探偵研究部。――カケラノセカイ―― ③ サマーゲームパーティー

 未知は、ゲームマスターが姿を消すまで、左翼の階段の陰にうずくまり、必死に気配を消していた。

 子どもたちを食堂へと案内したのち、ゲームマスターはまた右翼の階段を上り、奥へと消えた。

 躊躇はできなかった。
 未知はすぐに左翼の階段を駆け下り、夕食会場へ向かう子供たちの最後尾にそっと紛れ込んだ。

 そこは明るいバンケットホールで、温かそうな料理の湯気に、未知はほっと息をついた。
 辺りを見回すと、自分と同じ年頃の、Tシャツにハーフパンツといった動きやすい服装の子供たちが何人も目に入る。


(大丈夫、ここにいれば紛れ込める)


 未知はかぶっている黒いキャップを目深に直し、自分に言い聞かせながらバイキングの列に並び、トレーを受け取った。

 どうやら料理を受け取る前に、クイズを解かないといけないらしい。
 料理の前に置かれているタブレットに出される問題をすんなりと解いては、さらに料理が増えていく。

 ホールには笑い声があふれていた。
『正解!』の文字が出ては、ライブキッチンのステーキを受け取る大柄な男の子。
 すでにデザートのチョコファウンテンに、マシュマロやドーナツを浸す女の子たち。

 未知はそんな中を静かに、誰とも目を合わせることなくひっそりと、卵料理、肉料理、野菜、ご飯……と、目につく限り体力のつきそうなものを選んでトレーに載せた。

 すると、熱心にクイズの答えを叫んでいた小笠原が、未知の背中に「どん!」とぶつかった。


「ごめんなさい」


 咄嗟に未知が謝ると、小笠原も「ごめん」と言ってから、いつもの癖で下から上を観察するように視線を動かした。
 そして猫背を屈め、目深にかぶった帽子の内側をじっと眺めてくる。


「……君、ナイチンゲール?」


 小笠原が、か細く震える声で尋ねる。
 ハンドルネームで呼ばれたことを訝しげに思いながら、未知は相手の顔を眺めた。

 痩せた身体に重そうな頭が乗っかり、ギョロリとした大きな目で見てくる。
 けれど口元は引き締おり、それは彼を知的に見せていた。

 ――すこし偏屈で理屈っぽそう。

 直感に従い、自ずとある人物の名前が頭に浮かぶ。
 未知もまた、小さく聞き返した。


「もしかして……スパロウ?」


 その言葉を聞いて、小笠原は思わず顔を真っ赤にする。


「そう……、そう……、そう! 俺、スパロウ!」


 たどだどしく声を上げて、彼はブンブンと頭を上下に振って頷いた。

 未知は、トップランカー『スパロウ』のイメージに違わない小笠原の様子に、二日ぶりの笑顔をやっと見せた。

 その時、不意にスピーカーから『新世界より』が聞こえてきた。
またしても、デジタル処理されたゲームマスターの声が続く。


「みんな、食事を楽しんでくれているかな? しっかり食べて、明日に備えておこう。明日は、いよいよ楽しいゲームがはじまるよ。朝七時に、エントランスに集まるように。今日はゆっくり休みたまえ!」


 プッとマイクの音が消え、落ち着いた心地よいクラシックのBGMが流れ始めた。

 小笠原と未知は同じテーブルに座った。
 帽子は取りたくなかったが、かぶったまま食べることに抵抗を感じた未知は、帽子を脱いで手を合わせ、食べ始める。

 その間、小笠原はすっかり箸を止め、こちらの顔ばかり見つめてくるので、


「スパロウ。体力つけるためにも、食べなきゃ」


 と促すと、


「うっ……! そっ……! う、はい」


 とかすれた声を発し、かき込むように勢いよく食べ始めた。
 喉に詰まったのか、一気に水を飲み干す。
 未知は、そんなおかしな小笠原の様子にまた笑顔になった。


 ******


 食後のスイーツを食べながら、小笠原は嬉しそうに言った。


「君に会えて良かった! バスに乗っていないから、まさか新宿に行ったのかと心配したんだ」


 未知は紅茶のカップを傾けながらも、声をひそめる。


「私は、みんなより少し早くにここに着いたの。
 ――ねえ、ここに来る前、何か変なことなかった?」


 小笠原は少し考えてから答えた。


「うーん、今日は特に。でも、昨日は変な一日だった。変な凸凹二人組が家まで訪ねてきたんだ。一人はでっかくて脳筋の小川ってやつ。もう一人は、タブレットを手に持ってる女子っぽい顔の平屋ってやつ。君の部活の先輩でしょ?」


