「いない……!」
小川と平屋は、絶望した。
覆面パトカーが芦ノ湖の湖畔に到着したのは、もう一時間も前だ。祭りのため混雑しているそこに、目的のバスの姿はなかった。
広大な湖を目の前にして、小川は悔しそうに拳を握りしめた。
地元の警察は、ほぼ祭りの警備に割かれている。佐藤刑事が警察無線で周辺車両に目撃情報の照会をかけ、地元交番にみゆお刑事が確認するも、該当の大型バスはこの近辺では見当たらなかった。
「まさか、本当に行先までミステリーだったなんて……! 手がかりすらない」
落胆したように平屋が呟く。小川も同じ気持ちだった。
芦ノ湖に着けば、きっと見つかると思っていた。けれど、現実は、未知ばかりではなく、唯一の手掛かりの小笠原を乗せた大型バスまで見失ってしまった。
その根拠は、バスの中で出題された「九頭龍伝説」のクイズの答えが「芦ノ湖」だったからだ。しかし、その根拠は脆くも崩れた。
佐藤刑事が静かに言った。
「もし単なるツアーなら、GPSを投げ捨てる必要はない。何かが巧妙に起こっている。しかし、すべては根拠の薄い推測ばかりだ。GPS信号が途絶えた今、お前たちをこれ以上、同行させるわけにも行かない。やむをえないが、一度本部に戻る。
みゆお、車を出せ。二人を家まで送っていく」
車の窓から見える景色は、もうすっかり暗くなっていた。
佐藤刑事も、みゆお刑事も、心なしか肩を落としているように見える。
真っ黒な湖面が、今の自分たちの状況そのもののようで、小川は思わず奥歯を噛んで、下を向いた。
「……ゲームマスターが、そのままの問題を出すわけがないんだって、小笠原くん、言ってたな……」
ぽつり、平屋が悔しそうに言う。
その時だ。湖面になにかさざ波が起こったように、小川の心がざわめいた。
小川は顔を上げた。
「そういえば……」
小川は頭の中で、バスの中で出題されたすべてのクイズを反芻する。
問題一:コノハナサクヤヒメ。答えは富士山。
問題二:葛飾北斎の浮世絵。答えは四十六枚。
問題三:九頭龍伝説。答えは芦ノ湖。
「芦ノ湖だ、箱根だ! って、バスの中はみんな盛り上がってた。だから、僕たちも芦ノ湖に向かった」
平屋の言葉に、小川はうなずく。
「でも、第二問では、ゲームマスターは『富嶽三十六景』に表富士と裏富士があるって解説した。そして、第四問は、湖の地理問題だったな」
小川は思い出すように平屋に言った。
「なんかこれ、みんなざわざわしていたよな?」
平屋はタブレットをスワイプしながら答える。
「突然、富士山から離れて地形の問題だったからでしょうね。関係ないように思えた。そして、最後の問題は……」
「五つの乙女の伝説……富士五湖。これも富士山に関わる問題だ」
小川は、はっとしたように言う。
「そうだ!! 平屋、芦ノ湖って、堰止湖なのか?」
平屋はタブレットを打つ。
「いえ、カルデラ湖だそうです。堰止湖っていうと富士五湖ですね」
「富士五湖……!」
小川は何か確信に満ちた声で言った。
「これだ! きたきた! 分かった! ゲームマスターは、あえて九頭龍伝説の芦ノ湖を答えさせて、俺たちを欺いたんだ。そして、本当の目的地は、クイズの裏側に隠されていた」
小川は即座に自分のボディバックから古びた旧千円札を取り出す。そして「千円あるか?」と平屋に聞いた。
平屋は財布から新千円札を取り出した。
小川は二枚の千円札を裏返し、並べて広げていく。
裏側にはどちらにも富士山が描かれている。しかしその景観は全く違った。
「新千円札の柄は、葛飾北斎の――」
小川が呟けば、すぐに平屋は、
「『神奈川沖浪裏』(かながわおきなみうら)」
タブレットで画面を示した。
「……つまり、神奈川や太平洋側から見た『表富士』だ」
そして小川は、旧千円札の静かな湖面を指差した。
「対して、この旧千円札に描かれている逆さ富士は、山梨県側の――」
「本栖湖(もとすこ)」
「そう。本栖湖から見た『裏富士』だ」
二人は同時に息を呑み、つぶやく。
「裏富士、逆さ富士、堰止湖……」
すべて「千円札の裏側」に誘導している。
「富士五湖は、山梨側だ。芦ノ湖は、神奈川側だ……」
忌々しげに、みゆお刑事が呟く。
(もしかしたら――)
ハンドルを握るみゆお刑事は奥歯を噛み締めた。
(厚木インターチェンジでトラックに進路をふさがれた、あの隙に……大型バスは、箱根へ向かう『小田原厚木道路』には降りず、そのまま『東名高速』を直進して、裏富士……山梨方面へ抜けたのかもしれない……!)
「ゲームマスターは、一見関係のない第四問も含めて、すべてを富士山というテーマで繋げていたんだ」
平屋の興奮した声に、小川は大きくうなずいた。
「そして、表富士で俺たちを芦ノ湖に誘導し、裏富士に本物の目的地を隠していた……!」
小川と平屋の目に、再び光が宿った。
ヒントはまだ、ここにある!
