未知のスマホ画面は、正解に対して新しいプライズ(ご褒美)が送られたという通知だった。
「あ、新しい詩が来たのかな? え? あれ?」
不思議そうな未知の声に、平屋も画面を覗き込んだ。
「あれ? この詩は前にももらってなかったか?
最初に僕たちに紹介してくれたろ?」
平屋の疑問に、未知は「うん」と頷いた。
未知は、画面をスクロールさせていく。
マザーグースの「駒鳥のお葬式」という有名な詩だ。
『Who killed Cock Robin? I, said the Sparrow,
with my bow and arrow, I killed Cock Robin.
誰が駒鳥 殺したの それは私 とスズメが言った
私の弓で 私の矢羽で 私が殺した 駒鳥を』
…………
『All the birds of the air fell a-sighing and a-sobbing,
when they heard the bell toll for poor Cock Robin.
空の上から 全ての小鳥が ためいきついたり すすり泣いたり
みんなが聞いた 鳴り出す鐘を かわいそうな駒鳥の お葬式の鐘を』
「なんでわざわざ、葬式の歌なんか作ったんだか」
その感性がわからない、と言った風に小川は言う。
「ずいぶんと、不気味な詩だよな? 平然と犯人のスパロウは放っておいているし、淡々と葬式の準備するし……」
小川が問いかけると、未知は黙って、アプリの画面をスクロールし、違和感を指に覚えた。
「続きがある……」
静かにスクロールしていくと、その文字が現れた。
三人は未知のスマホ画面を覗き込んだ。
その文字に、嫌な予感がぞわりと背筋を這い上がってくる。
四月に感じたあの黒い文字の既視感だった。
『The birds all mourned, but a secret they kept.
鳥たちは皆、嘆き悲しんだが、秘密を胸に抱えたままだった。
For the one who killed him, was not who they said.
なぜなら、彼を殺したのは、彼らが言った人物ではなかったのだ。
In the end, it was a friend.
結局、殺したのは、友人だったのだ。』
「……っ!」
未知は息をのんだ。画面を見つめる青みがかった瞳が、かすかに揺れる。
「なんだよこの歌! こんなおっかないのが童謡なのかよ!
つまり、信頼してた身内に殺されたってことだろ?」
小川が非難めいた声をあげる。
未知は、胸の奥で暴れ出した不安をねじ伏せるように、早口で言った。
「おかしいです……。ほんもののマザーグースの詩では、
『みんなが聞いた 鳴り出す鐘を
かわいそうな駒鳥の お葬式の鐘を』
で終わるはずなのに……」
その言葉を裏付けるように、平屋の指が即座にタブレットの上を滑る。
「……本当だ。
この最後のフレーズは、本来の詩には存在しない。誰かが意図的に付け足した文だ。――いったい、何のために?」
「これって、どういう意味なんだ?」
小川は未知に問うが、未知にも答えはわからなかった。
四月の美術室。あの血文字のようなメッセージが脳裏にフラッシュバックする。
――いや、まさか。
『彼』はまだ警察に拘留されているはずなのだ。こんなことができるわけがない。
たまたま、なのか……。
それとも、意図的な誰かの悪意なのか……。
答えの出ない謎と、冷たい不穏だけを画面に残したまま、未知は逃げるようにサイトを閉じた。
******
翌日――
「だあん!」
見事な音を立てて、小川は畳に容赦なく投げつけられた。
地域の小中学生向けに開かれているという、警察署の武道場の一角だった。
現役の刑事だけあって、隙がない佐藤の動きに、組むこともままならない。
組んだと思ったら、誘われるように体が浮き、再び叩きつけられる。
またすぐ立ち上がり、構えの姿勢となる。
小川は息を弾ませながら、佐藤刑事に向かって言った。
「組手で俺が一本取れたら、佐藤さんが知っているイワンのこと、もう少し教えてもらえますか?」
佐藤は一瞬、動きを止めた。鋭い眼差しで小川を見つめる。
「ほう。その交渉、乗ってやる。だが、一本取るまで、お前がどうなっても知らないぞ」
ひやりと背中に汗がつたう。
小川は再び佐藤に向かって構え、深く息を吸った。
――けれど、あの付け足された、あの詩。
あの詩の意図につながる『何か』をこの人は握っているかもしれない。
(だったら、食いつくのみだ!!)
小川は、佐藤に向かい突進した。
******
同じ頃、平屋もまた、みゆおの柔術道場で畳の匂いを嗅いでいた。
またしても、だ。視界は天井。
みゆおの胸が、平屋の胸郭を真上から圧迫している。
甘い女性の匂いとは裏腹に、肺から空気を絞り出すように、重みが一点に集中して沈み込んでくる。
(エグイ……。エグすぎる……!)
