学生が使う設備としていっそ贅沢なほど、豪奢な装飾で彩られた学生寮の共有サロン。
紅茶の香りと、色とりどりのマカロンのような少女たちが居並ぶその空間は、一見するとお伽話のように優雅だ。
だがしかし、一皮剥けばそこは、息の詰まるような見栄と自尊心の戦場でもある。
「まあ、そのバッグ……今季の限定品ですの? 素敵」
「ええ、お父様がパリの出張で。でも、あなたのお時計も素晴らしいわ」
作り笑いを浮かべる少女たち。
とはいえ、本物の特権階級はごく一部だ。
大半は、親の見栄でこの学園に入れられた微妙なお嬢様たちである。
虚栄心や、承認欲求で押しつぶされそうな彼女たちの目元には、高級な化粧品でも隠しきれない疲労の色が濃く滲んでいる。
その白々しい光景を、翡翠は、サロンを見下ろす二階の吹き抜け――特等席から、冷ややかに見下ろしていた。
「……なるほど。あの薄汚い教師は、わたくしの箱庭でも狩りをしているようね」
手すりに寄りかかり、翡翠は、零が纏めた報告書の書類を片手に退屈そうに呟く。
彼女の視線の先には、先日、五十嵐に叱責されていた少女の姿があった。
腕には、不自然なほど高価で、大人びたブランドの新作時計が光っている。
少女はアフタヌーンティを背景に、自分のネイルと時計が映るような角度にスマートフォンを構えていた。
高価な時計を自慢する口元の笑みとは裏腹に、スマートフォンの画面を見つめる瞳はガラス玉のように虚ろだ。
「たとえば、愛と承認に飢え、学園のヒエラルキーで精神をすり減らした迷える子羊。アレは『風紀』という絶対的な権力を盾に彼女たちを追い詰め、その一方で『優しいパパ』として甘い蜜を垂らしている。――醜いわ」
マッチポンプというやつだ。
己の虚栄心を満たすためだけに、少女たちの尊厳を食い物にしている。
「……ふふっ」
翡翠の赤い唇が、魅惑的な弧を描いた。
人間の欲望、嫉妬、そして滑稽な偽善。
この退屈な箱庭も、観察対象としては存外悪くない。
「零。足のつかないスマートフォンを用意して」
背後の影から、音もなく零が進み出る。
彼が恭しく差し出した黒い端末を受け取ると、翡翠は慣れた手つきで検索をし始める。
――見つけた。
マッチングアプリ。
「……そのような下賤なアプリに、お嬢様ご自身の白魚のような御手で触れられるなど……。私が代行いたします」
痛ましげに眉を寄せる狂犬を一瞥し、翡翠はふふっと笑う。
「構わないわ、零。これは最高に痛快な狩りのための『撒き餌』よ」
翡翠はそう言うと、制服の第一ボタンを指先で一つだけ外し、タイをほんの僅かに緩めた。
適当なフリーメールでアカウントを作成し、プロフィール画像には、自身の顔から下――この学園の象徴である、豪奢な制服の胸元だけを写した画像を設定するつもりだ。
計算し尽くされた角度でスマートフォンを構え、華奢な鎖骨と、学園の象徴である豪奢な制服の胸元だけを切り取って撮影する。
被捕食者が最も好むであろう、無防備で、容易に支配できそうな隙。
そのまま流れるようにプロフィール文を打ち込んでいく。
『全寮制の学校は、規則ばかりで息苦しくて。両親は海外を飛び回っていて、わたくし、愛された記憶がありませんの。優しくて、色々なことを教えてくださる、年の離れたお兄様みたいになってくれる方とお食事がしてみたいです……』
送信ボタンをタップする。
寂しがり屋で、世間知らずで、容易に支配できそうな架空の子羊。
五十嵐のような卑小な男が、絶対に素通りできない極上の毒餌だ。
「さあ、零。わたくしが表で遊んでいる間に、裏のお掃除の準備を」
「……畏まりました。あの汚物の裏の顔、余罪、金の流れ……地を這う根の先まで余すところなく掘り起こし、お嬢様の御足元へ並べてご覧に入れましょう」
先ほどまでの過保護な忠犬の顔は消え失せ、零は害虫の巣を暴くことを心待ちにするような、冷酷で薄暗い歓喜の笑みを浮かべて深く頭を下げた。
その瞬間。
――ピロン。
翡翠の手元で、端末が小気味良い電子音を鳴らす。
画面には、涎を垂らさんばかりの長文のメッセージが届いていた。
『はじめまして。君のような純粋な子が寂しい思いをしているなんて、大人の男として放っておけません。よければ、来週末にお茶でもどうかな? 君の力になってあげたいんだ。パパに興味はあるかな? もちろん仮初のパパだよ』
それを見た翡翠は、喉の奥でクスクスと、悪趣味な表情を浮かべながらも、可憐な笑い声をこぼす。
