探偵研究部。――カケラノセカイ―― ③ サマーゲームパーティー

 稽古でボロボロになった小川と平屋が連れて行かれたのは、地元の警察署の会議室だった。
 灰色の扉にどきりとしたが、取り調べ室でなくて良かった、と二人は安堵の息を漏らす。

 佐藤は「ほらよ」と、二人にお茶のペットボトルを差し出してくれた。
 二人は間髪入れず、ゴキュ、ゴキュと飲み干した。

「佐藤先輩、相変わらずつっけんどんなんだから。
 小川くん、怖かったんじゃない?」

 みゆおが柔らかな口調でそう言うと、佐藤は、
「まあ、正直、聞かないという選択肢だってよいかもしれないがな」
 と、ぶっきらぼうに答えた。

「でもまあ、約束は約束だ」

 小川は、何度も何度も投げられた。
 それでも最後の最後に足をとって、「技あり」を取ることができた。
 一本には程遠かったが、佐藤はそれを見て「分かったよ」と言い、みゆおと平屋を呼んで、今ここにいる。

「お二人は、探偵研究部のOB・OG……、で合ってますよね?」

 平屋が静かに尋ねると、みゆおはニコリと微笑み、

「ご名答。そして、佐藤先輩も、私も私服警察官。あの柔術道場は、ボランティアで師範代しているのよ」
 とカラリと言った。

 そして、現役警察官の厳しい瞳をして、二人の顔を改めて見つめた。

「まずはじめに、君たちが、有栖川美知さん、それからイワンという少年について、どれくらい知っているか聞きたいな」

 小川は、未知から聞いていた話を話し始めた。

 ――幼い頃、東欧の国で誘拐未遂に遭ったこと。
 そこで、変装の達人であるイワンと知り合い、言われるがままオルゴールを作ったこと。
 確証はないが、それが起爆装置で、近所の教会が吹き飛んでしまったこと。
 そしてこの四月、イワンは「うわさの新入生」として女子生徒に扮して学校に潜伏して未知を探していた事――。
 
「その後、マタロウに化けたイワンは僕たちの目の前で取り押さえられ、警察車両に連行されました」

 佐藤は、小川の話を静かに聞いていた。

「なるほどな。
 おおよそ君たちが事件のあらましを知っていることは分かった。
 では、今度は俺たちが話す番だ」

 佐藤は、みゆおと顔を見合わせてから、深く息を吸った。

「まず、イワンだが、まだ日本に拘留中だ。
 彼が東欧のある国のテロリスト集団の一味であると知っているな?」

「はい。未知から聞きました」

 と、二人は頷いた。

「……イワンの所属するテロ組織は、反政府派を殲滅するための、いわば『政府お抱えの陽動部隊』だった。市民に絶大な影響力を持つ教会が狙われたのも、そのためだ」

 佐藤は言葉を続けた。

「しかし今、彼の国では内戦状態に近い紛争が起き、状況が一変した。
 かつての陽動部隊は、今の政府にとって単なる『厄介者』でしかないそうだ。
 つまり、本国に送り返したところで、矯正はおろか……下手をすれば口封じの粛清対象だ。
 彼はまだ十六歳。こどもだ。
 法的に保護される権利がある。だからこそ、特例としてまだ日本に留め置かれている」

 小川と平屋は、驚いて目を見開いた。
 あの、脅威でしかなかった「イワン」という少年に、そんな事情があったなんて思いもよらなかった。

 そんな二人の様子を見てから、さらに佐藤は表情を険しくさせた。

「ところがだ……彼の厄介なところは、拘留中にもかかわらず、外部の協力者と連絡を取っているようなんだ」

「ようだ……というのは?」

 平屋が驚きを隠せないまま、佐藤に尋ねる。

「証拠はない。当のイワンは、おとなしく拘留されている。どうやって外部に連絡を取っているかも、我々にもわからない。
 けれど、たった十六歳の少年が、一人日本で何の不自由もなく中学校に半月以上潜伏できるはずはないのだ。
 ならば、かならず協力者がいる」

 佐藤はそう言うと、平屋と小川の顔を交互に見つめた。

「その協力者が日本にいるのなら、間違いなく有栖川さんに近い君たちにも接触するはずだ。
 四月の事件でイワンが、有栖川さん、そして君たち二人に接触してきたことから考えてもな。
 そうなる前に、我々が君たちに近づいた、というわけだ」

