探偵研究部。――カケラノセカイ―― ③ サマーゲームパーティー

 画面の中のゲームの達人は、ニタニタとした笑顔の仮面のまま、次の問題を出題する。

問題四:火山の噴火で流れ出た溶岩が、川や谷をせき止めることでできた湖を何と呼ぶでしょう?

「え? これ、さっきの芦ノ湖のことか?」

「だったらカルデラ湖のはずだ? 問題ミス??」

「いや、もっと一般的な地形の話じゃないか?」

 ざわざわと子どもたちが再び考え込む中、小笠原は腕を組み、その違和感からモニターを睨みつけていた。

(地理問題……。どうして、急にこんな問題をだす?)

 よく日焼けした腕があがる。

「堰止湖!」

 一人の男子が叫ぶとモニターに赤く「正解!」の文字が大きく表示される。

「……よかった……」

 と答えた男子は座席についた。

 ゲームの達人はゆっくりと頷いた。

「その通り、堰止湖だ。火山の力によって生み出された、神秘的な湖というわけだな。
それでは最後の問題だ」

 五問目がモニターに映し出された。

問題五:かつてのお札にも採用された図柄にまつわる伝説だ。五人の美しい乙女たち。彼女たちはそれぞれ異なる山神の娘であり、山が噴火した際に、その姿を変えて湖になったと伝えられています。この五つの湖の集まりを、彼女たちの伝説から何と呼ぶでしょう?

「山……」「五人……」

 ひそひそと相談する声があちこちで聞こえる。
 そしてまた「せーの」の号令の後に、

「「富士五湖!」」

 と一斉に答えが叫ばれた。

 モニターに赤く「正解!」とあらわれた。

「やった!」「五問正解!」

 と参加者たちは座席で声を上げた。

 画面には、ゲームの達人は手を叩きながら、「全問正解おめでとう!」のピンクのテロップと花吹雪のアニメが舞う。

「さすが、優秀な頭脳たち! 全問正解だ!」

 モニターの文字を残して画面は消え、照明も通常のものに切り替わった。

「おめでとうございます。こちら全問正解の賞品です」

 とカーテンの後ろからバスガイドが現れ、賞品のお菓子の入った小袋とパックジュースを一人一人に渡していった。

「僕、さっき間違っちゃって……」

 と先ほど富嶽三十六景を間違えた男の子が申し訳なそうにしていると、

「みなさんで勝ち取った全問正解ですよ」

 とバスガイドは笑顔でチョコバーを彼に渡した。

(ふーーん。バスに乗るまでにはやたら厳しい選抜だったのに、内部に入ればずいぶん甘いんだな。この分だと、このツアー、楽勝かもな)

