の指示を、和矢が部員たちに伝える。よく通る大きな声だから、外野を守る部員たちまでしっかり届く。全員が戻ってきているのを確認してから、和矢も水筒に手を伸ばした。
「ねえ、高良くんかっこよすぎる」
「え、あんた岩下くん推しじゃなかったっけ? エースの」
「そうだったけど、正直推し変だわ。だって高良くん、キャプテンになってから急にかっこよくなってない?」
「それは分かる。頼れる男みたいな?」
「そうそれ! 背は高いし筋肉めっちゃついてるし、最高」
聞きたくなくても聞こえてくる女子たちの会話に、オレは思わず舌打ちをした。
夏の甲子園をかけた県予選の準々決勝で、惜しくも敗退。3年生が引退したのを機に、県内でも有数のこの部のキャプテンに和矢が就任したわけだけれど。それからというもの、ギャラリーの中に和矢目当ての女子が一気に増えた。オレは正直、それが面白くない。にわかすぎて許せないのだ。
急にかっこよくなった? なにを今更。和矢はずっと前からとびきりかっこいい男だ。あんたらの目が、節穴だっただけ。
「陽真」
「っ、和矢! お疲れ」
「さんきゅ。今日も練習見てんだ?」
「当たり前じゃん。和矢のことをいちばん応援してるのは、オレだからな」
和矢はいつも、休憩時間にオレを見つけると走り寄ってきてくれる。フェンス越しでも体温が伝わりそうなくらい、目の前だ。ここぞとばかりに黄色い声をあげる女子たちを横目に、オレはこっそり鼻を鳴らす。
オレこと吉住陽真と和矢は、家が隣同士で幼稚園の頃からの幼なじみだ。誰よりも仲がよくて、小中学校はもちろん、この通り高校も同じだ。クラスは違うのが残念だけど、和矢のことはオレが誰より知っている自信がある。例えば、毎日朝練に励んでいる割に早起きは苦手で、ゆっくりとまばたきをすることとか。甘いもの全般苦手だけど、抹茶味の和菓子だけは好んで食べることとか。
そんじょそこらの女子たちに、オレが負けるはずがないのだ。
「俺としては、陽真もこっち側にいてほしかったけどな」
「はは、まーだ言ってる。オレに野球の才能はなかったからなあ」
「そんなことなかったと思うけど」
「ありがと。和矢がそう言ってくれるだけで、オレはもう充分」
和矢が地元の野球チームに入ると言いだしたのは、小学校に上がってすぐの頃だった。じゃあオレも! と迷わず宣言した日が懐かしい。和矢がそうするのなら自分も、となんの迷いもなかった。でも、和矢だけじゃなく他のチームメイトとも体力の差は明確で、野球のセンス以前の問題だった。
1年弱で辞めてしまったあの日から、徹底的に野球の知識を頭に詰めこんだ。誰よりも和矢を理解して、誰よりも応援するためだ。ただひとつ、恋心まで伴いはじめたのだけは予想外だったけれど。それもひっくるめて自分なのだと胸を張れるくらい、オレは一心に和矢を想っている。
「今週の土曜には、もう秋季大会だな」
「ああ。みんな気合入ってる、絶対優勝するって」
新チーム初めての公式戦である秋季大会は、県単位で行われる。上位2チームに入れたら、各県の代表校と戦う地区大会へ出場。そこで優勝すれば11月に行われる明治神宮野球大会へ出られるし、春のセンバツ甲子園出場だってほぼ確定だと言っていい。
それくらい大事な大会を、キャプテンという重責を担った和矢は控えている。オレも自ずと、応援に力が入る。
「和矢ならできるよ。体も仕上がってるし、調子も良さそう。チームの雰囲気もいいよな」
「不思議だよな。陽真がそう言ってくれると、本当にそんな気がしてくる」
「はは、だろ? オレ、全部応援行くから」
「マジか。分かってたけど、うん、もっと気合入った。絶対勝つ」
小学校からずっとオレが帰宅部なのは、和矢の試合を全力で応援するために他ならない。和矢だってそれを知っているはずなのに、いつも初めてみたいに喜んでくれる。
「すげー楽しみ」
キャップの鍔をくっと上げて、和矢が笑う。その拍子に、こめかみや首筋に汗が滴っているのが見える。日焼けした肌、しっかりついた筋肉に、勝ち気に笑む口元。見つめ合っている一秒一秒が宝もので、鼓動は甘い拍を打つ。
でも、すぐに現実を突きつけられることになる。よく知った声が、一瞬で和矢を引きつけるからだ。
「なあなあ高良ー……あっ、吉住くんだ!」
「あ……」
ピッチャーの岩下くんが、こちらへと走り寄ってきた。3年生の引退前から、実質彼がこの野球部のエースだった。和矢とは高校からの仲だけど、阿吽の呼吸が取れているバッテリーだと評判がいい。オレもそう思うし、実際にふたりの絆は強い。岩下くんの放る球は、和矢の構えるミットにそれはそれはいい音で収まる。
