「わあー! すごい」
未知は、目の前に広がる光景に思わず歓声を上げた。
神社の境内に続く参道には色とりどりの提灯が揺れ、ひしめく屋台からは甘く香ばしい匂いが漂ってくる。
金魚すくいや射的の賑やかな声、人々の楽しそうな話し声。そのすべてが未知の目にはきらきらと映る。
祖母が楽しそうに着付けしてくれた、涼し気な朝顔柄の浴衣を着て、智子の手を取った。
智子は、トレードマークのツインテールとブレスレットはそのままに、太陽のような明るいひまわり柄の浴衣を着て、未知を慣れた様子で案内してくれる。
高杉は「女の子は華やかでいいね!」とニヤニヤしながら、チャラ男らしい茶髪にハーフアップの髪型。服装は派手なアロハシャツにハーフパンツという、祭りの雰囲気にぴったりの格好だ。
平屋は、「自分で着付けた!」という橙色の平織りの浴衣を着て、周囲をおどろかせていた。
対する小川は、いつもの白Tシャツとデニムだった。
高杉は呆れたように言う。
「おまえ、つまんねえ」
「うるさいな!」
小川は、さっきまで佐藤刑事と組手をしており、大急ぎで着替えてきたのだ。
******
花火大会に行くことを、佐藤刑事とみゆお刑事に伝えたときのことだ。
みゆお刑事は、涼やかな声で、しかし真剣な眼差しで言った。
「花火大会かあ。人は多いし、人知れずあちらが何らかの接触をするには、相手にとって都合がよいよね」
「有栖川家もその考えで、SPは遠巻きに付けることになったそうです」
小川は、組手で痛む腕を押さえながら答えた。
佐藤は、眉間に皺を寄せ、二人に釘を刺すように言った。
「俺は祭り自体に参加しないに越したことはないと思うよ」
「そんな……」
小川が口を開きかけると、
「そんな、大人の都合じゃないですか。夏休みの間中、ずっと未知に籠の鳥でいろっていうんですか!?」
平屋がいつもの毒舌ながらも、普段は見せない厳しい口調になったことに、小川はちょっと驚く。
佐藤は、そんな平屋のにらみつけるような視線にフッと口元を緩め、天井を向いた。
「まあ、青春時代だもんなあ……。嬢ちゃん坊っちゃんには酷だろう。俺達も遠巻きで付くよ。しゃあない」
******
佐藤の言葉が、小川の頭の中を駆け巡る。
この賑やかな祭りの裏側で、何かが始まろうとしている。
それでも、小川は、未知と仲間たちと過ごすこの一瞬を、心から楽しもうと思った。
――このかけがえのない日常を、守るために。
美味しそうな匂いにつられて、未知と智子は真っ先にりんご飴の屋台へと向かった。
屋台のおじさんから受け取ったりんご飴は、ツヤツヤと輝いていて、まるで宝石のようだった。
もう、二人の頭には、お揃いの狐のお面がちょこんと乗っている。
小川は、佐藤刑事との組手で空腹になったため、肉巻きおにぎりや焼き鳥など、腹にたまりそうなものを夢中でかっこんでいる。
平屋は、そんな小川の隣で、熱々の焼きとうもろこしをゆっくりと味わっていた。
高杉はフランクフルトを片手に、かわいい女の子がいないか、賑やかな人ごみを面白そうに眺めている。
五人は思い思いに、祭りの喧騒を楽しんでいた。
「未知、これあげるね」
そう言って、智子は自分の手首に着けているブレスレットを一つ外して、未知に差し出した。
それは透明な水晶の石がたくさん付いた、きらきらと輝くきれいなものだった。
「いいの?」
未知が戸惑いながら尋ねると、智子はにっこり笑って頷いた。
「もちろん! 未知に会ったら渡そうと思ってたんだ。これね、お守りなんだよ。オカルト研究会でパワーストーンについて勉強して。ほら見て、これ、自分で石を選んで作ったんだよ」
「へー、すごい」
未知は感心して、ブレスレットをじっと見つめる。
高杉が、ニヤニヤしながら横から口を挟んだ。
