鄙島人形供養の段

 お仕事は、いとも簡単に終わった。
 後ろから、波の音が聞こえる。
 僕は砂浜にいた。
 目の前、茶色く乾いた草地の上に、集合写真を撮るための、仮設階段が建てられていた。
「ふくしゃー」
 ひな壇に島民全員が並んでいる。そのうちの一人、与一が僕を呼ぶ。
 僕は大きく手を振った。
 ばいばい。に似ているなと思った。
 ひな壇の一番上の『お雛様』は目を瞑っていた。隣には、日向さんが立っていた。
「それじゃー、僕がー」
 ひな壇から離れ、カメラを模した機械の前にいる僕は、大きな声で、島民に話す。
「僕がー、あかりをつけましょー、と言うので、みなさんはー、ぼんぼりにー。でお願いします」
「ぼんぼりにー」
「まだ、早いぞー、与一ー」
 日向さんが、壇の上から、与一を注意する。
 他の者たちも、笑っている。
 僕らと、何が違うというのだろうか。
「それじゃー、いきますよー」
 彼らを殺して、僕たちは生きる。
「あかりをつけましょー」
「「「「ぼんぼりにー」」」」
 僕が、あかりをつけたのは、爆弾だ。
 大学で、研究していた、地震誘発爆弾、ジライヤ。
 プレートの歪みが溜まりすぎてしまうと、大地震が起きてしまう。その歪みを、少しのずれ。要は、小さな地震を起こすことで、回避するための爆弾だ。
 それを、僕は、ひな壇の下に埋めた。
 エネルギーの単一指向性は、空に向けて。
 なるべくなら、一瞬で。苦しむことのないように。
 僕は、砂を深く掘って作って塹壕に身を潜める。
 風圧と熱、衝撃。
 キーンと鳴る、耳に、砂の降る音。
 僕は、屈んで、丸まって。
 このまま、埋められてしまいたかった。
 波の音しかしなくなった。
 僕は、ゆっくりと塹壕から這い出た。
 ひな壇があった場所に、50cm程の丸い窪みができていた。
 ちらし寿司は、もう。食べられないな。
「はよう、わらを、上げい」
 窪みの真ん中に、『お雛様』が目を瞑っていて、立っていた。



 鄙島の、棚田と段々畑を何段も越えて、頂上。小さな屋敷の二階から、僕と、『お雛様』は、島を眺めていた。
 僕が仕事を終えた後、『外の人』がやってきて、島民だったものを、島にまいて、火をつけた。
 火舐。
 という、焼畑のようなものだと、僕は説明を受けた。
 島民。島に住まうもの。
 『お雛様』が産んだ『人形』。『雛人形』の生命エネルギーを、土地に返すための儀式だと。
 島全体が、黒く焦げ、喪に服しているようだった。
「そう、気を落とすでない。おぬしは、人を殺したわけではないのだ。人間でなく、人の形をした、『人形』を片付けただけなのじゃ」
「無理ですよ。だって、人の形をし、人と同じように考え、人と同じように感じる。それは、もう、人ではないのですか?」
「死なぬ」
「死なないだけで、殺されなきゃいけないなんて」
「死なぬ命は、繋がらぬ。わらは子を産む。一人で、一人を産む。わらの子も産む。二人で、一人を産む。増えて殖える。病気もせぬ。余程のことがない限り、死なぬ。命を奪い、奪い、奪い。そのくせ、『雛人形』だけは命を奪えぬ。そういう種なのだ。種の中では、自殺も他殺もできず、種の外から、簒奪するがのみ」
「それでも、」
「同情でも、しておるのかえ。ひっひっひ。違うぞ。わらは。わらの子が死んだことなど、これっぽっちも悲しんでおらん。わらは、わらが、生きておることを喜んでおる。わらが生きておれば、また産めば良い。三人官女や五人囃子。お内裏が居なくとも。『お雛様』が居れば、『雛人形』なのだからのう」
「あなたが、それで。いや、すいません。分かりました、分かりませんけれども」
「分からぬこと、ばかりじゃ。長い間、生きておってもな。さて、そろそろ別れの時じゃの」
「そうですね。最後に、これを。あなたに渡しておきたくて。『お雛様』。お片付けの時、ずっと、目を瞑っていたでしょう?」
「おお、これは、懐かしいのう。ふふ、今日のことだいうのに。なぜ、こんなにも懐かしいのかの。ほほ、本当に、『雛人形』みたいじゃの」
 僕が片付けてしまった。
 『雛人形』たちの写真を『お雛様』に渡した。
 『お雛様』が見ることのできない。
 横顔でも、後ろ姿でもない。
 『雛人形』たちの笑顔がそこには、写っていた。