短歌を詠んだら恋が始まった話

 「ちー、お待たせ!」
 語尾にビックリマークがついていそうなほど元気な声だ。彼は僕の幼馴染 笹山(ささやま)陸翔(りくと)。彼が「ちー」と呼ぶのは、僕――小山田(おやまだ) 千裕(ちひろ)。千裕だから「ちー」と呼ばれている。
 小学校から高校までずっと同じ学校で、変わらず僕と仲良くしてくれる貴重な友人。帰る方向が同じだからって、放課後はいつも教室で待ち合わせて一緒に帰るくらい仲良しだ。
 「僕も今、文芸部から戻ってきたばかりだよ」
 陸翔は僕の前の席にドカリと座って「タイミングばっちりじゃん」と、笑った。

 「これ何?」
 陸翔が僕の机に並んでいる四角い紙を持ち上げてしげしげとみている。
 「短冊だよ。これが今月の課題」
 そう、僕の所属する文芸部は、毎月課題が出される。エッセイとか、創作とか、いろいろ。そして、今回の課題が短歌三首だった。
 「三つあるね。何書くの?」
 「……恋の短歌」
 「ええええ?」
 陸翔はびっくりするぐらい大きな声を出してのけぞった。
 「皆まで言うな、りっくん。分かってる地味で、恋愛とか、縁がなさそうなのに、書けるのかって言いたいんだろ」
 いや地味とかは言ってないとかモゴモゴ言いつつも陸翔はうなずいた。
 「創作っていうのは自由なんだよ。人は空を飛べないけれど、文章の中なら空を飛べるし。魔法も使える。僕だって、きっと……たぶん、創作だから……」
 だが、どんどん尻すぼみになってしまって、机に突っ伏した。そのまま、うううっと唸っていると、陸翔が頭を撫でてくれる。
 りっくんは優しいな。僕なんかと違って、背も高いし、友達も多いし。サッカー部だし……あれ? 待って……もしかして……恋の上級者?

 「りっくんって、恋に詳しい?」
 僕が顔を上げると、思ったよりも近い場所に陸翔の顔があった。
 「おあっ、っては?」
 陸翔の顔がみるみる赤くなっていった。
 「ね、僕に教えて。最高の短歌を作りたいんだ」
 「もし断ったら?」
 「他に詳しい人を探して恋を教えてもらうかな?」
 そう答えると、陸翔は大きくため息をついた。
 「それは、ダメだ。仕方ない。オレが付き合う」

 陸翔は立ち上がって、僕の頭をぐしゃぐしゃにかき乱した。そのまま僕のカバンをひっつかむと、行くぞっと扉の方へ歩き始めた。
 いったいなんだ。僕は手で髪を整えながらその背中を追った。すると、急に陸翔が立ち止まる。僕は勢いよくその背中にぶつかってしまった。
 「なあ、聞くけど……短歌ってどうやって作んの?」
 そこから? 僕は陸翔の背中を叩いて教えてあげた。
 「短歌って5・7・5・7・7で構成される短い詩のことだよ。三十一文字で伝えたいことを物や感じたこと、情景を使って表現するんだ」
 「へー。なんか大変そう」
 廊下に人はいなかった。二人並んで下駄箱へ向かう。
 「ほら、中学の時にやった百人一首大会。あの百人一首も短歌だし。恋の短歌もいっぱいあったんだよ」
 「ああ、あったあった。ちーがすげー本気出したやつだ」
 それは僕の黒歴史だ、張り切りすぎて顔から体育館の床に突っ込み。鼻血を出して陸翔に保健室まで運ばれた。
 「それは思い出さないで」
 僕は顔をそむけた。
 「空振って 鼻血ブーブー ちひろくん 百人一首は 黒歴史かな ってできたんじゃね?」
 「それのどこが、恋の短歌なんだ!」
 僕が突っ込もうと近づくと、先に肩を組まれた。
 「鼻血たれてる、ちーもかわいかったぞ」
 「かわいくなんかない」
 からかいモードだ。僕が恋の短歌について悩んでいるのに。
 「でもさ、なんか。楽しいな短歌。さすがだな、ちーは説明上手だ」
 いつもこの調子ではぐらかされる。気づけば、もう下駄箱まで来ていた。