「文化祭であわよくば、商品化して売ろうって考えてるんだよな」
「なんだ、お前ら、意外と考えてたんだな」
小川が感心したように言うと、高杉は得意げに胸を張る。
「当然! ビジネスチャンスは逃さないぜ! ところで、お前たちは何か考えてないのかよ?」
小川、平屋、未知の三人は、顔を見合わせて言葉を失った。
「やべ! なんも考えてなかったわ!」
「えー、しっかりしてくださいよ! 部長!」
「こんな時ばっかり、役名言うなよ! 副部長!」
「平部員はどうしたら?」
急に焦り出し、何やら騒ぎ始める三人を見て、智子は楽しそうに笑った。
「もう! そんなことより、そろそろ河原に行って花火の場所取っちゃおう!」
智子の一言で、皆の視線は花火が打ち上がるであろう夜空へと向けられた。
まだ少し明るさの残る空に、期待と興奮が満ちていく。
「バサッ!」
小川は持ってきたレジャーシートを河原に広げる。
平屋と高杉も手伝うが、延々と端が見えてこない。高杉に「デカすぎ!」と笑われた小川は、「いや、これくらいないと落ち着かないだろ」と、どこか満足げだ。
大家族用と言って差し支えないサイズのレジャーシートに、五人は並んで座った。
「なあ、あの招待状、どうするんだ?」
小川は花火が始まる前の静かな時間に、未知に尋ねた。
「家族とも話したんですが、今回には行かないことにしました。――そもそも、招待状が何で送られてきたのかもわからないですからね」
未知はまっすぐに答えた。
彼女の言葉に、平屋も頷く。
「七月三十一日、明後日か。確かに、参加は自由意志でしょうから、その方がよいね」
「だよな! それより、楽しいこと考えようぜ、文化祭の出し物とか!」
小川が屈託なく言うと、平屋と未知の目が輝き、三人は口々にアイデアを出し始めた。
「逃走中みたいなのはどうだ!?」
「サスケみたいな、障害物競争も面白そう!」
「クイズがいい! クイズ!」
三人は楽しそうに盛り上がる。
その瞬間、夜空に一発目の花火が打ち上がった。
「すごーい!」
「音がおおきい!」
「たまやー!」
五人は歓声を上げ、拍手をしながら、夜空に咲き誇る大輪の花を夢中で見つめた。
色とりどりの光が五人の顔を照らし、笑顔が弾ける。
――しかし、そんな子供たちの賑やかな歓声と光の裏で、事件は静かに起こっていた。
当初の取り決めでは、もし不審人物が近づいてきた場合、未知には二名のSPのほかにみゆお刑事が付いて、夏祭り会場の入り口に待機しているハイヤーに乗って、家まで護送することになっていた。
佐藤刑事が他の子供たちの護衛と家までの護送を担当する、という計画だ。
しかし、花火が始まったころ、後方に控えていたSPの一人が通信途絶とともに姿を消した。
これが有事のサインだった。
すぐさまみゆお刑事ともう一人のSPは、周囲を完全に遮蔽するように未知へ近づく。
「有栖川さん、時間です。お迎えに来ました」
みゆお刑事の言葉に、未知はハッとした。
夜空に咲く花火と、楽しそうにしている友人たちの顔をちらりと見てから、覚悟を決めたように、音もなくその場を後にする。
――「時間」。
その言葉は「何かあった」という暗号だった。
未知は、友人たちをこれ以上巻き込まないよう、誰にも気づかれないよう、静かに姿を消した。
******
彼女が座っていた場所には、いつの間にか佐藤刑事が座っている。
小川は、かすかな空気の揺れを感じて、ちらりと横を見た。
そこには、いつものように冷静な表情の佐藤刑事がいた。
佐藤は小川の視線に気づいて
「大丈夫だから騒ぐな」と、手のひらを下に向けるジェスチャーで伝える。
小川は、何も言わずに再び顔を上げ、花火を見た。
悔しいのか、悲しいのか。
込み上げてくる感情を抑えきれず、夜空に咲く花火は、小川の目に滲んで見えた――。