 小川と平屋は、佐藤の言葉に初めて言葉を失った。
 自分たちが、思った以上に危険な状況にいたことが、今分かったからだ。
 二人は、膝に置いた手にじんわりと冷や汗が広がる感覚を覚えた。

「まあ、上層部の本音を言えば、有栖川外交官のご息女がまた誘拐されるような事態は、絶対に避けたいってことだ」

 みゆおは、二人の顔を真剣な表情で見つめ、問いかけた。

「小川くん、平屋くん、何か未知さんの周りで気になることはない?」

 二人は顔を見合わせる。
 この先輩たちは二人を子供扱いせず、体を張って自分たちに及ぶ危険を教えてくれたのだ。
 この大人たちは自分たちの味方なのだ、と確信した。
 小川が力強くうなずくと、平屋はバッグからタブレットを取り出した。

「実は、気になることがいくつかあって……」

 ――小川と平屋は、中学生で話題になっている『ゲームの達人』サイトと、未知に届いた招待状、そして彼女が使っている『Locus Sapientiae』という学習アプリのことを話し始めた。
 そのアプリが、正解率に応じて英詩を送ってくる事。
 直近が、不気味に改変されたマザーグースの歌で、四月の事件との既視感を覚えたこと。そのつけ足された歌詞の意味についても伝えた。

 佐藤とみゆおは、二人の話を真剣な表情で聞いてくれた。

   ******

 
 未知は、有栖川家の二階の自室から、庭の楡の木を眺めていた。
 静かな虫の音が聞こえる。
 夏の夜の涼しい風が、レースのカーテンを揺らす。
 ぽかりと黄色い月を眺めるその手には、スマホが握られていた。

 『ゲームの達人』からの招待状

『このたびは、ご当選おめでとうございます。厳正な抽選により、あなたを「ゲームの達人」主催による、サマーゲームパーティーにご招待いたします。
 日時:七月三十一日 夕方五時
 集合場所:新宿駅バス乗り場
 貸切バス乗車のさい、こちらの招待状とIDをご提示ください』

 なんだか釈然としない。
 確かに模擬試験では割と点数は高いが、全国的には、もっと優秀な人もたくさんいる。
 申し込んでもいない中学一年生の未知に、招待状がダイレクトに届くなどありうるのだろうか?
 運営側のねらいは何なのだろう?

 しばらくは一人で出歩くことも許されていたのに、この招待状が届いてからは、父の判断でまたSPとハイヤーを伴っての外出となった。
 
 ただの子供向けのゲームイベントで、ここまで厳重な警戒が敷かれている。
 
 小川先輩と平屋先輩から、それぞれに刑事が接触してきたと聞いた。
 
 ――一体、何が起こっているのだろうか?

 何か重々しいものが、ずっと自分を取り巻いている。
 それは、東欧でのあの日々から、ずっと続くものだ。
 有栖川家に生まれた宿命なのかもしれない。

 そんな暗い思考をはねのけるように、スマホが「ピコン」と軽快な音を立てた。
 救われるように、未知はほっと緊張をといて肩を下ろした。

 ピンクの養生テープが貼られた床の写真がアイコンになっている、『探偵研究部&オカルト研究会グループLINE』に届いた新着メッセージだった。

【高杉】夏休み何してる?俺はいまチョー暇!
【小川】お前受験生だろ、勉強しろよ。
【高杉】夏祭り、今度の土曜日いかないか?河原で花火みようぜ。
【智子】行きたい!
【平屋】僕も行けます。

 なんだかあまりに通常どおりで笑ってしまう。
 皆、それぞれの夏休みを過ごしているけれど、こうして一瞬にして部室の底抜けにのんきで明るい空気に戻っていく。

 (――そうだな、私も行ってみたい。
 お祖父様に相談して、その日SPさんたちは、遠巻きにしてもらおうか。
 皆と、ただの友達として、夏祭りを楽しみたい)

 わがままだとわかっていても、たったひとつ、そんな自由を求めてしまう。

 未知は弾むような指先で返信した。

【未知】私も行けます。

 画面に表示される、小鳥のアイコン。
 ハンドルネームを『ナイチンゲール(小夜啼鳥)』としたのは、アンデルセンの童話から取ったのだ。
 
 (私も、自由に羽根を伸ばしたい!
 
 ――わがままなお嬢様と思われても、今だけは)