鄙島人形供養の段




「後ろを向いても、よい、ぞよ」
「よろしいのですか?」
「いや、駄目だ福島。呪われるぞ」
「ええっ、それは、ちょっと」
「宗一郎。巫山戯るでない」
「『お雛様』、私は総二です」
「およ、そうであったか、最近物覚えが悪うで。すまなんだ」
「あのー、すいません。後ろを向いても?」



 鄙島の、棚田と段々畑を何段も越えて、頂上。ほんの少し、原生林が残っていて。
 その中に、島のみんなから隠されているように、小さな屋敷があった。
 屋敷に入ると、一階はほとんど廃墟であるように思えた。ただ、壁や床の木の色を見るに、埃は積もってなく、掃除だけは、きちんとされていくようだった。
 床が抜けるんじゃないかと、日向さんが踏んだ、廊下の部分を覚え、その箇所のみを歩くようにし、屋敷を、日向さんの後に進む。
 屋敷の中央にある階段をあがる。踊り場を左に曲がり、残り数段の階段の先。
 暗くても分かるくらいに赤い、毛氈が敷かれている。
 一歩一歩出すたびに、柔毛が足裏をひしひしと掴む。
 生きているんじゃないかと思った。
 一番奥の部屋、ガラス付き障子戸から、ぼんやりと光が漏れていて、そこだけ一層赤い。
「後ろを向け、福山」
 日向さんがそう言うので、障子に背を向ける。
 しゃんっと、蠟がよく引いてあるのか、快い音を立て、日向さんは、障子を引いた。
 僕は立ったまま。日向さんは部屋に入る。
 すだれ? いや、御簾?
 竹の巻き上がる音。夏の風の音。
 そうして、感じる、夕立の雰囲気。
 蒸す蒸すとす、湿り気を帯びた、瘴気。
「後ろを向いても、よい、ぞよ」



「あのー、すいません。後ろを向いても?」
「構わぬと言え、壮一」
「『お雛様』、私は総二です」
「おお、そうであった、そうであった。おお、与一かえ、大きくなって」
「前を向け、福山」
「い、いいんですか?」
「構わねえ」
 後ろの正面を振り向く。部屋は、奥に向かって上がる、階段状になっていて、廊下と同じ、赤い毛氈が綺麗に敷かれている。
 部屋の最上段に、天蓋から、落ちている、大きな御簾があって、その横には日向さんが立っていた。
 御簾の中、分厚い正方形の畳が一畳。
 その上に、背筋をぴんと正座している。
 華美、絢爛。目の眩むような着物の上。
 一層輝き、浮かぶ。真っ白な顔。
 しかし。
 周囲が、どれほど眩しかろうと、僕は目を瞑ること、逸らすことができなかった。
 真っ黒な瞳。
「後ろを向いても、よい。とは言うたが。面を上げても、よい。とは、言うたか? のう、総二?」
 僕は慌てて、部屋の外、廊下で正座をし、敷居を超えぬよう頭を下げ、固く目を閉じた。
 閉じた視界の黒の中でも、黒黒と、あの、瞳が僕を見つめていた。
「仰りました。『お雛様』」
「そうであったか、総二。物覚えが悪うで。そうか、そうじゃった。もう、そんな時期か。忘れておった。なんで、忘れておったのかのう。うう。そうか、そうじゃった。宗一郎は、もう居らぬか。壮一ももう、居らぬか。一千代も。一松も。一之助も。みな逝ったか」
「はい」
「そうか。して、この者が、か?」
「片付けを、いたします」
「面を上げ」
 僕は頭を下げ続けた。
「面を上げい」
「はっ、失礼、いたします」
 僕は目を開け、顔を上げる。
 『お雛様』と、目と目とが合う。
「お前が……。わらの子らを……」
 黒の上に、浮かぶ潤み。
 殺しにきました。
 とは言えなかった。