未知は、目の前に広がる光景に思わず歓声を上げた。
神社の境内に続く参道には色とりどりの提灯が揺れ、ひしめく屋台からは甘く香ばしい匂いが漂ってくる。
金魚すくいや射的の賑やかな声、人々の楽しそうな話し声。そのすべてが未知の目にはきらきらと映る。
祖母が楽しそうに着付けしてくれた、涼し気な朝顔柄の浴衣を着て、智子の手を取った。
智子は、トレードマークのツインテールとブレスレットはそのままに、太陽のような明るいひまわり柄の浴衣を着て、未知を慣れた様子で案内してくれる。
高杉は「女の子は華やかでいいね!」とニヤニヤしながら、チャラ男らしい茶髪にハーフアップの髪型。服装は派手なアロハシャツにハーフパンツという、祭りの雰囲気にぴったりの格好だ。
平屋は、「自分で着付けた!」という橙色の平織りの浴衣を着て、周囲をおどろかせていた。
対する小川は、いつもの白Tシャツとデニムだった。
高杉は呆れたように言う。
「おまえ、つまんねえ」
「うるさいな!」
小川は、さっきまで佐藤刑事と組手をしており、大急ぎで着替えてきたのだ。
******
花火大会に行くことを、佐藤刑事とみゆお刑事に伝えたときのことだ。
みゆお刑事は、涼やかな声で、しかし真剣な眼差しで言った。
「花火大会かあ。人は多いし、人知れずあちらが何らかの接触をするには、相手にとって都合がよいよね」
「有栖川家もその考えで、SPは遠巻きに付けることになったそうです」
小川は、組手で痛む腕を押さえながら答えた。
佐藤は、眉間に皺を寄せ、二人に釘を刺すように言った。
「俺は祭り自体に参加しないに越したことはないと思うよ」
「そんな……」
小川が口を開きかけると、
「そんな、大人の都合じゃないですか。夏休みの間中、ずっと未知に籠の鳥でいろっていうんですか!?」
平屋がいつもの毒舌ながらも、普段は見せない厳しい口調になったことに、小川はちょっと驚く。
佐藤は、そんな平屋のにらみつけるような視線にフッと口元を緩め、天井を向いた。
「まあ、青春時代だもんなあ……。嬢ちゃん坊っちゃんには酷だろう。俺達も遠巻きで付くよ。しゃあない」
******
佐藤の言葉が、小川の頭の中を駆け巡る。
この賑やかな祭りの裏側で、何かが始まろうとしている。
それでも、小川は、未知と仲間たちと過ごすこの一瞬を、心から楽しもうと思った。
――このかけがえのない日常を、守るために。
美味しそうな匂いにつられて、未知と智子は真っ先にりんご飴の屋台へと向かった。
屋台のおじさんから受け取ったりんご飴は、ツヤツヤと輝いていて、まるで宝石のようだった。
もう、二人の頭には、お揃いの狐のお面がちょこんと乗っている。
小川は、佐藤刑事との組手で空腹になったため、肉巻きおにぎりや焼き鳥など、腹にたまりそうなものを夢中でかっこんでいる。
平屋は、そんな小川の隣で、熱々の焼きとうもろこしをゆっくりと味わっていた。
高杉はフランクフルトを片手に、かわいい女の子がいないか、賑やかな人ごみを面白そうに眺めている。
五人は思い思いに、祭りの喧騒を楽しんでいた。
「未知、これあげるね」
そう言って、智子は自分の手首に着けているブレスレットを一つ外して、未知に差し出した。
それは透明な水晶の石がたくさん付いた、きらきらと輝くきれいなものだった。
「いいの?」
未知が戸惑いながら尋ねると、智子はにっこり笑って頷いた。
「もちろん! 未知に会ったら渡そうと思ってたんだ。これね、お守りなんだよ。オカルト研究会でパワーストーンについて勉強して。ほら見て、これ、自分で石を選んで作ったんだよ」
「へー、すごい」
未知は感心して、ブレスレットをじっと見つめる。
高杉が、ニヤニヤしながら横から口を挟んだ。
「文化祭であわよくば、商品化して売ろうって考えてるんだよな」