 そんなことを考えながら小笠原は、賞品のチョコバーを口に咥えた。

 そして、何かひっかかりリュックの蓋に収納していた財布を取り出す。中にはちょうど、新札の千円、旧札の千円が入っていた。

 裏面には、富士山が描かれているが、全く印象の違う富士山だった。

 新しい方は、荒波の中、遠くに鎮座する富士山。
 これは問題にも出ていた「富嶽三十六景」の一つだ。
 この絵の柄は「表富士」

 もう一つ、旧札の方は、静かな湖面に映し出される逆さ富士がモチーフのもの。

「そうだ、こっちは裏富士だったな……」

 動と静。表と裏。

 財布をリュックに入れなおすと、いつの間にかうとうとと眠りに落ちていった。

 ――バスの中は、異様な静けさに包まれ、子どもたちの寝息だけが聞こえていた。

 ******

「カン」「カン」

 その手に黒い金属の棒を持って、バスガイドが車中の通路を歩く。

 彼らの手荷物にあてていくと、ふと足を止めて、一人の男の子の左手を取った。

 カチ、カチと何かをしてから、また通路を歩き出す。

 そして、後ろから二番目の席の大きな黒いリュックに棒を当てる。

 金属を近づけると「キーン……」と機械音がする。

 それは、電波探知機だ。

 白い手袋の指先が、リュックのサイドポケットを探った。

 すべての乗客の荷物を確認し終わり、バスガイドはその両手をこめかみに寄せる。

 やおらウィッグを脱げば、もう、そこにはバスガイドは存在していなかった――。

 ******

「答えは芦ノ湖!」

 わあっと歓声が上がるその様子をスピーカー越しに聞いたみゆお刑事は、ナビで芦ノ湖を設定した。

「ずいぶん遠いよ。二人とも大丈夫?」

 みゆお刑事が小川と平屋に尋ねると、二人とも「はい」と力強く答えた。

 一時間も経ったころだろうか。

 大型バスは厚木インターチェンジに差し掛かっていた。

 小川と平屋は、体を固めたまま、後部座席でGPSの画面と音声に集中していた。

 先ほどの歓声が嘘のように、バスの中はいつの間にか静まり返っている。

「みんな、寝てしまったのかな?」

 不審に思った平屋がタブレットに顔を近づけた直後だった。

「――キィィィィィィン!!」

 スピーカーから突如として耳をつんざくような金属音(ハウリング)が響き、

「わあ!!」

 平屋は弾かれたように顔を離した。

 続いて、ゴソゴソ、と何かを探すようなくぐもった音がする。

「あっ!」

 前方を凝視していたみゆお刑事は、はっと息を飲んだ。

 数十メートル先を走るバスの左側の窓が開き、不意に『白い手』が伸びたのが見えた。

「なんか落としたぞ!」

 佐藤刑事が鋭く叫ぶ。

 その手から離れた黒い塊は、猛スピードでアスファルトに叩きつけられ、粉々に砕け散って後方へと消えていった。

 同時にスピーカーから『バン!』という激しい破裂音が響いたと思えば、恐ろしいほどの無音となり、タブレット上で点滅していたGPSの赤い光も、ふっと消失した。

「え!」
「何が起きた?」

 理解が追いつかない小川と平屋が声を上げる。

 佐藤刑事が忌々しげに舌打ちする。

「あいつ、気づきやがった! おい、みゆお、追え!!」

 みゆお刑事が、後部座席の二人の様子をバックミラー越しに確認し、アクセルを踏み込むまでの、ほんの一瞬の隙だった。

 隣の車線から急加速してきた二台の大型トラックが、覆面パトカーの前に割り込むように並走し、前方のバスを完全に視界から遮ったのだ。

「見えない!」

 みゆお刑事は、焦りから無闇にハンドルを切ろうとしたが、助手席の佐藤刑事がすかさず横から手を伸ばし、それを強く抑え込んだ。

「落ち着いていけ!」

 と一喝する。

 ぎり、とみゆお刑事は歯噛みする。
 焦燥に駆られながら走り続け、やがて並走していたトラックの一台が走行車線に戻った瞬間、みゆお刑事は深くアクセルを踏み込んだ。
 すでに視界には、大型バスは見えない。

「大丈夫だ。芦ノ湖までいけばきっと見つかる。慌てるな、みゆお」

 佐藤刑事はそう言い聞かせながら、いよいよ覆面パトカーの赤色灯を取り出し、ルーフに叩きつけた。

「落ち着いて前へ向かえ」

 彼は努めて冷静な声を出したが、後部座席の小川と平屋は、事件の当事者になってしまった怖さで、背中に冷たい汗が伝っていた。

 ――GPS信号の消失。そして、あまりにもハマりすぎたタイミングで道を塞いだトラック。
 周到に準備されたようだ。

 行けども行けども、あの大型バスの背中は見えてこない。

 覆面パトカーはサイレンを鳴らし、芦ノ湖へと一直線に向かった。しかし、インターを降りて芦ノ湖へ向かう道は、徐々に混み始めていた。

「なんだよこれ……どうしてこんなに混んでるんだ?」

 焦る小川の声に、平屋がタブレットに「芦ノ湖 渋滞」と入れた瞬間、

「あ……」

 平屋の震える声に、佐藤刑事が振り返る。

 タブレットの検索画面には、絶望的な一文が表示されていた。

『――七月三十一日は、九頭龍祭のため大渋滞が予想されます』