涙目になりながら平屋はもがいた。
けれど、動けば動くほど、その隙間を埋めるように密着が増す、逃げ場のない圧力だ。
手首を返そうとすると「へえ、意外に柔らかい」と言われ、また容赦なく固められた。
「探偵研究部なんて、危ない部活は、やめちゃったら?」
みゆおの腕が、平屋の首の下に滑り込む。
てこのように顎を押し上げられ、視界が強制的に反り返った。首の骨がきしむ。
「君は、自分のことも守れない、ひ弱な男の子。安全な場所で見て見ぬふりだってできるのよ」
「……っ、ぅ……!」
(ひ弱だって!?)
反論しようにも、喉が詰まって声にならない。
圧倒的な力の差。自分の身体的な無力感が、彼女の言葉をより鋭く心に突き刺す。
不意に、圧力が消えた。
みゆおが体を離し、涼しい顔で立ち上がっている。
平屋は激しく咳き込みながら、畳を叩いて横向きになり、やみくもに酸素を吸い込んだ。
ヒューヒューと喉を鳴らしながら、上体を起こし、かすれた声をあげた。
「どうして……僕の部活のこと、知っているんですか?」
涙目の視界からは、みゆおが乱れてもいない帯を習慣のように軽く整えるのが見えた。束ねた髪を軽く後ろに流す彼女の顔は、汗一つかいていない。
「『後輩』が何か危ないことに巻き込まれそうになってたら、先輩として放っておけないでしょ。
こんな苦しい思いだってしなくて済む」
平屋は、その言葉に何か納得しながらも、膝に手を付き呼吸を整える。
(確かにそうだ。けれど)
――脳裏をよぎるのは、埃っぽい部室での、なんでもない放課後の景色。
(小川先輩がダンベル片手に部誌を読んでいて、未知は双眼鏡をふざけてのぞいてつまずいて、僕が『掃除して!』と小言を言えば、時々、高杉先輩と智子がお化けのふりしてからかってくる)
他愛ない、放課後だ。
あってもなくても、何が変わるというのだろう。
でも、
だからこそ。
(あれを手放すほど、僕は弱くない)
平屋は震える膝から手を放し、ゆっくりと立ち上がった。
構え直す。
その瞳から、迷いの色は消えていた。
「いいね」
みゆおは、楽しそうにつぶやいた。
「あ、新しい詩が来たのかな? え? あれ?」
不思議そうな未知の声に、平屋も画面を覗き込んだ。
「あれ? この詩は前にももらってなかったか?
最初に僕たちに紹介してくれたろ?」
平屋の疑問に、未知は「うん」と頷いた。
未知は、画面をスクロールさせていく。
マザーグースの「駒鳥のお葬式」という有名な詩だ。
『Who killed Cock Robin? I, said the Sparrow,
with my bow and arrow, I killed Cock Robin.
誰が駒鳥 殺したの それは私 とスズメが言った
私の弓で 私の矢羽で 私が殺した 駒鳥を』
…………
『All the birds of the air fell a-sighing and a-sobbing,
when they heard the bell toll for poor Cock Robin.
空の上から 全ての小鳥が ためいきついたり すすり泣いたり
みんなが聞いた 鳴り出す鐘を かわいそうな駒鳥の お葬式の鐘を』
「なんでわざわざ、葬式の歌なんか作ったんだか」
その感性がわからない、と言った風に小川は言う。
「ずいぶんと、不気味な詩だよな? 平然と犯人のスパロウは放っておいているし、淡々と葬式の準備するし……」
小川が問いかけると、未知は黙って、アプリの画面をスクロールし、違和感を指に覚えた。
「続きがある……」
静かにスクロールしていくと、その文字が現れた。
三人は未知のスマホ画面を覗き込んだ。
その文字に、嫌な予感がぞわりと背筋を這い上がってくる。
四月に感じたあの黒い文字の既視感だった。
『The birds all mourned, but a secret they kept.
鳥たちは皆、嘆き悲しんだが、秘密を胸に抱えたままだった。
For the one who killed him, was not who they said.
なぜなら、彼を殺したのは、彼らが言った人物ではなかったのだ。
In the end, it was a friend.
結局、殺したのは、友人だったのだ。』
「……っ!」
未知は息をのんだ。画面を見つめる青みがかった瞳が、かすかに揺れる。
「なんだよこの歌! こんなおっかないのが童謡なのかよ!