「見失ったんじゃない。騙されていたんだ」
小川と平屋は、絶望した。
覆面パトカーが芦ノ湖の湖畔に到着したのは、もう一時間も前だ。祭りのため混雑しているそこに、目的のバスの姿はなかった。
広大な湖を目の前にして、小川は悔しそうに拳を握りしめた。
地元の警察は、ほぼ祭りの警備に割かれている。佐藤刑事が警察無線で周辺車両に目撃情報の照会をかけ、地元交番にみゆお刑事が確認するも、該当の大型バスはこの近辺では見当たらなかった。
「まさか、本当に行先までミステリーだったなんて……! 手がかりすらない」
落胆したように平屋が呟く。小川も同じ気持ちだった。
芦ノ湖に着けば、きっと見つかると思っていた。けれど、現実は、未知ばかりではなく、唯一の手掛かりの小笠原を乗せた大型バスまで見失ってしまった。
その根拠は、バスの中で出題された「九頭龍伝説」のクイズの答えが「芦ノ湖」だったからだ。しかし、その根拠は脆くも崩れた。
佐藤刑事が静かに言った。
「もし単なるツアーなら、GPSを投げ捨てる必要はない。何かが巧妙に起こっている。しかし、すべては根拠の薄い推測ばかりだ。GPS信号が途絶えた今、お前たちをこれ以上、同行させるわけにも行かない。やむをえないが、一度本部に戻る。
みゆお、車を出せ。二人を家まで送っていく」
車の窓から見える景色は、もうすっかり暗くなっていた。
佐藤刑事も、みゆお刑事も、心なしか肩を落としているように見える。
真っ黒な湖面が、今の自分たちの状況そのもののようで、小川は思わず奥歯を噛んで、下を向いた。
「……ゲームマスターが、そのままの問題を出すわけがないんだって、小笠原くん、言ってたな……」
ぽつり、平屋が悔しそうに言う。
その時だ。湖面になにかさざ波が起こったように、小川の心がざわめいた。
小川は顔を上げた。
「そういえば……」
小川は頭の中で、バスの中で出題されたすべてのクイズを反芻する。
問題一:コノハナサクヤヒメ。答えは富士山。
問題二:葛飾北斎の浮世絵。答えは四十六枚。
問題三:九頭龍伝説。答えは芦ノ湖。
「芦ノ湖だ、箱根だ! って、バスの中はみんな盛り上がってた。だから、僕たちも芦ノ湖に向かった」
平屋の言葉に、小川はうなずく。
「でも、第二問では、ゲームマスターは『富嶽三十六景』に表富士と裏富士があるって解説した。そして、第四問は、湖の地理問題だったな」
小川は思い出すように平屋に言った。
「なんかこれ、みんなざわざわしていたよな?」
平屋はタブレットをスワイプしながら答える。
「突然、富士山から離れて地形の問題だったからでしょうね。関係ないように思えた。そして、最後の問題は……」
「五つの乙女の伝説……富士五湖。これも富士山に関わる問題だ」
小川は、はっとしたように言う。
「そうだ!! 平屋、芦ノ湖って、堰止湖なのか?」
平屋はタブレットを打つ。
「いえ、カルデラ湖だそうです。堰止湖っていうと富士五湖ですね」
「富士五湖……!」
小川は何か確信に満ちた声で言った。
「これだ! きたきた! 分かった! ゲームマスターは、あえて九頭龍伝説の芦ノ湖を答えさせて、俺たちを欺いたんだ。そして、本当の目的地は、クイズの裏側に隠されていた」
小川は即座に自分のボディバックから古びた旧千円札を取り出す。そして「千円あるか?」と平屋に聞いた。
平屋は財布から新千円札を取り出した。
小川は二枚の千円札を裏返し、並べて広げていく。
裏側にはどちらにも富士山が描かれている。しかしその景観は全く違った。
「新千円札の柄は、葛飾北斎の――」
小川が呟けば、すぐに平屋は、
「『神奈川沖浪裏』(かながわおきなみうら)」
タブレットで画面を示した。
「……つまり、神奈川や太平洋側から見た『表富士』だ」
そして小川は、旧千円札の静かな湖面を指差した。
「対して、この旧千円札に描かれている逆さ富士は、山梨県側の――」
「本栖湖(もとすこ)」
「そう。本栖湖から見た『裏富士』だ」
二人は同時に息を呑み、つぶやく。
「裏富士、逆さ富士、堰止湖……」
すべて「千円札の裏側」に誘導している。
「富士五湖は、山梨側だ。芦ノ湖は、神奈川側だ……」
忌々しげに、みゆお刑事が呟く。
(もしかしたら――)
ハンドルを握るみゆお刑事は奥歯を噛み締めた。
(厚木インターチェンジでトラックに進路をふさがれた、あの隙に……大型バスは、箱根へ向かう『小田原厚木道路』には降りず、そのまま『東名高速』を直進して、裏富士……山梨方面へ抜けたのかもしれない……!)
「ゲームマスターは、一見関係のない第四問も含めて、すべてを富士山というテーマで繋げていたんだ」
平屋の興奮した声に、小川は大きくうなずいた。
「そして、表富士で俺たちを芦ノ湖に誘導し、裏富士に本物の目的地を隠していた……!」
小川と平屋の目に、再び光が宿った。
ヒントはまだ、ここにある!
「見失ったんじゃない。騙されていたんだ」



