短歌を詠んだら恋が始まった話

 三首目が完成して提出した。
 すごく晴れやかな気分だった。今まであったモヤモヤも、きれいに答えが出てすっきりした。
 そんな僕と、正反対なのは陸翔だ。ちらちら僕を見ながら、ため息を吐く。できた三首目を見せろと言ってくるけど、それは、文芸部にお披露目してからだと言ったら、すごく不機嫌そうに唸り、頭をぐちゃぐちゃに混ぜてくる。
 僕は自覚しちゃったからもう、このスキンシップに心臓が暴れてしまって今までどうリアクションしていたか思い出せない。


 陸翔はほんとに僕に優しかった。
 「おはよう」と、「おやすみ」のメッセージ。左利きの僕に合わせて出してくれるお茶。バスの混雑も、陸翔のおかげで不安定にならない。
 僕の話を急かさないで聞いてくれるのも、陸翔だけだった。


いつも通り、陸翔を待って席に座っていた。グラウンドでは相変わらず陸翔が元気に走り回っている。
 「どうやら僕はずっと、りっくんのことが好きだったみたいだ」
 僕はそうつぶやいて少し落ち込んだ。冴えない自分が情けなくて。

 だから部での発表の日が近づくにつれて、僕はとんでもなく恥ずかしい歌を出したのではと、枕を抱えてゴロゴロする日が続いた。


 そしてとうとう、発表当日になった。
 教室でカバンじまいをして、グラウンドを見た。
 「あ、りっくん。みっけ」
 そう言ったのと同時に、陸翔もこちらを見上げていた。いままでここから、陸翔を見てたこと。陸翔も気づいてたのかな。手を振ると、陸翔も大きく手を振り返してくれた。

 部室に入ると、黒板には部活の皆が詠んだ恋の短歌が貼りだされていた。記名はない。

 それぞれの歌に部員のみんなで講評をつける。みんなの歌にはいっぱい恋が詰まっていた。胃の底が熱くなるくらいそれはひりひりとして、痛痒かった。

 「これはめっちゃストレートだね。恋の始まりって感じがして」
 僕の歌に先輩が感想を言ってくれている。
 「夏目漱石の引用は常とう句だ。恋を知って、恋に触れて、恋になったって感じかな。それをまた第一首に戻るともう恋が始まってたって気づかせる……この人と恋したら大変そう」
 同級生たちもそんな感想をくれている。無記名でよかったと思いつつ、後でこれは僕の歌だとばれた時とてつもなく恥ずかしい。皆が僕の句に限って、これは創作じゃなく実体験だって言いあっている。

 僕は先輩の花に喩えた恋の歌に票を入れた。恋の歌と聞いてずっと、恋について考えていたけれど、失恋もまた恋なのだと気づかされた。

 この一か月、ずっと恋について考えてたな。

 投票も終わり、まとめに入ったころ。部室の外にバタバタと足音が響いた。扉が勢いよく開かれ、そこにはユニフォーム姿の陸翔が立っていた。

 「あの……ちーの……ちーの三首目っ……見せてくださいっ」

 息も切れ切れで苦しそうだ。ふらふらと部室に入ると、黒板を一通り見ていく。そして、僕の短歌の前で足を止めた。

 「……これだ」

 部員のみんなが静まり返って空気だ。息を呑んで陸翔の様子を見つめている。真剣に黙読する陸翔の横顔は、切羽詰まっていて見ていてなんだか泣きそうになった。じっと見つめていると、ふわりと花が開くように笑った。
 読み終わった陸翔まっすぐに僕を射抜いた。

 「ちー、恋だよ」

 僕はうなずいた。

 「これさ、あとで頂戴」

 僕はうなずいた。

 陸翔はそのまま、扉のところで深くお辞儀をして出ていった。
 一瞬の沈黙の後、わっと声が上がった。僕にはそれが遠くに聞こえた。このあと、教室でどんな顔で会ったらいいんだろう。

三首目
 「帰り道 教室 月と お好み焼き この感情の ルビを教えて」

 僕の歌。