極悪令嬢の華麗なる公開処刑〜偽善という名の汚物を優雅に剪定いたします〜

 天を突き刺すような鈍色の門が、まるで見えない鳥籠のように生徒たちを囲い込んでいる。
 幾何学的な模様を描くように完璧に刈り込まれた生垣と、塵一つ落ちていない煉瓦畳。
 爽やかな朝陽が降り注ぐこの学園は、一見すれば天国のように美しい箱庭だ。

 だが、瀟洒な制服に身を包んだ少女たちは、皆一様に怯えた小鳥のように息を潜めて歩いていた。
 彼女たちは知っている。
 この学園が、少しでも不格好に伸びた枝葉を容赦なく切り捨てる場所だと。
 ゆえに誰一人として、校門の先にある昇降口でヒステリックに喚き散らす男――五十嵐教諭と目を合わせようとはしなかった。

「そのだらしない髪色はなんだ! 我が校の伝統と品位を、自ら泥に落とす気か!」

 五十嵐の脂ぎった額には嫌な汗が浮き、唾を飛ばしながら目の前の獲物を痛めつけていた。
 標的にされているのは、新興企業(成金)の枠でこの全寮制お嬢様学校に入ってきた彼女の髪は、校則の基準をほんの僅かに越える程度の明るい栗色に染まっていた。
 彼女の震える肩や、怯えて潤んだ瞳を見下ろす五十嵐の目には、明らかな『支配欲』の悦びが濁って浮かんでいる。

 月に一度の身だしなみ検査。

「わ、わざとじゃありません……! 日焼けで少し色が抜けてしまっただけで……」

「見苦しい言い訳をするな! そもそも君のようなぽっと出の家柄の者は、気を抜けばすぐに下品な本性が露呈する。今すぐ黒く染め直してきなさい!」

 周囲の生徒たちが遠巻きにヒソヒソと囁き合う中、五十嵐は己の権力に酔いしれるように説教を続けていた。
 泣きそうになっていた令嬢が、ふと向こうから歩いてくる『ある人物』の姿を捉え、すがるように指を差した。

「で、でも……! あそこを歩いていらっしゃる方の髪は、私なんかよりもずっと明るいじゃありませんか!」

 ――その時、張り詰めた空気がふっと凪らぐ。
 否、空気が道を譲ったのかもしれない。

 圧倒的なオーラを身に纏い嫣然とした笑みを浮かべた少女が、寮棟から校舎棟に向かってゆっくりと歩いてくる。
 ざわめきが波のように引き、誰もが息を呑んで振り返る。
 朝陽を乱反射させながら歩いてくるのは、黄金の糸を編み込んだような見事なハニーブロンド。
 特注の生地で仕立てられた制服のプリーツは、歩くたびに芸術品のように優雅に揺れる。

 御園(みその)・ジェイド・翡翠(ひすい)
 彼女のローファーが地を打つコツ、コツ、という足音だけが、静まり返った空間に凛と響き渡っていた。
 彼女が存在するだけで、五十嵐が振りかざしていた安っぽい威圧感など、一瞬にして塵芥へと変わってしまった。

「っ……!」

 その姿を視界に収めた瞬間、五十嵐の顔からスッと血の気が引いた。
 先ほどまでの威圧感はどこへやら。今や彼の額には、滝のような冷や汗が浮かんでいる。

「ば、馬鹿者!! 一緒にするな!」

 五十嵐は裏返った声で少女を怒鳴りつけた。

「御園様は由緒正しきイタリアの名門貴族ボルティア家の血を引いておられるのだ! あの御髪は遺伝による尊き天然のお色であり、君のようなチャラチャラした人工的な染髪とは根本的に次元が違う! 学園の至宝を侮辱する気か!」

 その滑稽なほどの掌返しに、周囲の空気が白ける。
 御園翡翠の母方の祖父には、確かにボルティア家の血が流れている。
 ただ、それ以上に厄介なのは、本国イタリアで絶大な権力を持つマフィアのドンであり、この学園の理事長と深い旧知の仲だという事だ。

(……あらあら。朝からずいぶんと騒がしいこと)

 当の翡翠は、騒ぎの中心へと優雅な足取りで近づいていく。
 遺跡発掘調査の名の元に、世界中を飛び回る考古学者の両親から放任され、巨大な権力と莫大な富の中で育った彼女にとって、この世の真理は『愛』や『道徳』などではなく、圧倒的な『力』だ。

 だからこそ、目の前で繰り広げられる五十嵐の茶番が、心底滑稽で薄汚いものに見えた。

(弱きを叩き、自分より強大な権力の影には、尻尾を振って平伏す。……反吐が出るほど分かりやすい矮小な男ね)

 腹の中では氷のような軽蔑を抱きながらも、表情には微塵もそれを出さない。
 彼女は五十嵐の前でふわりと立ち止まると、両手を前で揃え、大和撫子もかくやというほど可憐で楚々とした微笑みを浮かべた。

「ごきげんよう、五十嵐先生。朝早くから生徒たちへのご指導、本当にお疲れ様でございます。先生の熱心なお姿には、いつも頭が下がる思いですわ」

「は、ははっ! もったいないお言葉です、御園様! 本日も大変麗しく……!」

 深々と頭を下げる五十嵐を見下ろし、翡翠はふふっと上品に笑う。

 校舎の影。
 少し離れた生垣の奥で、無口な庭師(掃除屋)――翡翠の忠実なる狂犬である角能零(かのう れい)が、手にした剪定鋏を弄りながら、この滑稽な光景を冷ややかな瞳で見つめていた。
 ジャキッ。
 手にした冷たい鋼の剪定鋏が、不要な枝を切り落とす。
 もしお嬢様がほんの少しでも不快の眉を寄せたなら、彼は即座にあの男の首を、この薔薇と同じように無残に切り落としてみせるだろう。