そんな岩下くんが現れたら、オレなんかもう蚊帳の外だ。女子たちにどれだけ名前を呼ばれてもあしらっているくせに、和矢はもう体ごと岩下くんのほうを向いている。オレからは、和矢の背中しか見えない。和矢が女房役と呼ばれるのはオレの恋心が悔しがるけど、実際に和矢のサポートは岩下くんの心身へと行き届いている。
「岩下……ちゃんと水分は摂ったのか?」
「飲んだ飲んだ。ガブ飲み! そんなことはいいからさ、高良ちょっとどいてよ。俺はよしず……」
「あー、はいはい。さっきのフォームの確認な」
「んなこと言ってねえけど!?」
ふたりの会話に割って入るなんて、とんでもない。オレは和矢の野球を応援しているのだから、邪魔になることは絶対にしない。でも、どうしたって胸はチリつくわけで。くちびるに歯を立てながらフェンスをくしゃりと握りこんだら、誰かに肩をたたかれた。長井だ。そうだ、待たせていたのをすっかり忘れていた。
「吉住ー。そろそろ行かね? あのふたり、もうあのまま練習に戻んだろ」
「あー……うん。そうだな」
休憩時間はもうちょっとあるし、いつもなら最後まで練習を見学するけれど。今日のところは仕方がない。もう一度くらい和矢の顔を見たかったなあと後ろ髪を引かれつつ、長井と歩きはじめる。すると、
「陽真!」
と和矢の大きな声がオレを呼んだ。慌てて振り返れば、さっきオレが掴んでいたフェンスを今度は和矢がぎゅっと握っているのが見えた。
「和矢?」
「もう帰んのか?」
「う、うん。今日は長井たちとカラオケ行くことになってて」
「へえ……」
普段より低い声で頷きながら、和矢はオレの背後へと視線を移した。でもすぐにまたオレを見て、
「じゃあ、今日は練習見てくれないんだ?」
なんて言う。そんな風に言われると、困る。オレだって、和矢の姿を余すことなく見ていたい。けれど、長井との約束だって破るわけにはいかなくて。
「……うん、ごめん」
「あー、いや……俺もごめん。謝らせたいわけじゃなかった」
オレたちの間に、慣れない沈黙が流れる。でもそれを、顧問の先生の
「高良ー、あと3分くらいで練習再開するぞ」
との声が破った。
「っ、はい! じゃあ、俺行くわ」
「ん、頑張ってな」
「おう。……なあ、もしかして女子もいたりすんの? カラオケ」
「女子? え、いるんだっけ?」
そう言えば、長井以外の誰がいるのかも把握してなかった。確認しようと振り返ると、なぜか長井は背筋をピンと伸ばして、降参を表すかのように両手を顔の横に上げていた。なにやってんだ?
「っす、クラスの女子が3人います」
「…………? なんで敬語?」
和矢は和矢で、なにか値踏みするみたいに目を細めて長井を見ている。ふたりの顔をきょろきょろと見比べることしか、オレにはできない。
「へえ……狙ってるヤツ、いたりすんの?」
言葉の途中でオレを一瞬だけ目に映し、かと思えばその視線を長井に飛ばして和矢が問う。
「いやーそれは……俺の口からは言えないっつうか……」
「いるってことだな」
「あー、はは……」
「なあ、なんの話してんの? オレ全然分かんないんだけど」
和矢と長井にはほとんど接点がないはずなのに、オレだけがふたりの会話を理解できていないらしい。首を傾げていると、和矢が大きく息を吐いた。
「陽真、帰る時連絡して」
「へ……なんで?」
「迎えにいく」
「え!? いやいいよ! 部活で疲れてんだろ」
「いいから」
「でも……」
「頼む。俺がそうしたい」
「う……そんなに言うならそうする、けど……」
「約束だからな。じゃあ、練習戻る」
踵を返した和矢は、すぐそばにいた岩下くんの背をトンと叩いて走り出した。岩下くんからじゃれるように肩をぶつけられ、それに和矢も応えている。
「はあ……マジ高良くんに睨み殺されるかと思ったわ」
「なんでそうなんだよ」
「だって牽制すげーじゃん。お前ら、似た者同士だったのな」
「…………? 意味分かんねえんだけど。さっきからずっと」
「はあ? マジかよ。あんな露骨なのに? まあ別にいいけど。さっさと行くぞ」
「ん……」
グラウンドから目を離せないでいると、一旦ベンチに引っこんだ和矢と岩下くんがふたりで出てきた。真剣な目をして、顔を寄せ合って話している。今の今までオレと話していたけど、野球という同じ景色だけが見えている証だ。バッテリーはふたりでひとつだから。
あーあ。やっぱりオレは、どうしたって岩下くんには敵わない。幼なじみで、ずっと一緒にいるのに。和矢の細かい癖だとか、オレだけが知ってる和矢もいるのに。今日、わざわざ迎えにきてくれるのだとしても。
幼なじみは、どこまでいってもただの幼なじみ。唯一の相棒相手じゃ、足元にも及ばない。ピッチャーマウンドとホームベースの距離、18.44メートルより、オレと和矢は遠いんだ。



