短歌を詠んだら恋が始まった話

 一首目はすぐにできたのに、二首目がなかなか思いつかなかった。もう文芸部の先輩後輩の中には、出来上がって選考中というツワモノもいる。
 机に突っ伏して、グラウンドを見た。いろんな部活がグラウンドで活動していた。
 「あ、りっくん、みっけ」


 出来上がった短歌はすぐに陸翔に見せた。だけど、すごく微妙な顔をして、ごまかすように僕の頭をまぜっかえしただけで、感想を言わなかった。
 良くできたと思ったのに。
 「グラウンドも五文字か……ってか、りっくん。まずは自分で考えろって……全然教えてくれない」
 言いたいことは分かる、人から教わるとそれに依存しちゃいそうになるから。陸翔は頭もいいから、まずは自分で考えて意見が固まったら教えるってことだと思う。受験勉強の時も同じように言っていた。

 「三十一文字中五文字だけか。遠い。あ、ボール追いかけとか。七文字。グラウンド ボール追いかけ……」
 グラウンドを見ると、陸翔たちが列を作って頭を下げていた。もう部活が終わったようだ。もうちょっと待っていたらここに来るか。ならばそれまでもう少し考えていよう。そもそも、恋って何をもって恋っていうんだ。
 「まつとしきかば いまかえりこむ」
 これは別れの名歌であって、恋の歌とはちょっと違う。でも、「あなたが待っていると聞こえたなら、すぐに帰りましょう」って。陸翔も、僕が待っているって言うから、すぐに帰ってくるっていうんだ。思いやりや優しさと恋の違い。どういう感情が恋なんだろう。
 うん、わけが分からない。

 「お待たせ。なんか凶悪な顔になってる」

 教室の入り口には、すでに陸翔が立っていた。
 「短歌のこと考えてた」
 「恋の歌なのにそんなに凶悪な顔になるのか?」
 僕はカバンを持って、よれよれと陸翔のそばまで歩く。
 「なっちゃうんだよ。さあ、帰ろ」
 陸翔は「おう」とつぶやいて、隣に並んだ。
 下駄箱を通ると、この前の女の子とまた遭遇した。
 「お疲れ様です! りっくん先輩」
 「おーつかれー」
 いつもの気のない返しだ。なのに彼女は、まぶしそうに陸翔を見ている。

 「え?りっくん先輩って呼ばれてるの?」
 門に近づいた時聞いてみた。
 「ああ、勝手に」
 「ふーん」



 バスに乗って、バス停で降りてもうすぐ家だ。

 「この前の僕の短歌。まだ感想もらってないよ」
 陸翔は足を止めた。僕も一緒に足を止めた。言葉が返ってくるのを待ったけど、返って来なかった。仕方なく僕一人で先を歩いた。
 「あれって、ずっとオレと一緒に帰りたいって歌だろ」
 「うん、青春って感じの短歌になったよね」
 陸翔は「はぁ―」と大きく聞こえるぐらいにため息をついて、僕の横に並んだ。

 「僕の世界は狭いのかな。文芸部とりっくんしかない」
 自分が人見知りでクラスでも、いたなそんな奴くらいの存在感しかないのは分かっている。可愛く「お疲れ様です」 なんて声をかけてくる人もいない。りっくんがいてくれなきゃ大惨事だ。
 まずは人間関係をどうにかしなきゃなのに、恋なんて。恋なんて。

 「恋なんても五字だね」
 「そうか」
 なぜか陸翔が落ち込んでいるようだ。返ってくる言葉も少なくなっている。
 見上げると空に大きな月が昇っていた。月にまつわる短歌も多いな。それに、月にまつわる恋のフレーズも。

 「簡単に 分かるはずない 恋なんて それより今日は 月が綺麗だ」
 ふと思い浮かんだ言葉を、陸翔に聞かせてみた。
 「夏目漱石?」
 文芸部でもないのによくわかったな。
 「うん。これってパクリになるかな」
 「どうだろう」

 ずっと月がついてきている。

 「愛してる」
 「うん」

 見上げると陸翔も月を見上げていた。
 「今日は、チキン南蛮だって。寄ってく?」
 「あーうん。ちょっと、風呂を長く借りるかも」

 なんだか今日の陸翔はずっと変だった。