「ええ、喜んで。……地獄の底までご案内してさしあげますわ、先生」
紅茶の香りと、色とりどりのマカロンのような少女たちが居並ぶその空間は、一見するとお伽話のように優雅だ。
だがしかし、一皮剥けばそこは、息の詰まるような見栄と自尊心の戦場でもある。
「まあ、そのバッグ……今季の限定品ですの? 素敵」
「ええ、お父様がパリの出張で。でも、あなたのお時計も素晴らしいわ」
作り笑いを浮かべる少女たち。
とはいえ、本物の特権階級はごく一部だ。
大半は、親の見栄でこの学園に入れられた微妙なお嬢様たちである。
虚栄心や、承認欲求で押しつぶされそうな彼女たちの目元には、高級な化粧品でも隠しきれない疲労の色が濃く滲んでいる。
その白々しい光景を、翡翠は、サロンを見下ろす二階の吹き抜け――特等席から、冷ややかに見下ろしていた。
「……なるほど。あの薄汚い教師は、わたくしの箱庭でも狩りをしているようね」
手すりに寄りかかり、翡翠は、零が纏めた報告書の書類を片手に退屈そうに呟く。
彼女の視線の先には、先日、五十嵐に叱責されていた少女の姿があった。
腕には、不自然なほど高価で、大人びたブランドの新作時計が光っている。
少女はアフタヌーンティを背景に、自分のネイルと時計が映るような角度にスマートフォンを構えていた。
高価な時計を自慢する口元の笑みとは裏腹に、スマートフォンの画面を見つめる瞳はガラス玉のように虚ろだ。
「たとえば、愛と承認に飢え、学園のヒエラルキーで精神をすり減らした迷える子羊。アレは『風紀』という絶対的な権力を盾に彼女たちを追い詰め、その一方で『優しいパパ』として甘い蜜を垂らしている。――醜いわ」
マッチポンプというやつだ。
己の虚栄心を満たすためだけに、少女たちの尊厳を食い物にしている。
「……ふふっ」
翡翠の赤い唇が、魅惑的な弧を描いた。
人間の欲望、嫉妬、そして滑稽な偽善。
この退屈な箱庭も、観察対象としては存外悪くない。
「零。足のつかないスマートフォンを用意して」
背後の影から、音もなく零が進み出る。
彼が恭しく差し出した黒い端末を受け取ると、翡翠は慣れた手つきで検索をし始める。
――見つけた。
マッチングアプリ。
「……そのような下賤なアプリに、お嬢様ご自身の白魚のような御手で触れられるなど……。私が代行いたします」
痛ましげに眉を寄せる狂犬を一瞥し、翡翠はふふっと笑う。
「構わないわ、零。これは最高に痛快な狩りのための『撒き餌』よ」
翡翠はそう言うと、制服の第一ボタンを指先で一つだけ外し、タイをほんの僅かに緩めた。
適当なフリーメールでアカウントを作成し、プロフィール画像には、自身の顔から下――この学園の象徴である、豪奢な制服の胸元だけを写した画像を設定するつもりだ。
計算し尽くされた角度でスマートフォンを構え、華奢な鎖骨と、学園の象徴である豪奢な制服の胸元だけを切り取って撮影する。
被捕食者が最も好むであろう、無防備で、容易に支配できそうな隙。
そのまま流れるようにプロフィール文を打ち込んでいく。
『全寮制の学校は、規則ばかりで息苦しくて。両親は海外を飛び回っていて、わたくし、愛された記憶がありませんの。優しくて、色々なことを教えてくださる、年の離れたお兄様みたいになってくれる方とお食事がしてみたいです……』
送信ボタンをタップする。
寂しがり屋で、世間知らずで、容易に支配できそうな架空の子羊。
五十嵐のような卑小な男が、絶対に素通りできない極上の毒餌だ。
「さあ、零。わたくしが表で遊んでいる間に、裏のお掃除の準備を」
「……畏まりました。あの汚物の裏の顔、余罪、金の流れ……地を這う根の先まで余すところなく掘り起こし、お嬢様の御足元へ並べてご覧に入れましょう」
先ほどまでの過保護な忠犬の顔は消え失せ、零は害虫の巣を暴くことを心待ちにするような、冷酷で薄暗い歓喜の笑みを浮かべて深く頭を下げた。
その瞬間。
――ピロン。
翡翠の手元で、端末が小気味良い電子音を鳴らす。
画面には、涎を垂らさんばかりの長文のメッセージが届いていた。
『はじめまして。君のような純粋な子が寂しい思いをしているなんて、大人の男として放っておけません。よければ、来週末にお茶でもどうかな? 君の力になってあげたいんだ。パパに興味はあるかな? もちろん仮初のパパだよ』
それを見た翡翠は、喉の奥でクスクスと、悪趣味な表情を浮かべながらも、可憐な笑い声をこぼす。
「ええ、喜んで。……地獄の底までご案内してさしあげますわ、先生」



