探偵研究部。――カケラノセカイ―― ③ サマーゲームパーティー

八月一日、早朝。

『ジリリリリリリ……!』

『おはようございます。ただいまの時刻は、朝六時。サマーゲームパーティー参加者は身支度を整え、朝食を取ってから、七時までにエントランスホールへお集まりください。朝食会場は、一階、バンケットホールです』

 けたたましいアラーム音と共に、AIのような抑揚のない女性のアナウンスが全館放送で鳴り響いた。
 バタン、バタンと周りの部屋のドアが開く騒がしい音がする。

 昨晩、同年代の子供たちの気配に安心して、久しぶりにシャワーを浴びることができた未知は、部屋に備え付けられたアメニティのパジャマから、アイボリーのTシャツとカーキのハーフパンツに着替え、また黒いキャップを目深にかぶった。

 子どもたちはあくびをしながらも各自部屋から出て、一階のバンケットホールへと向かう。


「あれ? 今日はバイキングじゃないのか」


 真っ先に入ったのは『キュービー』だ。アメフト選手然とした体格の良い彼が、ラガーシャツからのぞく太い腕でひょいとトレーとトングを取り、ホールの中央に向かう。

 そこには係の人こそいないが、センターテーブルにサンドイッチやおにぎり、牛乳やジュース、ヨーグルトなどの軽食が十二分に用意されていた。
皆、思い思いの朝食を手に取ってトレーにのせていく。

 昨日ばらばらに座っていた参加者たちは、いつの間にかキュービーを中心に並んで座っていた。


「スマホもフロントに預けっぱなしだからさ、よーく眠れたぜ」


 キュービーが、BLTサンドイッチとおにぎりをちゃんぽんにして頬張りながら言う。


「俺はもう少し寝たかったよ」


 と『QUEEN』があくびをした。黒い長髪を束ねた頭を振り、スタッズ付きの皮ベストに皮の指ぬき手袋、目元にはロック少年らしく黒いアイラインのメイクをしっかりとしている。


「何時に起きてたんだよ」


 と、よく日に焼けた『チョコレート』が白い歯を見せて笑った。


「私、親に連絡したかったのに……」


 猫耳風のツインテールの毛先をくるくると指先で遊びながら、ゴスロリ姿の『チャーミー』が不満げにつぶやくと、アニメキャラクターのTシャツを着た『ベロンチョ』が口を挟む。


「ゲームを公正にするためって言っていたよね」

「キビシイです。私、勉強し直したかった」


 ひっつめ髪の『さっちん』が残念そうに言うと、マッシュルームヘアの『オアシス』が首を傾げた。


「何の?」

「クイズのです。私、友達や兄弟に助けてもらって、やっとクイズをクリアしてたから」


 さっちんは不安げに、チェックシャツの裾を指先でいじる。


「わかるー」とミント色のパーカーを揺らして、大きく頷いたのは『ハムスター』だ。

「まじめだなあ」


 小笠原『スパロウ』がすごい寝癖のまま、おにぎりをぱくつきながら言う。

 未知『ナイチンゲール』は、隣でサンドイッチを飲み込みながら、和気あいあいとしたみんなの様子を静かに観察していた。

 二十一人。
 皆、顔は少し眠そうだが、その表情は明るく、元気そうだ。
 誰もこの背後に潜む悪意に気づいていない。

 スピーカーからまたしても、『新世界より』が流れた。
 皆は食事の手を止め、静かに放送に聞き耳を立てる。


『さあ、いよいよみんなで冒険に出かけるよ。準備はいいかな?』


 ゲームマスターの声が、バンケットホールに響き渡る。


『みな、手荷物は持って行っても構わないよ。それでは、七時にエントランスホールに集まり給え』


 放送が終わると、子どもたちは一斉に顔を見合わせた。
 これからどんなゲームが始まるのか、ワクワクと誰もが期待に胸を膨らませていた。

 ――未知(ナイチンゲール)、一人を除いては。


 ******


 ホテルの外、湖畔の景色に、皆は思わず息をのんだ。
 そこは深い霧が立ち込め、まるで水墨画のような幻想的な光景が広がっていた。

 湖面を覆う白い霧の向こうに、うっすらと富士山の姿が遠くに見える。
 その神秘的な光景に、子どもたちは皆、静かに見入っていた。


「それでは、参加者のみなさんは、こちらへ集まってくださーい」


 ガイドの声に促され、子どもたちは湖の桟橋へと向かった。
 そこには、紺色地に金の装飾が施された、一艘の豪華なクルーザーが停泊している。


「わあ、すごい!」
「これに乗るの!?」


 子どもたちは歓声を上げたが、その期待はすぐに打ち消された。
 クルーザーのすぐ後ろに、七艘のモーター式のボートがロープで繋がれていたのだ。


「それでは、ライフジャケットを着て、三人ずつ、ボートに分かれて乗ってください」


 ライフジャケットを渡すガイドの指示に、子どもたちはその場に並んだ順番で簡単にグループを作った。


「ボート、リモート操作みたいだぞ。ハンドルが動かない」


 乗り込んだ小笠原(スパロウ)が驚いたように言う。皆が乗り込むと、ボートはクルーザーに先導される形で、自律的に動き始めた。クルーザーの操舵席はこちらからは見えないが、ゲームマスターが乗っているのだろう。

 深い霧の中、碧(みどり)の湖面がさざ波を立てながら、ボートはぐんぐんと湖の中心に進んで行く。
 やがて、湖を覆っていた霧は次第に晴れていった。

 湖面は静まり返り、その水の色は深く濃い。水深が相当深いのだろう。子どもたちは、自分たちが雄大な大自然の真ん中にいることを肌で感じていた。


「すごいねえ……」
「まるで絵みたいだ」


 子どもたちは口々に感激の声を上げた。神秘的な湖の景色に、皆がただ見とれていた。

 先導していたクルーザーが停止すると、各ボートに備え付けられているタブレットに、仮面をつけた男、『ゲームマスター』が映し出された。


『みんな、この景色を楽しんでくれたかな?』


 デジタル加工された甲高い声が聞こえる。
 みなが画面を見て頷いたのを確認したように、その声が、ぐにゃりと低くひしゃげた。


『――ここからは、デスゲームです』


 言葉の意味を理解できず、子どもたちがぽかんと画面を見つめる。
 直後、タブレット画面全面が、警告のように一斉に真っ赤に点滅し始めた。

 異常事態を告げるような強烈な光に、子どもたちの歓声がぴたりと止まった。
 冷たい静寂が湖面を覆う。


(はじまった!)


 未知は奥歯を噛み締めた。
 ゲームマスターは淡々と続ける。


『さあ、長らくお待たせしたね。真のサマーゲームパーティーの開幕だ。
 第一のゲームは、「信頼の航海」。タブレットから問題を五問だすよ。正解した小舟は、このクルーザーへ進むことができる。
 けれど、不正解の小舟は、このゲームから「脱落」していただきます』


 画面越しのゲームマスターの仮面が、不気味に笑ったように見えた。