探偵研究部。――カケラノセカイ―― ③ サマーゲームパーティー

「集合場所が違う? ……どうして?」

 小川と平屋は、小笠原の顔をまじまじと見つめた。
 現に、未知に見せてもらった招待状には、

『日時:七月三十一日 夕方五時
 集合場所:新宿駅バス乗り場』

 と表示されていたはずだ。
 きつねにつままれたような小川の顔を、口の端で笑ってから

「ばかだなぁ、小川くん。ゲームの達人からの招待状だよ? そのまんまの意味なわけないじゃないか」

 小笠原は、呆れたようにそう言った。

「もうゲームは始まってるんだよ」

 小川と平屋は、顔を見合わせる。

「どういうことだ?」

 小川が尋ねると、小笠原はニヤリと笑い、黒いカバーがあちこち剥げている自身のスマホを取り出し見せてくれた。

「ほら。このPDFファイル、よく見てごらんよ」

 平屋は、差し出された招待状のファイルを拡大する。そこには、小さな文字でびっしりと「参加規約」の文章が書かれていた。しかし、いくら目を凝らしても、ただの注意書きにしか見えない。

「よく見てもわからんぞ」

 覗き込んだ小川がそう言うと、小笠原はさらにニヤニヤと笑った。

「小川くん、さては脳筋だな? 夏休み体ばっか鍛えてるでしょ」
「ぐっ!」

 小川は痛いところを突かれ、言葉に詰まる。

「ここに暗号が仕込まれている。つまり、暗号を解けなくて新宿に行っちゃった子は、はい、ここまで。さよならってわけさ。
そして、暗号を解けた子だけが行けるのは……」

 小笠原は、平屋が手に持っていたタブレットを指差した。

「平屋くん、そのタブレット飾りかい? 貸してみてよ」

 そう言って、小笠原は平屋のタブレットを奪い取ると、地図アプリを立ち上げ、慣れた手つきで操作し始めた。そして、一つの場所にピンを刺す。

「ここ!」

 ピンの先は、

『東京駅中央口』

 を示していた。

「東京駅? どうして?」

 平屋が不思議そうに尋ねると、小笠原は得意げに胸を張った。

「簡単なことさ。何でわざわざPDFファイルで送られてくるってことに意味があるんだ」
「印刷しやすいからじゃないのか?」

 小川が首を傾げた瞬間、また小笠原は噴き出した。平屋はスマホのPDFの文字を見つめていた。

「漫然とただ眺めてても見えないよ。平屋君、PDFの文字データの利点はなんだい?」

 平屋は憮然と答える。

「……文字の解像度が、どんなに拡大しても変わらないことだ……」
「ご名答。じゃあ、ピンチアウトしてごらん」

 言われるがまま、平屋は画面に二本の指を置き、ぐっ、ぐっと拡大していく。

「……あっ」

 平屋が小さく声を上げた。

「気づいた? 何百文字ってある細かい注意書きの中で、ごく一部の文字だけ、なんの理由もなく『別のフォント』が使われているんだ。

 たとえばこの『き』の文字。
 他と違って線のハネ方が微妙に違う。限界まで拡大しないと絶対に気づかないレベルの差だ」

「本当だ……」
「この『別のフォント』が使われた文字をひろってみてよ」

 平屋は、免責事項を読み始めた。

【サマーゲームパーティー参加規約および同意事項】

以下の規約をご熟読の上、ツアー集合場所までお集まりください。

第1条(『本』イベントの目的および情報管理について)
当サマーゲームパーティーは、完全なるミステリーツアーとして実施いたします。あらかじめ行き先の開示はいたしません。『当』ツアーの進行状況およびクリアまでの軌跡『は』、後日「ゲームの達人」公式サイトにて特別コンテンツ『と』して配信される予定です。これに伴う映像への出演に同意いただいたものとみなします。演出上の機密を保持するため、参加者自身による旅行中の写真・動画撮影、ならびに外部への通信を行『う』行為は固くご遠慮いただ『き』ます。これに違反した場合は参加資格を失うため、発信はお控えください。

第2条(デジタル機器の制限)
ゲーム開始後も引き続き、進行の妨げとならない『よ』うご配慮ください。スマートフォンやアラーム付き時計など、音や光の出るデジタル機器につきましては、直ちに電源を切り、情報漏洩防止の観点から、あらゆる外部からの連絡を絶つよ『う』お願いいたします。

第3条(宿泊設備・服装に関する順守事項)
初日は、バス到着後すぐに夕食のご案内となります。部屋は完全個室をご用意しております。なお、各アメニティはホテルに備『え』付けの物品をご利用ください。また野外ゲームにつき、動『き』やすい服装にてご参加ください。