つまり、信頼してた身内に殺されたってことだろ?」
小川が非難めいた声をあげる。
未知は、胸の奥で暴れ出した不安をねじ伏せるように、早口で言った。
「おかしいです……。ほんもののマザーグースの詩では、
『みんなが聞いた 鳴り出す鐘を
かわいそうな駒鳥の お葬式の鐘を』
で終わるはずなのに……」
その言葉を裏付けるように、平屋の指が即座にタブレットの上を滑る。
「……本当だ。
この最後のフレーズは、本来の詩には存在しない。誰かが意図的に付け足した文だ。――いったい、何のために?」
「これって、どういう意味なんだ?」
小川は未知に問うが、未知にも答えはわからなかった。
四月の美術室。あの血文字のようなメッセージが脳裏にフラッシュバックする。
――いや、まさか。
『彼』はまだ警察に拘留されているはずなのだ。こんなことができるわけがない。
たまたま、なのか……。
それとも、意図的な誰かの悪意なのか……。
答えの出ない謎と、冷たい不穏だけを画面に残したまま、未知は逃げるようにサイトを閉じた。
******
翌日――
「だあん!」
見事な音を立てて、小川は畳に容赦なく投げつけられた。
地域の小中学生向けに開かれているという、警察署の武道場の一角だった。
現役の刑事だけあって、隙がない佐藤の動きに、組むこともままならない。
組んだと思ったら、誘われるように体が浮き、再び叩きつけられる。
またすぐ立ち上がり、構えの姿勢となる。
小川は息を弾ませながら、佐藤刑事に向かって言った。
「組手で俺が一本取れたら、佐藤さんが知っているイワンのこと、もう少し教えてもらえますか?」
佐藤は一瞬、動きを止めた。鋭い眼差しで小川を見つめる。
「ほう。その交渉、乗ってやる。だが、一本取るまで、お前がどうなっても知らないぞ」
ひやりと背中に汗がつたう。
小川は再び佐藤に向かって構え、深く息を吸った。
――けれど、あの付け足された、あの詩。
あの詩の意図につながる『何か』をこの人は握っているかもしれない。
(だったら、食いつくのみだ!!)
小川は、佐藤に向かい突進した。
******
同じ頃、平屋もまた、みゆおの柔術道場で畳の匂いを嗅いでいた。
またしても、だ。視界は天井。
みゆおの胸が、平屋の胸郭を真上から圧迫している。
甘い女性の匂いとは裏腹に、肺から空気を絞り出すように、重みが一点に集中して沈み込んでくる。
(エグイ……。エグすぎる……!)
涙目になりながら平屋はもがいた。
けれど、動けば動くほど、その隙間を埋めるように密着が増す、逃げ場のない圧力だ。
手首を返そうとすると「へえ、意外に柔らかい」と言われ、また容赦なく固められた。
「探偵研究部なんて、危ない部活は、やめちゃったら?」
みゆおの腕が、平屋の首の下に滑り込む。
てこのように顎を押し上げられ、視界が強制的に反り返った。首の骨がきしむ。
「君は、自分のことも守れない、ひ弱な男の子。安全な場所で見て見ぬふりだってできるのよ」
「……っ、ぅ……!」
(ひ弱だって!?)
反論しようにも、喉が詰まって声にならない。
圧倒的な力の差。自分の身体的な無力感が、彼女の言葉をより鋭く心に突き刺す。
不意に、圧力が消えた。
みゆおが体を離し、涼しい顔で立ち上がっている。
平屋は激しく咳き込みながら、畳を叩いて横向きになり、やみくもに酸素を吸い込んだ。
ヒューヒューと喉を鳴らしながら、上体を起こし、かすれた声をあげた。
「どうして……僕の部活のこと、知っているんですか?」
涙目の視界からは、みゆおが乱れてもいない帯を習慣のように軽く整えるのが見えた。束ねた髪を軽く後ろに流す彼女の顔は、汗一つかいていない。
「『後輩』が何か危ないことに巻き込まれそうになってたら、先輩として放っておけないでしょ。
こんな苦しい思いだってしなくて済む」
平屋は、その言葉に何か納得しながらも、膝に手を付き呼吸を整える。
(確かにそうだ。けれど)
――脳裏をよぎるのは、埃っぽい部室での、なんでもない放課後の景色。
(小川先輩がダンベル片手に部誌を読んでいて、未知は双眼鏡をふざけてのぞいてつまずいて、僕が『掃除して!』と小言を言えば、時々、高杉先輩と智子がお化けのふりしてからかってくる)
他愛ない、放課後だ。
あってもなくても、何が変わるというのだろう。
でも、
だからこそ。
(あれを手放すほど、僕は弱くない)
平屋は震える膝から手を放し、ゆっくりと立ち上がった。
構え直す。
その瞳から、迷いの色は消えていた。
「いいね」
みゆおは、楽しそうにつぶやいた。