 思わぬ名前が飛び出し、未知は思わず紅茶を噴き出しそうになった。


「え! なんで、その二人の事知ってるの? 友達なの!?」


 口元をペーパーナプキンで抑えながらも、勢いよく振り向き大声をあげた未知に気圧されるように、小笠原は慌てて説明する。


「いや! 富谷マタロウくんからの紹介で、招待状を見せてくれって、昨日いきなり家に押しかけて来て頼まれたんだよ。それで、招待状の集合場所が新宿なのはブラフで、真の待ち合わせ場所は東京駅だって教えたら、嬉しそうにしてさ。君の写真もその時見せてもらったんだ。しかも、何か二人とも見送りにまで来てたし……。なんだったんだ、あれ?」


 首をかしげる小笠原の横で、未知の口元が自然にゆるみ、肩の力が少し抜けて、それから――
 様子がおかしいことに気づいた小笠原が、不思議そうに声を上げた。


「ナイチンゲール、君、泣いてるの? 笑いながら?」


 ここ数日の不安がふっと解けていくように、温かいものが目から流れる。
 それをペーパーナプキンで拭い、おまけにチンと鼻もかんだ。


「大丈夫。なんでも、ないの」


 そんな未知の様子に唖然としながらも、小笠原がリュックのサイドポケットをごそごそとあさる。


「そういえば持たされた機械があったんだけど、あれ? どこに行った? 落としたかな?」


 未知は、目を鋭く細める。

 ――それはおそらく、平屋が準備したGPSなどの追跡用機器だろう。

 けれど、仮面の男がイワンなら、中学生のおもちゃの仕込みなどすぐに看破して、すでに処分していることだろう。

 ――でも、それでも。

 二人が手がかりの細い糸をたどって、ここに到達してくれた。
 その事実が何よりも未知を力づける。
 未知は小笠原に向き直って言った。


「このゲームマスター、油断できない人よ。明日のゲームは生き残るために、みんなで協力したい」


 小笠原はその未知の真剣すぎる顔を見て、余裕といったように笑った。


「生き残る? 大げさだな。ゲームだよ。まあ、負ける気はしないけど」


 小笠原の後ろでは、デザートを楽しむ参加者たちの楽しげな声が響いていた。


 ******


 満足げな子供たちはバンケットホールを後にすると、フロントでハンドルネームを呼ばれ、それぞれルームキーを受け取って自室へと入っていく。

 驚くべきことに未知もまた、フロントから「ナイチンゲール様」と声をかけられ、ルームキーを渡された。
 案内されたルームナンバーは、先ほどまで軟禁されていた部屋だった。


(何もかも、仕組まれている!)


カッとなった未知が「家族と連絡をとらせてください!」と女性スタッフに詰め寄っても、彼女は「参加者がゲーム中に外部と連絡を取ることはできないと、運営から説明されています」と抑揚のない声で繰り返すだけで、それ以上は答えなかった。

 生身の人であるはずなのに、マニュアル通りにしか動かないその姿に、部屋にあったAIロボを重ねる。
 ――もう、このゲームに一参加者として加わる以外、道はない。

 小さくため息をつき、未知は目についたメモとペンをフロントデスクから失敬して自室へ戻った。
 戻った自室はいつの間にか清掃されており、二日間の滞在がなかったかのように整っていた。

 未知はペンを取り、バンケットホールで見聞きした事を書き出し始めた。
 
 ――参加の子供は、二十人。自分を入れて二十一人。知っているのは『スパロウ』だけ。ゲームマスターはイワンではないか?

 と、そこまで書いてからドアのほうを見る。


(朝までの間に、何かできることはないか)


 小笠原を始め、参加者のみんなの心は、宝くじに当たったかのような喜びと、明日からの冒険への期待と楽しみに満ちている。

 その裏に仕組まれている悪意を、この参加者たちにどう伝えるか。

 再起動した備え付けのAIロボットに「何かご要望は?」と聞かれ、


「そうね、いま、一番欲しいのは、危機感を共にできる仲間」


 と、未知は即答する。


「ご要望にはお答えできません」
 定型句で返すロボの返事を聞き流しながら、メモを持つ左手首が目にはいる。

 手首には智子からのお守りのブレスレット。

 一瞬、夏祭りの楽しかった記憶が蘇る。

 小川なら、平屋なら、高杉なら、智子なら、未知の言葉に耳を傾けてくれるだろう。


(みんなのところに帰りたい……)


 ツンと鼻の奥に痛みを感じ、少しペン先が滲んで見えた未知は、振り払うように強く頭を振る。


(――いや、帰るんだ。
 小川先輩と平屋先輩の後ろには、あの刑事たちもついているはずだ。彼らなら、なんとかしてこちらに辿り着いてくれるかもしれない。
 とにかく、持ちこたえることだ。
 もし、イワンならば、仕掛けてくるのは何?
 スパロウは、バスで出されたクイズの答えから、ここが芦ノ湖だろうと言っていた。
 それならば、仕掛けてくるのは――)


「湖」


 すぐさま、未知はペンとメモを持ち、部屋を飛び出した。