第4条(旅行『中』のご連絡・お問い合わせに関する特例)
旅行前のお問い合わせは、こちら(info_pre@××g-tatsujin.com)またはサポート中『央』デスク(03-●●●-●●●●)にて承ります。旅行期間中の緊急時につきましては、別途お知らせする専用ダイヤルにて対応いたします。ただし、当ツアーは「ク『口』ーズドのミステリーゲーム」という性質上、ゲームの没入感と公平性を保つため、外部(保護者様を含む)からの旅程、現在地、およびゲームの進行状況に関するお問い合わせには、原則としてお答えいたしかねます。あらかじめご了承ください。

第5条(免責および同意)
本ゲームは、高度な謎解きや参加者同士の心理的駆け引きを伴う場合がございます。ゲームの性質上、予期せぬ展開による参加者の心理的負荷につきましては、主催者に重大な過失がない限り免責とさせていただきます。上記すべての趣旨をご理解いただき、お子様のご参加に同意いただける保護者様は、本紙の署名欄に直筆サインの上、指定のアドレスまでPDFファイルにてご送信ください。

 平屋は、メモを取りながら愕然とした。

「本・当・は・と・う・き・よ・う・え・き・中・央・ロ。
 ……いや「ロ」はよく見ると「口」だ!
 
 つまり、答えは
『本当は、東京駅中央口』

 だった。

「……すごい」

 平屋は、素直に感嘆の声を漏らした。当然、といったふうの小笠原。
 
 小川は言う。

「なあ、実は頼みたいことがあるんだけど」

 小笠原は、面倒くさそうに答える。

「なんだよ……」

 ******

 七月三十一日、新宿バスターミナル。

 中学生とその保護者たちが、貸切バスを待っている。ゆうに、三十人はいるだろうか。
 数名の私服警官も、遠巻きに様子を伺っていた。しかし、時間が過ぎてもバスは一向に来ない。
 すると、スタッフタグをつけた女性が現れ、「残念賞!」と書かれたプラカードを掲げた。

「えーっ!」

 落胆の声が参加者たちから上がる。スタッフは、残念賞のぬいぐるみを配り始めた。

 同時刻、東京駅中央口。
 二十人弱といったところの中学生と保護者が所在なげに集まっていた。

「おめでとうございます! サマーゲームパーティーに参加の方は、こちらにスマホの画面をかざして下さい」

 バスガイドだろうか。
 スカーフがポイントのスーツを着た女性が、白い手袋の手に三角小旗を持って現れた。
 ぞろぞろとそちらに集まった参加者たちを、ガイドがバスまで案内する。
 大型バスの乗車前にIDを確認し、小笠原も貸切バスに乗り込んだ。
 見送りに、小川と平屋、そして佐藤刑事も来ていた。

「よく、たどり着けたな」

 佐藤刑事は、他の保護者に紛れながら、周りに警戒しつつも二人に言った。
 小川と平屋は、顔を見合わせ目だけで笑った。

 ――小笠原に頼んだこと。
 それは、GPS付き小型マイクをカバンに入れておいてほしい、ということだった。

「ナイチンゲール」の名前を出した途端、態度を軟化させた小笠原を平屋は見逃さなかった。
 あとは、卒業アルバム用に撮ったあの集合写真がモノを言った――。

 小笠原は、バスの窓際に座り、隣にはどっかりとボックス型リュックを置いた。
 そのサイドポケットには、小川と平屋から託された丸型の機械が仕込んである。
 交換条件は、ナイチンゲールの写真を見せること。
 写真の女の子は、亜麻色のショートカットの小柄な子だった。
 期待で胸が高鳴った。

 窓の外で「よろしくな」と言うようにサムズアップする小川を見ながら、小笠原は思った。

(なんだ、こんな心配するもんでもないだろうに。たかが中学生向けのゲームイベントに、随分と大げさな探偵ごっこだ。
 ……まあいい。僕とコイツがあれば、どこでもなんとでもなる)

 見送りの家族に手をふる中学生たちを乗せて、バスが発車した。

「……本来なら、令状もない民間バスへの追跡や盗聴は違法だ」

 保護者たちは子どもだけの旅行を心配そうに、けれど選ばれたことに誇らしげな様子だった。そんな安堵の空気をかき消すように、小川と平屋に近づいて佐藤刑事が冷たい声を放った。

「だが、お前たちが勝手に、『友人に渡したGPS』の画面を、俺たちが『偶然覗き込んでいるだけ』なら話は別だ。
 ……平屋、そのタブレットはお前しか操作できないな?」
「はい。僕の生体認証式です」

 平屋はこくりと頭を下げた。

「ふん、準備がいいな。……特例中の特例だ。車に乗れ」

 そう言って、すぐそばに控えていた覆面パトカーに乗り込んだ。