「なんだ、お前ら、意外と考えてたんだな」
小川が感心したように言うと、高杉は得意げに胸を張る。
「当然! ビジネスチャンスは逃さないぜ! ところで、お前たちは何か考えてないのかよ?」
小川、平屋、未知の三人は、顔を見合わせて言葉を失った。
「やべ! なんも考えてなかったわ!」
「えー、しっかりしてくださいよ! 部長!」
「こんな時ばっかり、役名言うなよ! 副部長!」
「平部員はどうしたら?」
急に焦り出し、何やら騒ぎ始める三人を見て、智子は楽しそうに笑った。
「もう! そんなことより、そろそろ河原に行って花火の場所取っちゃおう!」
智子の一言で、皆の視線は花火が打ち上がるであろう夜空へと向けられた。
まだ少し明るさの残る空に、期待と興奮が満ちていく。
「バサッ!」
小川は持ってきたレジャーシートを河原に広げる。
平屋と高杉も手伝うが、延々と端が見えてこない。高杉に「デカすぎ!」と笑われた小川は、「いや、これくらいないと落ち着かないだろ」と、どこか満足げだ。
大家族用と言って差し支えないサイズのレジャーシートに、五人は並んで座った。
「なあ、あの招待状、どうするんだ?」
小川は花火が始まる前の静かな時間に、未知に尋ねた。
「家族とも話したんですが、今回には行かないことにしました。――そもそも、招待状が何で送られてきたのかもわからないですからね」
未知はまっすぐに答えた。
彼女の言葉に、平屋も頷く。
「七月三十一日、明後日か。確かに、参加は自由意志でしょうから、その方がよいね」
「だよな! それより、楽しいこと考えようぜ、文化祭の出し物とか!」
小川が屈託なく言うと、平屋と未知の目が輝き、三人は口々にアイデアを出し始めた。
「逃走中みたいなのはどうだ!?」
「サスケみたいな、障害物競争も面白そう!」
「クイズがいい! クイズ!」
三人は楽しそうに盛り上がる。
その瞬間、夜空に一発目の花火が打ち上がった。
「すごーい!」
「音がおおきい!」
「たまやー!」
五人は歓声を上げ、拍手をしながら、夜空に咲き誇る大輪の花を夢中で見つめた。
色とりどりの光が五人の顔を照らし、笑顔が弾ける。
――しかし、そんな子供たちの賑やかな歓声と光の裏で、事件は静かに起こっていた。
当初の取り決めでは、もし不審人物が近づいてきた場合、未知には二名のSPのほかにみゆお刑事が付いて、夏祭り会場の入り口に待機しているハイヤーに乗って、家まで護送することになっていた。
佐藤刑事が他の子供たちの護衛と家までの護送を担当する、という計画だ。
しかし、花火が始まったころ、後方に控えていたSPの一人が通信途絶とともに姿を消した。
これが有事のサインだった。
すぐさまみゆお刑事ともう一人のSPは、周囲を完全に遮蔽するように未知へ近づく。
「有栖川さん、時間です。お迎えに来ました」
みゆお刑事の言葉に、未知はハッとした。
夜空に咲く花火と、楽しそうにしている友人たちの顔をちらりと見てから、覚悟を決めたように、音もなくその場を後にする。
――「時間」。
その言葉は「何かあった」という暗号だった。
未知は、友人たちをこれ以上巻き込まないよう、誰にも気づかれないよう、静かに姿を消した。
******
彼女が座っていた場所には、いつの間にか佐藤刑事が座っている。
小川は、かすかな空気の揺れを感じて、ちらりと横を見た。
そこには、いつものように冷静な表情の佐藤刑事がいた。
佐藤は小川の視線に気づいて
「大丈夫だから騒ぐな」と、手のひらを下に向けるジェスチャーで伝える。
小川は、何も言わずに再び顔を上げ、花火を見た。
悔しいのか、悲しいのか。
込み上げてくる感情を抑えきれず、夜空に咲く花火は、小川の目に滲んで見えた――。



