探偵研究部。――カケラノセカイ―― ③ サマーゲームパーティー

 夏祭り会場を後にした未知は、みゆお刑事に連れられてハイヤーのところまでやってきた。

 会場の入り口近くに、漆黒のハイヤーが見える。
 運転席には、制帽を深くかぶり、白手袋の運転手が見えた。

 周囲の安全をみゆお刑事が素早く確認し、SPは助手席に、みゆおと未知の二人は後部座席に乗り込んだ。

 車はゆっくりと走り出し、祭りの喧騒が遠ざかっていく。

 未知はじっと、膝の上で結ばれた指先を見つめていた。その目はすこし揺れているように見えた。

 ようやく静かになった車内で、みゆおはそっと未知に声をかけた。

「残念だったね。せっかくお友達と一緒だったのに」

 未知は、ふと顔を上げ、窓の外に流れる夜の景色を見つめる。
 神社へ続く大通りを明るく照らす提灯が、その目には映っていた。
 そして、静かに、きわめて冷静に声を出した。

「SPの方、刑事さん、運転手さん、たくさんの人に動いていただいたから、楽しめました。わがままを聞いてくださって、ありがとうございます」

 そして、少し心配そうな表情でみゆおの方を向き、付け加えた。

「もう一人のSPの方、大丈夫でしょうか」

 その言葉に、みゆおはハッとした。

 普通の子供であれば、「もっと遊びたかった」「どうして私だけ」と、不満や悲しみを口にするのが当然だろう。それが本音のはずだ。

 だが、未知は自分の感情を差し置いて、関わってくれた人たちへの感謝と、仲間への気遣いを先に口にした。

 その本音を覆い隠すような、重い宿命がこの幼い少女の上にはあることに、みゆおは改めて気づき、胸が締め付けられるような切ない思いに包まれた。

 見た目は、どこにでもいる普通の中学生なのに。花火に歓声を上げ、友人との時間を楽しみにしている、ただの女の子なのに。

 彼女は、その運命を受け入れ、背負っている。

 その姿は、あまりにも健気で、そして少し、寂しそうに見えた。


 ******


「……ごとん!」

 激しい衝撃に、みゆお刑事は目を覚ました。

 あり得ない。

 先ほどまで有栖川家のハイヤーに乗っていたはずなのに。いつの間に? 催眠ガスか?
 
 ――意識を失う直前。

 何があった!?

 甘い匂いとともに、視界がブラックアウトしたことを思い出した。

 ******

 ハイヤーの中。
 プシュウ、とエアコンの吹き出し口から、かすかな作動音が響いた。
 途端に、車内に立ち込める、不自然なほど甘い花の香り。

(まずい……!)

 みゆお刑事が異変に気づき、助手席のSPを呼ぼうとしたが、すでに遅かった。助手席のSPは、声を上げることもなく、ガクリと不自然に首を垂らしている。
 バックミラー越しに、制帽を深くかぶった初老の運転手がいつの間にか防毒マスクをしている。
 
 
 みゆお刑事は咄嗟に懐の拳銃に手をかけようとしたが、凄まじい睡魔で指先がしびれ、そのままシートに落ちていく。
 隣で、あどけなく目を閉じた未知が、ゆっくりとこちらに体を預けてくるのが、スローモーションのように見えた。

******
 
 みゆおは自ら正気付けるように頭を振る。

 どこかで頭を打ったのだろうか、痛みが走り、目の前がチカチカする。

 視界がぼやけているが、何とか状況を把握しようと身をよじる。

 口かせと、手首と足首が結束バンドで強く縛られている。

 ここは、どこかの倉庫か、廃墟のようだ。薄暗く、埃っぽい空気が鼻をつく。

 もう一人のSPは、まだ起きれずに横向けに倒れていた。

(有栖川美知さんは……!?)

 もがいていると、スーツの胸ポケットが空になっていることに気づいた。スマホもトランシーバーも抜き取られている。

 だが、ホルスターにささったままの拳銃は無事だった。

(なぜ、銃を奪わなかった……?)

 すぐさま、思考がある結論に達する。
 ――警察の拳銃を奪えば足がつきやすく、無用な大捜査網を敷かれるリスクがあるからだ。
 彼らの目的は、ただ一つだ。

 キコキコ、と遠くから緩慢な自転車の音が聞こえてきた。

 やがて、その音が近づいてきて、一つの光が彼女の顔をパッと照らした。

「若い女の子が縛られて転がってるって通報があってね。あんたで間違いないね」

 そこにいたのは、初老の駐在さんだった。

 口かせを外されたみゆお刑事は、大きく息を吸い込み、叫んだ。

「今すぐ県警本部に連絡してください!」

 ******

『有栖川家令嬢誘拐事件』と銘打たれた県警本部に、緊迫感が張りつめられていた。

 しかし、犯人側からの要求は一切来ていない。

 通常であれば身代金の要求や、特定の人物へのメッセージなどが届くはずだ。この沈黙が、一層不気味に思えた。

 先に消息を絶った有栖川家のSPの一人は、やはり結束バンドで縛られて、花火大会会場近くの河原の草むらで気を失っていた。

 意識を取り戻した彼は、相手の顔は見ていないと言う。背後から襲われ、一瞬の出来事だったと。口元をガーゼでふさがれ、意識を落とされた。薬品は、ハイヤーでエアコンから噴霧されたものと同じだろう。

 有栖川家のハイヤーの運転手は、待機中にトイレに行った際、同じ手口で犯人にすり替えられ、同じく草むらで眠らされていた。
 
 助手席のSPに至っては、一気に高濃度を噴霧されており、目覚めて覚醒するまでに時間がかかった。
 

 日付は、すでに七月三十一日、サマーゲームパーティーの当日になっていた。

 佐藤刑事は忌々し気に、イスをゆする。
 夏祭りの翌朝、
「LINEが既読にならない!」と、小川と平屋は血相を変えて、警察署の道場へ飛び込んできた。
 緘口令をしきつつも、未知が家に帰っていないとを告げた時の、二人の絶望に満ちた表情が忘れられなかった。

「俺たちが、花火に誘ったから?」

 自分たちを責める二人の言葉に、佐藤は何も言えなかった。

(そうではない。君たちは何も悪くない。悪いのは、人の命も、君たちの人生も、交渉のカードにしてしまっている、俺たち大人たちだ)