 「お疲れ様です。先輩!」
 不意に後ろから声をかけられて振り返った。髪を一つくくりにしたジャージ姿の女の子だ。
 「おつかれー」
 陸翔がけだるげに返している。それなのに、女の子はまぶしげに陸翔を見上げて去っていった。

 「ああ、これはあれだ。しのぶれど いろにでにけり だ」
 「は?」
 「隠したつもりでも恋心は隠せないって意味だよ」

 陸翔は中学に入って、身長が伸びサッカー部で活躍するようになってモテ始めた。もともと、顔もそんなに悪くない……いや、おじさんもおばさんも美男美女だから、遺伝子からイケメンだ。高校に入ってからもそれは継続していて、返事はぶっきらぼうでも、優しいところや、面倒見がいいところがある。
 だからこうやって、ふいに好意を向けられることが多い。本人はとても鈍感だけど。

 「もしかして、先生を間違えた?」
 「何言ってんだよ。バスくるぞ。急げ」

 陸翔に促されて、バス停まで走らされた。
 バスの中は、帰宅のサラリーマンや学生でごった返していた。中央に立つと足元がふらつく。こういう時、陸翔がいてくれてよかった。陸翔は体幹がしっかりしているからぶれない。彼にしがみついていれば、変によろけなくて済む。

 「帰宅バス……君と二人の……帰り道……」
 これはいいフレーズが思いついたかもしれない。
 「帰宅バスと帰り道は一緒だろ」
 「確かに」
 そう言葉を切って、窓の外の風景を見た。恋か……。
 考えていると最寄りのバス停に着くのを早く感じた。

 下りたのは僕ら二人だけだった。

 「あ、今日家出る時にさ。母さんが晩ごはん、お好み焼きだって言ってたよ。寄ってく?」
 「ん」
 陸翔は一人っ子で、両親ともに忙しく働いている。よく一人でご飯を食べていると聞いてから、こんな風に誘うようにしている。
 「明太もちチーズがいいよね。でもカリカリの豚バラも好きだな」
 「オレのと半分こすれば両方食える」
 陸翔の提案にうなずく。
 「やった、りっくんがいてよかった。両方食べられる」
 お好み焼きが楽しみになった。足取りも少し軽くなる。

 「二人して 紅い空見て 帰る道……」
 陸翔もどうやら、一緒に短歌を考えてくれているようだ。
 「うーん。お好み焼きに 思いをはせて?」
 「ふざけろっ」
 陸翔がツボに入ったようですごく笑っている。



 陸翔はしっかり、お好み焼きを二枚食べて、お風呂に入って家に帰っていった。家まで送ると申し出ても彼は固辞する。今度はオレがお前を送らなきゃだろ二度手間だって。だから、門のところで見えなくなるまで手を振る。それも、寒い時期はやめろと言われる。一人っ子なのに、過保護なところがある。

 僕は自分の部屋に入って、短冊を取り出した。そのまま腕を組んでそれを睨む。
 「そうか、学校帰りにも恋があるのか」
 今日拾った言葉を並べてみる。「帰宅バス」「帰り道」「君と二人で」 この二人って僕と、陸翔だ。
 「お好み焼きおいしかったな」
 こういう日が続くのがうれしい。思い返して楽しかったって思える日が、今日明日明後日いつまでも続いて。

 「今日明日 明後日いつも いつまでも 君と二人で 並んで帰る」

 これだと、青春短歌かな。でも初日でこれが書けたなら上々ではないだろうか。
 ピコンと、スマホが鳴った。
 「おやすみ」と、陸翔からのメッセージだった。時間を見ると、0時だった。すごく悩んでしまっていたらしい。慌てて、ベッドに入って、返信する。「おやすみ」と、すぐに既読がついた。