極悪令嬢の華麗なる公開処刑〜偽善という名の汚物を優雅に剪定いたします〜

 全寮制の学園が深い眠りに落ちた頃、監視カメラの死角となっているガラス張りの温室では、むせ返るように濃密な黒薔薇の芳香が満ちていた。
 月明かりだけが頼りの薄暗がりの中、最上階の特別室から抜け出してきた翡翠は、薄手のシルクのナイトガウンを身に纏い、静かに佇む。

「――お嬢様。本国より、定期連絡でございます」

 闇の中から輪郭をじわりとあらわし、音もなく一人の青年が姿を見せる。
 昼間は無口な庭師として土にまみれている、角能零だ。
 しかし今の彼は、漆黒のスーツに身を包み、抜身の刃のような危険な気配を漂わせていた。
 零は恭しく片膝をつき、自身の体温を伝えぬよう手袋越しに、翡翠へと小さなカードを差し出す。
 デジタルな痕跡を一切残さない、マフィア特有の旧時代的な暗号通信だった。

 翡翠はそれを受け取り、月明かりに透かして一読すると、興味なさげに受け取った銀のライターで火を放ち、灰にして地に落とした。
 ハラハラ零れる灰さえも、神聖なものとして崇めるよう。
 零は美しい主の横顔を、唯一の神を崇める狂信者のそれで、下から見上げている。
 彼にとって、この絶対的な主の足元に傅く時間こそが、狂おしいほどの至上の悦びなのだ。

「ご苦労様、零。お祖父様も相変わらずお元気そう――」

 翡翠の涼やかな言葉を、無粋な気配が遮った。

 温室の外から、砂利を踏みにじる踏む足音が近づいてくる。
 陶酔に満ちた瞳の色を瞬時に掻き消して、零が立ち上がり、翡翠を庇うように影へと身を潜めた。

 現れたのは、見回りの警備員ではない。
 スマートフォンの画面を覗き込みながら、こそこそと周囲を伺う男――昼間、校門で権力を笠に着て吠え立てていた、五十嵐教諭だ。

『もしもし……パパ? ええ、今夜も声が聞きたくて……』

 通信電波の向こう側から風に乗って届く、甘ったるい声。

「ああ、パパだよ。私もお前を早く可愛がってやりたいなあ。いい子にしているかい? 今週末は会えるのかな?」

 五十嵐の口から漏れたのは、昼間の厳格な声とは似ても似つかない、欲望がへばりついた卑しい響きだった。

『いつものお部屋でお願いできますか? ……あたし、お誕生日なの。前に言っていたあのブランドの時計、買ってくださいね? 愛してるからぁ、パパ』

 暗がりの中で、翡翠の瞳から、人間らしい感情の温度が消え去る。

「愛」という言葉。

 権力と富の世界で両親から放置され、この世で最も無価値で不確かなものだと学習してきた翡翠にとって、それは唾棄すべき幻影だ。
 ましてや、それを欲望の隠れ蓑にし、金銭と交換するような薄汚い偽善の取引には、心底からの吐き気をもよおす。

(……なんて醜悪なのかしら。昼間は生徒に高尚な道徳を説きながら、己を切り売りしている子羊を弄ぶだなんて。……反吐が出るわ)

 レースのハンカチで口元を覆い、翡翠は汚物を見るような凍てついた視線を落とす。
 主のその僅かな不快の波長を、忠犬が逃すはずもなかった。

 零が音もなくジャケットの懐に手を入れると、重く冷たい金属音が微かに鳴る。

「……お嬢様。あの目障りな羽虫、今すぐ私がこの手で『剪定』いたしましょうか?」

 零が、主の不快を取り除くためならば喜んで手を血に染めようと、狂気を孕んだ笑みを浮かべて囁く。
 しかし、翡翠は静かに制した。

お悪戯(おイタ)はダメよ、零。そうね……ただ摘み取るだけではつまらないわ」

 翡翠のハニーブロンドの髪が、夜風に揺れる。
 暗闇に浮かび上がったその唇には、残酷で、この上なく美しい弧が描かれていた。

「もっと、一番惨めで滑稽な舞台を用意して差し上げましょう。彼が必死に守り抜いてきた体面ごと、白日の下に引きずり出して踏み潰してあげるの。……ふふ、楽しい見世物になると思わない?」